後援:文部科学省   国連広報センター   日本ユネスコ国内委員会   全国市町村教育委員会連合会   全国高等学校メディア教育研究協議会 

Special Interview  KWNを支え、盛り上げていただいた キーパーソン20人に直撃! Special Interview  KWNを支え、盛り上げていただいた キーパーソン20人に直撃!

Interview01 自分の考えや感じていることを 「誰かに伝える」経験ができる またとない存在 内田 雅之さん 愛知県・岡崎市立岡崎小学校教頭 Interview01 自分の考えや感じていることを 「誰かに伝える」経験ができる またとない存在 内田 雅之さん 愛知県・岡崎市立岡崎小学校教頭
子どもたちには撮りたいものを 自由に撮らせていました

──いつ、どんなきっかけでKWNに参加されたのでしょうか?

内田(敬称略) 2006年頃、岡崎市立井田小学校に勤務していた時、交流のあった別の小学校の先生からお話を聞いて参加しました。岡崎市では、子どもたちのために教材を教員が制作する「自作教材制作活動」という文化があります。それに関わっていたので、もともと映像制作には興味がありました。また、動機は若干不純ですが、カメラ機材を借りられるのも魅力でした。ひとまず参加してみたら、子どもたちはもちろん、自分自身も楽しかったので続けて参加するようになったのです。

──交流のあった先生からお話を聞いた時、KWNの活動についてどう思いましたか?

内田 それまで自分が行ってきた自作教材制作を、子どもたちと一緒にやるイメージでした。まだ頭の中で理論武装ができていなかったので、漠然とではありましたが、子どもたちが映像制作をやることで何らかの力を伸ばせるのではないかという期待感はありました。実際に参加して、コミュニケーション能力や批判的な情報理解の能力などが確実に育つと確信できたのを覚えています。

──子どもたちとの映像制作は楽しかったともおっしゃっていましたね。

内田 今みたいに子どもたちが撮った動画をネットにあげるのが一般的になる前の時代でしたので、例えば炎上とかそういうことを心配する必要がなかったですし、今よりも、教員として身構えることが少なかったです。個人情報や肖像権、著作権については、最初から許諾や保護者の承認なども含め、しっかり管理して、子どもたちには撮りたいものを自由に撮らせていました。その際は、「これは撮っても大丈夫だよ」「これはこういう理由があって撮ったらまずいかな」など、対話をしながら一緒に考えて進めていった感じです。

──井田小学校ではどういうチームで参加されたのでしょうか?

内田 毎年、私が担任をするクラス単位で参加しました。最初の1~2年は違いますが、KWNの活動が子どもの成長にも繋がると実感がもてたので、授業の一環として、年間計画にKWNを組み入れて、総合的な学習の時間を活用しました。

──冒頭でカメラ機材の話も出ましたが、カメラに対して子どもたちの反応は良かったでしょうね。

内田 学校にあるホームビデオカメラとはわけが違うので、男の子も女の子も、だいたいみんなすごくテンションが上がる感じでした。しかも、KWNに取り組んでいる自分のクラスにしかないので、特別感というか、優越感をもっていたようです(笑)。

誰かに伝える喜びや楽しさを 経験できるまたとないチャンス

──映像制作を進める中で気を付けていたことは何ですか?

内田 気を配ったのは、保護者の理解を得ることと、他の授業への影響でしょうか。夢中になりすぎて他の教科に支障が出たら本末転倒です。また、子どもたちにもそれぞれ温度差があるので、その温度に合わせた関わり具合をコントロールしていくことにも気を配りました。そこをマッチさせていかないと、それぞれが持つ達成感を得られません。やはり、「KWNに参加して良かった」という思い出を子どもたちに残してあげたいと考えていたので、一人ひとりに目を配り、コミュニケーションを取ることで、バランスを取っていた感じです。

 また映像制作の過程で、個人情報の保護をはじめ、さまざまな権利についての知識を伝える意識はしました。そして、メディア論的な話になってしまいますが、「カメラの中、切り取られたフレームの中だけが真実ではないんだよ」という話には少しずつ触れながら、考えるというか、感じさせるようにしていました。参加したのが5、6年生の高学年だったので、難しい話も理解できたと思います。

──具体的にはどういった指導法を取られていたのですか?

内田 とくにパシッと確立した指導法はなかったですね。とにかく子どもたちに自由にさせていました。大人の凝り固まった考えの外側に子どもの発想はあるので、それは大切にしなければなりません。「それはできません」「それはダメです」とは、なるべく言わないようにしていました。

またKWNの作品作りの前段階として、小グループに分けて30秒ぐらいの短い作品を作ってもらいました。子どもたちはコンテ作りから始めるのですが、子どもたち自身に考えてもらうために、「このセリフはどうするつもり?」「ここは何秒ぐらいがいいと思う?」と問いかける感じで進めました。一度、映像制作を経験させるのも大事と考えたのです。

──当時はまだSDGsという指針がありませんでした。テーマはどうやって決めていたのですか?

内田 クラス単位での参加だったので、学年としての総合的な学習のテーマがありました。その部分は意識しつつ、他の教科やニュースの話の中から子どもたちと考えました。

──テーマ決めは総合的な学習ともリンクするので一緒に考えたということですね。子どもたちとの距離感をどう考えていましたか?

内田 そこはケースバイケースですね。発想だとか、やりたいことの部分はあまり口出しをしませんでした。ただし、学校の名前で参加するので、超えてはいけないラインを超えそうな時は、方向修正するようにしていました。また、編集など、技術的な面は具体的に教えないとできないので、その部分はしっかり指導しました。

──内田先生は、井田小学校と大門小学校とで約10年間、KWNに参加しましたが、10年の間で、考え方や指導方法など、何か変化はありましたか?

内田 最初の頃はとにかく作品を完成させることでいっぱいいっぱいでした。後半は、作品制作を通して子どもたちに何を学んでもらうか、考える余裕が出てきました。

──随所で子どもたちの成長も感じられたでしょうね。

内田 1人ではなく、複数で作っていくので、子どもたち同士、調整や意見のすり合わせが必要になる場面が多々あります。その際は、思っていることを言わなければいけないし、相手の言うことを聞かないといけません。相手の意見を聞いた時に、それが自分の考えと同じなのか違うのかを理解し、違うのならどう調整するか話し合う必要があります。その経験を繰り返すことで、KWNに参加しなかった他のクラスよりも、多少は成長があったのではないかと思います。

──今振り返って、KWNに参加して良かったですか?

内田 子どもたちが大きくなってから、ごくまれにスーパーなどで偶然再会し、言葉を交わす機会もあるのですが、その時にKWNの話になって「楽しかったなぁ」とポジティブな言葉を言ってくれることがあります。そんな時は、「この子の心に思い出として残ったんだな」と嬉しくなります。

 もちろん当時も、子どもたちのニュースの見方が変わったり、協働性が育まれるなど、何らかの成長を感じることは多々あり、参加して良かったと思いました。

──いちばん思い出に残っている出来事を教えてください。

内田 2009年にグローバルコンテストに参加したことです。世界中の子どもたちが集まったので当たり前かもしれませんが、作品のカラーが国によって全然違っていたのが印象的でした。例えば、アジアは情緒を大切にした作品作りが中心だったのに対して、ヨーロッパの子どもたちはインパクト重視みたいな。でも、会場で雑談をしたオーストラリアの先生とは、苦労や困りごとが一緒だったのは面白かったです。

 ある6年生の女子生徒は、言葉が通じないのにイギリス人の女の子と仲良くなって、ずっと行動をともにしていました。言葉や国籍は子どもには関係がないと思いましたし、子どもたちにも貴重な経験をさせていただいて、すごくありがたかったです。

──子どもたちにとって、KWNの存在意義とは何だと思いますか?

内田 自分の考えや思っていることを、相手や、誰かに伝える喜びや楽しさを経験させていただけるまたとない存在だと思います。

──最後に他の先生へ向けてメッセージをお願いします。

内田 担任を持っている以上、授業の進行が気になるとは思いますが、何とかなるので、まずはKWNに参加してみましょう。真剣に取り組めば取り組むほど、成長面など子どもたちへの見返りも大きいです。そこは信じて取り組んでください。

印象に残っている作品

「郷土の歴史に学ぶ ~お地蔵さんが語るもの~」

(2006年度/長野県・東御市立東部中学校)

「地元の水害の歴史がテーマの作品です。とても丁寧な作りで、小学生と中学生とではこんなにも違うものかと打ちのめされた記憶があります。グローバルコンテストに参加した時のポーランドの作品も印象的でしたが、この長野の中学校の作品はやはり今でもよく覚えています」

関連作品

2008年度 最優秀作品賞受賞作品

愛知県・岡崎市立井田小学校

「『千人塚』からのメッセージ
~未来に生きる私たちへ~」

Interview02 学校の学習内容にも合致した 非常に有意義なプログラム 原 隆弘さん 長野県・長野市立犀陵中学校 教諭 Interview02 学校の学習内容にも合致した 非常に有意義なプログラム 原 隆弘さん 長野県・長野市立犀陵中学校 教諭
子どもたちの作品を世界中の人に 観てもらえるチャンスがある

──原先生はKWNが日本でスタートした当初の常連校でした。何をきっかけにKWNを知り、参加を決めたのでしょうか?

原(敬称略) 私がKWNに初めて応募したのは、第2回からなので2006年になります。当時は東御市立東部中学校におりまして、2004年に赴任した時に放送委員会の顧問を任せられました。初めの内は放送環境を整備し、校内放送に力を入れたり、文化祭用の番組や運動部の壮行番組を作ったりしていました。

 当時はまだ松下教育財団の主催で、同僚の先生がKWNのことを教えてくれたのです。もともと放送委員会の子どもたちは技術に長け、やる気もあったので、クオリティの高い校内放送の映像を作っていました。動画配信サイトやSNSが一般的ではない時代でしたから、自分たちが作った作品を他の人に観てもらえる機会は限られていて、子どもたちにKWNのことを伝えたら「ぜひ今まで培ってきた技術を試したい」「観てもらいたい」ということになり、参加を決めました。

──同僚の先生から話を聞いた時、KWNの活動概要についてどんな印象をおもちになりましたか?

 それこそ20年近く前なのでその時のことを鮮明には覚えていないのですが、今まで校内にしか発していなかったものを、校外に発表できる機会を与えられることに対して好印象をもった記憶があります。他にも映像コンテストはあったのですが、クローズドな開催が多く、KWNが良かったのはオープンなところ。ネット上で世界中の人に作品を観てもらえるチャンスがあるのはとても魅力的でした。

──参加されての感想をお聞かせください。

 コンテストだけで終わらず、表彰式や参加校との交流の場まで用意してくれたのをありがたく感じました。東部中学校時代には、まだワークショップは行われていませんでしたが、そうした制作支援も含め、子どもたちや学校のことをよく考えたプログラムだと思います。

──松本市立奈川中学校でもKWNに参加されています。続ける難しさはありますか?

 東部中学校の後に2年間、閉校が決まっていた学校では参加できませんでした。逆に、学校が替わっても続けていらっしゃる先生方から勉強させていただきたいです。やはり私たちは、新しい学校に移ることで環境がゼロからになってしまいます。いちばん大切なのは子どもたちの意識です。子どもたちに興味がないと、やはり成長度合いも違ってきます。撮影や編集、番組制作の経験が全くないと活動したくても厳しいものがありました。機材などの環境や他の先生方の理解、部活の有無など、本当に状況に左右されます。実際のところ、奈川中学校ではKWNに参加できましたが、その後異動した学校では映像制作を続けられていません。

 もちろん、KWNに参加しなかった学校の子どもたちが、やる気がないとか、そういうことではありません。あくまでもタイミングというか、その時の状況によるものでした。

──奈川中学校ではどうして続けられたのでしょうか?

 奈川中は、各学年の人数が一桁しかいない小規模な学校でした。在籍した3年間、私は女の子5人だけのクラスを1年生から3年生まで担任しました。総合的な学習の時間が週に2コマあり、学習テーマや教材が自由だったので、東部中学校時代に培った経験と知識を生かせると思い、クラス全員、といっても私を含めて6人ですが、子どもたちに提案し、参加することが決まりました。カメラ機材を借りられるのも、決めた大きな理由の1つになります。

 また奈川中学校に赴任した時、担当した生徒たちの最初の印象は「なんて大人しい子どもたちなんだろう」でした。保育園のころから同じメンバーでやってきて、他の地域の人と接する機会も少ないので、仕方がないかもしれませんが、自己表現や考えていることを相手に伝えようとすることを躊躇するところがあると感じました。「自分をもっと表に出せるようになるためにはどうしたらいいか」を考えた時に、KWNに参加して映像制作をするのがピッタリだと思ったのです。

学校の学習内容にも合致した 非常に有意義な存在です

──最優秀作品賞を何度も受賞されましたが、当時のことを振り返って、今でも印象に残っていることはありますか?

 印象に残っていることはたくさんありますが、例えば、先ほど述べた奈川中学校の生徒の成長です。初めて会った時の印象は、とにかく大人しい生徒たちでした。5人の第1作目である「水底の記念写真」(2010年度)の制作では、取材の申し込みや企画の説明、ご挨拶、実際のインタビューなど、できるだけ子どもたちが前面に出て行うようにしたり、任せるところは任せたりしました。最初は恥ずかしがったり、声が小さかったりしていましたが、3年目の「野麦峠を越えた少女たち」の頃には、自分たちから大人に話しかけたり、答えに対して質問を返したり、「あれ、こんなにたくましく成長したの!!」と驚くほど、自己表現力が高まっていたのです。

 入賞してからは取材を受ける機会も多かったのですが、授業中に質問をしても黙っているような子たちが、自分の言葉でどんどん受け応えしていました。KWNの活動に参加した成果を実感できた瞬間です。

──一気に世界が広がって、いきなり知らない大人たちと接する機会が多くなったのですから、影響力も大きいですよね。

 そうだと思います。いい作品を作ろうと思えば、人の話をちゃんと聞かないといけないとか、何を質問するか自分で考えなければいけないとか、責任をもって行動しなければなりません。そういった経験が子どもたちを大きく成長させたと思います。

──原先生が子どもたちを指導する時に、特に意識をしたことは何ですか?

 映像コンテストなので良い作品を作ることはもちろん大切だと思いますが、あくまでも子どもたちの成長が目的です。ですから、作品を完成させた時に、「自分たちで作った」「自分たちで成し遂げた」と実感できるような活動になることが重要です。指導者が基本的な部分は事前に指導したり説明したりして押さえつつも、実際の活動場面、制作場面では前に出すぎないようにすること。「見本を見せ、わかるように説明し、生徒自身に挑戦させて、成果を褒める」のくり返しが重要だと考えていました。しっかりとサポートしつつも、いかに裏方に回るかを常に意識していたと思います。

──先生ご自身にもいい思い出になったのではないですか?

 子どもたちとのやりとりは、本当にいろいろ覚えています。大人では思いつかないような映像や、考え方を見せつけられて、驚いたこともたくさんありました。

 江戸時代の人に扮した「水は世界をめぐる」では、12月に裸足で田んぼに入って撮影をしたこともありました。相当寒かったはずなのに、そんな表情はいっさい見せず、「カット!」の声と同時に「寒い~!!」と。その時の顔は今でも覚えています。

 奈川中学で「私が守りたいもの…」(2011年度)を作った時も、雪が降っている中、半袖半ズボンでの撮影もありましたし、「野麦峠を越えた少女たち」(2012年度)では雪山を登山しての撮影もありました。

 今回インタビューを受けていて、本当にいろいろなシーンが思い出されます。彼ら、彼女たちとは成人式の時に再会し、グローバルコンテスで海外に行った話も含めて思い出話をしました。

──映像制作だけではく、授賞式や他校との交流など、さまざまなプログラムに参加するのもいい経験になるのでしょうね。

 長野の中学校にいるだけでは、海外の人と直接話をする機会は少ないかもしれません。大人が想像する以上に影響はあったと思います。視野も広がったはずです。

──子どもたちにとってのKWNの価値についてはいかがでしょうか?

 KWNに限らず、子どもたちが作る映像作品は、地域の歴史を探るとか、環境問題がテーマになることも多く、それは9教科を横断した学習になります。また当然、総合的な学習の時間、道徳、キャリア教育など、そういった学習にも繋がるので、非常に優れた取り組みだと思います。さらにKWNの場合、そこに海外や他校との交流など、映像制作以外のプラスアルファな機会が加わります。客観的に見ても、学校の学習内容にも合致した非常に有意義なプログラムだと思います。

──ありがとうございます。最後に先生たちへのメッセージをお願いします。

 KWNのような、子どもたちにとってプラスになる学習活動はなかなかありません。学生時代に動画投稿をしていた世代がこれから先生になっていくと思うので、映像制作のハードルは、私が始めたころよりも低いと思います。一緒に楽しみながら、子どもたちが頑張る姿を見守ることができれば最高です。ぜひチャレンジして、子どもたちの成長を応援してみてください。

印象に残っている作品

「We are from…」

(2011年度/福島県 いわき市立磐崎中学校)

「映像作品のテーマは、そこに住み、その時にそこにいた子どもたちだからこそ描けるテーマであることが一番だと思います。そう言う意味で、あの年にいちばん表現したい、伝えたいことを表現したこの作品は素晴らしいと思いました」

関連作品

2006年度 最優秀作品賞受賞作品

長野県・東御市立東部中学校

「郷土の歴史に学ぶ
~お地蔵さんが語るもの~」

Interview03 学校だけでは得られない さまざまな経験ができる 亀岡 点さん 福島県・いわき市立中央台南中学校 教諭 Interview03 学校だけでは得られない さまざまな経験ができる 亀岡 点さん 福島県・いわき市立中央台南中学校 教諭
東日本大震災をきっかけに 動画制作に対する考え方が変わった

──KWNに参加をしたきっかけを教えてください。

亀岡(敬称略) 四倉中学校に赴任した際、放送委員会の顧問を任せられたのが動画制作に携わるようになったきっかけです。某コンテストで全国大会に選出されるなど、それなりに実績を残したところ、KWNの事務局の方からお声がけいただきました。公立中学校の委員会なので活動予算に限りがあるため、機材の貸出は正直、魅力でした。またKWNは作品提出の締め切りが1月で、他のコンテストと時期が重ならないことも、参加を決めた理由の1つです。

──KWNに対する印象はどうですか?

亀岡 最初はよくわからないまま参加していましたが、他の学校や地域の作品を観ると、やはり新鮮ですし、影響を受けることもあります。例えば以前、逆上がりをテーマにした小学生の作品があって、「小学生はこんな視点をもっているのか」と、感心をしたことがありました。地域や年齢によって、いろいろな視点があるのでいつも勉強になります。

──KWNをはじめ映像コンテストに参加されるのは、やはり子どもたちにいい影響を与えるとお考えだからでしょうか?

亀岡 そうですね。KWNには2007年から参加していますが、2011年の東日本大震災を経験して、動画制作に対する考え方がガラリと変わりました。震災前は、校内で完結させるというか、校外での撮影もありましたが、あまり外に目を向けていませんでした。しかし震災があって、多くの方に福島に目を向けていただいて、当事者である我々が、福島から何か発信しなければいけないと思うようになったのです。

 また、中学生にとって大人は、教師や親ぐらいしかいないので、本当に狭い社会で暮らしています。子どもたちのことを考えた時、やはり教室を出て、いろいろな人と接し、経験することが成長に繋がると考えました。

──初めて入賞されたのはいつですか?

亀岡 最初に参加した2007年です。それ以降は毎年入賞していて、唯一、佳作に甘んじたのは2016年でした。ちょうど異動の年だったので、そのまま映像制作を辞めようと思ったのですが、仙台でのワークショップに参加して、新しい赴任先の子どもたちがKWNに興味を示したので続けることにしました。

──学校が変わると、設備や環境はもちろん、映像制作の活動に対する理解も違うのではないでしょうか?

亀岡 はい、その通りです。最初が大変で、まずは子どもたちに理解してもらうために、放送の活動とは何かから説明しなければなりません。押し付けや義務ではなく、自分からやりたいという子でないと、長続きしませんし、嫌々やっても成長につながらないので、最初のメンバーを決めるのは本当に大変です。

子どもたちのちょっとした 喜びや気付きを大切に

──最近は総合的な学習の時間にKWNを取り入れる学校も増えてきました。これについて亀岡先生はどう思われますか?

亀岡 私のように希望者を募るのも、授業に取り入れるのも、どちらもありだと思います。例えば、総合学習の授業で今年(2023年)は震災や復興をテーマに勉強しました。実は今の中学1年生は震災の年に生まれたので、震災の記憶がありません。授業で勉強していくうちに、福島復興の始まりである震災について、「もっと知りたい」という想いが子どもたちの間で高まって、今年のKWN参加作品は、授業で勉強したことに関連した映像作品になっています。

──映像制作をする時に、子どもたちに対してどんなスタンスで接していますか?

亀岡 子どもたちの「やりたい気持ち」「興味」を尊重しています。私から「これをやれ」「あれをやれ」はありません。それに今の子どもたちは全員がタブレットを持っていて、動画にも慣れています。撮影に関するテクニカルな部分も、実際に機材を扱えば直ぐに覚えますし、「下から撮るとどう?」「肩越しに撮ってみたら」など、ヒントは言いますが、子どもたち自身が考えて撮影しています。

 私自身は、みんなの予定を聞いてスケジュール調整をするコーディネーターであり、マネジャーの役割だと思っています。

──テーマを決めるのも子どもたちですか?

亀岡 はい。ただし、今はSDGsが作品テーマの要件になっていますが、SDGsありきでは考えていません。例えば2020年度の作品「2030年エネルギーの旅」は、環境と暮らしがテーマでしたし、今年度のテーマは震災です。SDGsの解釈は広いので、あまり型にはめないで、子どもたちの自由な発想を優先しています。

──先ほど、震災を経験して作品に対する考え方が変わったとおっしゃいましたが、子どもへの指導方法も変わりましたか?

亀岡 指導方法は変わりませんが、作品の位置付けは変わりました。震災前は、作品を作ってコンテストに出るのが目標という部分が強かったですが、震災以降は、動画制作を通じて経験した過程が大切だと。そして思うままに撮った映像を、想いを伝えるために編集し、形にしたのが映像作品であり、作品に残すことで子どもたちも喜びを感じられると思うようになりました。

──子どもたちの成長をどんな時に感じますか?

亀岡 映像制作の活動を離れた時です。例えば、作品でナレーションをした子が学年委員長として人前で話す時に、すごく説得力のある話し方をしたり、文化祭など何か企画がある時に、放送委員会の子どもたちが中心になってみんなをまとめたりとか。映像制作で培った人間関係の築き方や、リーダーシップの取り方などが、いろいろな場面で活かされているのを目の当たりにすると成長したと感じます。コンテストで1番になることは、それはそれで素晴らしいことですが、中学を卒業した生徒たちの近況を聞いて、映像制作で培ったことが活かされていると感じることがよくあって、その1つ1つが嬉しいです。

──KWNでの入賞は意識しますか?

亀岡 入賞をすると東京に行けたり、さまざまなイベントに参加できたりするので、常に入賞を目標にしています。子どもたちにとって、東京に行くのは大イベントですし、他の学校の人たちとの交流や、キッズレポートなどの経験は本当に貴重だと思うからです。

 また、入賞すると世界中の人たちに動画を観てもらえる機会が増えます。作品ではありませんが、KWNキッズレポートで大阪のパナソニック本社に行った動画は約2万8000アクセスあったようですし、県知事から称賛のお電話もいただきました。反響が大きいと子どもたちのモチベーションにもなります。

──KWNの意義は何だと思いますか?

亀岡 子どもたちの目を学校の外に向けさせられることが1番です。今でこそキャリア教育だ、社会貢献だと言われていますが、「教室が全て」という考えの先生もまだ少なからずいらっしゃいます。子どもたちも、その方が楽なんです。しかし、外に目を向けることで、例えば、先生や両親以外の大人との接し方も学べるわけです。学校だけでは得られないさまざまな経験ができるのがKWNの良さだと思います。今後も、子どもたちを学校の外に連れ出すような企画を増やしてほしいです。

──最後に、他の先生たちへメッセージをお願いします。

亀岡 やはり大切なのは子どもたちの視点だと思います。逆上がりができるまでを5分間にまとめた小学生の作品の話をしましたが、子どもならではの視点に驚かされました。大きなテーマでなくても、子どものちょっとした喜びとか、気付きを大切にしてください。

印象に残っている作品

「CYCLE OF LIFE」

(2017年度/茨城県 INSTITUTO EDUCARE)

「工事現場で働くブラジル人の1日を淡々と追った作品です。いけないと思いつつも、実際には日本でも差別があるという現実を突きつけられた感じがしました。映像講師のパクさんが同じ人で作品を撮っていて、そこまで繋がっていたのもすごいと思いました」

関連作品

2023年度 最優秀作品賞受賞作品

福島県・いわき市立中央台南中学校

「Coming Back Home ~帰郷~」

Interview04 協働性が身についていく 子どもたちの姿を見た時に 成長を実感 樫原 泰史さん 熊本県 南関町立南関第二小学校教諭 Interview04 協働性が身についていく 子どもたちの姿を見た時に 成長を実感 樫原 泰史さん 熊本県 南関町立南関第二小学校教諭
子どもたちの生き生きとしている姿を 見るのはとても嬉しいことです

──樫原先生がKWNに参加された経緯を教えてください。

樫原(敬称略) 2011年に熊本県の人吉市立中原小学校に赴任した際に、KWNの前担当者が異動したので、私が引き継いだのが始まりです。中原小学校は情報関係に力を入れていて、当時はまだ珍しく、全校児童にタブレットを配付していました。情報委員会というホームページのブログ更新など、ネット関係を扱っていた委員会があり、その活動の一環として、KWNに参加していたのです。

 私は情報関係にあまり詳しくなかったのですが、子どもたちと一緒に勉強しながら参加しました。翌年はホームページの管理を任されたため担当を外れましたが、2013年から再任。校歌をテーマにした「大切にしたい、わたしたちの校歌」(2013年度)で佳作を受賞しました。全世界の人たちに作品を観てもらえる可能性があったので、とても感動したのを覚えています。

──KWNの概要を知り、最初はどう思いましたか?

樫原 「すごいことをやっているな」が正直な感想でした。プロ仕様のビデオカメラを無償で貸し出してくれることに最初は驚きました。やはり本物に触れるのは、子どもたちにとってもいい経験になりますし、モチベーションがグンと上がります。

 また、学校の教育課程ではできない経験によって、子どもたちの創造性と協働性を伸ばせることへの期待、それも楽しみながらなので、どのくらい成長するかワクワクもしました。学校教育はテーマが決まっていることが多いのに対して、KWNは自由に活動できる部分が大きいですよね。子どもたちの生き生きとしている姿を見るのはとても嬉しいことでした。

──2015年まで中原小学校でKWNの活動に参加し、異動先の桜山小学校でも映像制作を続けました。

樫原 やはり2011年に初めて参加し、子どもたちの成長に繋がると感じたのが私の中では大きかったです。その後、「できっこないからやらなくちゃ」(2015年度)で、鉄棒の逆上がりができない子や、跳び箱を跳べない子ができるまでを追った作品を撮ったのですが、逆上がりが初めてできた瞬間、跳び箱が跳べた瞬間をカメラに記録として収めることができたのです。映像に残った子どもたちの嬉しそうな顔を見て、「やはりこれは素晴らしい取り組みだ」と実感し、学校が変わっても続けたいと思いました。

──新しい学校でKWNの活動を続けるのはハードルが高くなかったですか?

樫原 私自身はKWNの取り組みが子どもたちの教育にいい影響を与えると信じていたので、異動先の学校でも校長と教頭にきちんと説明しました。またカメラ機材を無償で貸し出してくれるので、学校側の費用負担もなく、ハードルはそれほど高くありませんでした。

 例えば現在の赴任先である南関第二小学校が、重点的に育てている能力は「考える力」「協働する力」「がんばり抜く力」なので、その3つの目標はKWNの活動でもしっかり育むことができます。どの学校でも反対されることなく続けられました。

子どもたちの作品が完成した時が 手応えを感じるいちばんの瞬間

──映像制作の指導をするうえで、心掛けていることは何ですか?

樫原 最近はSNSに気軽に動画をアップしている子も多いのですが、「どうしてKWNに参加するのか」と聞かれたら、いちばんの理由は協働性を育むためです。配信用の動画撮影は1人でも撮れますが、KWNの活動は、チームでテーマを考え、役割を決め、試行錯誤しながら多くの人と接して1本の作品を作っていきます。そもそも自分の個性を生かし、役割を果たすのが社会であり、誰かが欠けても社会がうまく回らないのと同じように、「この役職はいらないよね」というのは映像制作にはありません。映像制作で経験することは、社会においても必要なので、それを子どもたちが気付けるようにしています。

──子どもたちとの距離感も難しいですよね。

樫原 手取り足取り教えるのは簡単ですが、主役は子どもたちです。映像制作だけではないのですが、「私の言っていることは、あくまでも一つの意見として考えてください」と子どもたちには常々言っています。「誰だれちゃんが言っているからやろうではなく、発言や決定には必ず根拠が伴うので、他の人の意見に賛同するならきちんと納得をしてからにしましょうね」ということは伝えています。

──小学生ですと保護者の理解も必要だと思います。

樫原 中原小学校はネット関係が進んでいて、ホームページを作成した時点で肖像権や取材の許可を年度ごとに保護者に取っていました。そのノウハウがあったので、桜山小学校、南関第二小学校に異動してからも、いちばん最初に保護者の承諾を取っています。

──間近で見ていて、子どもたちの成長をどんな時に感じますか?

樫原 最初、子どもたちは、「自分はこうしたい」「こうすればいいじゃん」と、自分の意見を言うばかりです。ですから、まずは撮りたいものを自由に撮らせています。そうすると、みんなもめずに撮りたいものを撮ることができます。そのうちに、「私はこれを撮りたかったけど、誰だれちゃんの方がいいよね」と、他の人を褒め始めます。動画を合体させたり、試行錯誤させていくうちに、自分が撮りたいだけだったのが、誰かと一緒にやる楽しさに気付くのです。協働性が身に付いていく姿を毎年見ていて、そんな時は成長を感じます。

 協調性と協働性は少し違うと思っていて、協調性はみんなで和を乱さずにやっていくイメージですが、協働性は同じ目的を達成するために、どうやったら上手くいくかをみんなで考える力だと考えています。協調性を重視し、和を乱さないために自分の意見を飲み込んでいた子が、目的を達成するためにはそれではいけないと気付き、自分の考えを伝えるようになる。子どもたちのそんな変化を感じることもよくあります。

──この5年、10年でカメラや編集ソフトの性能も上がりました。動画が身近になるなど、子どもたちを取り巻く環境も変化しています。時代とともに先生の考え方に変化はありましたか?

樫原 私個人は変わらないです。変化といえば、技術的な部分で最初のころは手探りだったのが、今は落ち着いて指導できるようになったことぐらいでしょうか。

──入賞することで手応えを感じますか?

樫原 入賞することが手応えかと言えば、私自身は感じませんし、感じてはいけないと思っています。入賞を前提とすると、どうしても欲が出て、傾向と対策を考えたり、テクニカルな部分に走ったりするなど、私自身が流されてしまいそうです。また子どもたちも先輩たちの成績を気にして楽しくなくなると思います。

 もちろんそれを否定するわけではなく、入賞を目指すことが子どもたちのモチベーションの1つになることは確かです。でも私のゴールは作品を完成させること。完成した瞬間が手ごたえを感じる時で、入賞は、また別の部分で嬉しいことだと思っています。

──子どもたちにとってKWNの存在価値はどこだと思いますか?

樫原 私が教師を続けているのは、子どもたちの成長の瞬間に立ち会えるからです。KWNのすごさは、ともすれば学校の中で目立ちにくかったり、成長を実感しにくかったりする子にもスポットライトがあたること。ライトがあたった子の成長には目を見張るものがあります。

 また先日、20周年記念動画「レッツ!ジャンプルダンス!」を撮ったところ、ピンバッチが届きました。記念品があると子どもたちも喜びますし、思い出として心に残ります。そんな配慮もKWNの素晴らしさの1つです。

──では、最後にKWNに興味を持っている先生たちへメッセージをお願いします。

樫原 KWNに参加することで、子どもたちの新たな一面を発見できると思います。映像制作というと、難しいイメージがあるかもしれませんが、子どもたちが撮りたいものを撮り、残したいものを残す。それは唯一無二の作品になります。子どもたちと一緒に楽しむ気持ちで気軽に参加してください。

印象に残っている作品

「未来に、咲け-桜とSAKURA-」

(2017年度/神奈川県 森村学園初等部)

「影絵のようなものを使っていて、CGも駆使している感じだったのですが、テーマを伝えるために今までにない技術革新を行ったのがすごいと思いました。ナレーションの言葉も日本の桜のすごさを実感できるほど心に響き、映像の力をひしひしと感じました」

関連作品

2017年度 最優秀作品賞受賞作品

熊本県・荒尾市立桜山小学校

「感情」

Interview05 子どもたちの 「生きる力」を引き出してくれる KWNに感謝しています 澤田 晶子さん 岩手県・久慈市立久喜小学校元校長 Interview05 子どもたちの 「生きる力」を引き出してくれる KWNに感謝しています 澤田 晶子さん 岩手県・久慈市立久喜小学校元校長
意欲的に映像制作に取り組む姿が とても頼もしく思えた

──被災地の子どもたちを対象とした復興支援プログラム「きっと わらえる 2021※」に参加した経緯を教えてください。

澤田(敬称略) 被災後、その年は無事に卒業式が終わり、4月に始業式、入学式を迎えて本格的な復興教育の1年が始まりました。6月にパナソニックの映像制作支援プログラムについての連絡を受け、数日後には、事務局の方から事業の趣旨を説明する電話をいただきました。話をお聞きして、パナソニックの方たちの想いと本校の復興教育への願いが合致していると確信。子どもたちによるビデオ制作活動をサポートする教育支援プログラム「今、つたえたいこと」のビデオ制作を通して、協調性、創造性を育て、何よりも震災から学んだこと、そして、子どもたちがこれからどう生きていくかを発信することの意義を確認できたのです。

 結果、ビデオ制作にチャレンジし、行動することで、震災経験を糧に、前に進むことができるのではないかと、子どもの生きる力を信じてプロジェクトへの参加を決意。職員会議で全員一致の承認をいただき、久慈市教育委員会にも了承を得ました。

──「きっと わらえる 2021」に参加した子どもたちを見て、どう思いましたか?

澤田 2011年9月12日と13日の2日間、このプログラムが開催されたのですが、「今、つたえたいこと」の映像制作を担当した5、6年生たちが、嬉々として撮影に取り組んでいました。プロのカメラマンの方に見守っていただきながら、6年生がリーダーとなり、監督、カメラマン、音声、シナリオ作り、出演、編集など、役割分担をして意欲的に映像制作に取り組む姿を見て、6年生がとても頼もしく思えたのを覚えています。教室だけでなく、まだ瓦礫が残る海岸でも撮影したのですが、「地震が起きたらすぐ高台に逃げてください!」と、イラストや絵を見せながら呼びかける子どもたちの姿が忘れられません。

──今振り返ってみて、子どもたちの作品についてはいかがでしょうか?

澤田 10年後の自分に向けた「未来へのメッセージ」も、6年生が全学年の映像制作を担当しました。これら2つの映像は、子どもたちの手による貴重な記録映像です。「今、つたえたいこと」は、子どもの拙い編集ではありますが、未曾有の震災を経験した中で震災と真剣に向き合い、嘘のない子どもの「浜言葉」で語られた、真実のフィルムとなりました。

 もし、久喜小学校の子どもやその家族、地域の方が1人でも震災の犠牲になっていたら、私はこの企画を引き受けなかったと思います。みんな無事であったことが奇跡であり幸運でした。その奇跡と幸運に背中を押され、子どもたちは前に進む勇気を得、自分の経験した津波の恐ろしさを語り、津波から命を守ることの大切さを訴えました。また、家族や地域の方々に守られていることへの感謝の気持ちも伝えています。

──「きっと わらえる 2021」は、子どもたちにどんな影響を及ぼしたとお考えですか?

澤田 その後、6年生が石けんを手作りして販売し、その売上金を震災でお世話になった地域の代表の方に贈呈したり、5、6年生が「生きる〜久喜の海とともに」という作品を撮ってKWNに参加するなど、「きっと わらえる 2021」での映像制作を一度きりの活動で終わらせることなく、仲間と協力し、継続発展させました。これから自分はどう生きていくかを真剣に考えながら、地域との絆をも深めていったのです。

 子どもたちが作った映像は、「命の大切さ」という課題に真摯に向き合きった作品。その答えを地域だけでなく、日本中、世界中の人に伝えることができました。この映像に残る子どもたちの笑顔と真実は、未来に生きる子どものみならず、大人たちにも勇気と励ましを与えてくれたと思います。

少年と新成人になった顔が重なり 感慨もひとしお

──「未来へのメッセージ」を封入したタイムカプセルを10年後に開封しました。

澤田 プログラムに参加した子どもたちが成人式で地元に集まるのを機に、2020年1月13日、久喜防災センターにおいて新成人9名と関係者7名による「未来へのメッセージ」の上映会を開催しました。

 9年前の映像の中の1つに、「〇〇君、今でも僕と親友でいますか?」と呼びかけるシーンがあったのですが、当事者である2人が照れ笑いをしながら涙する姿に、当時の6年生の可愛い少年の顔と今の新成人になった顔が重なって、私までもらい泣き。感慨もひとしおでした。

 会場に集まった子どもたちは、未来の自分に送ったメッセージ通りに夢を叶えた子、夢半ばの子、まだまだ自分の道に迷っている子などさまざまでした。でも、どの子にとってもこの映像が、今の、そして、これからの自分への励ましや勇気となって、応援し続けてくれるに違いないと感じました。そしてみんなが元気に、一歩一歩、力強く、大人の階段を登って行ってほしいと、心から願いました。

──KWNに期待することはありますか?

澤田 この先20年、30年、もっと先の未来にも残る、子どもの「生きる力」を引き出してくれるKWNプロジェクトに、復興教育の一環として、参加できたことに心から感謝します。ありがとうございました。

 今後も災害復興、SDGsなど時代や社会の問題に加え、いじめなど、身近で切実な問題や課題にも取り組んでほしいと思います。濁りや嘘のない心と言葉で、小中高生だからできる、世界を変えていく映像作りに挑戦してもらいたいです。

 真実を見極める力と国際的視野を持ち、世界の平和に貢献できる活動を、KWNプロジェクトに後押ししていただけたら幸いです。

※復興支援プログラム「きっと わらえる 2021」は、パナソニックが映像制作を通じて被災地の子どもたちに笑顔と元気を取り戻してもらおうと企画されたプログラムです。当社が長年取り組んでいる映像制作支援プログラム「KWN(キッド・ウィットネス・ニュース)」のノウハウを活用したもので、2011年9月13日からスタートしました。

関連作品

2011年度 審査委員特別賞受賞作品

岩手県 久慈市立久喜小学校

「生きる~久喜の海とともに」