学びと仕事をつなぐ米国の“Linked Learning”から学ぶこと

職業が持つ学びの重要性をリアルに感じるキャリア教育を

~教科の視点を組み込むことがポイント~

2021年度から全面実施となる中学校新学習指導要領では、生徒の発達を支える支援としてキャリア教育の充実が明記されました。実際の指導に際して重視すべき観点の一つが、総則で示されている「学ぶことと自己の将来とのつながり」です。いわば「日常の学習と仕事をつなぐキャリア教育」の実践が求められている中で最近注目されているのが、アメリカ・カリフォルニア州を中心に取り組まれている「学びと仕事をつなぐ“Linked Learning”」です。

三村 隆男氏

今回は、昨年現地で実際の研究や活動に触れた経験をもつ早稲田大学教職大学院教授の三村隆男先生から「Linked Learning」のポイントと実践へのヒントについて、『私の行き方発見プログラム』との関わりを交えながら話を伺いました。

■最初に、三村先生がキャリア教育に関わりをもつようになったきっかけを教えてください。

2つのきっかけがあります。私は以前、埼玉県の公立高校で英語の教員をやっていました。当時の私は“点数至上主義”のような教員で、夏休みには受験指導のための補習授業にも力を入れていました。そこで担当していた生徒の一人が国立大学の工学部に見事入学したのですが、しばらくして退学してしまいました。本人にその理由を聞いたところ、「三村先生は英語ができれば工学部に有利だから勉強して受験しなさい、とは言いましたが、自分が将来どのような道に進みたいのか一切聞かなかった。本当は本の編集者になりたかったんです」と本心を語ってくれました。結局、彼は私立大学の人文系の学部に入り直し、今は学術書の編集者になっています。生徒が将来に向けてキャリア形成を行っていく時に、教員として勉強したことが効果的に活きる進路選択とはどのようなものかを考えることの必要性を痛感し、進路指導について本格的に勉強をするようになったことが一つ目のきっかけです。

次の勤務校は就職者の多い学校で、先輩教員と二人で就職指導を担当することになったのですが、その進路指導主事の先生が9月に交通事故で亡くなってしまいました。高卒者の就職活動繁忙期ということもあり、急遽私が進路指導主事を引き継ぐことになり、そこで県の進路指導研究会にも関わりながら本格的に勉強するようになったことがもう一つのきっかけです。

■長年キャリア教育の実践研究に携わっておられる中で、今の日本のキャリア教育の一番の課題は何だとお考えですか?

「職業を本格的に学校教育の中に取り入れていないこと」だと思います。「職場体験だけがキャリア教育ではない」という声はよく聞きますが、では職場体験自体が今の中学校教育の中で十分に行われているかと言えばそうではなく、むしろ日数を縮小しているような現状があります(表1)。歴史的に見ても、日本では「職業を低く見る」という考え方が根強くあります。かつての高度成長時代では、学校教育も知識の習得を主眼とした旧来型の学力観でどうにか持ちこたえてきました。企業や組織の中で、ジェネラルな力を付けて、それぞれのポストで力を発揮し、また異動していくという「メンバーシップ型の雇用」でやっていた時代は、それでよかったかもしれませんが、特定の場でスペシャルな力が求められる「ジョブ型雇用」に移行しようとしている時代では無理だと思います。

これからのキャリア教育に求められる課題は「本当の学びの向上」だと思います。基礎的・汎用的能力や非認知的スキル等も重要ですが、本来は学びをどう深めていくかがポイントで、その中で自分がどのような方向でキャリア形成をしていくかというねらいが達成されるべきです。今の学校教育では学びと自分の生きる方向が乖離しており、それを結びつけるのが職業です。いわば職業は学びの集積・集大成であり、生徒達はキャリア教育を通して、職業が持っている学びの重要性に触れながら、自分の学びをよりリアルに見つめることができるようになります。もちろん、中学校段階で触れることができる職業は限られています。しかし、彼らが将来そうした職業を選択する必要はなくて、「職業に学びが活かされていること」を知ることが、生徒達が学ぶことの意義を直接感じる機会となるのではないでしょうか。つまり、職業が学習の重要な要素になるということで、それが「Linked Learning」の根底にある考え方です。

<表1:中学校における職場体験の実施状況(2017年度)>

表1:中学校における職場体験の実施状況(2017年度)

*(  )内は2016年度の数値

出典:「平成29年度職場体験・インターンシップ実施状況等」
国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センター

■「Linked Learning」のポイントと、日本のキャリア教育の実践に活かせるヒントがあれば教えてください。

学びと学びを結び付ける、学びと地域を結び付ける中核に必ず職業があります。高校生を対象とした「Linked Learning」では、「カレッジ&キャリア・レディネス」という概念を設定しています。つまり、高校卒業後に「大学等に進学する力と就職する力の両方をすべての生徒に準備させなくてはいけない」というのが基本的なコンセプトです。高校を卒業して企業に就職した生徒でも、業務内容の高度化に伴ってもう一度大学等で学ぶことが必要になる可能性が高まっています。学んで仕事をして再び学ぶという繰り返しの中で、大学等に進む力と仕事に就く準備ができていることが、変化し続ける社会に適応するために必要不可欠です。

以下の図1は、米国カリフォルニア州における「Linked Learning」に求められる4つの要素です。特に、「③質の高いキャリアテクニカル教育」は重要で、職業分野を15種類に分け、その下に58の多様なパスウェイ(職種群)を設定し、教科と職業をわかりやすく結びつけています。

「Linked Learning」を導入することによる具体的な成果としては、英語があまり話せない生徒等の中退率が低下し、単位取得率や卒業率などが上昇しているというデータがあります(表2)。また、「Linked Learning」を選択した生徒と選択しなかった生徒の4年後の収入を比較したところ、約1万ドル(約100万円)の違いが出たそうです。このように、「Linked Learning」は特に不利益を被っている層の子どもたちへの効果が大きく、日本でも学力格差や不登校で悩んでいる子どもたちなどに対する学習アプローチの一つとして参考になるのではないでしょうか。

<図1:Linked Learning」の中核となる4つの要素>

①生徒に対する支援とサービス  すべての生徒が「卒業後の学び」と 「働くこと」の局面で、準備のできた 状態で卒業させる。
②	現実世界の職場を活用した 仕事を基盤とした学習  ジョブシャドウ(就業見習い)やインターンシップ、その他の専門性の高いスキルを構築できる機会を活かす。
③質の高いキャリアテクニカル 教育  教科学習で学んだことを現実世界に適用する具体的な知識・技能を身に付ける。
④確かな学び  生徒が大学進学を選択した場合、カリフォルニア州の公立大学の入学要件を満たすことができる。

<表2:Linked Learningの成果(対象グループ毎の統計的な有意差)>

出典:SRI Education (2018).Underserved Students Access & Equity in Linked Learning
-A Report on Pathway Access and Academic Outcomes for Traditionally Underserved Students-, p. 5.

■2018年にカリフォルニア州で「Linked Learning」が実際にどのように機能しているのかを調査されて、どのようなことを感じましたか?

「Linked Learning」をそのままの形で日本に導入することは、社会資源の違いもあり難しいと思います。例えば、「Linked Learning」で学んだ生徒達への奨学金制度や、がんばっている学校へ企業が助成金を出すといったことは日本ではほとんど想定されていません。しかし、確かに難しい面はありますが、日本でもカリフォルニア州とは別の形で試行しようとする動きが出始めており、そうした実践を広げていきたいと考えています。パナソニックの『私の行き方発見プログラム』は、まさに職業とのつながりをテーマにしており、これからも「職業と学校での学習とのつながり」の視点をより大事にしながら、生徒達がそのつながりを見出すためのプログラムとして拡充していくことを期待しています。

「Linked Learning」をテーマに本年8月に行われた日本キャリア教育学会の国際交流セミナー2019でのパネル討論の様子

「Linked Learning」をテーマに本年8月に行われた
日本キャリア教育学会の国際交流セミナー2019でのパネル討論の様子

■職業と学びをつなぐためには、具体的にどのような取り組みが必要でしょうか?

ほとんどの中学校では、職場体験活動を通して少なからず事業所とのつながりをもっていると思います。先生方が事前事後での受け入れ先への挨拶や体験活動の様子を視察することも大事ですが、そうした際に、それぞれの事業所の業務内容の中で、中学校で学ぶ教科が活かされている部分がどこかを情報として集めてみてはどうでしょうか。そして、先生方が集めた情報や資料を持ち寄って、授業の中にそうした内容をどう活かせるかを研究することが大事です。

例えば、ある鉄鋼所ではニッケルというレアメタルが必要で、それをアフリカのザンビアから輸入しています。その取引の際に使った英文のファックスが、すばらしい教材になります。まず英語の先生が関心をもちます。次に社会科の先生が、資源・エネルギーの単元で、日本が様々な国から輸入している資源に依存していることの学習にも関わってくることに気付きます。そして、社会科の先生が「今度、英語の授業で英文のファクスを取り上げると思うけど、それは今日の授業で出てくるレアメタルと関わっているよ」という説明を加えることで、教科間で学習がつながってきます。仮に、英語が苦手で社会科が好きな生徒がいたとして、こうした授業を受けることで、「英語っておもしろいし、英語を勉強することでさらに深く社会の事情を知ることができる」と感じるようになり、教科がつながり、学びが広がっていくと思います。

■『私の行き方発見プログラム』では、どのような展開が考えられますか?

パナソニックには、人々の生活にかかわる多くの分野を事業領域としてカバーしているという強みがあります。現在の『私の行き方発見プログラム』の中にも職業と学習をつなげる素材として、30種類の役割カードがあります。例えば、ある教科に着目して、その教科と関連の深い役割カードを選んでいくような学習方法もあります。教科の視点を入れることがポイントで、単にいろいろな職種を覚えることだけが目的ではありません。また、それぞれの役割カードに関連の深い教科名を記載するような方法もあるかもしれません。これからも、このプログラムを「教科とのつながりを生み出す職業情報」の提供につなげてほしいと思います。教科とつながる職業情報を中学校段階で持っておくことは、高校や大学に行って本当に職業を選択する際のバックグラウンドになります。

仕事は一つの教科だけでやっているわけではありません。同様に社会課題も教科間のコラボレーションがあって始めて解決できます。職業自体が「総合学科」だという言い方もできます。今学んでいることが具体的に将来どういう形で活かされていくのかを知ることで、生徒の学習へのインセンティブにもなります。

「教科の視点に着目した役割カードの活用」を提案する三村先生

「教科の視点に着目した役割カードの活用」を提案する三村先生

■「AIの進展で多くの職業が消えてしまうのでは?」との予測も出ている中で、これからのキャリア教育の方向性をどのように考えますか?

教科と関連付けながら日常の学習と職業をつなげるキャリア教育であれば、職業の転換の仕方を学習につなげるわけですから、汎用性があります。ある職業を学ぶことによって、他の職業にも共通する部分を学べることになります。

これからのキャリア教育は「何がやりたいか」ではなく、「自分には何が求められているのか」を追究する時代です。社会が求めているものがたくさんあり、それに対して自分は何にどのように応えられるのかを模索する時代だと言えます。もちろん、自分がやりたいことを追及していくことも大事です。それと同時に、教科を通して職業を知ることによって、何を学べば職業を通して役割を果たせるのかを模索していけば、将来自分が就ける職業がなくなるということはありえないはずです。そうでないと、地元の活性化もできません。「自分のやりたいこと」を無理に追い求めるのではなく、「自分が今もっている力」を活かせば地域で求められている課題に応えられるかもしれない」という方向にシフトする時代ではないでしょうか。

■最後に、学校現場でキャリア教育を担当されている中学校の先生方へのメッセージをお願いします。

「自分の担当教科の指導を通して、生徒達の生き方に迫ることができるんだ」という意識で、自信を持って他の教科とも連携させながら各教科での授業を展開してほしいと思います。その際、子どもたちが何を求められているのかを感じられるような材料を、それぞれの教科の中に盛り込んでいってください。いわば教科を通した生き方の教育です。 

是非、授業の中核になるキャリア・職業に関する情報・材料を集めるとこからからはじめてほしいと思います。現状では、誤った職業情報を元に進路選択を行うケースも多いようです。カリフォルニア州でも、いかに多くの職業情報を整理して提供していくかがポイントになっています。その意味からも、学校外部の方が講師になって学校に新たな風を送りこむ出前授業はとても有効です。

来年度から全国のすべての学校で導入される「キャリア・パスポート」とのリンクも重要です。生徒達が学んだことを振り返ることができるようなフォーマットを作成するだけでなく、そこで想起した不安や悩みや疑問などを受け止めて、支援的なカウンセリングにつなげることがポイントになります。その際、出前授業を行った企業からのフォローやサポートがあれば、さらに効果的だと思います。生徒に書かせたものを保存するだけで、キャリア・パスポートがタイムカプセルになっては意味がありません。キャリア形成というのは、それぞれの人間の役割の積み重ねと連続です。自分ができることの中で相手が求めることに応えられることは何かを選択して果たすのが役割で、そこから関係性が生まれます。

最後に、中学校は義務教育の最終段階であることを、キャリア教育の面からも改めて認識していただきたいと思います。全国では中卒就職者が約2,500人、高校中退者が約48,500人います。彼らにとっては、中学校までに得た知識や情報が大きな拠り所となります。その意味からも、中退して困った時にどういう人材や機関とつながるのか、職業に就くためにはどのような手立てが必要なのか、教科とのつながりと同様にハローワークやジョブカフェの情報も含めて生徒たちに学ばせておいてほしいと思います。

<三村先生プロフィール>

三村 隆男 TAKAO MIMURA

早稲田大学 教育・総合科学学術院  教職大学院教授

埼玉県立高校の教員、上越教育大学講師、准教授等を経て2008 年より現職。
アジア地区キャリア発達学会副会長、日本キャリア教育学会理事。
近著に『学校マネジメントの視点から見た学校教育研究』(学分社.2019 年3 月発刊)がある。