「キャリア・パスポート」の活用で期待される
生徒と教師の対話的な活動

~『私の行き方発見プログラム』のツール活用も効果的~

いよいよ今年度から、「キャリア・パスポート」が全国の学校で導入されることになります。地域や学校によって様々な工夫や取り組みが行われていると思いますが、実際に導入・活用するにあたり、悩みや課題を感じている先生方も多いのではないでしょうか。
2020年度の第2号となる今回は、「キャリア・パスポート」をより効果的に活用するためのポイントについて、「私の行き方発見プログラム」との関連も交えながら、長年にわたり中学校のキャリア教育に携わってこられた公益財団法人日本進路指導協会・理事の関本惠一先生に話を伺いました。

写真:関本先生の顔

関本 惠一 氏

東京音楽大学教授/公益財団法人日本進路指導協会理事
(元全国中学校進路指導・キャリア教育連絡協議会会長)

生徒自身の汎用的能力の育成につながる「キャリア・パスポート」

------ 全国の学校で「キャリア・パスポート」が導入されることになった背景について教え
   てください。

  • 2016年12月に出された中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策について」では、特別活動のワーキンググループで、「特別活動において育成すべき資質・能力を確実に育む観点から、キャリア教育の中核的な指導場面として特別活動が大きな役割を果たすべき」という提言がなされました。
    また、同審議会の総則・評価特別部会でも「小・中・高等学校において発達の段階を踏まえたキャリア教育の推進を総則に位置付ける」との提言が出されたことを受け、今回の学習指導要領に特別活動がキャリア教育の要と記されることになりました。 

  • 特別活動がキャリア教育においてどのような役割を果たすのかを明確に示す必要があり、そのためには、小学校から高等学校までの特別活動をはじめとしたキャリア教育にかかわる活動について、学びのプロセスを記述し、振り返ることができるポートフォリオ的な教材を作成し、活用することが効果的ではないかということになったわけです。その教材を「キャリア・パスポート」と示しています。
    職場体験や出口指導に特化されたキャリア教育ではなく、児童生徒自身のキャリア形成のために必要な汎用的能力を育てていくための方策の一つです。

<中学2年生用「キャリア・パスポート」の様式例(一部)>

 [出所] 「キャリア・パスポート(例示資料)中学校生徒用」文部科学省(2019年3月)

------ 「キャリア・パスポート」の特徴として、どのような点が挙げられるでしょうか。

  • キャリア・パスポートについては、中学校学習指導要領の特別活動で、次のように記されています。
    「学校、家庭及び地域における学習や生活の見通しを立て、学んだことを振り返りながら、新たな学習や生活への意欲につなげたり、将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その 際、生徒が活動を記録し蓄積する教材等を活用すること。」(第2学級活動 3内容の取扱い)
    また、学習指導要領解説(特別活動編)では、キャリア・パスポートのようなポートフォリオ教材を活用した活動を行うことの意義を3つにまとめ、具体的に示しています。(参考1参照)

  • つまり、キャリア・パスポートとは、小学校から高等学校までのキャリア教育に関する諸活動について、特別活動の学級活動及びホームルーム活動を中心として、各教科等と往還し、自らの学習状況やキャリア形成を見通したり振り返ったりしながら、自身の変容や成長を自己評価できるよう工夫されたポートフォリオということです。

  • 教師は、その記述や自己評価に当たっては、対話的に関わり、児童生徒一人一人の目標修正などの改善を支援し、個性を伸ばす指導へとつなげながら、学校、家庭及び地域における学びを自己のキャリア形成に生かそうとする態度を養うよう努めていかなければなりません。そうすることで、生徒の主体的な活動と教師との対話的な活動が学級活動・ホームルーム活動で行われることが期待できます。

【参考1】

<ポートフォリオ教材を活用した活動を行うことの3つの意義>

(1) 中学校の教育活動全体で行うキャリア教育の要としての特別活動の意義が明確になること。

例えば、各教科等における学習や特別活動において学んだこと、体験したことを振り返り、気付いたことや考えたことなどを適時蓄積し、それらを学級活動においてまとめたり、つなぎ合わせたりする活動を行うことにより、目標をもって自律的に生活できるようになったり、各教科等を学ぶ意義についての自覚を深めたり、学ぶ意欲が高まったりするなど、各教科等の学びと特別活動における学びが往還し、教科等の枠を超えて、それぞれの学習が自己のキャリア形成につながっていくことが期待される。

(2) 小学校から中学校、高等学校へと系統的なキャリア教育を進めることに資すること。

例えば都道府県市区町村あるいは中学校区内において、連続した取組が可能となるよう教 材等の工夫や活用方法を共有したりすることは大変有効である。

(3) 生徒にとっては自己理解を深めるためのものとなり、教師にとっては生徒理解を深めるためのもの
  となること。

特に、気付いたことや考えたことを書き留めるだけでなく、それを基に教師との対話をしたり、生徒同士の話合いを行ったりすることを通して、自分自身のよさ、興味・関心など、多面的・多角的に自己理解を深めることになる。また、教師にとっては、一人一人の生徒の様々な面に気付き、生徒理解を深めていくことになる。
[出所]「中学校学習指導要領解説・特別活動編」文部科学省(2017年7月)より抜粋

「今の学びが社会でどう役立つか」の視点で授業に向かうことが重要

------ 「特に、中学校におけるキャリア教育・進路指導で「キャリア・パスポート」を効果的
    に活用するためのポイントについて、具体的に教えてください。

  • 生徒が「自らの学習状況やキャリア形成を見通したり振り返ったりしながら、自身の変容や成長を自己評価できる」ようになるためには、特に「各教科との往還」がポイントになります。

  • 各教科では、学ぶ意義と生き方を結び付ける指導がなされることが必要です。授業の中で、「今の学びが社会でどのように役立つのか」という視点で先生方が取り組むことが大事です(参考2参照)。そのためには、道徳、総合的な学習の時間、特別活動(特に学級活動)も学級担任が行う授業であることを認識し、例えば以下のような視点をもって授業に向かうことです。
▸道徳では、人間としての生き方についての自覚を深め、道徳的実践力を育成する。
▸総合的な学習の時間では、自己の生き方を考えることができるようにする。
▸特別活動では、人間としての生き方についての自覚を深め、自己を生かす能力を養い、体験から学ぶ。
  • そのためには、しっかりとした校内組織を築き、カリキュラム・マネジメントを確立することだと思います。
    具体的には、以下のような指導の流れが考えられます。

  1. 特別活動を軸に、教科・領域ごとに取り組み内容を検討する。
  2. 全体の計画を立てる(カリキュラム・マネジメント)。
  3. キャリア・パスポートの記入場面を考えながら、学校としてのキャリア・パスポートを作成する。
  4. 作成したキャリア・パスポートの活用方法を検討する。
  5. 生徒にキャリア・パスポートを説明する。
    また2~3校の小学校から一つの中学校に進学してくることを考えると、小学校でのキャリア・パスポートが
    共通しているとより効果的だと思います。

【参考2】

<2019年度「私の行き方発見プログラム・出前受業」生徒対象アンケート結果>

■中学校での勉強や活動(部活等)は、将来、仕事に就いた時に役立つと思うか?

事前 とても役に立つ33.1% ある程度は役に立つ55.4% あまり役に立たない8.9% まったく役に立たない1.8% 無回答0.8% 事後 とても役に立つ51.8% ある程度は役に立つ42.0% あまり役に立たない3.8% まったく役に立たない0.9% 無回答1.6%

*出前授業後のアンケートでは、中学校での勉強や活動が将来、仕事に就いた時に「とても役に立つ」と回答した生徒は、事前アンケートの33%から21ポイント上昇。「ある程度は役にたつ」との合計は94%に達し、出前授業の主要なメッセージの一つである「学校での勉強・活動と実際の仕事とのつながり」は生徒たちに届いたものと考えられます。

生徒と教師の双方向の関わりを可能にする出前授業のワークシート

------ パナソニックのキャリア教育支援プログラム「私の行き方発見プログラム」につい ても、
   今年度から、以下のような改訂を行いました。キャリア・パスポートともリンクするよう
   な形で「私の行き方発見プログラム」をより効果的に活用いただくためのヒントや助言が
   あればお願いします。

<2020年度「私の行き方発見プログラム・出前授業」の主な変更点>

  • 文科省のキャリア・パスポート様式例を参考に、グループワークのテーマを「15年後
    のなりたい自分」に変更。
  • グループワークで活用するワークシートの最後に「先生(担当教員)からのメッセージ」
    と「(生徒が)メッセージを読んで気づいたこと・考えたこと」を記入する欄を追加。

  • 人生百年の生涯学習が基本の時代です。「どのように生き、どのような生活を送るのか」は、お金の問題を抜きには考えられません。学校ではお金の問題には、しり込みをして題材とすることは少ないですが、これからは金銭教育ともリンクしたキャリア教育が必要になってくるのではないでしょうか。その意味で、生活設計からのキャリアを考えさせるテーマも必要かと思います。

  • 今回、「私の行き方発見プログラム」の出前授業のワークシートが、キャリア・パスポートの導入に合わせて改訂されましたが、その中で先生からのメッセージが入ることは、素晴らしいことだと思います。生徒からの一方通行のキャリア・パスポートではなく、先生との双方向のキャリア・パスポートは生徒にとっても励みになるのではないでしょうか。
出前授業の最後には、ワークシートを活用したグループワークを通して、学習の振り返りと気づきの共有を行う。
2名の生徒がワークシートに記入している様子

------ 学校臨時休業期間中のキャリア教育に関する学習支援の一助として、「私の行き方 発見
   プログラム」で使う以下の教材コンテンツを、ポータルサイトからダウンロードできるよ
   うにしています。このコンテンツを含め、「休校期間中でも取り組めるようなキャリア
   教育」に関して、ヒントやアドバイスがあればお願いします。

<ダウンロードが可能な「私の行き方発見プログラム」の教材コンテンツ>

  • 日本の企業活動クイズ(プログラム①:会社の役割発見)   
  • エピソードシート(プログラム②:職業と能力の関係発見) 
  • 偉人や有名人の残した言葉・格言(プログラム④:自分の“行き方”発見)
  • 私が日頃感じているのは、「子供たちが職業を知らない」ということです。日本の就職のシステムに原因があるのかと思います。職業を選ぶのではなく、多くは会社を選んでいます。ですから、将来なりたい仕事はと聞かれても、高校3年生でも、かなりの生徒が「わからない」と答えます。もっともっと仕事そのものを知る機会があればと思っています。職業を調べ、また職業の連鎖を調べる。そうすれば、幅広い職業からの選択ができるのではないでしょうか。
  • 私が中学校の担任時代に実践したのは、夏休みの一日、「朝8時から夕方17時までの間に出会った職業を書き出してみよう」という活動です。これはいろいろな場面に応用できます。例えば、職場体験の場では「体験した仕事と関連のある仕事を書き出してみよう」や、プロ野球選手を目指している生徒に対しては「プロ野球を支える仕事を書き出してみよう」などが考えられます。家にいる今なら、保護者に聞いたり自分で調べたりする時間は十分にあると思います。
    「私の行き方発見プログラム」の教材の中にはウェブサイトからダウンロードできるコンテンツもあるので、これらを活用することも一つの方法だと思います。(参考3参照)

【参考3】

<学校休校期間中に活用できる「私の行き方発見プログラム」の教材コンテンツ例>

■“職業調べ”につながる「日本の企業活動クイズ」

日本にはどれくらいの種類の産業があるだろう? 知っている産業をあげてみよう
大きく20種類ある! A農業,林業、B漁業、C鉱業,採石業,砂利採取業、D建設業、E製造業(電気機器、菓子、繊維、プラスチック など)、F電気・ガス・熱供給・水道業、G情報通信業、H運輸業,郵便業、I卸売業,小売業(百貨店、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ドラッグストア など)、J金融業,保険業、K不動産業,物品賃貸業、L学術研究,専門・技術サービス業、M宿泊業,飲食サービス業、N生活関連サービス業,娯楽業、O教育,学習支援業(小学校、中学校、図書館、学習塾 など)、P医療,福祉、Q複合サービス事業、Rサービス業(他に分類されないもの)、S公務(他に分類されるものを除く)(市役所、裁判所、消防署 など)T分類不能の産業 (出典「日本標準産業分類 平成26年4月1日施行」総務省)

*具体的な職業調べを行う前の基礎知識として、このクイズ等を活用して、日本の産業の種類 (業種)について大まかな理解は図り、その後、自分が興味・関心を持った業種や企業等に関 わる職業ついてさらに調べていくような展開も考えられます。