【理科で行うキャリア教育のポイント】
日々の授業や小論文などを通して育成する
「情報活用能力」「コミュニケーション能力」「論理的思考力」

今回のパワーアップ情報ファイルは、教科の視点からキャリア教育を考えるシリーズの2回目として、理科を取り上げます。
来年度から全面実施となる中学校の新学習指導要領では、「特別活動を要に各教科等の特質に応じたキャリア教育の充実」が求められています。今回のテーマである理科についてキャリア教育との関連で見ると、特に「日常生活や社会との関連」を重視している点が注目されます。こうした学習を通じて、生徒たちが理科を学ぶことの意義や有用性の実感を高め、 将来に向けた進路選択やキャリアデザインに活かしていくことが期待されます。
こうした観点から今回は、長年にわたり教科等におけるキャリ教育の実践研究に取り組んでいる東京都荒川区立第三中学校で進路指導主任を務める斉藤隆薫先生に、ご自身の担当教科である理科で行うキャリア教育のポイントと、『私の行き方発見プログラム』を理科の視点から効果的に活用するための実践的なヒントについて話を伺いました。

東京都荒川区立第三中学校
進路指導主任 斉藤 隆薫 先生

インタビューに応じていただいた斉藤先生の写真

3年間で9種類の職業に触れる「校内ハローワーク」

------ まず、荒川三中としてのキャリア教育の取り組みについて教えてください。

  • 昨年度までの4年間、荒川区の研究指定校として、「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」の視点を取り入れながら、キャリア教育の「基礎的・汎用的能力」を各教科の中でどのように育成していくのかをテーマにした実践研究を積み重ねてきました。その中では特に、話し合い、ICT機器の活用、学校図書館の活用、外部人材の活用に重点を置き、それらを基礎的・汎用的能力を構成する4つの能力(人間関係形成・社会形成能力、自己理解・自己管理能力、課題対応能力、キャリアプランニング能力)とリンクさせながら、どのようなアプローチができるのかを研究してきました。

  • 本校の学校経営目標でも、「学級・学年・学校等の各組織の中で社会的自立を促すこと」と併せて、「“社会を構成する一員”としての自覚をもたせるため、教科等の中でこれまでのキャリア教育の研究の成果を生かした授業を展開すること」が明記されています。

  • 特徴的な活動としては、荒川区全体で実践している「校内ハローワーク」があります。本校では全校生徒を対象に毎年11月頃に実施しています。毎年30種類の職業から講師を招き、一人の生徒が必ず3種類の講座を受講するもので、3年間で9種類の職業に触れることになります。また、2年生が取り組む職場体験活動には5日間が充てられます。今年度は、新型コロナウイルスの影響で、職場体験の実施は難しいのですが、校内ハローワークについては時期をずらしてなんとか実施したいと考えています。

情報活用能力・コミュニケーション能力・論理的思考力の育成を重視

------ 中学校の新学習指導要領では、「理科で学習することが様々な職業などと関連しているこ
   とにも触れること」という記述があります。斉藤先生は、理科におけるキャリア教育で重
   要な視点は何だとお考えですか?

  • 生徒達から「理科は何のために勉強するの?」と聞かれることがよくあります。基本的に、理科で扱う内容は科学技術の発展に関係していることが多いので、学んだ原理や法則などが日常生活や社会の中でどのように活用されているのかを具体的に伝えていくことを、普段の授業の中で常に意識しています。例えば、塩素系洗浄剤などのパッケージに「まぜるな危険」という注意書きがあるのはなぜなのかを説明する際に、酸塩基反応の話をしたりします。

  • 特に重点を置いているのは、社会的・職業的な自立に必要となるスキルや能力の育成です。例えば、たくさんの情報を精査・分析し活用していく「情報活用能力」は、学習の基盤となる資質・能力の一つです。「コミュニケーション能力」の育成は、どの仕事にもつながります。サイエンスの世界でも、「一人で淡々とやるのが研究ではなく、いろいろな分野の専門家が関わり、ディスカッションしていく中で、新しい原理が見出されたり、新たな発見が生まれる」ことがあります。将来、研究者を目指す生徒はそう多くはないと思いますが、こうした事例などを通して、コミュニケーション力やチームワークの大切さを伝えています。もちろん、科学的な見方・考え方の中核となる「論理的な思考力」の育成も重要です。

<参考>

新学習指導要領・理科におけるキャリア教育に関連する記述

第3 指導計画の作成と内容の取扱い

(10) 科学技術が日常生活や社会を豊かにしていることや安全性の向上に役立っていることに触れること。また、理科で学習することが様々な職業などと関係していることにも触れること。

<解 説>
■生徒が様々な課題に自立的に対応できるようにしていくためには、生徒に理科を学ぶ意義を実感させ、理科の学習で育成を目指す資質・能力が、様々な職業に関連し生かされることに触れるようにすることが大切である。例えば、科学技術に関係する職業に従事する人の話を聴かせることなどが考えられる。

[出所] 「中学校学習指導要領(平成29年告示)解説:理科編」文部科学省(2017年7月)

各能力の育成につながる小論文の作成

------ このような視点に立った授業実践について、具体的な事例を紹介してください。

  • 「情報活用能力」の育成を図るための一般的な学習方法として「調べ学習」がありますが、「ウェブサイトからの引用」や「調べて終わり」といったケースも多く見られます。私の3年生の授業では、テーマを決めて小論文にまとめる活動を取り入れています。今の子供たちは直ぐに答えを求めたがる傾向がありますが、小論文を課すことで、単に答えを探すのではなく、様々な情報を基に調べた上で自分の考えをまとめていくという探究的な活動とすることができます。提出された小論文の評価は、自分の主張が表現できているか、科学的に書かれているか、といった観点から総合的に行います。

  • テーマについては、理科の単元の中から、遺伝やDNAといった大きなテーマを設定し、その中でそれぞれの生徒が興味を持った自分なりの論題を決めて、図書館やタブレットなどを活用しながら調べ、それを基に自分の考えをA4・2~3枚程度にまとめていきます。中には、「世界の食糧問題解決不足のためにこうした遺伝子技術が必要になる」とか、「クローンペットがいる社会は良い社会なのか」など、社会課題と結び付けた切り口で取り組む生徒もいます。

  • 特に生物のDNA・遺伝の単元は、生徒にとっては「覚える」という意識が強く、体験や観察のような活動もあまりありません。その一方で、メディア等で科学技術の進展と人間社会との関わりや倫理的な側面から取り上げられることが多いテーマでもあることから、今後こうした社会課題に自分自身としてどう向き合っていくかということを考える一つのきっかけになれば、という思いもあります。
    他の単元の事例としては、「科学技術と人間」に関連させて、持続可能な社会の構築について発電方法から考え、自分たちなりのエネルギーミックスを導き出すようなテーマを設定することもあります。
生徒が作成した遺伝子組み換えに関する論文、生徒が作成した蚊による人的被害を減らすことは可能かに関する論文、生徒が作成したクローンペット関する論文の画像

「遺伝」という論題に基づいて自分なりの テーマで書かれた実際の小論文(抜粋)

------ 「コミュニケーション力」や「論理的思考力」の育成について、何か工夫されていること
    はありますか?

  • 小論文をまとめていくプロセスも生徒によって様々です。1人で黙々と調べてまとめていくようなタイプの生徒もいれば、他の人と話し合いながら自分の考えをまとめる生徒もいます。図書館で行う時は、6人テーブルに着席するグループが基本にはなりますが、グループを離れて自由に集まって話し合ったり、ソファーに寝そべってタブレットに入力するような生徒もいます。

  • 私としては、この活動を通してできるだけいろいろな人とコミュニケーションをとってほしいと考えていますが、グループ討議を強制的に行わせるような形はとりません。そこで大事にしているのが、小論文を完成させるまでに、必ず他の人に読んでもらい、感想や意見を踏まえて修正する、というプロセスを繰り返すことです。もちろん、完成した小論文をみんなの前で発表することも大事ですが、その前に読んでもらい、いろいろなレスポンスを受け止めながら自分の考えを形成していく、という体験をさせたいと考えています。

  • 生徒たちにとって、自分の課題に取り組みながら、他の人の小論文を読んで意見を述べることはたいへんな作業だと思います。しかし、これから先のことを考えれば、大学のゼミなどでこうした経験が活かされる機会は多いはずです。社会に出てからも、自分が提案した企画に様々な意見が出てブラッシュアップしながら具体化していくといった、PDCAサイクルにもつながる経験の一つだと考え、生徒にもそのことを話すようにしています。

  • また、小論文としてまとめる時に、どのような文章構成にしたら読んでもらえるのかを考えることが重要で、その際に論理的な思考力が大事になってきます。自分の発表に対し他の生徒から「なぜそう思ったのか」と聞かれ、「資料に書いてあったから」と答える生徒も少なくありません。私からは、「自分の書いたことに“わからない”はだめ。決まった答えはないので、自分でこうだという主張があれば何でもいい。ただし、その理由や根拠を示すようにしてね」と言っています。

  • 理科の実験でも、「なぜこうした結果になったのか考えてみよう」と投げかけると、グループで活発な話し合いが行われ、その中で答えを見つけてきます。他の教科の授業でも、普段から話し合い活動を多く取り入れており、生徒同士の学び合いを重視しています。お互いが気軽に聞ける、話ができるという環境を常に意識する中で、こうした授業ができるようになったことが、実践研究の大きな成果だと実感しています。
小論文作成のためパソコンや本を使って調べる女子生徒の様子
小論文作成のためパソコンや本を使って調べる男子生徒の様子
様々なスタイルで小論文に取り組む生徒たち

理科の視点で考える「会社の役割発見」も可能

------ 「私の行き方発見プログラム」の効果的な活用方法について、アドバイスをお願いしま
    す。

  • これまで挙げてきたような能力を育成する上で、学校外部のサポートはとても重要です。例えば、様々な職業の方から、「自分の仕事ではこういう力が必要、こういう能力があった方がいい」といった話を聞くことを通して、「今授業で取り組んでいることと将来の仕事とのつながり」を大枠として理解することは意味があると思います。こうした観点から、私の行き方発見プログラムの「職業と能力の関係発見」(教材プログラム②)や、「学校での勉強・活動と仕事とのつながり」を社員講師が具体的に伝える出前授業は効果的です。

  • 特に理科の視点で考えると、「会社の役割発見」(教材プログラム①)の中で、「それぞれの仕事・役割において理科で学んだことをどう活かすのか」という切り口で取り上げることも可能です。研究所だけが理科を活かす仕事ではありません。例えば、商品開発やマーケティングの仕事で行っている、「消費者のニーズを調査し、そのデータを分析して、今求められている商品のコンセプトや素材・デザインなどを提案するプロセス」は、情報活用能力や論理的思考力という面で見ると、れっきとした理科のスキルの活用事例です。サイエンスというと狭いイメージでとらえがちですが、実際の社会では多くの場面で理科で学ぶ見方や考え方が使われていることを気付かせるきっかけになります。

  • 校内ハローワークで来ていただく講師のみなさんにも、漠然と仕事の内容について話をしてもらうのではなく、それぞれの仕事に必要な能力や、中学生の間に取り組んでおいた方がよいことなどを話していただくよう伝えています。
    こうした外部講師の方々の授業を通じて、生徒たちが「どの仕事にも共通して必要となる能力がある」ことへの気付きを得てくれることを期待しています。コミュニケーション能力もその一つですが、この能力をどのようにして向上させるかという時に、普段の生活も大事ですが、授業の中でそうした訓練ができることを大切にしていきたいと思います。こうした基礎的な能力やスキルが基盤となって、これからの自分のやりたい仕事や役割を目指すようなキャリア形成につながってくればいいと考えています。
<理科の視点に立った「役割カード」の活用例(ワークシート)>
■それぞれの役割カードで、理科で学んだことがどのように関連するのか考えてみよう。