Cross Talk 子どもたちとともに成長してきたKWNの20年 ~未来へと続く意義と役割~ 後編 Cross Talk 子どもたちとともに成長してきたKWNの20年 ~未来へと続く意義と役割~ 後編

日本におけるKWNの活動がスタートしたのが2002年。そして、2005年に「第1回(2004年度)KWN日本コンテスト」が開催され、今年で20周年という節目の年を迎えました。そこで森村学園初等部を入賞常連校に育て上げた榎本 昇先生、映画監督でありKWNの映像講師でもある朴 正一さん、そしてパナソニックホールディングス株式会社 CSR・企業市民活動担当室の福田里香室長に、それぞれの立場から、KWNのこれまでの歩みと現在、さらに今後についてさまざまに語り合っていただきました。最終回となる今回は、「KWNの本質」そして「将来へと進化するために必要なこと」について論じます。

※この鼎談は2024年1月16日に取材したものです。役職名等は当時のものです。

始まりは「せんせいあのね」 各自が疑問をみんなの前で発表

ファシリテーター・香月よう子さん(以下、略)──前回、福田さんがおっしゃられていた「GIFT」。世界、課題、未来を見て伝えるというのは、現在の教育で重視されている課題発見にもつながっていると思います。榎本先生は、子どもたちに対してどう指導しているのか教えてください。

榎本(以下、敬称略) 研修などで他の学校を訪ねた時、「子どもたちにどうやって課題を発見させるのですか?」とよく聞かれます。私は小学校なので、1年生の最初の時期に「せんせいあのね」というのがありますよね。あれがスタートだと思っていて、本当に身近にある疑問や何か変わったことがあって、それを伝えたくなったりする。あれがすべての始まりだと私は思っています。ただそれが成長するにつれ、「そんなことは当たり前だ」「そんなのつまらない」と、身近な疑問にどんどんフタをしていってしまう。それが高学年、中学生、高校生になっていくと、否定されるのが怖くなるから言わなくなってしまうのです。

 そうではなくて、「疑問に思ったことは言ってみよう。そうしたら必ず誰かがヒントをくれるから。大きな世界は変えられないかもしれないけれど、半径1メートルとか50センチ以内の世界なら変えられるかもしれないよ。そうしたら君たちが作品を作った意味があるよね。だから身近な疑問って、すごく些細だと思うかもしれないけど、勇気を持って言ってみよう」と子どもたちに話しています。子どもたちも自分たちが発見した疑問に対して、何かこう解決していこうという気持ちは持っています。そこで疑問を書き出してもらい、みんなの前で発表させてテーマを決めていきます。

朴(以下、敬称略) 話し合いなどではないのですね。

榎本 そうですね。みんなで話し合って何となく出てくるのではなくて、一人ひとりが感じた疑問を真剣にぶつけて、みんなで意見を言い合いながら決めていきます。

 「せんせいあのね」というのが本当に全て。小さい頃から疑問を訊いてあげるだけでも違うと思いますし、それで「何かやってみようか」でいいと。それができていったら、自分たちでも行動してみようと考えます。

 例えば「陽だまりのような君たちへ」(2023年度)では、クラウドファンディングのような形式でお金を扱っています。小学生がお金を稼ぐことへの賛否というか、学校はお金に不可侵なところはありますが、「いいんじゃない。クラウドファンディングは悪いことではないし」と言ってあげました。すると「先生、クラウドファンディングならリターンが必要ですよね」と言うので、「君たちの活動に賛同して寄付をしてくれるのだから、モノがほしいわけではないよね。活動に価値を持たせられるようなリターンを考えてみてはどうかな」と答えたところ、自分たちで犬のイラストを描いて、しおりを作ったのです。ちょっとヒントを与えてあげたら、子どもたちなりに考え、行動したわけです。小学生なので場合によっては制限をかける必要もあるのですが、「小学生だからダメ」とか、フタをしてしまうのは大人なので、それは本当に必要な時だけにしています。

福田(以下、敬称略) 一人ひとりに疑問を書いてもらうというのは、他ではあまりやらないような気がします。でも、一人ひとりに書いてもらうことで、一人ひとりちゃんと見ていますよという子どもたちへのメッセージにもなると思います。

 今回はクラウドファンディングまで登場したということですが、それを学校でやるのはハードルが高かったと思います。でも「ちゃんと見ているから大丈夫だよ。好きにやってごらん」と先生が言えるのは、素晴らしいことです。こういうことをやっていただいて、このKWNを血の通う、有機的なプログラムにしていただいているのは本当にありがたいことです。

朴 正一さん 映画監督/KWN映像講師 米国カルフォルニア州De Anza大学中退後、独学で映像技術を修める。2010年からPanasonic KWN講師として従事。仕事の傍ら自主映画を制作。短編映画「ムイト・プラゼール」が国内外の映画祭にて入選、受賞、劇場公開されている。春には配信、DVD発売予定。 朴 正一さん 映画監督/KWN映像講師 米国カルフォルニア州De Anza大学中退後、独学で映像技術を修める。2010年からPanasonic KWN講師として従事。仕事の傍ら自主映画を制作。短編映画「ムイト・プラゼール」が国内外の映画祭にて入選、受賞、劇場公開されている。春には配信、DVD発売予定。
封鎖的な空間から飛び出して 子どもたちも学びの楽しさを実感

──教務以外に映像制作を指導するのは大変だと思いますが、榎本先生は、どうして続けられているのでしょうか?

榎本 もともと私は教員志望ではありませんでした。学校も嫌いで、小学校時代は登校拒否もしました。でも、嫌いだからこそ見えてくる部分もあります。実際に学校現場に入った時、教員は基本的には学校が好きな人ばかりでした。でも私は、学校の封鎖的な空間が窮屈で、たまに研修などで校外に行くと解放された気持ちになるのです。

 私と同じ感覚の子どもがいるだろうとは思っていましたが、取材で校外に行くと、「こんなことがあったけどどうなの?」「これはどういうこと?」と、子どもたちが積極的に疑問を上げてくるのです。学ぶことの楽しさを実感したのだと思います。本来は学校がそういう場所だったはずが、教室に閉じ込めて効率的に授業を行っているため、学びの楽しさに気が付けないんです。私はそれが今も嫌なので、どんどん子どもたちを外に連れ出したいし、それが子どもたちの成長に繋がると思います。また、この活動を通じて、私自身も広い世界を見ることができましたし、他の教員にも校外に目を向けてほしいと思っています。

福田 教員になる方は、教えることが好きで、教えたいんですね。でも子どもたちはたぶん、教えられたくない。自分たちで考えて好きなことをやりたい。「でも少し心配だから見守っていてね」と振り返ったら、ちゃんと先生がいてくれる。だから好きに走っていけていると感じました。子どもは、枠にとらわれないし、冒険好きですよね。子どもたちを閉じ込めないという榎本先生の考え方はとても素敵だと思います。

榎本 取材先では私自身もすごく勉強になっています。発見も多いです。長い目でみたら、私自身もお金には替えられない価値みたいなものを、KWNの活動から受け取っていると感じています。

福田 それを聞くとすごく嬉しいです。義務に感じるのではなくて自主的というのが素晴らしいと思います。

 ワークショップで子どもたちに、なぜKWNに参加したのか聞くことがよくあります。すると半分ぐらいは、「先生が言ったから」と。子どもたちはまだこの企画に乗り気でないから、そういう時は、映像に興味を持ってもらうところから始めます。プロが使う大きなカメラで興味を引き、監督や音声を決めたりして1回撮らせてみる。それで楽しく感じたらいいと思います。最初はつまらなそうにしていた子が、最後は楽しそうにしていることもよくあります。

福田 最近は、子どもたちが興味のあること、やりたいことばかり強調しすぎるあまり、子どもたちの視野も狭くなっている気もします。世界は広いのに、それではもったいないと感じます。

香月 よう子さん フリーアナウンサー/ 公益財団法人東京学校支援機構評議員 司会、ナレーション、ラジオパーソナリティほか、教育分野においての執筆やアドバイザーなど幅広く活躍。2012年にオンライン授賞式の司会を担当したのを機に、2015年より最終審査会の審査員に就く。 香月 よう子さん フリーアナウンサー/ 公益財団法人東京学校支援機構評議員 司会、ナレーション、ラジオパーソナリティほか、教育分野においての執筆やアドバイザーなど幅広く活躍。2012年にオンライン授賞式の司会を担当したのを機に、2015年より最終審査会の審査員に就く。
成し遂げた達成感や仲間意識を感じられるのは映像制作の強み

──中学生、高校生の成長や変化については、朴さんはどう感じられていますか?

 変化というわけではありませんが、小学生より中学生、中学生より高校生の方が、自分のことを言わなくなっていると思います。大人もそうですが、心の中にモヤモヤしたものだけを抱え込んでいます。高校生になると、撮影技術に関しては長けている子も多いので、私が教えることといえば、「作品にもっと自分たちの想いを乗せられたら、深みが出るし、聞いてくれる人も増えるよ」ということ。モヤモヤを吐き出せるのが映像表現だと思っているので、気持ちの解放について話す機会が増えています。

福田 中学、高校生は素ではなくてもう少し複雑というか、映像を通してなら思い悩んでいることをもっと表現できるのかもしれませんね。

 そうなんです。でも最近は映像テクニックの方に寄っている印象があります。それはそれで素晴らしいのですが、映像は自分を解放させることができます。私自身、自分を解放して幸せになれたので、同じことを子どもたちにも体験してほしいです。

 映像のいいところは、仲間と一緒に作品を作る点。大変なんだけど、仲間と一緒に成し遂げた時の達成感や仲間意識を感じられるのは、映像制作の強みだと思います。

福田 私はフルートを吹くのですが、オーケストラと一緒ですね。大勢の人たちが1つになって成し遂げた時の達成感はたまりません。

 映像制作では無駄な子が1人もいません。のけ者ができないし、全員が必要だから、いじめとかもなくなるわけです。

福田 それぞれの子に役割があって、「自分は任されている」と感じられることで、子どもにとっても責任感が芽生えますし、モチベーションにもつながるのではないでしょうか。

榎本 お話を聞いていて、なるほどと思う部分が多々ありました。学校は、同じ年齢の集団なので、傷つくこともあるし、チームワークの素晴らしさを味わう前に、怖さや不安を感じてしまう。最近、やっと落ち着いてきましたが、コロナ禍による休校が終わった直後は、子どもの中には学校に行きたくない、保護者も離したくないという状態に陥っている家庭もありました。そんな子がいざ登校してくると、幼くなってしまっているのです。

 映像チームで経験をする「お互いに支え合うよさ」は、子どもたちのその後の人生にも有意義だと思っています。中学、高校に進学した時に、もっとチームや集団の楽しさを経験しないと、社会に出た時、何かプロジェクトを完成させたりする時に、コミュニケーションを取るのが難しかったりすると思います。

福田 確かに私たち大人でも在宅勤務に慣れてしまうと、外に出ることがものすごく億劫になったりすることがあります。非常にデリケートなことですし、もちろん無理強いはいけませんけれど、1度、外に出てみたら、「みんなと直接会う方がいいな」など何か感じたり、変わったりするのかもしれませんね。

榎本 勇気を持って踏み出せるかが自立への第1歩なので、小学校ではやはりその部分は大事にしたいです。そうでないと、中学校、高校でもほとんど登校できなくなってしまいます。

 特別支援学校にもワークショップで行きますが、学校の先生から「子どもたちは情報や経験が少ないので幼いです」と言われたことがあります。しかし、子どもたちと対峙すると、幼さを感じたことはなくて。やはり、KWNに参加しようと考える先生の元で育った子どもたちだから、それほど幼くは感じなかったのだと思います。

榎本 取材を通して子どもたちは、いろいろな大人と話をするので、言葉遣いも含め、経験としての影響は計り知れません。また取材をする時は、用意をした質問をするだけではなく、取材相手の返答に対して、自分の中で疑問に感じたことをちゃんと返せるように、実はその練習も結構やっています。そうした積み重ねが大切だと思います。

榎本 昇さん 神奈川県・森村学園初等部 教諭 神奈川県横浜市にある私立小学校、森村学園初等部教諭及びICT担当。2010年からKWN映像コンテストに参加し、指導するチームが最優秀作品賞を4度受賞。2020年から2023年までグローバルサミット日本代表校の指導者。また2019年からはApple Distinguished Educator、2021年からはJamf Heroとしても活動を始める。 榎本 昇さん 神奈川県・森村学園初等部 教諭 神奈川県横浜市にある私立小学校、森村学園初等部教諭及びICT担当。2010年からKWN映像コンテストに参加し、指導するチームが最優秀作品賞を4度受賞。2020年から2023年までグローバルサミット日本代表校の指導者。また2019年からはApple Distinguished Educator、2021年からはJamf Heroとしても活動を始める。
プラットフォームとして成長する KWNの可能性

──最後に、これからのKWNについてお話をおうかがいしたいのですが、これからどう発展していけばさらに面白くなるのかなど、今後の展望や未来についてお聞かせください。

榎本 今までたくさんの作品を作ってきて、「たぶん2度と撮れないだろうな」という映像も数多くありました。そして今年度の作品も、20年、30年経つと1つのアーカイブになると思います。次の世代の子どもたちがそれを見た時に、そこから新しい価値を生み出してくれると信じていますし、反対に、今年の子どもたちが大人になり、親になった時、私が考えていることを、きっと自分たちの子どもの世代に伝えてくれると思っています。

 他のプロジェクト、例えば私が直接関わってはいませんが、「きっと わらえる 2021」も、震災当時の想いはものすごく生々しいかもしれませんが、10年、20年経った時に、教訓であったり、身近な幸せを見つけるきっかけになっていくのではないでしょうか。

 こうしたKWNの活動は、今後も変わらないと思いますので、作品たちが、未来の子どもたちに残すもの、伝えるものになってくれたら嬉しいです。また子どもたちには、その時の視点や価値観、みずみずしさを持ち続けてほしいです。

 子どもでしか気づかない視点は本当にたくさんあります。それは、KWNの活動をしていて私が得た、いちばん大きな価値、財産です。教員としての幅をものすごく広げてくれました。

福田 ありがとうございます。朴さんはどうですか?

 KWNという活動は本当に素晴らしくて、パーフェクトな内容だと思っています。しかし一方で、子どもたちが自分の考えを出せなくて、萎縮していることに危機感を感じています。ですから、KWNがもっと多くの学校に広がっていけばいいと願っていて、その思いを忘れずに、講師も続けていきたいです。

 去年、新潟でワークショップイベントを開催したのですが、終わってから1人の男の子が「先生、このワークショップはろう学校でもできますか?」と聞いてきたのです。「できるよ。どうして?」と聞くと、「僕のお母さんがろう学校の先生をしていて、お母さんの学校でもワークショップをやってくれませんか。僕の方からお母さんに頼みます」と。その場で子どもがこの企画を素晴らしいと感じてくれたのが、本当に嬉しかったです。地道ではありますが、やっていて無駄ではなかったと感動しました。

 また、個人的な話ですが、ワークショップで行った日系ブラジル人の子どもたちに私の映画に出演してもらったことがあります。また、一緒に脚本を書いている人は、被災地で知り合って、ワークショップの時に相談を受けてつながりができました。私自身が子どもたちに成長させてもらっています。

福田 里香さん パナソニック ホールディングス株式会社  CSR・企業市民活動担当室 室長   1986年 松下電器産業株式会社(現パナソニック ホールディングス株式会社)に入社 以降、人事・労政部門にて、パナソニックグループの賃金体系、退職金・年金など人事処遇制度の企画・運営に携わり、渉外部門にて人事・総務責 任者を経て2014年より現職。企業市民活動では、誰もが自分らしく活き活きとくらす「サステナブルな共生社会」の実現に向けて、3つの重点テー マである「貧困の解消」「環境活動」「人材育成(学び支援)」を軸に各種活動に取り組んでいる。 福田 里香さん パナソニック ホールディングス株式会社  CSR・企業市民活動担当室 室長   1986年 松下電器産業株式会社(現パナソニック ホールディングス株式会社)に入社 以降、人事・労政部門にて、パナソニックグループの賃金体系、退職金・年金など人事処遇制度の企画・運営に携わり、渉外部門にて人事・総務責 任者を経て2014年より現職。企業市民活動では、誰もが自分らしく活き活きとくらす「サステナブルな共生社会」の実現に向けて、3つの重点テー マである「貧困の解消」「環境活動」「人材育成(学び支援)」を軸に各種活動に取り組んでいる。

福田 「KWNよかった」「成長しました」という声もありがたいのですが、朴さんがKWNを体験した子どもたちとまた一緒に仕事ができているのが本当に嬉しいです。KWNを体験してくれた子どもたちが、パナソニックに入社してくれたり、他のプログラムやパナソニックの活動の共同事務局をお願いしている団体で一緒に仕事をしているといった話を聞いて、KWNに携わってきた者として冥利(みょうり)に尽きます。

 私たちもKWNの活動がより充実するように、スタッフ一同、一生懸命やってきました。それが自画自賛だけではなく、このプログラムを本当にいいと言ってくださる人たちがいて、卒業した子どもたちがその後KWNに関わっている話を聞くと、このプログラムを続けてきて本当に良かったと素直に思えます。

 KWNの活動は、アスリートと少し似ている部分があると感じています。なぜかというと、先ほどアーカイブというお話がありましたが、アスリートも先輩選手の足跡や背中を受け止めて、それを参考にして記録を伸ばしていくところがあると思います。そう考えた時、進化をずっと見守っていきたいと思いました。無理に進化をさせるとか変えるとかではなく、アーカイブを受け入れて、このプログラムがどう育っていくのか見つめていけば、プログラム自体が枠を超え、想像を超えて成長していくはずです。私たちがすることは、ただ、この芽が消えないようにプロテクトして、環境だけを整えていくだけ。お二人のお話を聞いて、見守ることが大切だと思いました。

 一方では、映像を作るということによる、KWNのプラットフォームとしての可能性を最近、感じています。「きっと わらえる 2021」もそうで、映像をつくることで、子どもたちの気持ちを引き出すことができたと思います。また昨年は、福島の復興を応援するアクションで、KWNキッズレポートとして福島の子どもたちがパナソニック本社を訪ね、社長インタビューなど映像を作りました。その映像を見た福島県知事がすごく喜んで、わざわざ社長にお礼の電話をしてくれたのです。子どもたちの学校にも電話が来たそうですが、そのように、映像プログラムは縦に成長し、それを軸に横にもどんどん広がっていくプラットフォームの役割をKWNは担えると確信しています。