アメリカ滞在中(たいざいちゅう)のある日、幸之助は海水浴場を見に行く機会があった。しかし季節は冬である。しばらくして、寒さのあまりトイレに行きたくなった。人影(ひとかげ)のない海水浴場の公衆(こうしゅう)トイレに向かった幸之助は、思うともなしに、落書きだらけの汚(よご)れたトイレを予想していた。

「これは……!だれか掃除(そうじ)してるんやろか」
「何言ってるんですか、ミスター・マツシタ。当然、役所がやってるんですよ」
「お役所が……」
「そのために我々(われわれ)は税金(ぜいきん)を払(はら)っているんじやないですか

冬の海水浴場  幸之助は考え込(こ)んだ。日本では役所や役人は「お上」と奉(たてまつ)り(※1)、税金は「納(おさ)める」ものである。しかし、なんとアメリカは逆(ぎゃく)ではないか。役所をサービス機関ととらえ、目的をしっかり自覚して税金を払うアメリカ人の姿(すがた)は、後々(あとあと)までも幸之助の脳裏(のうり)に焼きつくことになった。

※1 奉(たてまつ)り:まつりあげる