真の使命を知った以上、一刻(いっこく)も早く使命に基(もと)づく経営(けいえい)に入らなければならない。そのためには全店員に松下電器(まつしたでんき)の真の使命を心から自覚してほしい----。そう考えた幸之助が大阪(おおさか)の中央電気倶楽部(ちゅうおうでんきくらぶ)に全店員168名を招集(しょうしゅう)したのは昭和7年5月5日のことである。幸之助は、宗教団体(しゅうきょうだんたい)の見学で、その繁栄(はんえい)ぶりに感嘆(かんたん)し、宗教の使命の聖(ひじり)なるを痛感(つうかん)したこと、ひるがえって自分たち生産人の使命について深く考えたことを順を追って話した。そして、水道の水のごとく、すべての物質(ぶっしつ)を無尽蔵(むじんぞう)(※1)たらしめようではないかと訴(うった)えた。創業者(そうぎょうしゃ)は、使命達成(しめいたっせい)のための、250年にも及(およ)ぶ壮大(そうだい)な事業計画(じぎょうけいかく)を語りながら、限(かぎ)りない喜びを感じていた。ついに事業の究極の目的を確信(かくしん)した喜びであった。

「思えば過去十五年間(かこじゅうごねんかん)は胎児(たいじ)(※2)の時代であった。
それが今日ここに、呱々(ここ)(※3)の声を上げ、世にまかり出たのである」

幸之助が話を終えたとき、会場は言いようのない感動に包まれていた。その後行われた所感発表(しょかんはっぴょう)では、上席店員(かみせきてんいん)も新入の者も、老いも若(わか)きも壇上(だんじょう)に上がろうと列をなした。感きわまって、しばし無言の者。武者震(むしゃぶる)い(※4)する者。制限時間(せいげんじかん)が3分から2分、2分から1分となっても店員たちの興奮(こうふん)は、とどまるところを知らなかった。幸之助は自分の考えが正しかったことを確信した。そしてこの日、真の松下電器が誕生(たんじょう)したのである。

※1 無尽蔵(むじんぞう):かぎりないほどたくさんあること
※2 胎児(たいじ):母親のおなかの中にあってまだ出生してない子
※3 呱々(ここ):赤ん坊の泣き声
※4 武者震(むしゃぶる)い:興奮(こうふん)や緊張(きんちょう)でからだがふるえること