パナソニック技報
【10月号】OCTOBER 2011 Vol.57 No.3の概要
特集1:ヘルスケア
ヘルスケア特集によせて
パナソニックヘルスケア(株) 社長 山根 健司
招待論文
Health Care vs Sick Care; Eradicating Heart Attacks through Health Care
(病状管理から健康管理の時代へ ~日頃からの健康管理で心臓発作を未然に防ぐ~)
Morteza Naghavi,M.D.
Founder, The Society for Heart Attack Prevention and Eradication(SHAPE)
技術論文
動脈硬化スクリーニングのための自動IMT計測
川端 章裕,鈴木 隆夫,占部 真樹子,福元 剛智,西村 有史
超音波を用いて計測される頸動脈の内中膜複合体厚(IMT: Intima-Media Thickness)は,動脈硬化診断の有用な指標として認められている.しかし従来のIMT計測には,(1)手順が煩雑で計測に時間がかかる,(2)操作者の技量に依存し計測値の再現性が十分でない,という課題があった.筆者らは,計測時間の短縮と,操作者の技量依存を低減し十分な再現性を確保することを目的として,超音波エコーの信号処理に基づく4つの自動化機能からなる自動IMT計測技術を開発した.成人ボランティアを対象とした評価実験にて,本技術を用いたIMTの計測時間と計測値の再現性を評価した結果,再現性の高いIMT値を短時間で計測できることを確認した.
超音波診断装置におけるプローブ表面温度の推定技術
國田 政志,中村 恭大,杉ノ内 剛彦,田口 和伸,杉山 晶子,秋山 恒
超音波診断装置の使用中においてプローブの温度監視を可能にするために,プローブ表面温度の推定技術を開発した.診断時に設定される多様な超音波送信パラメータを,温度分布への影響と線形性に基づいて分類することにより,消費する電力からプローブ表面温度を求める計算モデルを構築した.また,プローブを構成する多数の圧電素子が個々に消費する電力を測定する小型で安価な回路を実現した.これらによって,温度センサを搭載しないプローブに対してもプローブ表面温度の取得を可能にした.
一塩基多型センシングチップ -その場遺伝子情報解析の実現-
山下 一郎,平岡 牧,田中 浩之
薬の効き方や副作用などについて,患者から採取した1 μL程度の血液から短時間でその場で判断することを可能とする,遺伝子検査用マイクロ流体チップを開発している.チップの鍵となる要素は,ポリマーアクチュエータによるメガパスカル級の高発生力ポンプと,長さが異なるDNA(Deoxyribonucleic acid)断片を数秒で分別可能なSiナノピラーDNAフィルター,温度制御が最適化されたDNA増幅(PCR: Polymerase Chain Reaction)部,および一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)センサである.これらの構成部品は設計により小型化が可能でワンチップに統合搭載することができる.
技術解説
手術シミュレーションのための深さ情報に基づく切削制御
竹村 知晃,高山 強
手術前に臓器の変形や切削などの手術プロセスを簡便にシミュレーションするシステムを開発した.本システムでは,CT (Computed Tomography)やMRI (Magnetic Resonance Imaging)のデータを再構成して得た3次元画像を切削する際に,深さが滑らかに変化する部分のみ切削する.この機能によって,誤操作による意図しない切削を防止できる.
大容量医療画像を長期保存する業務用光ディスクADA
大喜多 美鈴,渡邊 克也
ADA(Advanced Disc for Archive)は,医療画像の保存に適した業務用光ディスクである.すでに民生分野で認知されたスタンダードな規格で,かつ品質の確保されたBlu-rayディスクから,さらにグレードの高い個体を選別して専用ケースに入れ,指紋・傷から保護することにより,長期にわたる高い信頼性を満たした.アーカイブ性能としては50年の推定寿命を確認している.筆者らはADAを医療画像保存の新スタンダードとして位置づけ,高い品質を確保した.
表面増強ラマン分光法による生化学物質計測に向けたナノ微粒子の特性評価
南口 勝,河村 達朗
健康状態を正確かつ迅速に診断する医療機器の開発を目的とし,金属ナノ構造によってラマン散乱光強度を増強する表面増強ラマン分光法(Surface Enhanced Raman Spectroscopy : SERS)を用いた生化学物質計測技術の開発を進めている.本稿では,金属ナノ構造によるラマン散乱光強度の増強度(Enhancement Factor : EF)を算出する方法について,具体例を用いて説明する.
CAD/CAMシステムによる歯科セラミックス加工
前田 康孝,菅田 文雄
当社グループ独自のセラミックス材料である「ナノジルコニア」は,従来のジルコニアに比べ,優れた機械特性(曲げ強度と破壊靭(じん)性)と生体親和性などの特徴を有しており,医療応用へ期待される材料である.当社は,ナノジルコニアから歯科用加工物を高精度かつ高効率に加工する技術を開発し,CAD(Computer AidedDesign)/ CAM(Computer Aided Manufacturing)システムによる歯科セラミックス加工を事業化レベルに引き上げた.
特集2:オートモーティブ
オートモーティブ特集によせて
パナソニック(株) 役員
オートモーティブシステムズ社 社長 柴田 雅久
招待論文
ドライバー特性に基づいた自動車の情報化・運転支援
慶応大学 理工学部 管理工学科 教授 大門 樹
技術論文・技術解説
[解説]電気自動車(EV)用システムの課題と開発動向
吉田 崇
石油資源の枯渇や地球温暖化への懸念から,電気自動車(EV)への関心が高まっており,技術開発も大きく進んでいる.本稿では,EVを構成する主要な製品から,電池システム,電源システム,熱システムについて,その課題と開発動向について説明する.
[論文]環境対応車(HEV,EV)用インバータ一体型電動コンプレッサ
西井 伸之,倉橋 康文,小川 信明
既存のエンジン駆動タイプのコンプレッサに代わる,小型・軽量・高効率のインバータ一体型電動コンプレッサを開発し,環境対応車への新規事業参入を実現した.インバータ部については,小型,高耐熱,高耐振性を実現するため,大型セラミックコンデンサやIPM (Intelligent Power Module)などの新規部品開発を行い,吸入冷媒を用いた冷却構造の採用や,基板の振動解析を行うことで,大幅な小型化と過酷環境下での作動性を実現した.コンプレッサ部については,ルームエアコン用の要素技術をベースに新ディメンジョンのスクロール圧縮機構と新モータを開発し,小型,軽量,低騒音化を達成した.さらに,コンプレッサ制御については,インバータ一体型のメリットを生かし,さらなる快適性を確保できる制御技術を実現した.
[論文]HEV用 小型・高耐電圧フィルムコンデンサ
竹岡 宏樹
ハイブリッド自動車(HEV: Hybrid Electric Vehicle)のインバータ用フィルムコンデンサには,車両の高効率化,燃費向上を図るため,小型・軽量化が強く求められている.小型化の実現には,誘電体となるフィルムを薄くすることが最も効果的であるが,薄くなるぶん,耐電圧が低くなるという背反事項がある.筆者らは,HEV用に電極パターン技術,ヘビーエッジ技術などの蒸着技術を新規に開発し,この課題を解決,小型・高耐電圧のフィルムコンデンサを開発した.これらの開発による効果として,2009年モデルのコンデンサにおいて2004年モデル比で約35 %の軽量化を実現した.
[解説]オートモーティブ分野におけるPLC(Power Line Communication)の応用展開
井形 裕司,権藤 孝雄
「HD-PLC(High Definition Power Line Communication)」は,当社により,Home Network用途のPLC-Ethernet Bridgeとして商品化されてきたが,IEEE 1901標準として承認(2010年12月規格書発行)されたことにより,グローバル標準通信方式として,その応用範囲は,屋内だけでなく,屋外・輸送機用・Smart Gridへの広がりを見せている.本稿では,IEEE 1901に採用された,「HD-PLC」の技術とPLC方式間共存技術(ISP: Inter System Protocol)を概説する.さらに,移動体への適用事例として車載用HD-PLC/CAN Bus Systemの取り組みと,リアビューカメラへの応用を紹介する.
[解説]車両周辺の安全・安心の考え方と技術
吉岡 健司,野尻 篤史
北米で施行されたKT法(Kids and Transportation Safety Act)に代表されるように,車両周辺の安全・安心のニーズは年々高まっており,その解決策として画像処理技術と,アクティブセンシング技術が有力である.両技術に対する当社の考え方と取り組みについて述べる.
[論文]オートモーティブ分野向け画像センシング技術の開発
西村 洋文,曹 芸芸,南里 卓也,黒河 久,岡 兼司
小型ステレオカメラを実現する高精度測距技術,および低照度環境用の歩行者認識技術を開発した.前方監視用の車載ステレオカメラを小型化するためには高精度な画像マッチングが必要である.逆位相フィルタを用いた高精度サブピクセル推定方式を開発し,ルームミラーサイズ(基線長12 cm)の試作カメラで測距誤差の標準偏差が従来法の5.7倍と大幅に改善できることを確認した.また,夜間の十分な照度を確保できない低照度環境の画像はノイズが増大しパタン認識の性能が劣化する.ノイズ頑健性を改善するための子領域を用いたLBP (Local Binary Pattern)画像特徴抽出方法を開発し,夜間画像(5 lx程度)に有効であることを確認するとともに,公開されている昼間の歩行者画像データを用いた評価により認識率が94 %@FPPW 0.05と高性能であることを確認した.
[解説]次世代インフラ協調型安全運転支援システムに向けたミリ波センシング技術
岸上 高明,中川 洋一
次世代インフラ協調型安全運転支援システムの高度化に向け,環境ロバスト性に優れ,車両に加え歩行者の検出が高精度に可能となるミリ波センシング技術について解説する.
[解説]路側センシング情報を用いる交通事象検出技術
江村 恒一,吉川 雅昭
交通事故による死者数は10年連続で減少している.これをさらに推進するとともに,事故の発生そのものの減少に向けた取り組みが求められている.このためには,事故発生の要因分析,およびそれに基づく事故対策が有効な手段と考えられる.本解説では,事故および事故ではないが危険であったヒヤリハットの双方で発生する急制動を,路側センサを用いて検出する技術を説明する.
[解説]脳波によるドライバ注意散漫状態推定技術の開発
寺田 佳久,森川 幸治
本稿では,筆者らが開発中の注意散漫状態推定技術を紹介する.その特徴は,脳波から得られるEFRP(眼球停留関連電位:Eye-Fixation-Related Potentials)のラムダ反応を利用することで,LED(Light Emitting Diode)やブレーキランプ点灯などの明示的な刺激が不要になる点である.本技術により,運転行動からでは把握できない注意散漫状態が推定可能になり,HMI(Human Machine Interface)評価や予防安全に適用可能である.