パナソニック技報
【5月号】MAY 2015 Vol.61 No.1
(2015年5月15日公開)
特集:オートモーティブ
環境問題や事故増加など多くの課題に直面する車社会において,当社は,家電・産業で培ってきた様々な技術やノウハウを有効に活用し,「快適」「安全」「環境」の3つの分野で,お客様のお困りごとを解決し,新たな価値をご提供する取り組みを進めています.
本特集では,デバイスからシステムにわたる幅広い商品における新規の取り組みについてご紹介いたします.
招待論文
モビリティ・カルチャとITS
慶應義塾大学 コ・モビリティ社会研究センター
名誉教授 川嶋 弘尚
ITSはその枠組みが拡大していることから,モビリティ・カルチャという概念を使って全貌を捉えることを提案する.例えば,国連がITSを新興国の交通安全対策の切り札と捉えているので日本のITSを海外進出という枠組みで考えられる.さらにモビリティに関する課題は,世界共通のものも多く,ITSを道具として使うためには,モビリティ・カルチャのような概念の導入が重要である.
総論
パナソニックの車載事業の取り組み
佐藤 悦士,河原 広喜
世界的な人口増加や経済圏拡大による環境・エネルギー問題の深刻化や交通死亡事故の増加など車社会を取り巻く環境は大きな転換期を迎えています.当社では,それぞれの社会要請にお応えするため,3つの分野でお客様のお困り事を解決し,新たな価値をご提供する取り組みを進めています.
(1) 「快適」 インフラ側と端末側のノウハウ活用
(2) 「安全」 映像処理技術と各種センサの融合
(3) 「環境」 家電で培った技術を展開
ここでは,当社のデバイスからシステムに渡る幅広い商品ラインナップを用いた各分野における車載事業の取り組みについて説明いたします.
キーワード / 快適,安全,環境,デバイス,システム
技術論文・技術解説
<快適>
[解説]ヘッドアップディスプレイにおける小型化技術と拡張現実感システム
笠澄 研一
自由曲面ミラーを用いた低歪(ていわい)高倍率拡大光学系と,高熱伝導樹脂を用いた高効率放熱システムによってヘッドアップディスプレイ(HUD)の小型化を図り,従来比40 %減の装置体積を実現した.現在,HUDのシースルー性を活(い)かしたAR(拡張現実感)表示が可能なHUDシステムの開発を行っている.運転支援システムや自動運転と連携して,安全性向上に貢献すると期待される.
キーワード / ヘッドアップディスプレイ,光学系,放熱,拡張現実感
代表図
[解説]車載向けソフトウェア・プラットフォーム AUTOSARを利用したソフトウェア開発
針本 修次,池田 浩
近年,車載ソフトウェアの開発規模は増大を続けおり,ソフトウェアを部品として汎用化し再利用することで開発を効率化する動きが広がりをみせている.本稿ではソフトウェアを汎用化するためのソフトウェア・プラットフォームであるAUTOSAR(Automotive Open System Architecture)の特徴とAUTOSARを活用した開発方法について概説する.
キーワード / プラットフォーム,機能安全,Platform,AUTOSAR,ISO26262
代表図
[解説]車載端末向けスマートフォン連携機能
音川 祐一,佐藤 俊一郎
スマートフォンに実装されている,機能・サービス(音楽再生,動画再生など)を車内空間の車載ディスプレイ・車載スピーカーを使って,安全・快適に使用できる利用環境を提供する.
キーワード / DriveP@ss,車載機器,スマートフォン,カーナビ,MirrorLink
代表図
[解説]圧電MEMSミラーアクチュエータを用いた次世代ヘッドアップディスプレイ用走査型映像モジュール
中園 晋輔,平岡 聡一郎
レーザ走査型映像モジュールは,次世代のヘッドアップディスプレイ(Head-Up Display:HUD)に求められる高コントラストな画質で,大幅な小型化が可能な映像モジュールである.このモジュールは,圧電薄膜を用いたMEMS技術と映像処理技術,および光学技術によって実現することができた.
キーワード / ヘッドアップディスプレイ,走査型映像モジュール,ミラーアクチュエータ,圧電MEMS
代表図
[解説]車載向け内製フルHD液晶モジュールの開発
吉澤 昭浩,大川 典夫
近年,情報端末であるスマートフォンやタブレットの画面解像度が大幅に向上している.一方で,車載向けは環境温度など運用条件が厳しく専用パネルであるため大半がWVGA以下の低解像度である.社会の流れをいち早く車内環境に取り込むため,民生向け液晶パネル用セルを転用することで開発費を抑制し車載環境に対応させたフルHD液晶モジュールを開発した.
キーワード / 液晶,車載,IPS,環境温度
代表図
<安全>
[論文]安心安全社会の実現に向けた79 GHzミリ波レーダ技術
安木 慎,小林 聖峰,佐藤 亘,岸上 高明,中川 洋一
車同士の出会い頭・右左折時事故や歩行者などを巻き込む事故を減少させるため,筆者らは,79 GHzミリ波レーダ技術によるインフラレーダシステムの開発を進めている.79 GHz帯のミリ波レーダは,広い周波数帯域が利用できることで高い距離分解能を実現できるため,歩行者の分離検出が求められるインフラレーダに適している.筆者らは,独自の符号化パルス技術により,人体からの微弱な反射波であっても車両と分離して検出可能なレーダ方式を開発した.また,屋外設置を考慮した小型の79 GHzミリ波レーダモジュールを開発して車両相当の反射断面積を有するリフレクタと歩行者の分離検出機能を検証し,インフラレーダに求められる分解能を実現した.
キーワード / 安心安全,インフラレーダ,79GHz,ミリ波,符号化パルス
代表図
[解説]無線通信によるインフラ協調型安全運転支援システム
畑山 佳紀,中岡 謙
インフラ協調型安全運転支援システムは,車車間通信(車と車との無線通信)や路車間通信(道路に設置された路側機と車との無線通信)を用いた情報伝達によって,センサなどでは検出できない見通しの悪い交差点などでの接近車両や歩行者などを認識し,ドライバーに情報提供することで,交通事故を防止するための運転支援システムである.
キーワード / ITS,車車間通信,路車間通信,安全運転支援システム,インフラ協調型,アンテナ
代表図
[解説]自動駐車システムのための駐車位置検出方法と経路生成方法
神山 博貴
超音波センサや車載カメラなどのセンサを使い,短時間で高精度に駐車できる自動駐車システムを開発した.本稿では,高精度に駐車するために目標駐車位置の検出精度を高める方法と,短時間に駐車するために切り返し回数を低減した経路を生成する方法について解説する.
キーワード / 駐車位置検出方法,経路生成方法,超音波センサ,車載カメラ
代表図
[論文]次世代車載ヘッドランプ用光源デバイス
山中 一彦,加藤 亮,大屋 満明,森本 廉,左文字 克哉,奥山 浩二郎
車載ヘッドランプの遠方視認安全性と小型・薄型化を両立するために,光源デバイスの高輝度化が鍵となる.今回,現在用いられている極性c面LED(発光ダイオード)に対し,非極性面であるm面を結晶成長面としてLEDを作製することにより発光密度を0.6 W/mm2から2.5 W/mm2に向上した.既存LEDのドループ現象を克服するとともに,m面に適したテクスチャ構造形成法を確立し,光取り出し効率も向上した.その結果,チップサイズ0.45 mm角の小型化と高光出力化を実現した.さらなる微小発光点を形成するためレーザ励起型光源モジュールの開発に取り組んだ.InGaN(Indium-Gallium Nitride)青紫色レーザの高光出力・高効率化とともに,レーザの高光密度下でも変換効率の高い青色蛍光体を開発した.これらを用いてレーザ白色光源モジュールを構成し,従来光源では到達できなかった輝度200 cd/mm2を達成した.
キーワード / 非極性,m面,レーザ,近紫外,青紫色,蛍光体,高輝度,ヘッドランプ
代表図
<環境>
[論文]小型高出力車載充電器の開発
望月 賢人,冨永 麗司,湊 純司,中井 久史
EV/PHEVに求められる小型・高出力車載充電器として,業界最高レベルとなる電力密度1.3 kW/L,最大効率95 %の車載充電器を開発した.高出力化のために回路規模が大きくなるという従来課題を解決し,出力電力を維持しつつ小型化を実現した.小型化のポイントは大きく2点ある.1つ目は3.3 kW出力の2並列構成を6.6 kW出力シングル構成に集約し,回路規模を半分に削減したことである.2つ目はトランスの漏れインダクタンスのばらつきを管理する技術を実現することで,MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor)の低損失スイッチング実現のために必要な共振コイルを削減し,トランスやコイルの占める体積を低減したことである.これにより,従来の0.5 kW/Lから2倍以上の電力密度向上に貢献した.本技術は,軽量化によるEV/PHEVの電費改善にも寄与する.
キーワード / 車載充電器,小型化,高出力,高効率,トランス,漏れ磁束
代表図
[論文]車載充電器における伝導ノイズシミュレーション技術の開発
嶺岸 瞳,山岡 正拓,崎山 一幸,山田 徹
近年,車載充電器をはじめとする電源回路のノイズは,スイッチング動作の高周波化に伴い大きな課題となっている.特に,1 MHzを超える周波数のノイズは筐体(きょうたい)を経由するコモンモードノイズが主成分となるため,配線・筐体構造で特性が変化し,複雑な伝搬経路を有する.立体構造の伝搬特性を考慮するためには,3次元電磁界解析の必要があるが,長い解析時間を要するために設計に適用することが難しかった.
筆者らはノイズの伝播(でんぱ)に影響する筐体などの各要素を,高周波回路で用いられるインピーダンス測定および電磁界解析により,高精度な伝搬特性を抽出し,その結果を基に配線および筐体の高精度等価回路モデルを開発した.本モデルを用いた回路解析を行うことで,配線や筐体の影響を考慮したノイズ解析が可能となった.本手法をEV用車載充電器に適用した結果,回路解析で30 MHzまでの伝導ノイズ特性を良好に再現することを確立した.
キーワード / EMC,EMI,伝導ノイズ,シミュレーション,車載充電器,パワーエレクトロニクス
代表図
[解説]ニッケル水素電池を用いた車載用12 Vエネルギー回生システム
坂田 英樹
ニッケル水素電池を用いた12 Vエネルギー回生システムは,鉛電池と並列接続し,車両に搭載することにより,減速エネルギーを高効率に回生することを可能とし,その回生エネルギーを車両電装部品に供給することによる燃費改善と鉛電池の充放電負荷軽減による鉛電池の長寿命化を可能とする技術である.
キーワード / 12 Vエネルギー回生,ニッケル水素電池,燃費改善,鉛電池の長寿命化
代表図
[論文]アモルファス水素吸蔵合金を用いた水素センサ
梶田 進
Pd-Cu-Siアモルファス水素吸蔵合金を用い,高濃度領域の水素を酸素フリーの環境下で測定可能な濃度管理用水素センサを開発した.スパッタ法により種々の組成比の薄膜を形成し,アモルファス化が可能な組成領域および電気抵抗変化率により表される水素応答性に対する組成比の影響を調べた.センサ特性としては,1 %~100 %の高濃度領域の水素に対し,迅速かつ安定した応答を示し,また不純物ガス,水蒸気にも被毒されることがなく,高い耐食性を有することがわかった.また水素吸放出の繰り返しによってもアモルファス構造が安定していることが構造解析により明らかとなり,センサ材料として高い耐久性を有していることがわかった.
キーワード / 水素センサ,濃度管理,水素吸蔵合金,アモルファス合金,パラジウム基合金,薄膜,X線回折,構造安定性
代表図
[論文]車載応用に向けての次世代パワーデバイス ‒ GaN, SiC
上田 哲三,高橋 理,海本 博之,神澤 好彦,澤田 和幸,山崎 晃
電気自動車/ハイブリッド自動車における各種モータ駆動や電力変換回路の小型化かつ高効率化を実現できるGaN,SiCパワーデバイスを開発した.GaNに関しては大面積Si基板上にGate Injection Transistor(GIT)と名付けた新規構造によりノーマリオフ動作と600 Vでの連続安定動作を実現した.SiCではダイオードを内蔵したDioMOS(Diode-integrated MOSFET)を提案し,従来必要であった外付けダイオードを不要にしてより小型・低コストを可能にした.これらの次世代パワーデバイスは自動車の軽量化・省エネルギー化に貢献し,今後の普及が期待される.
キーワード / GaN,GIT,SiC,DioMOS,電気自動車,ハイブリッド自動車
代表図
[論文]EV・HEV用大電流メインリレーの小型化技術
森口 裕亮,榎本 英樹,山本 律,福田 純久,尾崎 良介,池田 陽司
急速に市場拡大している環境対応車は,リチウムイオン電池搭載が主流となってきている.ニッケル水素電池に比べてリチウムイオン電池は事故などの短絡時に,約2倍の短絡電流が流れる問題がある.その問題に対応すべくリレー接点周辺部を改善することで,短絡耐量を維持しつつリレー体積を小型化する技術を開発した.可動接点近傍にヨークを配置することで,短絡電流発生時に発生する電磁反発力を抑制し,接点浮き上がりによるリレーの発火や破裂が起こらないようにした.本構成により,接圧を大きくすることなく,当社従来技術の構成に比べて約半分の体積で所望の短絡耐量を実現した.また消弧磁場を同極対向に構成したアーク電磁駆動技術により,逆方向(電池回生時)も順方向同等の遮断性能を満足できるようにした.
キーワード / リレー,アーク,遮断,短絡耐量,環境対応車,リチウムイオン電池
代表図