パナソニック技報

【5月号】MAY 2016 Vol.62 No.1

(2016年5月16日公開)

特集:住宅

環境問題,グローバル化,少子高齢化など住宅を取り巻く環境は大きく変化し,ライフスタイルも多様化しています.住宅では「守る」「住む」「繋ぐ」といったさまざまな技術が必要となります.当社では “ヒト”を中心とした健康で快適な住空間の実現を目指して,住宅に関するさまざまな技術の開発を行なっています.本特集では,パナソニックの住宅に関する最新の取り組みについて紹介します.

住宅特集によせて

パナソニック(株) エコソリューションズ社
専務 技術本部・本部長 竹川 禎信

招待論文

住宅環境における課題と将来展望

早稲田大学創造理工学部建築学科
教授 田辺 新一

日本は,2030年までに2013年比26 %の二酸化炭素排出量の削減を約束した.家庭部門が徹底的に努力する必要がある.ZEH(ゼロ・エネルギーハウス)を実現して行くことが大切である.省エネのみではなく,冬季の非居室の室温維持と夏季の寝室の環境などの健康性能向上も必須である.スマート社会の実現が望まれる.

技術論文・技術解説

[論文]鉄鋼系工業化住宅における構造最適化アルゴリズム

中川 大輔,佐田 貴浩,吉富 信太

構造設計者の試行錯誤の軽減と個人スキルによらない設計品質の確保を目的として,鉄鋼系工業化住宅を設計対象に自動で最適な構造設計が可能なアルゴリズムを構築した.本構造は構造部材の配置可能間隔が150 mmであり,各種構造部材は規格断面のなかから選択する.このような離散的な制約条件に対応するために,最適化手法は遺伝的アルゴリズム(GA)を採用した.そのうえで,短時間で現実的な最適設計解を得るために,交叉(こうさ)や突然変異,デコーディング方法に建物構造固有の特性や設計上の知見を取り入れた.また,実物件ベースでのモデルを用い,従来のGAとの比較検証によってその有効性を確認した.

キーワード / 構造設計,最適化,遺伝的アルゴリズム,GA,配置,断面,コーディング,工業化住宅

代表図

[論文]拡張型鋼管を用いた低層建築物の地盤補強工法

内藤 康夫,黒柳 信之,松原 茂雄

軟弱な地盤においては,地盤の強さや,硬い地盤(以降,支持層と記す)の深さなどから基礎様式が選択されるが,その支持層が深くなれば深くなるほど建設コストは増大する.そこで,筆者らは地盤が硬くなれば,杭(くい)との摩擦力が増大するという土質力学的原理を応用し,支持層に到達しなくても,摩擦力のみで十分に低層建築物を支持できる拡張型鋼管を用いた地盤補強工法を開発した.この拡張型鋼管は直径φ36 mmを地中でφ54 mmに拡張させることにより,周辺の地盤を締め固め,地盤の強度を増大させるもので,この開発した杭の摩擦力の指標となる周面摩擦係数は一般的に使われている鋼管杭と比較して1.8倍から4倍の値が得られ実用性があることを確認した.

キーワード / 地盤補強,低層建築物,RPEロックボルト,先端支持力係数,建築技術性能証明,鉛直載荷試験,周面摩擦力係数

代表図

[論文]マレーシアの住宅における断熱・換気技術の導入効果

梅本 大輔,東木 宏樹,西尾 和典

本研究では,東南アジアの住宅における健康・快適な住空間づくりを狙いとし,マレーシアのモデルハウスを対象に断熱・換気技術導入の有用性を実測により検証した.得られた知見は以下のとおりである.
(1) 断熱技術の導入によって,冷房の効きが改善(冷房立ち上がり時間を約60 %短縮)でき,現地の一般住宅で想定される低温の冷房設定にすることなく,快適な温度を維持できる.さらに,長時間の低温冷房運転を抑制することで約63 %の省エネ効果が期待できることを確認した.
(2) 微小粒子用フィルターの活用と給気量に対して排気量を60 %程度に調整し,住宅内を正圧化する換気システムを導入することで,隙間からの侵入を含めて微粒子状物質の室内への侵入抑制が可能となり,外気に比べて室内の微粒子濃度を約60 %低減できることを確認した.

キーワード / 住宅,断熱,換気,WPC構法,空気質,東南アジア

代表図

[論文]冬季住宅における冷え症者と非冷え症者の生理心理量の比較

河田 真理子

本研究では,冬季住宅における室内温熱環境が,冷え症者と非冷え症者の心理量および生理量に及ぼす影響を調べた.被験者は,5 ℃の人工気象室内で30分間身体を冷やされた後で,21 ℃の暖房室に60分間,および非暖房室(14 ℃,16 ℃,18 ℃の3条件)に15分間暴露された.心理量として全身および手足の温冷感と快不快感を,生理量として甲部/指先皮膚温を各室内で記録した.アンケートに基づいて被験者を冷え症群と非冷え症群に分けて,心理量と生理量の群間比較を実施した.その結果,(1) 冷え症群・非冷え症群とも全身および手・足の温冷感と快不快感に強い正の相関があった.(2) 甲部よりも指先の皮膚温のほうが手/足末梢(まっしょう)の温冷感との相関が高かった.(3) 冷え症者は特に足に強い冷えを感じていた.これらの結果から,冬季住宅の快適性を検討するには,冷え症などの体質による影響を加味する必要があるといえる.

キーワード / 冷え症, 被験者実験, 非暖房室,温冷感,熱的快適感, 熱画像, 指先皮膚温

代表図

[論文]全熱交換素子向け湿度透過膜

浜田 洋祐,福本 将秀,畑 元気,藤本 真司,松居 栄太郎

熱交換形換気装置に搭載される全熱(エンタルピー)交換素子は,換気の際に排出される温度(顕熱)や湿度(潜熱)を,湿度透過膜を介して回収することにより,換気によるエネルギーロスを軽減する省エネルギーデバイスである.全熱交換素子に用いる湿度透過膜の透湿樹脂層の最適化と薄膜化により,従来の湿度透過膜と比べ透湿度を約40 %向上した.さらに,開発した全熱交換素子を用いた熱交換形換気装置は,透湿度の向上により排気から給気へ回収する湿度量を増加させ,室外の気温が-30 ℃まで低下する寒冷地での通常運転を実現した.

キーワード / 熱交換素子,熱交換形換気装置,湿度透過膜,寒冷地,透湿性,ナノファイバー

代表図

[論文]ナノファイバーを用いた空気清浄機用集塵フィルター濾材

高橋 慶太,辻 由浩,稲垣 純

集塵(しゅうじん)フィルターは,空気に含まれる粉塵粒子を捕集する,空気清浄機の集塵性能を決める重要なデバイスである.そして,昨今の市場からの大風量化要望に応えるには,集塵フィルターの性能向上が必要不可欠である.しかし,従来技術では,集塵フィルターの性能である集塵効率と圧力損失のトレードオフ関係の克服は困難であった.この問題を解決するために,ナノファイバーを用いたフィルター濾(ろ)材を開発した.ナノファイバーを空気流の上流からφ850 nmの繊維,φ250 nmの繊維の順で積層し,かつ2種の繊維の目付量のバランスを最適化することで,従来よりも初期の濾材性能を2.8倍に向上させ,さらにタバコ負荷に対する10年相当の耐久性も確保した集塵フィルター濾材を開発した.

キーワード / 集塵フィルター,濾材,ナノファイバー,空気清浄機,集塵性能,耐久性

代表図

[論文]高効率LED照明のための輝線発光蛍光体

大塩 祥三,佐藤 夏希,阿部 岳志,山﨑 圭一

LED(Light Emitting Diode)照明の数十 %の効率向上効果を理論的に期待できる輝線発光蛍光体の実現可能性を調査した.発光イオンがもつ“エネルギー伝達”と呼ばれる物理現象に注目し,LEDが放つ青色光を輝線状の緑色光あるいは赤色光に変えることができる蛍光体材料そのものを,世界に先駆け創製しようとする調査研究である.その結果,紫~青色光を,輝線状の緑色光(ピーク約555 nm)や輝線状の赤色光(ピーク約620 nm)に変えることができる蛍光体材料の存在が明らかになった.
本稿では,筆者らが見いだした,輝線状の光成分を放つ新規な緑色および赤色蛍光体の蛍光特性を,実用可能性を含めて調べた結果を記す.

キーワード / 照明,LED,蛍光体,輝線,希土類,ガーネット,赤色,高効率

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[論文]知的作業における集中度評価指標と集中度向上照明

大林 史明,石井 裕剛,下田 宏

オフィスや学習の場などにおける,執務者・学習者の知的作業時の集中度を客観的・定量的に評価できる技術を開発した.認知モデルに基づく集中度評価指標であり,評価時の習熟の影響を受けない特徴がある.また評価に要する計測・解析ツールも開発した.これにより,執務空間・学習空間の室内空間設計・評価や執務・学習支援器具の設計・評価が可能となる.またこれを用いて,オフィス向けに省エネルギーかつ集中度を向上させる照明システムを開発し,従来照明と比較し集中度を平均約5 %ポイント,向上率平均で10.0 %向上させる効果が確認された(N=21, p<.01).

キーワード / 集中力,知的生産性,評価指標,認知モデル,照明

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[論文]画像解析による木質床材の外観評価法

齋藤 あかね,岡田 直樹,仲村 匡司

木材の外観の特徴として,表面に当たる光の量や角度,観察者との位置関係などによって,見え方が変化することが知られており,木質床材の外観向上を図るために,この特徴を画像解析により定量化する手法を開発した.木質床材とカメラを固定し,照明の方位角のみ変える撮影装置を用いて,木質床材の表面を撮影し,約200 mm×160 mmの範囲から,印象評価にも対応しうる定量値として,(1) 木目模様に起因するコントラスト,(2) 道管など組織構造に起因するコントラスト,(3) 見えの異方性,(4) 照りの移動,を抽出することで,木質床材の着色方法や表面仕上げなどの違いによる外観の差異が定量的に評価できるようになった.

キーワード / 木質床材,外観,画像解析,木目,照り,コントラスト,印象評価

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[解説]省エネで隙間・段差がなくお手入れラクラクな「あったか速暖便座」

齋藤 隆久,小森 智景

近年の地球温暖化による環境意識の高まりから省エネ性が優れていることや,清潔の観点からお手入れ性を配慮したトイレ設備が求められている.主に「隙間・段差レスを実現する振動溶着・切削技術」「難燃性ポリプロピレンの薄肉成形技術」「薄肉樹脂採用による商品構造」を盛り込んだ「あったか速暖便座」は,その省エネ性とお手入れ性を両立することを目的に開発し,2014年6月発売の「新型アラウーノ」に搭載した.

キーワード / 省エネ,お手入れ,便座,振動溶着,切削,薄肉成形

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[論文]住宅用蓄電池群による電力系統安定化のための連携制御技術

渡辺 健一,董 思含,杉本 貴大,溝端 竜也,脇 有紀,工藤 貴弘

原子力発電所の稼働停止や再生可能エネルギーの導入拡大に伴う電力系統の不安定化が顕在化しており,電力需要や逆潮流のピークの削減が求められている.また,2016年4月に一般家庭など低圧の電力小売りが自由化される予定であり,小売電気事業者には買電量実績値と事前に計画した買電量計画値とを合わせることが求められている.電力需要や逆潮流のピークの削減,および買電量実績値と買電量計画値の一致のために,筆者らは住宅用の蓄電池群を制御して,買電量を調整する連携制御技術の開発に取り組んでいる.本稿では,開発技術およびシミュレーション評価,実証実験の結果を報告する.シミュレーションでは,従来技術に比べ,買電量の調整精度を約12 %向上でき,通信量を約30 %削減できることを確認した.また,実証実験では,1年間にわたり,買電量のピークを制御しない場合に比べ約5 %削減できることを確認した.

キーワード / 電力系統安定化,電力制度改革,需給バランス調整,ピークシフト,逆潮流抑制,蓄電池群

代表図