パナソニック技報
【11月号】MAY 2021 Vol.67 No.2
(2021/11/15公開)
招待論文
HAIヒューマンエージェントインタラクション:人間-AI協働のための情報デザイン
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所/総合研究大学院大学
教授 山田 誠二
はじめてAIを使う一般ユーザがAIと対峙した時に生じる「AIに対する戸惑いや違和感」を解消することで,継続した人間-AI協働の実現を目指す研究分野であるHAIヒューマンエージェントインタラクションについて紹介する.
技術論文・技術解説
< アプリケーション >
[論文]画像認識技術を活用した新規サービス創出に向けた価値検証プロセスの提案
若井 信彦,小塚 和紀,中田 洋平,飯田 恵大
行動センシングを含む新規サービス創出はユーザー行動を常に監視する必要があるため,従来のプロトタイピング手法では開発困難である.そこで本稿では,従来のプロトタイピング手法で模擬できない行動認識器を作成し,短期間で実証実験を実施する価値検証プロセスを提案する.既存の特定用途向け認識器を複数組み合わせ,計算コストの小さい一部の認識器のみを学習対象にすることで,少量のデータかつ短期間で行動認識器を学習できる.仮想の新規サービス案に対し提案プロセスを適用することで,一から認識器を学習する従来のプロセスより短期間で実証実験が可能であることを示す.
キーワード / 行動センシング,プロトタイピング,深層学習,ディープニューラルネットワーク,価値検証プロセス
代表図
[論文]IoT向けサイバー攻撃検知技術とSOCによる監視サービス
芳賀 智之,大庭 達海,田崎 元,鴨川 郷,佐々木 崇光,松島 秀樹
自動車,ホーム,工場,ビルなどフィジカル空間とサイバー空間の融合されたCPS(Cyber Physical System)においては,サイバー攻撃がフィジカル空間へ波及し,人命リスクにつながるため,サイバー攻撃への対策が不可欠となる.特にIoT機器は,ITと異なり独自の通信が多いため,独自の対応が必要になる.そこで当社では,AIによる異常検知技術を応用し,IoT機器の制御コマンドやネットワークに着目したサイバー攻撃攻撃検知技術と,効率的な分析を可能にするキルチェーン分析技術を用いたIoT向けSIEM(Security Information and Event Management)を開発している.さらに制御システムの監視における課題と,制御システムの一例として工場SOC(Security Operation Center)サービスで実施される対策と運用について述べる.
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キーワード / IoT,サイバー攻撃,AI,異常検知,SIEM,SOC,SIRT
代表図
[論文]デジタルによるモビリティサービスの設計
河本 弘和,澤井 薫,村本 衛一,東島 勝義
自動運転技術をモビリティサービスとして提供するうえでは,安全性だけでなく,経済合理性と利便性を考慮する必要がある.しかし,安全性・経済合理性・利便性は,互いに相反する関係になり得,顧客ひいてはステークホルダーによって重視する項目も異なってくる.そこで,バランスのとれた最適なサービス仕様の導出とステークホルダーとの合意形成を目的とし,モビリティサービスの設計をCPS(Cyber Physical System)の一環としてデジタル空間上で実現する手法を開発した.本手法では,データを可視化し,モビリティサービスをシミュレーションすることによって安全性・経済合理性・利便性を同時に評価することができ最適化を図ることができる.本稿では,自動運転構内ライドシェアサービスといった具体的な事例に対する適用内容についても紹介する.
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キーワード / モビリティサービス評価設計,意思決定,CPS(Cyber Physical System),交通シミュレーション,自動運転ライドシェアサービス,人流データ,HPC(High Performance Computer),ヒヤリハット
代表図
[論文]AI活用でさまざまな電池に対応するクラウド型バッテリーマネジメントシステムの開発
井本 淳一,南雲 亮佑,福西 孝章,北 篤佳,阪田 隆司,工藤 貴弘
地球温暖化対策に伴う電動化の急速な加速により,さまざまな電池に対応できるバッテリーマネジメントが必要となっている.電池開発で培った知見を盛り込んだ独自の機械学習を用いることで,電池状態推定モデルをログデータから自動的に生成することができるクラウド型のバッテリーマネジメントシステムであるUBMC(Universal Battery Management Cloud)を開発した.その性能として,電池残量推定で推定精度1.73 %,電池劣化推定で推定精度1.6 %と実用十分な結果が得られた.また,高精度な電池状態推定に基づいた価値向上サービスとして,推定精度1.26 %の消費電力推定を応用した走行可能範囲推定サービスを例示した.これらの結果から,UBMCがバッテリーマネジメントのプラットフォームとなる期待を述べた.
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キーワード / バッテリマネジメント,状態推定,SOC推定,SOH推定,電費推定,クラウド,AI,IoTプラットフォーム
代表図
[論文]4Kカメラによるインフラ構造物の遠隔・非接触動的挙動観測技術
野田 晃浩,丸山 悠樹,今川 太郎,日下 博也,松岡 弘大,上半 文昭
橋梁(きょうりょう)やトンネルなどの社会インフラの老朽化が大きな社会課題となっており,従来の目視点検に替わる効率的な点検手法の進展が望まれている.そこで筆者らは,4K解像度といった高精細なビデオカメラを用いて構造物を撮影した動画像から,画像処理により構造物の全体挙動を計測する技術を開発した.従来の光学式計測手法とは異なり,対象物に特定のマーカーなどを貼り付ける必要はなく,より簡便でありながら同時に多点での計測が可能である.この技術を実際の現場に適用し,既存の変位計測手法と同等の精度を有していることを実証した.また,多点での計測が可能である利点を活(い)かして,従来手法では困難であった構造物の全体的な動きや部材の動作を直感的に理解しやすい形で可視化できることを確認した.
キーワード / 画像計測,社会インフラ,点検,ノンターゲット, 4K,動画,変位
代表図
[論文]オンデバイス機械学習による異常検知技術を用いた電気火災予兆検知システム
青田 駿,大亦 真一,岡本 球夫,渡邊 竜司
家庭用電気製品の事故や故障に対して予知保全を導入するため,エッジデバイスを用いた予兆検知システムを提案する.本稿では,電気火災の原因の1つであるトラッキング現象をターゲットとした.トラッキング現象の予兆電流は,微小であり家電動作中において検知するのが難しい.そこで,電流波形に着目したデータ処理と,マイコンでも動作可能な機械学習を用いた異常検知技術を用いて評価した.結果として,家電製品の動作中においても予兆電流を検知可能であり,マイコン上でも動作可能であることを確認した.
キーワード / 電気火災,トラッキング現象,エッジデバイス,予兆検知,異常検知,機械学習
代表図
< 共通技術 >
[解説]くらしアップデートに向けた運用デジタライゼーション
竹井 良彦,堀井 則彰
住空間におけるくらしアップデートとして,2019年から,くらしの統合プラットフォーム「HomeX」を本格始動した.IoT住宅のシステムは年々複雑化し,長期にわたり継続的にアップデートしていくには,従来の人に頼った運用では,対応することが難しくなっており,今後のくらしアップデートの本格化に向け,運用業務のデジタル化が求められている.本投稿では,機器ログデータを活用した業務効率化の取り組み事例などを解説する.
キーワード / くらしアップデート,運用デジタライゼーション, HomeX, 保守,機器ログデータ
代表図
[論文]共創的な価値創造を可能にする家電機能のブロック化
高岡 勇紀,岸 竜弘,村上 健太,清水 俊之,末益 智志
当社は,お客様一人ひとりのくらしに寄り添い,個々に適したサービスを提供することを通じて,お客様ごとにより快適なくらしの提供を目指している.くらしの多岐にわたる場面でのサービス実現のため,さまざまな他社と共創することが大切である.そのため,当社の強みとする家電を通して,共創したサービスを,お客様に提供できる仕組みの構築を目指している.そこで,家電が提供する価値を要素分解し,構成する要素ごとにブロック化するソフトウェア構造を提案した.そのうえで,ネットワークを通して制御可能な仕組みを構築した.提案手法の妥当性を検証するため,炊飯器のソフトウェアを再構築し,容易に新たな調理レシピを作り出せることを確認した.これにより,多様なサービスと連携し, 他社とサービスを共創できる可能性を示した.
キーワード / 家電,IoT,ソフトウェアアーキテクチャ,ユーザーカスタマイズ,遠隔操作,機器連携
代表図
[論文]Home Action Genome:対照学習を用いた階層的行動認識
小塚 和紀,石坂 隼
本研究では,人が物事を理解する際に重要な要素である,階層構造や複数のモダリティを収録した,複数視点で撮影された新たな行動認識データセットであるHome Action Genome(HOMAGE)を提案する.複数のモーダルおよび複数の視点の情報を利用し,対照学習を用いた階層的な行動認識のための学習フレームワークCooperative Compositional Action Understanding(CCAU)により,検証したすべてのモダリティにおいて一貫した性能向上を示した.
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キーワード / 行動認識,データセット,対照学習,マルチモーダル,マルチビュー
代表図
[論文]ロスレスAI:軽量化前後の推論結果同一性を担保した組込みAI
奥野 智行,中田 洋平,石井 育規,築澤 宗太郎
計算リソースの限られるエッジデバイスを用いて実時間で認識処理を行うためには,ディープラーニング認識モデルの軽量化が必要である.しかし,従来の軽量化手法は認識精度劣化の抑制にのみ着目しており,個々のサンプル単位で見ると,たとえ精度劣化が小さくても軽量化前後で推論結果が変化することがある.こうした変化は,軽量化前に想定していない挙動を招き,製品の品質保証にとって重大な課題となりうる.そこで筆者らは,軽量化前後で推論結果の同一性を担保する組込みAIである「ロスレスAI」を提案する.本稿では,軽量化手法としてパラメータのビット数を減らす量子化を対象とし,教師モデルから生徒モデルへの知識蒸留の枠組みに基づいた学習手法を提案する.提案手法により,画像分類問題における量子化前後の各モデルの推論結果の一致率を2.6ポイント改善(不一致を約60 %抑制)できることを確認した.
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キーワード / ディープラーニング,組込み,エッジデバイス,ロスレス,軽量化,量子化,知識蒸留
代表図
[論文]音響デジタライゼーション技術
松村 俊之,大毛 勝統,板倉 光佑,谷川 理佐子
当社では,物流や流通・製造などの現場の課題を洗い出し,現場をカイゼンすることで経営課題を解決する現場CPS(Cyber Physical System)の技術開発を強化している.課題抽出に向けた現場のデジタル化の手段として,画像による人やモノの認識・追跡の開発が行われてきた.デジタル化による高精度化および高機能化を目的として,これまで高音質化で培ってきた音響コア技術を適用した音響デジタライゼーション技術に着目する.本技術により,現場の特徴が音に現れやすいような異常識別や,作業者の音声による人物認証など,現場の音をセンシングすることで,現場の状況を広く深くデジタル化できる.本稿では,特に人の能力を超えた広帯域な音響センシングを実現するレーザマイクの高感度化技術と高精度な音響識別技術の確立に向けたドメイン適応技術を用いた話者識別技術の高精度化について述べる.
キーワード / 現場,音,センシング,AI,識別,レーザマイク,ドメイン適応
代表図
< 業務プロセス >
[解説]マテリアルズ・デジタライゼーション
今出 昌宏
マテリアルズインフォマティクス(MI)は新材料開発を大幅に加速する注目技術である.MI最大活用による材料開発デジタライゼーション達成に向けて,新材料探索実践によるMI要素技術蓄積,材料データの収集自動化と共有のためのデータ基盤構築,材料技術者向けMI実践用基盤整備,WebページやワークショップによるMI人材育成を推進している.
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キーワード / マテリアルズインフォマティクス,MI,データ駆動科学,計算科学,材料探索,実験データ収集自動化
代表図
[論文]有機‐無機ハイブリッド材料開発のデジタライゼーション
横山 智康,大内 暁,松井 太佑,金子 幸広
近年,有機材料と無機材料を融合した「有機–無機ハイブリッド材料」が,これまでにない高機能な物性を発現するとして注目を集めている.しかし,有機分子と無機元素の膨大な組み合わせが存在し,従来の材料開発では最適材料を見いだすのが困難であった.この課題に対し,筆者らはデジタライゼーションによる有機‐無機ハイブリッド材料開発の効率化に取り組み,次世代太陽電池材料として注目されるCH3NH3PbI3において,「物性予測」と「構造予測」の2つの技術を新たに構築した.「物性予測」では,有機分子を確率分布として扱うことで,これまで困難であったハイブリッド材料の有限温度におけるさまざまな物性の予測に成功した.「構造予測」では,有機分子と無機元素を分けて扱うことで,ハイブリッド材料の「組成」から「構造」を初めて実験データを必要としない予測に成功した.
関連リンク
キーワード / マテリアルズインフォマティクス,第一原理計算,結晶構造予測,ペロブスカイト太陽電池,有機-無機ハイブリッド材料,遺伝的アルゴリズム,3D-RISM
代表図
[論文]ハイスループット計算と機械学習を活用した光機能性有機材料の新規構造探索
大越 孝洋,大越 昌樹,長尾 宣明,四橋 聡史
筆者らはデジタライゼーションによる新材料開発の高速化を目的として,量子化学計算と機械学習の融合による光機能性有機分子の探索スキームを構築した. 本探索スキームは,(1) 多数の候補分子に対して網羅的に量子化学計算を行うハイスループット計算と,(2) モンテカルロ木探索とリカレント・ニューラルネットワークを用いて広大な材料空間のなかから分子探索を行う人工知能からなる. 特に後者では,ハイスループット計算で得られたデータを元に機械学習による特性予測モデルを構築し,これを利用することで分子生成ループを高速化した. さらに,本スキームを非線形光学材料探索において実践し、計算機上での分子の生成・評価に基づく設計プロセスを約100倍高速化することに成功した.本汎用スキームを活用することでさまざまな機能性有機材料の探索を加速することが期待できる.
キーワード / 機械学習,AI,量子化学計算,ハイスループット計算,機能性分子設計,非線形光学材料
代表図
[論文]電子顕微鏡観察像からの複合電極の構造定量評価法
黒澤 貴子,梅谷 幸宏,稲里 幸子,井垣 恵美子,松下 康之
次世代の革新蓄電池として期待されるバルク型全固体リチウム電池のようなデバイスにおいては,電極中の機能粒子(活物質,固体電解質)の分散状態などの構造が特性に影響を与えると言われている.筆者らはこのような複合電極の三次元構造を解析するため,数百枚の電子顕微鏡観察像群のセグメンテーションをConvolutional Neural Network(CNN)による深層学習で行う方法を開発した.従来,1枚に数時間要していたセグメンテーションが数秒程度で可能になり,従来の輝度による単純な塗り分けよりも,手作業に非常に近い良好なセグメンテーション結果が得られた.本手法により得られた三次元構造の定量値はセル特性の実測値とよく相関した.
キーワード / 三次元構造解析,FIB-SEM,セグメンテーション,Convolutional Neural Network (CNN),リチウム電池
代表図