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Cross Talk 子どもたちとともに成長してきたKWNの20年 ~未来へと続く意義と役割~ 前編

日本におけるKWNの活動がスタートしたのが2002年。そして、2005年に「第1回KWN日本コンテスト」が開催され、今年で20周年という節目の年を迎えました。
そこで今回、森村学園初等部を入賞常連校に育て上げた榎本 昇先生、映画監督でありKWNの映像講師でもある朴 正一さん、そしてパナソニックホールディングス株式会社 CSR・企業市民活動担当室の福田里香室長の3人に、それぞれの立場から、KWNのこれまでの歩みと現在、さらに今後についてさまざまに語り合っていただきました。その模様を3回に分けてお届けします。


※この鼎談は2024年1月16日に取材したものです。役職名等は当時のものです。




荒廃した学校の課題解決のために 80年代にアメリカでスタート!

ファシリテーター・香月よう子さん(以下、略)──KWNが日本でスタートして、今年で20年という節目の年を迎えました。まず、どうしてKWNが日本でスタートしたのか、導入された背景や目的を教えていただけますか?


福田(以下、敬称略) 当社はグローバル企業としてさまざまな展開をする上で、事業はもちろん、常に世界を意識して活動をしてきました。そうは言っても、日本発のプログラムが多い中で、KWNは珍しくアメリカ発のプログラムです。

 1989年、アメリカは当時の社会情勢を背景に、学校が荒れていたそうです。スクールアウトする子どもたちも多く、学校に興味をもってもらうために、アメリカのある映像制作会社が当社の現地法人に映像制作プログラムを提案したのがきっかけでした。実はその3年ぐらい前より日本人からの出向社員が、個人で映像制作プログラムをボランティアで続けていた経緯もありました。

 KWNはアメリカで急成長し、参加校も増えました。アメリカでの立ち上げからKWNの広報を担当していたのが、今回の20人インタビューにも登場している北出谷さんで、2002年にコンテストで優勝したハワイの学校が来日したのを機に、日本でのKWNのプロジェクトを提案したそうです。

 ちょうどその頃、2005年に開催の「愛・地球博」(愛知県名古屋市)で、子どもたちが制作した映像を流すことになり、そこで2002年から作品の公募を始めました。それを機に「第1回グローバル・コンテスト」が名古屋で開催されました。

 こうした経緯でKWN日本が立ち上がったわけですが、スタート当初から、「映像制作を通して、子どもたちの創造性やコミュニケーション能力を高め、チームワークを養う」ということを目指し、今日まで続いています。





──もともとはアメリカでスタートしたプログラムだったのですね。榎本先生は、なぜKWNへ参加しようと考えたのですか?


榎本(以下、敬称略) 森村学園に着任した当初はクラスを持つ予定ではなかったのですが、たまたま空きができて、担任をすることになりました。担任を務めるようになって今年で20年目を迎えます。ちょうど2010年頃に総合的な学習の時間で扱うテーマを模索していた際に、横浜で開催されていた私立小学校の研修会で、偶然、KWNのチラシが目に入り、「これは面白そうだ」と手に取ったのが始まりです。

福田 面白いと思ったポイントはどこですか?

榎本 子どもたちがビデオ作品を撮るという発想が、その当時の僕にはありませんでした。 ですから最初に、「子どもたちはどんな作品を撮るだろうか」とワクワクして。正直、入賞を目指すことなどは抜きに、純粋に興味から「やってみよう」と思いました。そのチラシを子どもたちに見せたら、すごく興味を示したのです。そして初めて撮った作品が、「Our star:Making a cleaner world~私たちの星、地球をきれいに~」(2010年度)という海洋ゴミの話でした。

福田 入賞した作品ですね。

榎本 はい。子どもたちも大喜びをして、「来年もやろう」と盛り上がっていたら、東日本大震災が起きたのです。実はこの3.11が子どもたちの作品にとって転機になったと感じています。

 それまでは、自分たちが興味のあることを作品にしていく印象だったのですが、地震で怖かった思いや、どう過ごしているかなど、「今の自分たちを記録として残したい」と言い出しました。映像作品というのは、自分たちの想いを示すものだと思っていたのが、「映像はアーカイブできるもの」なのだと、私自身が子どもたちに教えられました。その時から、子どもたちの活動や活動の先にある命の営みのようなものを記録に残したいという気持ちが高まり、現在まで記録としての映像を撮り続けてきたのです。

 また、東日本大震災、コロナ禍、ギガスクール構想、パソコンでのビデオ編集、記録としての映像作品など、私の中で、それぞれが点として存在していたものが、10年を超えたKWNの活動の中で、だんだんとつながっていきました。それが今の子どもたちの活動にもつながっていると思います。

──「アーカイブとしての映像制作」──榎本先生の映像制作に取り組む姿勢がよくわかりました。一方、映像講師として現在も毎年多くの学校でワークショップを行っている朴さんですが、KWNへの参加を決意した経緯は?

朴(以下、敬称略) 普段は企業やイベント撮影など映像関係の仕事をしていますが、それと並行して自主映画も撮っています。発端は今から15~16年前、あるコンテストで私の作品が賞をいただき、その際、パナソニックの方をご紹介いただきました。当初は前任の映像講師の方のお手伝いをしていたのですが、数年後、その方が退き、私が講師を務めることになったのです。

福田 これまで長年、子どもたちと直接ふれあい、親身になってご指導いただいてきたわけですね。ありがとうございます。

 ワークショップを通して、映像制作の醍醐味を直接子どもたちに伝えられること、さらにその成長ぶりを作品で確認できることはもちろんですが、一方で子どもたちへの指導を通して、自分自身も映像の可能性を改めて気付かされることなどに非常に魅力とやりがいを感じていて、今日まで続けてきました。




映像制作を通して子どもたちが 議論できるのは喜ばしいこと

──KWNでは学校へのカメラ機材の貸出も行っています。子どもたちにとっては、プロの機材を使えるのも魅力だと思います。


福田 今でこそ映像は日常の中に普通に入り込んでいますが、以前はまだ映像制作自体が特別なことでした。そのため、「プロが使うカメラを提供したら子どもたちが喜ぶのでは」という発想から、カメラ機材の貸出を行いました。また制作支援も必要だと考え、子どもたちが頭の中で考えたことを映像化できるように、レベルに合わせてプロのカメラマンが直接指導するワークショップも展開。機材の取り扱い方や映像制作の基礎知識、心得や考え方などをサポートできる態勢を整えたのです。

榎本 確かにKWNに参加した当初は、子どもたちが映像制作をするなんて考えられませんでした。小さなビデオカメラで家族旅行などを撮ることがあっても、今みたいに手軽に撮る感覚はなかったです。だからカメラ機材の貸出は本当にありがたかったです。プロ用の大きなカメラを見た子どもたちは、最初に「触っていいの?」というところから始まります。そこから電源を入れて、録画ボタンを押すのですが、何も考えずにただ撮るだけで、ものすごく生き生きとした嬉しそうな表情になるんですよ。

 ワークショップで朴さんたちに来ていただいて、いろいろなことを教えていただくと、子どもたちなりに欲が出てきます。工夫して撮影するようになり、「こっちから撮った方がいい」「これじゃあ顔がみえないじゃん」など、意見がぶつかることも。そんな子どもたちのやり取りを見ていて、「クリエイティブな作業って素敵だな」と感じます。

 一方、SNSなどにアップする投稿動画は、ただ消費していくものだという感覚が私の中にあります。「消費することは誰にでもできるけど、君たちには消費する側でなく、作る側の人になってほしい。そうしたらきっと、もっと幸せになれる」と子どもたちには話しています。

福田 大人もそうかもしれませんが、今の子どもたちは人と触れ合わないというか、気持ちのいい言葉だけで接する感覚がありませんか? お互いに意見を言い合う、議論を戦わせることがすごく減っている気がします。榎本先生のお話を聞いて、映像制作をきっかけに、真剣な議論をする体験を子どもたちができるのは喜ばしいことだと思いました。

榎本 課題となっているテーマに対して、大人以上に子どもたちの方が真剣です。そのため、私が子どもたちに意見する機会は実はあまりありません。意見をぶつけ合う中で子どもたちも、それぞれが自分の中で意見が言語化され、深まっていきます。福田さんがおっしゃるように、今は浅い議論になりがちなので、子どもたち自身の中でも言語化が浅く、思考が深まりません。そうすると、映像に限らず何か成果物、例えば学習発表会などでも、発表された内容に心が動かされないのです。しかし深い議論を経て生まれた作品は、映像技術が未熟であったり、テーマにインパクトがなくても、何か心に響くと思います。

 その通りだと思います。後でも触れることになると思いますが、自分がワークショップを行う際も、撮影の仕方などテクニカルな面より、まずは自分の思いやメッセージをいかに映像作品に込めることができるか、その大切さを伝えるように心がけています。

福田 心に響くとおっしゃいましたが、「相手にどう届くか意識すること」も私たちの重点テーマの1つです。心が動かないと行動は変わりませんから。相手の心を動かすことを意識していても、それを実行させるのは難しいことですが、実際に榎本先生の学校で起こっているとうかがって嬉しく感じました。

榎本 いちばん近くで見ている私自身が心を動かされる瞬間があります。それぞれの作品には、作品と作ってきた背景なり、ストーリーがあります。結果が発表された時、こう意見を戦わせたとか、子どもたちの表情や言葉がフラッシュバックしてしまい、泣いてしまったこともありました。最優秀作品賞を取れた、取れなかったに関係なく、思い出すと涙腺が緩んでしまいます。


朴 正一さん 映画監督/KWN映像講師 米国カルフォルニア州De Anza大学中退後、独学で映像技術を修める。2010年からPanasonic KWN講師として従事。仕事の傍ら自主映画を制作。短編映画「ムイト・プラゼール」が国内外の映画祭にて入選、受賞、劇場公開されている。春には配信、DVD発売予定。


大人の価値観を入れず素を映せば それは最強の作品になる

──子どもたちが議論を深めている時に、教員としての榎本先生は、どんなところに注意し、寄り添っていらっしゃるのでしょうか?


榎本 コロナ前と後では違う気がします。コロナ前は制作過程のコミュニケーションでデジタルを介することはほぼありませんでした。同じ場所でコミュニケーションを取っている中で、「それはちょっと言い過ぎかな」「少し脱線しかけているようだけど、今話しているのはそこではないよ」など、話を本筋に戻してあげるというか、整理と焦点化するのが私の作業でした。

 一方、コロナ禍以降はチャットでやり取りをすることが増え、私の立ち位置もファシリテーター役に変わりました。焦点化というよりも、「次はあなたの番」「次はあなた」と流れを整えていく感じです。デジタルの会話は記録に残るので、後で読み返して、子どもたち自身が自分や友達の言葉から気付きを得られる機会は増えたと思います。

──作品を見ていると、かなり先生が関わっているなと感じる作品もあれば、その反対もあります。先生方にとって「関わり方」は難しいと思いますが、榎本先生がいちばん気を付けていらっしゃることは何ですか?

榎本 作品の中に私の価値観を入れないこと。子どもたちの中から出てきた言葉、目線、思考、価値観をまとめていきたいので、そこに大人の価値観が入ってしまうと、子どもたちの作品ではなくなると考えています。「大人だったらそこは言わないよね」という部分を子どもたちは純粋に突いてきます。その部分は生かしていきたいです。

 子どもたちの価値観はすごく大切だと私も思います。お二人のお話に重なる部分は多いのですが、やはりこの10年、20年でいちばんの大きな変化は、スマートフォンやタブレットで手軽に誰でも動画を撮れるようになったことです。ですから、コロナ禍でオンラインでのワークショップが続いて、久しぶりに対面でのワークショップが再開する際、心配だったのが「今までと同じことを行って盛り上がるか」でした。でもそれは取り越し苦労で、いざリアルなワークショップが再開すると、以前と全く同じように盛り上がったのです。

 ワークショップでは、最初に映像を撮った経験があるか子どもたちに聞きますが、今はほとんどの子どもが手を上げます。それでも、カメラの使い方を教えて、監督や音声、出演者など担当を決めていくと、以前と同じように盛り上がります。どうしてなのか考えると、先ほど福田さんがおっしゃったように、撮ることもそうなのですが、コミュニケーションを取ることがいちばん楽しいのです。「もうちょっと右に立って」「後ろに何か映り込んでいるよ」と、ワイワイガヤガヤ楽しそうに撮影しています。SNSの配信動画は1人で完結することが多いのでこの空気感は味わえません。

 また、スマートフォンやタブレットでは、その場で撮り流すというか、何も考えないで撮ることが多いと思います。しかし映像制作では、テーマを決め、何を撮るか考え、さらにいかに美しく撮るかも必要になってきます。その辺りの話にも子どもたちは興味を示します。

榎本 ワークショップを受ける前と後では子どもたちのモチベーションも確かに違います。

 子どもたちは純粋で美しいと私は思っています。子どもたちにも、「君たちは美しい。その美しさをきちんとカメラに収めるにはどう撮ればいいのか考えましょう」「カメラの前では緊張するよね。どうしたら相手をリラックスさせられると思う?」など、テクニカルな部分を具体的に教えるのではなく、助言してあげるスタンスで臨んでいます。子どもたち自身に考えてもらうと、いろいろな引き出しが彼らの中から出てくることがよくあります。

福田 子どもたちは一人ひとり違いますが、そんな彼らに向けて「みなさんは美しい」という言葉を投げかける朴さんが素晴らしいと思いました。子どもたちも、それぞれが持つ美しさを受け入れて、違いを感じながら意見を戦わせ、「こんな考え方もあるんだ」と理解し、成長していくのだと思います。

 私は教育者ではなくて、KWN講師として撮影技術を教えるために全国の学校に行っているのですが、結局、映像の真髄はそこにあると思っています。子どもたちが美しいというのは本音なので、本音をそのまま伝えているだけ。子どもたちそれぞれが持つ美しさをカメラに収めることができたら、例えライティングやカメラアングルが素晴らしい映像でも、絶対に勝てないでしょう。映像がボケていても、友達同士で和気あいあいとした雰囲気などが収められた映像の方が観衆を魅了すると思います。

 ですから先ほど榎本先生がおっしゃっていた、大人の価値観を入れないというのは、たぶん同じことで、素を映せばそれが最良の作品になるというのは、その通りなのだと感じます。




忖度や忌憚のない質問 子どもたちからの学びも多い

──誰もが手軽に映像を撮れる時代ですが、やはり子どもたちも本物を感じることはできると思います。プロの映像を撮る人の言葉は説得力がありますし、心にしみ込んでいくのでしょうね。


榎本 講師の方からいろいろなことを教えてもらっている時は、子どもたちもいつも以上にメモを取っています。学校の先生の言葉よりも100倍以上説得力があります。

福田 ワークショップの講師は、第一線で活躍している映像の専門家です。リアルな話を聞けるのは、それだけでも子どもたちにとっていい経験になるでしょうね。

榎本 教科書を通じて勉強することも大切ですが、映像講師に限らず、世の中にいるプロの人たちから話を聞く機会は貴重で、子どもたちにとってすごく新鮮であり、大いに刺激になります。

 仕事ではそんなことはないのですが、子どもたちの作品を見て、自分の映像作品に反映したことがあります。例えば「素のままを撮るのがいちばん」ということもそうです。ある映像作品では、脚本が完成した後で、「あなたがしゃべりやすいように自由にセリフを書き換えてください」「おかしいと思った部分は指摘してください。書き直します」と役者さんに言いました。いつも通りの話し方になれば、その分、役者さんは自然体で演じることができて、作品が魅力的になると考えたからです。これは、KWNで子どもたちと接し、作品を見て学んだことで、私の方こそ、子どもたちから多くを教えてもらっていると感じています。

福田 先生方も子どもたちから「学ぶ」ことはありますか?

榎本 KWNに参加していることを役得だと思っています。映像制作のおかげで、学校の中だけでは知り得ない世界へ、子どもたちが私を連れて行ってくれるからです。2022年度の『It’s small world −選べる自由を、誰にでも−』という作品では、子どもたちと一緒に東京都渋谷区のトイレ巡りをしました。大人がトイレ巡りなんてしていたら、単なるアブない人になってしまいます。ところが子どもたちと一緒だと、「何をしているの?」と、清掃員の方も優しく声をかけてくれます。子どもたちが説明をすると、「お話が聞けるように上司を紹介してあげるよ」と、不思議なことにどんどんつながりができていくのです。その時は、最終的に建築家の隈研吾さんにまでたどり着きました。これは本当に子どもにしかできない魔法で、私はそれにただ乗っかっているだけの感じです。

福田 怖いものなしというか、子どもたちは本当にストレートに突進しますからね。大人だと、ちょっと声をかけにくいというか、「よく隈研吾さんがインタビューに応じてくれた」と驚きですよね。

榎本 本当にそう思います。「このトイレは誰が設計したの?」「隈研吾さんという人だ」「じゃぁ、その人に会いたい!」みたいな流れでした。「いやいやいやいや。ちょっと待って。そんな簡単ではないよ」と思ったら、とんとん拍子に行けちゃいました。「隈研吾さんはどういう人か知っている?」と聞いたら、誰も知らなくて(笑)。

福田 トイレを作った人ぐらいの方が、隈さんの方も嬉しいかもしれませんね。

榎本 そうなんです。忌憚のない質問をしてくれるのはやっぱり楽しいとおっしゃっていました。

福田 忖度ゼロの質問。それが本当は人の心を動かすのかもしれませんね。

榎本 トイレの設計についてきちんと意図を説明してくださり、最初は「こんなトイレ入りたくない」と言っていた子どもたちが、「これはいいデザインですね」と、納得をして、考え方が変わっていったのが印象的でした。

福田 隈研吾さんと子どもたちのまさに真剣勝負ですね。朴さんも感じていると思いますが、子どもにわかるように説明するのは本当に難しいと思います。仕事でもよく感じますが、難しいことを難しい言葉のままで言うのは簡単です。しかしそういう人は、たぶん本質を理解していないのだと思います。難しいことを、シンプルに説明するためには、本質を理解していなければなりません。子どもたちからインタビューを受けるたり、質問されることで、大人もさまざまな学びを得られるのだと思います。


Cross Talk 子どもたちとともに成長してきたKWNの20年 ~未来へと続く意義と役割~ 中編

2回目となる今回は「時代の変遷と子どもたちの変化」、「映像が持つ力」などについて論じていただきました。


※この鼎談は2024年1月16日に取材したものです。役職名等は当時のものです。



コロナを境に子どもたちの 伝えたい気持ちが強まっていった

ファシリテーター・香月よう子さん(以下、略)──前回のお話で、東日本大震災、コロナ禍、スマートフォンとタブレットの普及……こうしたキーワードが出てきました。映像が特別な時代から動画がより身近に、消費される時代へと変化しているように感じます。このような背景が子どもたちの作品にどう影響しているのか。教育の現場、映像の現場、それぞれお感じになったことを教えてください。


榎本(以下、敬称略) この20年間で、東日本大震災とコロナという2つの大きなインパクトがありました。インパクトそのものの事実に加え、自分たちが持っているメッセージや、自分たちが感じたこと、そして、どう思っているかといった、メッセージの割合が増えていった印象があります。

 最初の頃の作品は事実が羅列されていて、それに対し解決していく構成でした。一方、震災以降の作品を改めて客観的に見直してみると、「どう思ったか」「どうしたいか」といった、心の動きが入っていて、それが2回のインパクトを受けたことで、どんどん強くなっている印象を受けます。

 特にコロナ禍では、外出できない状況に対して、子どもたちはすごく考えたと思います。「どうしたら自分たちの思っていることを伝えられるのか」「どうやったらこの状態を変えることができるのか」「みんなはどう思っているのか」など、相手に対して自分の気持ちや存在を伝えたい欲求が強く感じられました。子どもたちもつらかったのだと思います。

福田(以下、敬称略) 歩みを止めることなく活動を続けてこられたのも、子どもたちの伝えたい想いが強かったからなのですね。

榎本 コロナ当初は、学校もオンライン授業を考えていませんでした。しかし、「子どもたちの声を聞きたい」「お互いに先生や友達の顔を見ながら声を聞けたらちょっとは安心するよね」という純粋な気持ちがきっかけでオンライン授業が始まりました。単に勉強するだけなら、授業動画を見たり、問題集を解く方が効率的です。ただそこでお互いに声を聞くことが、こんなにもインパクトがあるのかと、コロナ禍のオンライン授業で気付きました。

福田 ネットワーク環境の構築は学校によってすごく差がありますよね。私たちもKWNのイベントやワークショップで学校にうかがいますが、かつてはネットワークに不慣れな学校も多く、職員室や体育館、教室を、先生や私たちスタッフが何度も行き来してやっとつながったということもありました。会社でも、今は普通にリモートを取り入れていますが、それまではDXなども進んでいませんでした。ある意味、コロナによって強制的にオンライン化が進んだ感じもあります。

榎本 小学校なので、いちばん大変だったのは、保護者の方の理解を得ることでした。今になって考えると、何でもないことなのですが、オンライン授業に対して、効果があるのか、オンラインで大丈夫なのかと、保護者の方も不安だったのだと思います。




KWNの取り組みが 社会課題の解決にもつながる

福田 先ほど榎本先生が、子どもたちが気持ちをより強く出すようになったとおっしゃいました。KWNが目指すのは、子どもたちの創造性やコミュニケーション能力、チームワークの育成で、そのベースに、「子どもジャーナリストの眼」というキーワードがあります。榎本先生のお話を聞いていて、「ジャーナリストって何だろう?」と考えたのですが、事実をきちんと見据えて、それに対して自分の意見を加えることだと思いました。ですから、そこに自分の気持ちをより強く出していくのも、ジャーナリストの1つの在り方なのではないでしょうか。

 ご存じの通り、KWNには「子どもジャーナリストの眼」の定義として、心がける4つの眼があります。「世界を見る眼(Global)」「課題を見抜く眼(Issue)」「未来を見る眼(Future)」「伝える眼(Transmit)」。この4つの英字の頭文字を取って「GIFT」と言っていますが、おそらくジャーナリストの眼にはいろいろあって、時代や状況とともに変わったり、子どもたちの気持ちによって変わっていくのでしょうね。4つの眼を掲げていますが、他にもあるかもしれませんし、4つの眼の中のどれかが強く出てくるかもしれません。

朴(以下、敬称略) 私は榎本先生のお話を聞いて驚きました。震災やコロナを経て、子どもたちが作品の中に自分の意見や考えを込めるようになったとおっしゃいましたが、ここ数年、私がワークショップで受ける印象は真逆です。榎本先生の学校は、普段からそう教育されてきて、子どもたちも意見や考えを作品に入れることができるから、毎年、入選しているのだと思いますが、他の学校の子どもたちは、むしろ、だんだん自分の考えや意見を表に出さなくなってきている印象を受けます。

 昨年、訪れたある中学校でのワークショップのことです。ドキュメンタリーを撮りたいということで、話を進めていたのですが、「本当は何を撮りたいの?」と聞いたところ、1人の女子生徒が「ドラマを撮りたいです」と言いました。作品の中に気持ちを込める以前に、自己主張ができていない子どもたちがほとんどでした。

 ワークショップのカリキュラムはすべて映像講師に一任されています。私はテクニカルなことよりも、映像作品に自分の気持ちや想いを込めることの大切さを伝えています。いじめや自殺問題にもつながるのですが、なぜなら、コミュニケーションがきちんと取れていないため、今の子どもたちは自分の想いを相手に伝えず、相手をリスペクトする考えも持っていないと思うからです。それが悲惨な状況を招いていると考えています。だからこそ、多くの人たちがKWNの活動に取り組んでくれれば、いじめや自殺も減ると本気で思っています。


香月 よう子さん フリーアナウンサー/ 公益財団法人東京学校支援機構評議員 司会、ナレーション、ラジオパーソナリティほか、教育分野においての執筆やアドバイザーなど幅広く活躍。2012年にオンライン授賞式の司会を担当したのを機に、2015年より最終審査会の審査員に就く。


作る側と見る側の両方に対して 映像が持つ力を改めて実感

福田 子どもたちが意見を言うようになったのは、榎本先生が子どもたちの引き出しを出すのが上手いという部分も大きいと思うのですが、東日本大震災があった時、やはり子どもたちはすごく苦しい思いをして、たぶん大人への気遣いなどもあって、自分たちの思いを表に出さなくなったと思います。それは、被災地の子どもたちに笑顔と元気を取り戻してもらうための復興支援プログラム「きっと わらえる 2021」で、被災地の子どもたちを見てきて感じたところです。

 ところが、そんな子どもたちにカメラを向けて、「今、つたえたいことを話してください」と言うと、皆が話し始めてくれます。カメラがあるから、気持ちを話せるようになったのかと思っていましたが、朴さんのお話によると、カメラがあっても気持ちを出せない子どもたちがいるということですよね。

 私も「きっと わらえる 2021」で被災地に行きましたが、福田さんがおっしゃったように、カメラを向けると子どもたちは想いをさらけ出してくれました。カメラの周囲には、カチンコやマイクがあって、「みんなが私の気持ちを聞いてくれるんだ」「私のためにこんな用意をしてくれたんだ」「1人じゃないんだ」というのがあるから、カメラの前でしゃべれるのだと思います。そこには輪ができて、カメラの後ろにたくさんの友達がいて、自分を支えてくれていることがわかるから臆することなく話せる。KWNの活動がいかに貴重なのかを示していると思います。

 「お互いの支えがあるから気持ちを出せるし、自分の気持ちは出していいんだよ。言いたいことは言っていいんだよ。それが君のためにも、周りの人のためにもなるんだよ」という部分が映像制作の真髄だと思っていて、ワークショップでは、それを子どもたちに伝えています。

福田 映像の力のすごさを改めて考えさせられました。映像を作る側は、自分たちの身の回りに潜んでいる社会課題を見つけて、自分たちの頭で考え、忖度なく映像制作という行動に移します。一方では、子どもたちの作った作品を見る側もいます。「素で撮った映像がいちばん」というお話もありましたが、子どもたちの作った映像を大人が見て、心を動かされたり、反省をしたり、子どもたちの素晴らしさに気付かされることも多々あります。そう考えると、作る側に対するインパクトと、見る側に対するインパクト、その両方がある映像の力のすごさを、改めて実感しました。

榎本 映像の力という意味では、今でも鮮明に覚えているのが、「未来に、咲け-桜とSAKURA-」(2017年度)という作品の表彰式でのこと。最優秀作品賞は取れなかったのですが、審査員の伊藤有壱先生から「作品は見られることで成長するからね」というさりげないひと言をいただいたのです。「なるほど」と思いました。この作品を多くの人たちが見た時に、見た人の誰かの心を動かして、何か新しい価値を生み出していくと。子どもたちにも「君たちが大人になった時にこの作品を見たら違う見方をするだろうし、その時が楽しみだね」と話しました。

 同じ人でも見た時期によって捉え方が違うと思いますし、この作品を作った子どもたちはもう高校3年生になっていますが、高校3年生になった彼らが見ても、また違う価値観を持つと思います。その違う価値観がまた違うアクションを起こしてくれるはずです。それがまた作品を作る面白さだと思います。

福田 伊藤先生ならではのご発言ですね。




配信動画の影響か 結論から先に言う傾向がある

──教育現場では、GIGAスクール構想が広がるなど環境の変化もありました。また、子どもたちが意見を言わなくなったというお話もありましたが、子どもたちのチームワークや活動についてはどんな印象をお持ちですか?


榎本 小学校の現場にいると、チームワークの本質は変わっていませんが、形は変わったと感じることがあります。例えば、私が今回担当をしたKWNのチームでは、夜8時までと決めて、普段、学校で話し足りないことを、オンラインで話し合うチャットルームを設けていました。会話の内容がオープンなので、誹謗中傷などは当然書きませんし、気持ちを対面では言えないけど、チャットだと言える子もいます。ですから、本質的な部分は変わっていませんが、デジタルという形になって、人前で話せなかった子を少し掘り起こせるようになったと感じています。

 デジタルを活用していることに対する印象は、個々が持っているクリエイティブな力やコミュニケーション能力を、少し拡張してくれるイメージです。だから、もともとは1しかないところが、2にはなるけれども、初めから0のものは倍にはなりません。だから映像作品作りでも、実際に教室に集まっての打ち合わせは必要です。そのあたりは上手に使い分けています。

福田 文字のやり取りだと誤解を生むことはないですか?

榎本 それはあります。子どもたちもそれがわかっていて、誤解がないように、わからないことは素直に聞いています。本当にデジタルネイティブです。

福田 デジタルネイティブの子どもたちの世界がどんな世界なのか、私には想像ができなくて。ミュージアムで展示品の解説文を、子どもたちはスマホの画面の様に無意識に拡大しようと(したり)するのを見ると(なんでもスマホでパパっと撮って記録する)その感覚についていけないところもあります。

榎本 そのお話を聞いて思い出したのですが、昔の作品に比べて今の作品は、訴えたいことがどんどん前に来ている感じがします。

 コンクルージョン(結論)を前に出すということですか?

榎本 そうです。結論が出るまで待てないのです。「これです!」と最初に見せて、その後に説明が付くような感じでしょうか。子どもたちの構成台本も、明らかに変わってきています。先に言いたいことを言う。インパクトのある映像を出す。子どもたちに聞いたことがあるのですが、「最初に面白いものをもっていかないと飛ばされちゃう(見てもらえない)でしょう」と、配信動画の感覚なのです。

 それは手法であって、作品を発表する場によって違うと思います。例えば映画館なら、90分、120分、強制的に見なければなりませんが、配信動画は興味がなければすぐに次の映像に飛ばせます。だからコンクルージョンを急がないといけません。KWNの作品の場合、どちらがいいのか一概には言えませんが。

榎本 今年のチームは女子が多いのですが、好きな音楽が昭和ポップスの子と韓国系の子に分かれていて、韓国系が好きな子が「昭和の曲は(前奏が長くて)いつ歌い出すかわからない」と言っていました。最初に(結論を)出すのは時代なのかなとも思います。

福田 KWNに限らず他のプログラムもそうですが、若い人たちにもっと知ってもらうにはどうすればいいかと考えて、1分ぐらいの畳みかけるようなアニメーションを作ったケースがあります。若い子たちの感覚に合わせないと見てもらえないのです。

榎本 子どもたちは動画を倍速で見ていたりもします。

福田 倍速では情報は得られたとしても、気持ちが動くことはないですよね。

榎本 ありません。

 最近のハリウッド映画は、それに反発するように長編作品が多い傾向があります。マーティン・スコセッシ監督の「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」(2023年)なんて、3時間半の長編です。それでもアメリカでは話題になり、若い人が映画館に見に行っています。ですから、今の若い子たちは、コンクルージョンを急がない長編映画の楽しみ方を知らないだけなのかもしれません。

福田 映画館のお話を聞いていて、隔離して集中させることは大事だと思いました。私は便利だからとリモートでセミナーを受けたりしますが、他のことに気を取られたり、仕事のメールを処理しながら聞いていたり集中できないことがあります。そういう時は、終わってみると、セミナーの本質が頭に入っていなかったりします。会話のネタのために、配信動画をササッと見て情報を取ることもありますが、心が動くことはありません。結局、それは若い人も同じだと思います。




作品に対する1つ1つのメッセージ 参加校へのフォローも万全

──誰もが手軽に映像を撮れる時代ですが、やはり子どもたちも本物を感じることはできると思います。プロの映像を撮る人の言葉は説得力がありますし、心にしみ込んでいくのでしょうね。


 榎本先生も感じていらっしゃると思いますが、ワークショップでは、雰囲気というか、集中できる空間を作ることが大切だと思っています。実は苦い経験もしていて、コロナ禍に自閉症の学校でオンラインワークショップを行った時に、自閉症のことを勉強して挑んだのですが、好きなことを一方的に話されて何もできなかったことがありました。やはり何かを伝えるには、一緒に雰囲気作り、空間作りをすることが必要だと痛感しました。特別な空間の雰囲気は、子どもたちも肌で感じてくれると思いますし、その方が集中力も高まると思います。

福田 情報の伝達だけならいいのですが、リモートだと伝わりにくい部分があることは、多くの人たちが薄々は感じていたと思います。リモートでの伝わりにくさは、タイムラグのせいなのか、アプリの性能の問題なのか、1人ずつしゃべらないといけないせいなのか、そもそも対面とオンラインとでは脳の動きが違うのではないかと思いました。

 偶然、同じような検証をテレビでやっていて、それによると、同じ話を聞いた際に、対面だと共感を呼んでいるのに、リモートでは共感していない結果になっていました。ワークショップに関しても、リモートとリアルの違いはすごくあるのでしょうね。

 そう思います。気持ちの伝え方については、映像制作のテクニックとして、カット割りがあります。子どもたちにも、「カメラを寄ったり引いたりしてください。“好き”というセリフは、この距離と、この距離とでは、どちらが相手に強く気持ちが伝わりますか?」とよく聞きます。またある作品で、「どうして子どもの顔をアップにしないのですか?」と聞いたら、先生が「その考えはありませんでした」とおっしゃったこともありました。どう気持ちを伝えるか、伝え方の面白さも映像制作にはあると思います。


──KWNは映像を作ったら終わりではなく、1年の集大成としてのコンテストがあり、学校同士が交流できる場も設けられています。さまざまな活動を含め、KWNの価値は高いように思えます。


榎本 それは、表彰式やグローバルサミットなど、他の学校とディスカッションしている場面で強く感じます。

 「きっと わらえる 2021」もそうですし、「IOCヤングリーダーズ」などの交流支援、「KWNキッズレポート」といったプログラムも展開していますが、応募作品に対しては、募集しただけではなく、審査をした作品の感想を1つ1つ学校側に伝えています。私の場合、いつもきついコメントになりがちで、事務局からも注意を受けていますが、きつくなってしまうのは、「映像を真剣に撮ったら、こんなこともあんなことも伝えられるのにもったいない」という気持ちが働くからです。それは子どもたちに対してではなく、主に先生に向けてのメッセージ。先生に、映像の力の素晴らしさに気付いてほしいからなのです。

福田 コンテストという形式を取っている以上、審査の結果、落選する作品が数多くあります。落とした作品に対してこそ、フォローというか、きちんと伝えていかなければいけないと思っています。

 おっしゃる通りです。以前、小学生が作った作品で、内容としては素晴らしかったのですが、KWNの趣旨に向かないと感じた作品がありました。案の定、落選したのですが、その際、「絶対に作り方を変えてはダメです。先生や大人に何を言われても、あなたのこの作り方は変えないでください。そうすれば今後、素晴らしい作品をあなた方は作ります」とメッセージを書いたことがありました。

 そういう作品は少ないのですが、今年度もリスペクトできる作品がありました。具体的なアドバイスを書き、正直にリスペクトしている旨も伝えています。

福田 どこに伸びしろがあるかということですよね。大人が決めた枠の中で考えたら違うけど、枠を外してあげたら実は素晴らしい作品ということなのかもしれませんね。


Cross Talk 子どもたちとともに成長してきたKWNの20年 ~未来へと続く意義と役割~ 後編

最終回となる今回は、「KWNの本質」そして「将来へと進化するために必要なこと」について論じます。


※この鼎談は2024年1月16日に取材したものです。役職名等は当時のものです。



始まりは「せんせいあのね」 各自が疑問をみんなの前で発表

ファシリテーター・香月よう子さん(以下、略)──前回、福田さんがおっしゃられていた「GIFT」。世界、課題、未来を見て伝えるというのは、現在の教育で重視されている課題発見にもつながっていると思います。榎本先生は、子どもたちに対してどう指導しているのか教えてください。


榎本(以下、敬称略) 研修などで他の学校を訪ねた時、「子どもたちにどうやって課題を発見させるのですか?」とよく聞かれます。私は小学校なので、1年生の最初の時期に「せんせいあのね」というのがありますよね。あれがスタートだと思っていて、本当に身近にある疑問や何か変わったことがあって、それを伝えたくなったりする。あれがすべての始まりだと私は思っています。ただそれが成長するにつれ、「そんなことは当たり前だ」「そんなのつまらない」と、身近な疑問にどんどんフタをしていってしまう。それが高学年、中学生、高校生になっていくと、否定されるのが怖くなるから言わなくなってしまうのです。

 そうではなくて、「疑問に思ったことは言ってみよう。そうしたら必ず誰かがヒントをくれるから。大きな世界は変えられないかもしれないけれど、半径1メートルとか50センチ以内の世界なら変えられるかもしれないよ。そうしたら君たちが作品を作った意味があるよね。だから身近な疑問って、すごく些細だと思うかもしれないけど、勇気を持って言ってみよう」と子どもたちに話しています。子どもたちも自分たちが発見した疑問に対して、何かこう解決していこうという気持ちは持っています。そこで疑問を書き出してもらい、みんなの前で発表させてテーマを決めていきます。

朴(以下、敬称略) 話し合いなどではないのですね。

榎本 そうですね。みんなで話し合って何となく出てくるのではなくて、一人ひとりが感じた疑問を真剣にぶつけて、みんなで意見を言い合いながら決めていきます。

 「せんせいあのね」というのが本当に全て。小さい頃から疑問を訊いてあげるだけでも違うと思いますし、それで「何かやってみようか」でいいと。それができていったら、自分たちでも行動してみようと考えます。

 例えば「陽だまりのような君たちへ」(2023年度)では、クラウドファンディングのような形式でお金を扱っています。小学生がお金を稼ぐことへの賛否というか、学校はお金に不可侵なところはありますが、「いいんじゃない。クラウドファンディングは悪いことではないし」と言ってあげました。すると「先生、クラウドファンディングならリターンが必要ですよね」と言うので、「君たちの活動に賛同して寄付をしてくれるのだから、モノがほしいわけではないよね。活動に価値を持たせられるようなリターンを考えてみてはどうかな」と答えたところ、自分たちで犬のイラストを描いて、しおりを作ったのです。ちょっとヒントを与えてあげたら、子どもたちなりに考え、行動したわけです。小学生なので場合によっては制限をかける必要もあるのですが、「小学生だからダメ」とか、フタをしてしまうのは大人なので、それは本当に必要な時だけにしています。

福田(以下、敬称略) 一人ひとりに疑問を書いてもらうというのは、他ではあまりやらないような気がします。でも、一人ひとりに書いてもらうことで、一人ひとりちゃんと見ていますよという子どもたちへのメッセージにもなると思います。

 今回はクラウドファンディングまで登場したということですが、それを学校でやるのはハードルが高かったと思います。でも「ちゃんと見ているから大丈夫だよ。好きにやってごらん」と先生が言えるのは、素晴らしいことです。こういうことをやっていただいて、このKWNを血の通う、有機的なプログラムにしていただいているのは本当にありがたいことです。


榎本 昇さん 神奈川県・森村学園初等部 教諭 神奈川県横浜市にある私立小学校、森村学園初等部教諭及びICT担当。2010年からKWN映像コンテストに参加し、指導するチームが最優秀作品賞を4度受賞。2020年から2023年までグローバルサミット日本代表校の指導者。また2019年からはApple Distinguished Educator、2021年からはJamf Heroとしても活動を始める。


封鎖的な空間から飛び出して 子どもたちも学びの楽しさを実感

──教務以外に映像制作を指導するのは大変だと思いますが、榎本先生は、どうして続けられているのでしょうか?


榎本 もともと私は教員志望ではありませんでした。学校も嫌いで、小学校時代は登校拒否もしました。でも、嫌いだからこそ見えてくる部分もあります。実際に学校現場に入った時、教員は基本的には学校が好きな人ばかりでした。でも私は、学校の封鎖的な空間が窮屈で、たまに研修などで校外に行くと解放された気持ちになるのです。

 私と同じ感覚の子どもがいるだろうとは思っていましたが、取材で校外に行くと、「こんなことがあったけどどうなの?」「これはどういうこと?」と、子どもたちが積極的に疑問を上げてくるのです。学ぶことの楽しさを実感したのだと思います。本来は学校がそういう場所だったはずが、教室に閉じ込めて効率的に授業を行っているため、学びの楽しさに気が付けないんです。私はそれが今も嫌なので、どんどん子どもたちを外に連れ出したいし、それが子どもたちの成長に繋がると思います。また、この活動を通じて、私自身も広い世界を見ることができましたし、他の教員にも校外に目を向けてほしいと思っています。

福田 教員になる方は、教えることが好きで、教えたいんですね。でも子どもたちはたぶん、教えられたくない。自分たちで考えて好きなことをやりたい。「でも少し心配だから見守っていてね」と振り返ったら、ちゃんと先生がいてくれる。だから好きに走っていけていると感じました。子どもは、枠にとらわれないし、冒険好きですよね。子どもたちを閉じ込めないという榎本先生の考え方はとても素敵だと思います。

榎本 取材先では私自身もすごく勉強になっています。発見も多いです。長い目でみたら、私自身もお金には替えられない価値みたいなものを、KWNの活動から受け取っていると感じています。

福田 それを聞くとすごく嬉しいです。義務に感じるのではなくて自主的というのが素晴らしいと思います。

 ワークショップで子どもたちに、なぜKWNに参加したのか聞くことがよくあります。すると半分ぐらいは、「先生が言ったから」と。子どもたちはまだこの企画に乗り気でないから、そういう時は、映像に興味を持ってもらうところから始めます。プロが使う大きなカメラで興味を引き、監督や音声を決めたりして1回撮らせてみる。それで楽しく感じたらいいと思います。最初はつまらなそうにしていた子が、最後は楽しそうにしていることもよくあります。

福田 最近は、子どもたちが興味のあること、やりたいことばかり強調しすぎるあまり、子どもたちの視野も狭くなっている気もします。世界は広いのに、それではもったいないと感じます。




成し遂げた達成感や仲間意識を感じられるのは映像制作の強み

──中学生、高校生の成長や変化については、朴さんはどう感じられていますか?


 変化というわけではありませんが、小学生より中学生、中学生より高校生の方が、自分のことを言わなくなっていると思います。大人もそうですが、心の中にモヤモヤしたものだけを抱え込んでいます。高校生になると、撮影技術に関しては長けている子も多いので、私が教えることといえば、「作品にもっと自分たちの想いを乗せられたら、深みが出るし、聞いてくれる人も増えるよ」ということ。モヤモヤを吐き出せるのが映像表現だと思っているので、気持ちの解放について話す機会が増えています。

福田 中学、高校生は素ではなくてもう少し複雑というか、映像を通してなら思い悩んでいることをもっと表現できるのかもしれませんね。

 そうなんです。でも最近は映像テクニックの方に寄っている印象があります。それはそれで素晴らしいのですが、映像は自分を解放させることができます。私自身、自分を解放して幸せになれたので、同じことを子どもたちにも体験してほしいです。

 映像のいいところは、仲間と一緒に作品を作る点。大変なんだけど、仲間と一緒に成し遂げた時の達成感や仲間意識を感じられるのは、映像制作の強みだと思います。

福田 私はフルートを吹くのですが、オーケストラと一緒ですね。大勢の人たちが1つになって成し遂げた時の達成感はたまりません。

 映像制作では無駄な子が1人もいません。のけ者ができないし、全員が必要だから、いじめとかもなくなるわけです。

福田 それぞれの子に役割があって、「自分は任されている」と感じられることで、子どもにとっても責任感が芽生えますし、モチベーションにもつながるのではないでしょうか。

榎本 お話を聞いていて、なるほどと思う部分が多々ありました。学校は、同じ年齢の集団なので、傷つくこともあるし、チームワークの素晴らしさを味わう前に、怖さや不安を感じてしまう。最近、やっと落ち着いてきましたが、コロナ禍による休校が終わった直後は、子どもの中には学校に行きたくない、保護者も離したくないという状態に陥っている家庭もありました。そんな子がいざ登校してくると、幼くなってしまっているのです。

 映像チームで経験をする「お互いに支え合うよさ」は、子どもたちのその後の人生にも有意義だと思っています。中学、高校に進学した時に、もっとチームや集団の楽しさを経験しないと、社会に出た時、何かプロジェクトを完成させたりする時に、コミュニケーションを取るのが難しかったりすると思います。

福田 確かに私たち大人でも在宅勤務に慣れてしまうと、外に出ることがものすごく億劫になったりすることがあります。非常にデリケートなことですし、もちろん無理強いはいけませんけれど、1度、外に出てみたら、「みんなと直接会う方がいいな」など何か感じたり、変わったりするのかもしれませんね。

榎本 勇気を持って踏み出せるかが自立への第1歩なので、小学校ではやはりその部分は大事にしたいです。そうでないと、中学校、高校でもほとんど登校できなくなってしまいます。

 特別支援学校にもワークショップで行きますが、学校の先生から「子どもたちは情報や経験が少ないので幼いです」と言われたことがあります。しかし、子どもたちと対峙すると、幼さを感じたことはなくて。やはり、KWNに参加しようと考える先生の元で育った子どもたちだから、それほど幼くは感じなかったのだと思います。

榎本 取材を通して子どもたちは、いろいろな大人と話をするので、言葉遣いも含め、経験としての影響は計り知れません。また取材をする時は、用意をした質問をするだけではなく、取材相手の返答に対して、自分の中で疑問に感じたことをちゃんと返せるように、実はその練習も結構やっています。そうした積み重ねが大切だと思います。




プラットフォームとして成長する KWNの可能性

──最後に、これからのKWNについてお話をおうかがいしたいのですが、これからどう発展していけばさらに面白くなるのかなど、今後の展望や未来についてお聞かせください。


榎本 今までたくさんの作品を作ってきて、「たぶん2度と撮れないだろうな」という映像も数多くありました。そして今年度の作品も、20年、30年経つと1つのアーカイブになると思います。次の世代の子どもたちがそれを見た時に、そこから新しい価値を生み出してくれると信じていますし、反対に、今年の子どもたちが大人になり、親になった時、私が考えていることを、きっと自分たちの子どもの世代に伝えてくれると思っています。

 他のプロジェクト、例えば私が直接関わってはいませんが、「きっと わらえる 2021」も、震災当時の想いはものすごく生々しいかもしれませんが、10年、20年経った時に、教訓であったり、身近な幸せを見つけるきっかけになっていくのではないでしょうか。

 こうしたKWNの活動は、今後も変わらないと思いますので、作品たちが、未来の子どもたちに残すもの、伝えるものになってくれたら嬉しいです。また子どもたちには、その時の視点や価値観、みずみずしさを持ち続けてほしいです。

 子どもでしか気づかない視点は本当にたくさんあります。それは、KWNの活動をしていて私が得た、いちばん大きな価値、財産です。教員としての幅をものすごく広げてくれました。

福田 ありがとうございます。朴さんはどうですか?

 KWNという活動は本当に素晴らしくて、パーフェクトな内容だと思っています。しかし一方で、子どもたちが自分の考えを出せなくて、萎縮していることに危機感を感じています。ですから、KWNがもっと多くの学校に広がっていけばいいと願っていて、その思いを忘れずに、講師も続けていきたいです。

 去年、新潟でワークショップイベントを開催したのですが、終わってから1人の男の子が「先生、このワークショップはろう学校でもできますか?」と聞いてきたのです。「できるよ。どうして?」と聞くと、「僕のお母さんがろう学校の先生をしていて、お母さんの学校でもワークショップをやってくれませんか。僕の方からお母さんに頼みます」と。その場で子どもがこの企画を素晴らしいと感じてくれたのが、本当に嬉しかったです。地道ではありますが、やっていて無駄ではなかったと感動しました。

 また、個人的な話ですが、ワークショップで行った日系ブラジル人の子どもたちに私の映画に出演してもらったことがあります。また、一緒に脚本を書いている人は、被災地で知り合って、ワークショップの時に相談を受けてつながりができました。私自身が子どもたちに成長させてもらっています。


福田 里香さん パナソニック ホールディングス株式会社  CSR・企業市民活動担当室 室長   1986年 松下電器産業株式会社(現パナソニック ホールディングス株式会社)に入社 以降、人事・労政部門にて、パナソニックグループの賃金体系、退職金・年金など人事処遇制度の企画・運営に携わり、渉外部門にて人事・総務責 任者を経て2014年より現職。企業市民活動では、誰もが自分らしく活き活きとくらす「サステナブルな共生社会」の実現に向けて、3つの重点テー マである「貧困の解消」「環境活動」「人材育成(学び支援)」を軸に各種活動に取り組んでいる。



福田 「KWNよかった」「成長しました」という声もありがたいのですが、朴さんがKWNを体験した子どもたちとまた一緒に仕事ができているのが本当に嬉しいです。KWNを体験してくれた子どもたちが、パナソニックに入社してくれたり、他のプログラムやパナソニックの活動の共同事務局をお願いしている団体で一緒に仕事をしているといった話を聞いて、KWNに携わってきた者として冥利(みょうり)に尽きます。

 私たちもKWNの活動がより充実するように、スタッフ一同、一生懸命やってきました。それが自画自賛だけではなく、このプログラムを本当にいいと言ってくださる人たちがいて、卒業した子どもたちがその後KWNに関わっている話を聞くと、このプログラムを続けてきて本当に良かったと素直に思えます。

 KWNの活動は、アスリートと少し似ている部分があると感じています。なぜかというと、先ほどアーカイブというお話がありましたが、アスリートも先輩選手の足跡や背中を受け止めて、それを参考にして記録を伸ばしていくところがあると思います。そう考えた時、進化をずっと見守っていきたいと思いました。無理に進化をさせるとか変えるとかではなく、アーカイブを受け入れて、このプログラムがどう育っていくのか見つめていけば、プログラム自体が枠を超え、想像を超えて成長していくはずです。私たちがすることは、ただ、この芽が消えないようにプロテクトして、環境だけを整えていくだけ。お二人のお話を聞いて、見守ることが大切だと思いました。

 一方では、映像を作るということによる、KWNのプラットフォームとしての可能性を最近、感じています。「きっと わらえる 2021」もそうで、映像をつくることで、子どもたちの気持ちを引き出すことができたと思います。また昨年は、福島の復興を応援するアクションで、KWNキッズレポートとして福島の子どもたちがパナソニック本社を訪ね、社長インタビューなど映像を作りました。その映像を見た福島県知事がすごく喜んで、わざわざ社長にお礼の電話をしてくれたのです。子どもたちの学校にも電話が来たそうですが、そのように、映像プログラムは縦に成長し、それを軸に横にもどんどん広がっていくプラットフォームの役割をKWNは担えると確信しています。



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