Cross Talk 子どもたちとともに成長してきたKWNの20年 ~未来へと続く意義と役割~ 前編 Cross Talk 子どもたちとともに成長してきたKWNの20年 ~未来へと続く意義と役割~ 前編

日本におけるKWNの活動がスタートしたのが2002年。そして、2005年に「第1回KWN日本コンテスト」が開催され、今年で20周年という節目の年を迎えました。
そこで今回、森村学園初等部を入賞常連校に育て上げた榎本 昇先生、映画監督でありKWNの映像講師でもある朴 正一さん、そしてパナソニックホールディングス株式会社 CSR・企業市民活動担当室の福田里香室長の3人に、それぞれの立場から、KWNのこれまでの歩みと現在、さらに今後についてさまざまに語り合っていただきました。その模様を3回に分けてお届けします。

※この鼎談は2024年1月16日に取材したものです。役職名等は当時のものです。

荒廃した学校の課題解決のために 80年代にアメリカでスタート!

ファシリテーター・香月よう子さん(以下、略)──KWNが日本でスタートして、今年で20年という節目の年を迎えました。まず、どうしてKWNが日本でスタートしたのか、導入された背景や目的を教えていただけますか?

福田(以下、敬称略) 当社はグローバル企業としてさまざまな展開をする上で、事業はもちろん、常に世界を意識して活動をしてきました。そうは言っても、日本発のプログラムが多い中で、KWNは珍しくアメリカ発のプログラムです。

 1989年、アメリカは当時の社会情勢を背景に、学校が荒れていたそうです。スクールアウトする子どもたちも多く、学校に興味をもってもらうために、アメリカのある映像制作会社が当社の現地法人に映像制作プログラムを提案したのがきっかけでした。実はその3年ぐらい前より日本人からの出向社員が、個人で映像制作プログラムをボランティアで続けていた経緯もありました。

 KWNはアメリカで急成長し、参加校も増えました。アメリカでの立ち上げからKWNの広報を担当していたのが、今回の20人インタビューにも登場している北出谷さんで、2002年にコンテストで優勝したハワイの学校が来日したのを機に、日本でのKWNのプロジェクトを提案したそうです。

 ちょうどその頃、2005年に開催の「愛・地球博」(愛知県名古屋市)で、子どもたちが制作した映像を流すことになり、そこで2002年から作品の公募を始めました。それを機に「第1回グローバル・コンテスト」が名古屋で開催されました。

 こうした経緯でKWN日本が立ち上がったわけですが、スタート当初から、「映像制作を通して、子どもたちの創造性やコミュニケーション能力を高め、チームワークを養う」ということを目指し、今日まで続いています。

榎本 昇さん 神奈川県・森村学園初等部 教諭 神奈川県横浜市にある私立小学校、森村学園初等部教諭及びICT担当。2010年からKWN映像コンテストに参加し、指導するチームが最優秀作品賞を4度受賞。2020年から2023年までグローバルサミット日本代表校の指導者。また2019年からはApple Distinguished Educator、2021年からはJamf Heroとしても活動を始める。 榎本 昇さん 神奈川県・森村学園初等部 教諭 神奈川県横浜市にある私立小学校、森村学園初等部教諭及びICT担当。2010年からKWN映像コンテストに参加し、指導するチームが最優秀作品賞を4度受賞。2020年から2023年までグローバルサミット日本代表校の指導者。また2019年からはApple Distinguished Educator、2021年からはJamf Heroとしても活動を始める。

──もともとはアメリカでスタートしたプログラムだったのですね。榎本先生は、なぜKWNへ参加しようと考えたのですか?

榎本(以下、敬称略) 森村学園に着任した当初はクラスを持つ予定ではなかったのですが、たまたま空きができて、担任をすることになりました。担任を務めるようになって今年で20年目を迎えます。ちょうど2010年頃に総合的な学習の時間で扱うテーマを模索していた際に、横浜で開催されていた私立小学校の研修会で、偶然、KWNのチラシが目に入り、「これは面白そうだ」と手に取ったのが始まりです。

福田 面白いと思ったポイントはどこですか?

榎本 子どもたちがビデオ作品を撮るという発想が、その当時の僕にはありませんでした。 ですから最初に、「子どもたちはどんな作品を撮るだろうか」とワクワクして。正直、入賞を目指すことなどは抜きに、純粋に興味から「やってみよう」と思いました。そのチラシを子どもたちに見せたら、すごく興味を示したのです。そして初めて撮った作品が、「Our star:Making a cleaner world~私たちの星、地球をきれいに~」(2010年度)という海洋ゴミの話でした。

福田 入賞した作品ですね。

榎本 はい。子どもたちも大喜びをして、「来年もやろう」と盛り上がっていたら、東日本大震災が起きたのです。実はこの3.11が子どもたちの作品にとって転機になったと感じています。

 それまでは、自分たちが興味のあることを作品にしていく印象だったのですが、地震で怖かった思いや、どう過ごしているかなど、「今の自分たちを記録として残したい」と言い出しました。映像作品というのは、自分たちの想いを示すものだと思っていたのが、「映像はアーカイブできるもの」なのだと、私自身が子どもたちに教えられました。その時から、子どもたちの活動や活動の先にある命の営みのようなものを記録に残したいという気持ちが高まり、現在まで記録としての映像を撮り続けてきたのです。

 また、東日本大震災、コロナ禍、ギガスクール構想、パソコンでのビデオ編集、記録としての映像作品など、私の中で、それぞれが点として存在していたものが、10年を超えたKWNの活動の中で、だんだんとつながっていきました。それが今の子どもたちの活動にもつながっていると思います。

──「アーカイブとしての映像制作」──榎本先生の映像制作に取り組む姿勢がよくわかりました。一方、映像講師として現在も毎年多くの学校でワークショップを行っている朴さんですが、KWNへの参加を決意した経緯は?

朴(以下、敬称略) 普段は企業やイベント撮影など映像関係の仕事をしていますが、それと並行して自主映画も撮っています。発端は今から15~16年前、あるコンテストで私の作品が賞をいただき、その際、パナソニックの方をご紹介いただきました。当初は前任の映像講師の方のお手伝いをしていたのですが、数年後、その方が退き、私が講師を務めることになったのです。

福田 これまで長年、子どもたちと直接ふれあい、親身になってご指導いただいてきたわけですね。ありがとうございます。

 ワークショップを通して、映像制作の醍醐味を直接子どもたちに伝えられること、さらにその成長ぶりを作品で確認できることはもちろんですが、一方で子どもたちへの指導を通して、自分自身も映像の可能性を改めて気付かされることなどに非常に魅力とやりがいを感じていて、今日まで続けてきました。

福田 里香さん パナソニック ホールディングス株式会社  CSR・企業市民活動担当室 室長   1986年 松下電器産業株式会社(現パナソニック ホールディングス株式会社)に入社 以降、人事・労政部門にて、パナソニックグループの賃金体系、退職金・年金など人事処遇制度の企画・運営に携わり、渉外部門にて人事・総務責 任者を経て2014年より現職。企業市民活動では、誰もが自分らしく活き活きとくらす「サステナブルな共生社会」の実現に向けて、3つの重点テー マである「貧困の解消」「環境活動」「人材育成(学び支援)」を軸に各種活動に取り組んでいる。 福田 里香さん パナソニック ホールディングス株式会社  CSR・企業市民活動担当室 室長   1986年 松下電器産業株式会社(現パナソニック ホールディングス株式会社)に入社 以降、人事・労政部門にて、パナソニックグループの賃金体系、退職金・年金など人事処遇制度の企画・運営に携わり、渉外部門にて人事・総務責 任者を経て2014年より現職。企業市民活動では、誰もが自分らしく活き活きとくらす「サステナブルな共生社会」の実現に向けて、3つの重点テー マである「貧困の解消」「環境活動」「人材育成(学び支援)」を軸に各種活動に取り組んでいる。
映像制作を通して子どもたちが 議論できるのは喜ばしいこと

──KWNでは学校へのカメラ機材の貸出も行っています。子どもたちにとっては、プロの機材を使えるのも魅力だと思います。

福田 今でこそ映像は日常の中に普通に入り込んでいますが、以前はまだ映像制作自体が特別なことでした。そのため、「プロが使うカメラを提供したら子どもたちが喜ぶのでは」という発想から、カメラ機材の貸出を行いました。また制作支援も必要だと考え、子どもたちが頭の中で考えたことを映像化できるように、レベルに合わせてプロのカメラマンが直接指導するワークショップも展開。機材の取り扱い方や映像制作の基礎知識、心得や考え方などをサポートできる態勢を整えたのです。

榎本 確かにKWNに参加した当初は、子どもたちが映像制作をするなんて考えられませんでした。小さなビデオカメラで家族旅行などを撮ることがあっても、今みたいに手軽に撮る感覚はなかったです。だからカメラ機材の貸出は本当にありがたかったです。プロ用の大きなカメラを見た子どもたちは、最初に「触っていいの?」というところから始まります。そこから電源を入れて、録画ボタンを押すのですが、何も考えずにただ撮るだけで、ものすごく生き生きとした嬉しそうな表情になるんですよ。

 ワークショップで朴さんたちに来ていただいて、いろいろなことを教えていただくと、子どもたちなりに欲が出てきます。工夫して撮影するようになり、「こっちから撮った方がいい」「これじゃあ顔がみえないじゃん」など、意見がぶつかることも。そんな子どもたちのやり取りを見ていて、「クリエイティブな作業って素敵だな」と感じます。

 一方、SNSなどにアップする投稿動画は、ただ消費していくものだという感覚が私の中にあります。「消費することは誰にでもできるけど、君たちには消費する側でなく、作る側の人になってほしい。そうしたらきっと、もっと幸せになれる」と子どもたちには話しています。

福田 大人もそうかもしれませんが、今の子どもたちは人と触れ合わないというか、気持ちのいい言葉だけで接する感覚がありませんか? お互いに意見を言い合う、議論を戦わせることがすごく減っている気がします。榎本先生のお話を聞いて、映像制作をきっかけに、真剣な議論をする体験を子どもたちができるのは喜ばしいことだと思いました。

榎本 課題となっているテーマに対して、大人以上に子どもたちの方が真剣です。そのため、私が子どもたちに意見する機会は実はあまりありません。意見をぶつけ合う中で子どもたちも、それぞれが自分の中で意見が言語化され、深まっていきます。福田さんがおっしゃるように、今は浅い議論になりがちなので、子どもたち自身の中でも言語化が浅く、思考が深まりません。そうすると、映像に限らず何か成果物、例えば学習発表会などでも、発表された内容に心が動かされないのです。しかし深い議論を経て生まれた作品は、映像技術が未熟であったり、テーマにインパクトがなくても、何か心に響くと思います。

 その通りだと思います。後でも触れることになると思いますが、自分がワークショップを行う際も、撮影の仕方などテクニカルな面より、まずは自分の思いやメッセージをいかに映像作品に込めることができるか、その大切さを伝えるように心がけています。

福田 心に響くとおっしゃいましたが、「相手にどう届くか意識すること」も私たちの重点テーマの1つです。心が動かないと行動は変わりませんから。相手の心を動かすことを意識していても、それを実行させるのは難しいことですが、実際に榎本先生の学校で起こっているとうかがって嬉しく感じました。

榎本 いちばん近くで見ている私自身が心を動かされる瞬間があります。それぞれの作品には、作品と作ってきた背景なり、ストーリーがあります。結果が発表された時、こう意見を戦わせたとか、子どもたちの表情や言葉がフラッシュバックしてしまい、泣いてしまったこともありました。最優秀作品賞を取れた、取れなかったに関係なく、思い出すと涙腺が緩んでしまいます。

朴 正一さん 映画監督/KWN映像講師 米国カルフォルニア州De Anza大学中退後、独学で映像技術を修める。2010年からPanasonic KWN講師として従事。仕事の傍ら自主映画を制作。短編映画「ムイト・プラゼール」が国内外の映画祭にて入選、受賞、劇場公開されている。春には配信、DVD発売予定。 朴 正一さん 映画監督/KWN映像講師 米国カルフォルニア州De Anza大学中退後、独学で映像技術を修める。2010年からPanasonic KWN講師として従事。仕事の傍ら自主映画を制作。短編映画「ムイト・プラゼール」が国内外の映画祭にて入選、受賞、劇場公開されている。春には配信、DVD発売予定。
大人の価値観を入れず素を映せば それは最強の作品になる

──子どもたちが議論を深めている時に、教員としての榎本先生は、どんなところに注意し、寄り添っていらっしゃるのでしょうか?

榎本 コロナ前と後では違う気がします。コロナ前は制作過程のコミュニケーションでデジタルを介することはほぼありませんでした。同じ場所でコミュニケーションを取っている中で、「それはちょっと言い過ぎかな」「少し脱線しかけているようだけど、今話しているのはそこではないよ」など、話を本筋に戻してあげるというか、整理と焦点化するのが私の作業でした。

 一方、コロナ禍以降はチャットでやり取りをすることが増え、私の立ち位置もファシリテーター役に変わりました。焦点化というよりも、「次はあなたの番」「次はあなた」と流れを整えていく感じです。デジタルの会話は記録に残るので、後で読み返して、子どもたち自身が自分や友達の言葉から気付きを得られる機会は増えたと思います。

──作品を見ていると、かなり先生が関わっているなと感じる作品もあれば、その反対もあります。先生方にとって「関わり方」は難しいと思いますが、榎本先生がいちばん気を付けていらっしゃることは何ですか?

榎本 作品の中に私の価値観を入れないこと。子どもたちの中から出てきた言葉、目線、思考、価値観をまとめていきたいので、そこに大人の価値観が入ってしまうと、子どもたちの作品ではなくなると考えています。「大人だったらそこは言わないよね」という部分を子どもたちは純粋に突いてきます。その部分は生かしていきたいです。

 子どもたちの価値観はすごく大切だと私も思います。お二人のお話に重なる部分は多いのですが、やはりこの10年、20年でいちばんの大きな変化は、スマートフォンやタブレットで手軽に誰でも動画を撮れるようになったことです。ですから、コロナ禍でオンラインでのワークショップが続いて、久しぶりに対面でのワークショップが再開する際、心配だったのが「今までと同じことを行って盛り上がるか」でした。でもそれは取り越し苦労で、いざリアルなワークショップが再開すると、以前と全く同じように盛り上がったのです。

 ワークショップでは、最初に映像を撮った経験があるか子どもたちに聞きますが、今はほとんどの子どもが手を上げます。それでも、カメラの使い方を教えて、監督や音声、出演者など担当を決めていくと、以前と同じように盛り上がります。どうしてなのか考えると、先ほど福田さんがおっしゃったように、撮ることもそうなのですが、コミュニケーションを取ることがいちばん楽しいのです。「もうちょっと右に立って」「後ろに何か映り込んでいるよ」と、ワイワイガヤガヤ楽しそうに撮影しています。SNSの配信動画は1人で完結することが多いのでこの空気感は味わえません。

 また、スマートフォンやタブレットでは、その場で撮り流すというか、何も考えないで撮ることが多いと思います。しかし映像制作では、テーマを決め、何を撮るか考え、さらにいかに美しく撮るかも必要になってきます。その辺りの話にも子どもたちは興味を示します。

榎本 ワークショップを受ける前と後では子どもたちのモチベーションも確かに違います。

 子どもたちは純粋で美しいと私は思っています。子どもたちにも、「君たちは美しい。その美しさをきちんとカメラに収めるにはどう撮ればいいのか考えましょう」「カメラの前では緊張するよね。どうしたら相手をリラックスさせられると思う?」など、テクニカルな部分を具体的に教えるのではなく、助言してあげるスタンスで臨んでいます。子どもたち自身に考えてもらうと、いろいろな引き出しが彼らの中から出てくることがよくあります。

福田 子どもたちは一人ひとり違いますが、そんな彼らに向けて「みなさんは美しい」という言葉を投げかける朴さんが素晴らしいと思いました。子どもたちも、それぞれが持つ美しさを受け入れて、違いを感じながら意見を戦わせ、「こんな考え方もあるんだ」と理解し、成長していくのだと思います。

 私は教育者ではなくて、KWN講師として撮影技術を教えるために全国の学校に行っているのですが、結局、映像の真髄はそこにあると思っています。子どもたちが美しいというのは本音なので、本音をそのまま伝えているだけ。子どもたちそれぞれが持つ美しさをカメラに収めることができたら、例えライティングやカメラアングルが素晴らしい映像でも、絶対に勝てないでしょう。映像がボケていても、友達同士で和気あいあいとした雰囲気などが収められた映像の方が観衆を魅了すると思います。

 ですから先ほど榎本先生がおっしゃっていた、大人の価値観を入れないというのは、たぶん同じことで、素を映せばそれが最良の作品になるというのは、その通りなのだと感じます。

香月 よう子さん フリーアナウンサー/ 公益財団法人東京学校支援機構評議員 司会、ナレーション、ラジオパーソナリティほか、教育分野においての執筆やアドバイザーなど幅広く活躍。2012年にオンライン授賞式の司会を担当したのを機に、2015年より最終審査会の審査員に就く。 香月 よう子さん フリーアナウンサー/ 公益財団法人東京学校支援機構評議員 司会、ナレーション、ラジオパーソナリティほか、教育分野においての執筆やアドバイザーなど幅広く活躍。2012年にオンライン授賞式の司会を担当したのを機に、2015年より最終審査会の審査員に就く。
忖度や忌憚のない質問 子どもたちからの学びも多い

──誰もが手軽に映像を撮れる時代ですが、やはり子どもたちも本物を感じることはできると思います。プロの映像を撮る人の言葉は説得力がありますし、心にしみ込んでいくのでしょうね。

榎本 講師の方からいろいろなことを教えてもらっている時は、子どもたちもいつも以上にメモを取っています。学校の先生の言葉よりも100倍以上説得力があります。

福田 ワークショップの講師は、第一線で活躍している映像の専門家です。リアルな話を聞けるのは、それだけでも子どもたちにとっていい経験になるでしょうね。

榎本 教科書を通じて勉強することも大切ですが、映像講師に限らず、世の中にいるプロの人たちから話を聞く機会は貴重で、子どもたちにとってすごく新鮮であり、大いに刺激になります。

 仕事ではそんなことはないのですが、子どもたちの作品を見て、自分の映像作品に反映したことがあります。例えば「素のままを撮るのがいちばん」ということもそうです。ある映像作品では、脚本が完成した後で、「あなたがしゃべりやすいように自由にセリフを書き換えてください」「おかしいと思った部分は指摘してください。書き直します」と役者さんに言いました。いつも通りの話し方になれば、その分、役者さんは自然体で演じることができて、作品が魅力的になると考えたからです。これは、KWNで子どもたちと接し、作品を見て学んだことで、私の方こそ、子どもたちから多くを教えてもらっていると感じています。

福田 先生方も子どもたちから「学ぶ」ことはありますか?

榎本 KWNに参加していることを役得だと思っています。映像制作のおかげで、学校の中だけでは知り得ない世界へ、子どもたちが私を連れて行ってくれるからです。2022年度の『It’s small world −選べる自由を、誰にでも−』という作品では、子どもたちと一緒に東京都渋谷区のトイレ巡りをしました。大人がトイレ巡りなんてしていたら、単なるアブない人になってしまいます。ところが子どもたちと一緒だと、「何をしているの?」と、清掃員の方も優しく声をかけてくれます。子どもたちが説明をすると、「お話が聞けるように上司を紹介してあげるよ」と、不思議なことにどんどんつながりができていくのです。その時は、最終的に建築家の隈研吾さんにまでたどり着きました。これは本当に子どもにしかできない魔法で、私はそれにただ乗っかっているだけの感じです。

福田 怖いものなしというか、子どもたちは本当にストレートに突進しますからね。大人だと、ちょっと声をかけにくいというか、「よく隈研吾さんがインタビューに応じてくれた」と驚きですよね。

榎本 本当にそう思います。「このトイレは誰が設計したの?」「隈研吾さんという人だ」「じゃぁ、その人に会いたい!」みたいな流れでした。「いやいやいやいや。ちょっと待って。そんな簡単ではないよ」と思ったら、とんとん拍子に行けちゃいました。「隈研吾さんはどういう人か知っている?」と聞いたら、誰も知らなくて(笑)。

福田 トイレを作った人ぐらいの方が、隈さんの方も嬉しいかもしれませんね。

榎本 そうなんです。忌憚のない質問をしてくれるのはやっぱり楽しいとおっしゃっていました。

福田 忖度ゼロの質問。それが本当は人の心を動かすのかもしれませんね。

榎本 トイレの設計についてきちんと意図を説明してくださり、最初は「こんなトイレ入りたくない」と言っていた子どもたちが、「これはいいデザインですね」と、納得をして、考え方が変わっていったのが印象的でした。

福田 隈研吾さんと子どもたちのまさに真剣勝負ですね。朴さんも感じていると思いますが、子どもにわかるように説明するのは本当に難しいと思います。仕事でもよく感じますが、難しいことを難しい言葉のままで言うのは簡単です。しかしそういう人は、たぶん本質を理解していないのだと思います。難しいことを、シンプルに説明するためには、本質を理解していなければなりません。子どもたちからインタビューを受けるたり、質問されることで、大人もさまざまな学びを得られるのだと思います。