NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ)の組織基盤強化ストーリー
乳幼児から大人までを対象に、環境教育プログラムを提供する、NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ)。
“市民性”と“事業性”の両立という、草の根NPOならではの課題を乗り越えて、新しいエコエデュの理念を打ち立てるまでの道筋を聞きました。
[THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版 第240号(2014年5月15日発行)掲載内容を再編集しました]
活動フィールドは日本平の有度山 みんなで同じ方向を向いて活動したい
NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ)の活動は1989年、自然体験の機会が減っていることを憂えた保護者や地域の人たちが、子どもたちを里山の古民家へ連れていったことから始まった。
エコエデュ副理事長の山本由加さんによれば、「子や孫、身近な人たちのための自然体験」という活動姿勢は、2000年にNPO法人となってからも変わらず、現在も環境教育プログラムの多くが有償ボランティアである市民(会員)の手で企画・実践されている。
「乳幼児から大人までを対象としていますが、数年前からは特に、皮膚感覚を通して環境から情報を吸収し、世界とのつき合い方の基盤が形成される幼児期向けのプログラムに力を注いでいます」
活動フィールドは景勝地として知られる日本平の有度山だ。「珍しい動植物が生息するわけでもない、たわいもない山ですが、静岡駅から車でほんの30分ほどで別世界を味わえるのが魅力です」と山本さんは言う。
副理事長 山本由加さん
たとえば「里山だっこ日和」という乳児向けプログラムでは、赤ちゃんを抱っこしたまま里山を散策。
一緒に葉っぱに触れたり、昆虫を観察したりすることで母子の五感を全開にする。そして小学生向けの「わんぱく題楽」では田植えから稲刈り、脱穀までを体験したり、収穫したサツマイモを大学いもにしたりすることで「暮らしと農のつながり」を体感できる。
一方で、市民活動から始まった団体ならではの課題も抱えていた。会員と事務局の役割分担があいまいだった上に、“市民性”のある主催事業を重んじる会員と、組織を運営していく財源となる受託事業も大事にしたい事務局とでは対立することもしばしばだった。
「このギャップを埋めて、同じ方向を向きたい」との思いから、エコエデュは2011年、Panasonic NPOサポート ファンドの助成を受けて、組織基盤強化に取り組むこととなった。NPOサポート ファンドへの応募を提案し、中心となって取り組んだ運営総務スタッフの鈴木玲子さんが、その内容を説明してくれた。
運営総務スタッフ 鈴木玲子さん
「環境教育を熟知したアドバイザーを外部から迎え、“何を目指すか”という会の理念を構築するだけで、半年以上もかかりました。初めは理事5、6人がアドバイザーを交えて、これまでの歴史を振り返り、何を大事にしてきたかを踏まえながら、個人の思いを吐き出し、これを3ヵ月かけて一つにまとめていきました」
しかし、中には外部のアドバイザーによって今までのやり方を否定されたように感じ、混乱した理事もいたという。理念の構築に前向きな事務局と理事会との信頼関係にも亀裂が入った。
「理事たちが考えた会の理念を職員が2ヵ月かけて練り直し、理事会に戻したところ、対話できずに否定されました。ちょうど改選の年でもあったことから、理事5人のうち3人が退任する事態となり、新たな理事5人を迎えて、改めて会の理念を構築することになりました」と、山本さんは当時を振り返る。
一般の人に伝わる表現求めて 夜中までのミーティング10回
そんな中、旧理事会から留任した理事の一人が「“種”をキーワードにしてはどうか」と提案した。これをもとに議論を重ね、「エコエデュは答えを出すところではなく、可能性を育てるところ」との考えで、全員が一致。「私たちは可能性の種をまき、育て、増やすことで未来につながる生き方のできる人づくりをします」という会の理念が完成した。
「みんな、いろいろと意見は言っても根底は同じのはず。その部分を可視化さえすれば、心は一つにそろう」と信じてきた山本さんと鈴木さんは、「まさに、今までの苦しみや議論が実った瞬間だった」と口を揃える。
この理念を踏まえて、エコエデュでは2012年から3年間の「中期計画」を立てた。ランダムに増え続けた事業を「活動方針」ごとに整理し、事業ごとに活動計画を立てた。中期計画を立てたのは初めての試みだった。「理念はただ決めるだけではなく、唱え続けなければ意味がない」というアドバイザーからの助言を受けて、パンフレットとホームページづくりにも取り組んだ。鈴木さんによれば、「会を知らない一般の人にもより伝わる表現にするため、デザイナーをアドバイザーとして招き、一つひとつの言葉を職員全員で夜中まで吟味するミーティングを10回くらい開いた」という。
デザイナーからは「環境教育って、どういう意味ですか? 何を目指しているのかわかりません」といった率直な質問も投げかけられ、そのたびに「NPOであることに甘えて、自分たちの世界に閉じこもっていた」と反省させられた。
そして、更新が滞りがちだったホームページは、環境教育プログラムへの参加を検討する人にしぼった情報発信に内容を一新。さらには、理念を実現できる組織のあり方について考える「組織論研修」を2回実施し、各事業における責任の所在や、事務局と会員の役割分担を明確にした。
他のNPOへの視察、会員の意識向上 2013年、内閣総理大臣表彰を受賞
組織基盤強化の一環として、同じ環境分野のNPOへの視察も行った。
「どの団体も時間を割いて丁寧に対応してくださり、内部のコアな資料まで見せてくれました。内部のノウハウを開示することで知恵が社会に広がり、巡りめぐって自分のところにも戻ってくるのだと教えられた」と山本さんは言い、「内にこもらず、外の世界との接点に立ってこそ、NPOの存在意義があること」を痛感したそうだ。
NPOサポート ファンドによって得た最大の成果は何だったのか。
その問いに鈴木さんは、
「再構築した理念が、まるで昔からあったかのように普段やっている活動と重なり、すべての活動がこの理念につながっていると実感できたこと」
と答える。
「大人が先回りして“遊び方”の答えを出さないことで、子どもたちが自発的に夢中で石を積み上げたり、草花を集めてきてお店屋さんごっこを始めたりして、創造力の種から遊びが広がっている。そんなエコエデュらしい可能性の伸ばし方を意識的に発信することで、親御さんからの支持がさらに高まっていくのを日々、感じています」
「活動目的をはっきりさせることで、一期一会の自然体験がより豊かになる」と以前から感じていた山本さん。環境教育プログラムを担当する会員の意識を高め経験を共有するために企画書と報告書の提出を習慣づけたところ、初めのうちこそ苦しんでいたが、今は一人としておろそかにする人はいないという。 「もともと会員さんも『私たちの活動はただの“遊ばせ会”ではない』という意識をもっていて、そこへ新たにまとめた活動理念をぶつけてみたところ、心の中にストンと落ちたのではないか」と山本さんはみている。
昨年11月には、うれしい出来事もあった。「子ども若者育成・子育て支援功労者表彰」の子ども・若者育成支援部門で内閣総理大臣表彰を受賞したのだ。市民の手で運営されながらも事業として成立していることから、たとえば発案者の会員が何かの事情でかかわれなくなってもそこでプログラムが途切れることなく継承されていく“持続性”、活動の目的をもった“教育”であることへのこだわりが評価されての受賞だった。
今年3月には関係者を招いての「お祝いの会」が、なごやかな雰囲気の中で開催された。二人は今回の受賞を「私たちの“今”というよりは“目指している、その先”が評価されたのではないか」と謙虚に受け止めている。
「私たちは、まだ階段をのぼり始めたばかり。地域のニーズや課題を確実にとらえて、社会的な成果を残せる団体となれるように力をつけていきます」という言葉に自信と誇りが感じられた。
授賞式のパーティ。共感の輪が広がる
NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ)
1989年、前身団体「山の暮らし体験の場『ずしゃ立』」設立。97年、第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)を機に市民有志が集まり、エコエデュの前身がスタート。2000年、NPO法人格を取得。行政・教育機関・企業と連携した環境教育事業に取り組むと同時に、主催事業として地域に根付いた草の根の環境教育プログラムを育てている。
http://www.ecoedu.or.jp/