無我夢中で組織を見つめ直し再び信じ合い、育ち合える関係を構築 NPO法人 銀杏の会 御茶ノ水発達センター

「銀杏の会」は1967年、東京大学医学部附属病院精神神経科でケアを受けていた子どもの家族と医療スタッフによって設立されました。
2001年には東京大学から独立し、翌年からNPO法人として「御茶ノ水発達センター」を運営しています。ここでは、発達に遅れや偏りのある子どもたちとその家族に治療教育と相談を提供しています。子どもが現在、発達のどの段階にいるかを把握し、あと少し頑張れば達成できる課題を与えることで成長を促し、生活の質を高める独自の治療教育理論「認知発達治療」をベースとしていて、その普及にも努めています。
2010年から3年にかけて行われた人材育成の取り組みについて、センター長の鏡直子さんに話を聞きました。

財政危機から始まった若手専門家の育成事業

御茶ノ水発達センターは、2歳から中学生までの子どもを定期的な治療教育・相談の対象としていますが、通所者が中学を卒業した後も必要なときには相談することができます。幼児期からの経過を知っている専門家に相談できる安心感から、現在の年間相談件数は、のべ1304件(2012年度)にものぼっています。

そんな銀杏の会にも、組織の存続が危ぶまれていた時期がありました。2005年、もともと併設していた診療所と、それぞれ独立して運営することとなり、財政的に苦しくなったのです。経営状態の悪化は、スタッフがなかなか根づかないという新たな悩みをもたらしました。複数の離職者が出る事態に危機感を抱いたセンター長の鏡直子さんらは2010年から、Panasonic NPOサポート ファンドの助成を受け、組織基盤強化に取り組むことを決意しました。
「この領域の仕事を理解し、一人前に任せられるようになるには少なくとも3年はかかります。そこで、3年をめどに若手専門家の育成に取り組むことで組織基盤の強化につなげたいと強く思いました」と鏡さんはいいます。

NPO法人 銀杏の会
御茶ノ水発達センター
センター長 鏡 直子さん

●助成事業の取り組み

これまでを徹底的に検証し、 「ここで育ち、成長し続けて行きたい」と思える組織目指す

組織基盤強化に取り組むにあたっては、これまで何がいけなかったのかを徹底的に検証しました。
「理事長はもちろん、御茶ノ水発達センターの創設に協力してくれた方々にも広く意見を求め、助言やご指導をいただきました」

その結果、3つの問題点が見えてきました。
「スタッフの間で、ミッションやビジョンが共有されていなかったこと」「自分の頭で考えて動けるスタッフを育てる土壌がなかったこと」、そして「福祉施設であることに甘え、組織・運営といった視点が欠けていたこと」の3点です。
これらの反省を踏まえた上で、「ここで育ち、成長し続けていきたい」と思えるような魅力ある組織づくりを目指すことになりました。
「年間3~5人をスタッフとして受け入れ、若手専門家として育成することを目標に、治療教育に関心のある学生や、ほかの施設に非常勤で勤務している臨床心理士などに呼びかけたところ、6人の応募がありました」

療育の様子

助成内容を若手スタッフ・通所者に徹底周知

若手スタッフには採用面接の段階から、「組織基盤強化の一環として助成金を得て人材育成に取り組むので一緒に頑張ってほしい」という旨を伝え、「求めている人材」を明確にしました。
また、御茶ノ水発達センターの通所者からも理解と協力を得られるように、待合室には助成事業の内容をわかりやすく説明したポスターを貼りました。

NPO法人 銀杏の会
スタッフ 大角真由子さん

助成2年目には、新たに5人のスタッフを採用しました。その一人が大角真由子さんです。彼女は「学生時代、治療教育に関心があったことから指導教官に相談し、ここを紹介してもらった」といいます。
鏡さんによれば、それまでの人材育成は「臨床場面を見てもらったり、記録を取ってもらったりといった実践」が中心でした。しかし「OJT(職場内訓練)に偏りすぎているのではないか」との反省から、内部研修会やカンファレンスの開催、他機関の見学といったOff-JT(通常業務を離れて行う訓練)にも徐々に力を入れていきました。

事業の実施を伝えるポスター

人材育成プログラムの体系化に挑戦

この取り組みを始めるまで、銀杏の会には体系化された「人材育成プログラム」がありませんでした。
「これまでは新しい人が入ってくると、治療の理論について書かれた本を読んでもらったり、外部の企業が主催しているセミナーに参加してもらったりしていましたが、今回初めて、3年間で身につけてほしい知識や技術をリスト化することができました」

個々の育成状況は、育成する側が「NPO法人の概要」「発達障害」「福祉制度」といった項目について、どの程度まで伝達できたかを5段階評価で表すことによって、定期的に評価しました。
また、育成開始から半年後には実習生・研修生への中間面接を行い、「どういうことを考え、何を学んできたか」「これから何を学びたいと思っているか」といったことを聞き取る機会を設けました。こうして理解の度合を見ながら、プログラムには何度も改良が加えられました。

若手を育成する座学研修

若手を育てることで中堅・ベテランも成長

助成3年目の2012年は「入力から出力へ」をテーマに、演習や事例検討会形式の研修を増やしていきました。
「それまでは講義形式の研修が多かったのですが、若手スタッフにもある程度の知識や技術が身についてきたことから、資料をまとめてもらったり、口頭での説明を求めたりするようになりました。中堅スタッフにも、若手育成の講義を担うことで自分の知識や技術を振り返ってもらったり、組織をよりよくする提言をしてもらったりしました」

若手をどう育てるか考えていくうちに、「では5年程度の経験がある中堅はどうあるべきか、ベテランはどうあるべきか」と、芋づる式に考えるようになったと鏡さんはいいます。
「中堅スタッフにも若手スタッフと同じように中間面接を行うことで、組織の問題点や今後の課題、組織をよりよくするための方法などについて改めて話題にすることができるようになりました」
助成2年目からスタッフとして加わった大角さんも、「何年後にはこうなっていたいという目標が身近にいることが励みになっている」と話してくれました。

スタッフ同士のつながりを知るワーク

助成事業の成果・今後の展望

寄付の意味を問い直し、賛助会員が3倍以上に

3年にわたる取り組みの間には、学生として学校に復帰した人や、ほかの領域で活躍することになった人もいましたが、スタッフとしては6人が御茶ノ水発達センターに根づき、独り立ちをしています。
それまで、あまり考えることがなかった「NPO法人とはどういうものか」「その運営はどうあるべきか」という点についてもスタッフの間で話題にし、意識を高めることができました。
「スタッフの中には、寄付をもらうことに抵抗を感じている人もいましたが、寄付をもらうことは社会を変えたいという気持ちをお預かりすることであって、決して恥ずかしいことではないことを再確認し合い、共有しました」

今後も組織を存続させ、充実したケアを提供していくために、東大病院時代のデイケア利用者にまで遡り、寄付を呼びかけたところ、助成前には24人だった賛助会員は87人にまで増えました。さらに、通所者の家族に子ども服などを寄付してもらい、バザーを開催したところ、スタッフの親睦も一気に深まりました。
「先日、9年間も事務を担ってくれたスタッフが産休・育休に入ったときも、全員が『何かできることはありませんか』と口々に声をあげ、一つずつ仕事を肩代わりしてくれました。組織の一員として何かしたいという気持ちが、それぞれの中に育っていることがわかり、とてもうれしく思いました」

スタッフの親睦を兼ねたバザー

完成した「人材育成プログラム」を資金づくりに活かす

3年間の助成終了後には、これまで収入の大きな割合を占めてきた自治体からの補助金が打ち切られることが決定してしまいました。しかし、思っていたほど動揺はしなかったそうです。「新たな事業の立ち上げが見えてきたことと、たくさんの人がサポートしてくれているという実感のおかげ」だと鏡さんはいいます。

銀杏の会では、完成した「人材育成プログラム」を専門家向けのセミナーに活用していく予定です。
と同時に、「保育士や幼児教育者、学校の先生、臨床心理士、言語聴覚士など、発達障害に関わるすべての人」に認知発達治療の理論と技術を広めていくことで、安定した運営のための資金づくりを目指しています。
そして何よりも「新たな人材が育つ土壌ができたことで利用者さんを始め、スタッフや、活動を理解し、支援してくださる方々など、再び多くの人がにぎやかに集う場となったこと」に、鏡さんは大きな希望を感じています。

「小さな小さな組織ですが、社会の変化に対応しながら末永く発展し続けていきたいです」

これから育ちあっていく仲間