認定NPO法人 ソルト・パヤタスの組織基盤強化ストーリー

フィリピン、貧困地域で子どもや女性に「ライフスキル教育」を実践。
中期計画策定後、一般寄付や賛助会員が増加

フィリピンの貧困地域で奨学金支援、図書館運営、スタディーツアー、女性の収入向上などに取り組んできた「認定NPO法人 ソルト・パヤタス」。設立後20年を経て、これまでの活動やマネジメントを刷新するための組織基盤強化の取り組みとその効果について、井上広之さん(事務局長)に聞いた。
[THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版 第335号(2018年5月15日発行)掲載内容を再編集しました]

ごみ山崩落で300人以上が犠牲に
代替の収入確保事業を本格化

活動の始まりは1994年。高校と幼稚園の先生をしていた女性二人がスタディーツアーで、フィリピンのマニラ首都圏北東部にあるケソン市パヤタス地区を訪れた。

「パヤタスにはスモーキーマウンテンという名で知られたごみ山があり、当時は幼い子どもたちまでがリサイクルできるものを拾っていました。そこで14歳くらいの女の子に一番やりたいことを聞いたところ、その返事は『小学2年生に戻り、もう一度勉強をしたい』でした」。事務局長の井上広之さんはその経緯をこう話す。

ソルト・パヤタス 事務局長
井上 広之さん

その言葉に触発された二人はパヤタスに幼稚園をつくる計画の資金集めに協力し、卒園した後に経済的理由で小学校への進学を断念する子どもたちの支援を始めた。「当時、パヤタス地区で小学校に1年間通うのに必要な学費は1万2千円。ソルト・パヤタスの活動は、この子どもたちの奨学金を募ることから始まったんです」
1995年からパヤタスの家庭を訪問し、抱えている問題を現地の人に説明してもらう「スタディーツアー」を開始。「現地のお母さんとミーティングを重ねるうちに、ごみ拾いに代わる収入源を必要としていることがわかりました。そこで1999年には、フィリピンではポピュラーなクロスステッチという刺繍を商品にし、フィリピンと日本で販売することで収入向上につなげる事業を始めました」

そんな中、2000年の夏、無秩序に積み上げられたごみ山が崩落、周りに住む300人以上が犠牲になった。家を失った人々は、パヤタスから車で1時間ほどのカシグラハン地区に移住させられ、ごみ山の閉鎖により多くの人が職を失った。この崩落事故を機に、ソルト・パヤタスは女性の収入向上事業に本格的に取り組むことになった。

パヤタスにあるゴミ山(2017年末に閉鎖)

中1で出産、父親の暴力で留年
奨学金からライフスキル教育へ

一方で「奨学金を受けながらも、学校を辞めてしまう子がいる問題」に突き当たる。
「たとえば、カシグラハンのある女の子は母親とけんかになり、彼氏の家で暮らすうちに妊娠。中学1年で出産し、退学。また、パヤタスで暮らす男の子は成績優秀にもかかわらず、義理の父親の暴力を受け、家で勉強ができず、学校でもいじめに遭い15歳で留年。そのまま中学校を辞めてしまいました」

ソルト・パヤタスの奨学生の中学卒業率は79%。フィリピン国内平均の48%(※2013年、フィリピン教育省調べ)よりは高いが、経済的支援以外の介入が必要だと痛感。そこで2010年より取り組み始めたのが「ライフスキル教育」だった。「これは日常の問題に対処し、よりよく生きるのに必要なコミュニケーション能力や自己肯定感などを高めることが目的です。貧困地域であるパヤタスやカシグラハンの子たちは将来に希望をもつことが難しく、自己肯定感も低い。また、その日暮らしの中で物事を長期的に考えるのが苦手。まさにこのスキルが必要でしたが、先行事例がなかなか見当たらず、すべてが手探りでした」

 

写真:ソルト・パヤタス 事務局長 井上 広之さん

まずはパヤタスに図書館を建て、本の読み聞かせや「10年後の自分」を想像するワークショップ、性教育などを実施した。
「10人きょうだいの5番目、両親がごみ拾いをしていた女の子は、自分も小さな子に読み聞かせをするようになり、成績も少しずつ上昇。中学4年になった今は、旅行や観光の仕事に就くために英語を勉強したいと話すまでになりました」
事業の柱を「奨学金事業」と「収入向上事業」から、なじみの薄い「ライフスキル教育」へ転換していく中で、「自団体が優先的に取り組むべき課題や、長期スパンで子どもとかかわるための組織の継続性を考える必要がある」との思いから、ソルト・パヤタスは2015年に、NPOサポート ファンドに応募した。ファンドレイジングを見直す必要性や、創設から20年間も団体を引っ張ってきた事務局長の世代交代が喫緊の課題だった。また、事業の拡大と共に、ボランティアだけで組織を動かしていくことにも限界がきていた。外部コンサルタントを交えて職員や支援者へのヒアリングを行い、組織診断を実施。話し合いを重ねた結果、ファンドレイジングを刷新する前にするべきことが見えてきた。

子どもの教育支援の様子

外部コンサルタント交え組織診断。
新たなファンドレイジングも実践し
第3の事業地の計画も

「それは中長期計画の作成や、忙しすぎるスタッフの業務整理、情報共有と決定権分担の見直しなどでした。理事会の回数を増やし、みんなで情報を共有し、議論して決定するという体制をつくっていきました。また、3年後に実現したいパヤタスとカシグラハンの姿を描き、中長期計画に落とし込み、各事業の優先順位をつけて到達目標を導き出しました。方針に違いを感じた職員が辞めてしまうという痛みも伴いましたが、業務に余裕が生まれファンドレイジングも具体的に考えられるようになりました」

中期計画策定風景

井上さんは「第三者が入ることで、目指す目標に近づくために必要なことを細部まで洗い出すことができた」と言う。2015年まで会社員をしながら理事として団体にかかわっていた井上さんは、この作業を通じて「プロセスそのものに市民が参加するNPO経営のおもしろさ」に目覚め、2016年4月に専従職員となり、事務局長を前任者から引き継いだ。

1年目の業務分析の結果をもとに2年目はファンドレイジングの策を実践し「2015年に115万円だった一般寄付が2016年には235万円に倍増。2015年に8人だった新規の賛助会員も2016年には36人まで増えました」
2016年には、カシグラハンにも図書館を建設。現在、1126人の子どもたちが利用登録し、現地では「けんかが減った」「本を通して親子のコミュニケーションが増えた」「将来なりたい仕事について話すようになった」といった声も聞かれる。現在、このライフスキル教育が、成績や生活習慣の変化や将来の収入にどう結びつくのか、を解き明かすために、経済学の専門家とチームを組み、子どもや保護者を対象にした調査を実施しているところだという。

この3年間、特例認定NPO法人 アカツキの伴走のもと組織基盤強化に取り組み、今年は「新たな職員を1人採用」と「広報媒体の整理」を目標に加えた。「組織基盤が整いつつあるからこそ、就職先として興味を示す若い人も出てきて、採用を考えられるようになりました」。支援者の声を定期的に聞く機会も増やしたいと考えている。
「2021年までにはパヤタス、カシグラハンの事業を現地の人に任せ、第3の事業地をつくろうと計画しています」と話す井上さん。「子どもたちが学ぶことで社会が変わり、貧困の連鎖が断ち切られることを引き続き目指していきたい」

写真:ソルト・パヤタス 事務局長 井上 広之さん

[団体プロフィール]認定NPO法人 ソルト・パヤタス
1995年に設立。2008年にNPO法人設立。2016年に認定NPO取得。奨学金支援や図書館の運営、ライフスキル教育などの「子どもエンパワメント事業」、手刺繍製品の製作とフィリピンでの販売を通して女性の収入向上を支援する「女性エンパワメント事業」、パヤタス地区・カシグラハン地区での体験プログラムを提供する「現地体験事業」の3つを活動の柱とする。

子どもたちへの読み聞かせの様子