Panasonic Scholarship Alumni  パナソニックスカラシップ体験者が語る未来へのメッセージ

周囲とは異なる自分にしかできない成長を求めて来日。
日本で感じたダイバーシティと女性活躍の可能性。

○アイヤル・クリティカさん
2010年認定→京都大学(工学研究科 機械理工学)→修了後、日本で工作機械の製造販売をする企業に就職→3年前にフランス系企業の日本支社に転職。物流関連の器機設計に携わる

今回ご登場いただくアイヤル・クリティカさんは、インドのマハラシュトラ州出身。留学後も日本で生活を続け、学んできた工学技術に加え、異文化経験や多言語会話の能力、また女性としての立場から企業におけるダイバーシティ実現に取り組み、さらには地域社会での活動にも積極的に参加し活躍されています。高校生の頃から「周囲の人とは違う、自分にしかできない未来を」目指して進路を考えていたアイヤルさんは、留学先に日本を選びました。そして、思い描いていた活躍の場を手にし、今も日本で充実した日々を過ごされています。自身も「予想もしなかった」というその軌跡をお話しいただきました。

将来のために人とは違うユニークなキャリアを目指す

アイヤルさんは、高校生の頃から工学の勉強をしたいと考え、インド・国立大学の機械工学科へ進学。当時、機械工学を学ぶ女性は少なかったそうです。

「環境問題に関心があり、環境に優しい技術の開発に携わりたいという思いがありました。また、インドは人口がとても多い国です。私が生まれ育ったマハラシュトラ州だけでも、1億1000万人以上が暮らしています。そうした環境で、自分の強みを身につけたいと考えた時、周囲と同じようなことを学び、誰もが持っている資格を得るための勉強とは違う道に進みたいと考えたのです」

大学卒業後は、フランス系の企業に就職。ヨーロッパに出張する機会もあり、活躍の場を手に入れました。しかし、新たな環境で周囲を見渡すと、多くの同僚が博士課程の修了者で、より専門的な知見を持ち働いていることを知ったそうです。アイヤルさんは、もう一段上のキャリアを目指す必要性を感じました。

「私は、改めて大学の研究室に入りました。インド国内の大学院へ進むか、海外の大学に留学するか、新たな進路を模索するためです。その時に考えていた留学先は、主に欧米諸国でした。当時、インドの学生には日本の情報が少なく、「言葉の壁」があると考えている人が多く、私もそうでした。しかし、さまざまなスカラシップを調べる中で、出身大学にパナソニック スカラシップの募集案内が来ていることを知ったのです」

アイヤルさんは、日本については「技術の進んだ国」という一般的なイメージしかなく、まったく事前の知識や情報は持っていませんでした。それでも、パナソニック スカラシップに応募し、認定されると、研究室の先生に惜しまれつつも日本へ行く決意を固めます。それは周囲の勧めや応援もあったからだと言います。

「一番は両親の私への信頼でした。小さい頃から、私が興味を持つものを自由に選んでよいという環境を整えてくれました。大学で機械工学を学ぶ時、日本への留学を決めた時も、私が希望の道へと進むことをサポートしてくれました。私は、何も分からないなら、そこに飛び込んで学べばいいと迷わずに一歩を踏み出す性格なのですが、これはそうした環境から得られた行動力だと思っています」

2012年秋。初来日した両親と和歌山県・高野山で紅葉を楽しみました。

留学先は、研究室でも専攻していた流体力学の分野から探し、日本にいるインド人研究者たちからも情報を集め、具体的な学びのイメージを持てる研究室を選択。京都大学への留学が決まりました。2010年3月31日。アイヤルさんは、京都の地を踏みました。

「勉強」をしに来た日本で経験した想定外の日常

「京都はちょうど桜が満開の時期を迎えていました。国際女子留学生センターという寮に入ったので、本当に身の回りのものだけで来日し、整った設備の中で日本での生活をスタートでき、すべてが順調だと感じました。しかし、来日前に日本語の勉強はしていたものの、まだ挨拶程度しか話せませんし、漢字はまったく読めません。寮から外に出ると、スーパーマーケットに行っても何も買えませんでした。また、大学院の入学試験は英語での解答が可能と聞いていたのですが、研究室の先生から問題文はすべて日本語だと言われ、驚いた私は思わず大きな声を上げてしまいました」

アイヤルさんは、留学生として日本語を基礎から学習する教室にも通っていましたが、試験問題を読解するにはとうてい及びません。日本語の壁に困惑するアイヤルさんを見た研究室の人々は、ある対策を提案してくれたそうです。皆が毎日交替で、過去10年間の試験問題を使って、試験に向けた日本語学習をサポートしてくれたのです。

「その時点では互いに言葉が分からず、ジェスチャーで意志疎通をするような状況でした。しかし、皆さんが本当に心から優しくサポートしてくれたおかげで、私の日本語読解能力は、工学の専門用語も理解できるレベルとなり、半年後の試験に無事合格することができました」

来日前のアイヤルさんは、日本では勉強ばかりの日々が待っていると思っていたそうです。インドでは高校生の頃から、そうした日常が当たり前だったからです。しかし、研究室、日本語教室、試験に向けた日本語学習など、勉強に取り組む日々の中に、それ以外のさまざまな体験や交流があったことが想定外だったと振り返ります。

寮での留学生同士の交流、パナソニック スカラシップの交流イベント、さらには「京都府名誉友好大使」に選ばれたアイヤルさんは、日本の学校に出向いて児童や生徒と交流し、市民講座でインドについて講演する経験を重ねていきます。それは日本への関心や理解を深めると同時に、母国のインドを見つめ直す機会となりました。

「仕事でヨーロッパの人々と交流することはありましたが、『インド』という枠組みで自分を考えることは特にありませんでした。インドは人口も多く、州ごとに公用語も異なります。インドで国内を見渡した時の感覚は、国々によって構成される『ヨーロッパ』に近いものがあります。それが、日本で暮らし、パナソニック スカラシップの仲間であるアジア各国の留学生と交流する中で、私自身に『アジア人』としての共通部分、周囲の人からの私への関心から『インド』への視点を意識するようになりました」

アイヤルさんは、パナソニック スカラシップによる日本留学で、実現したかった専門分野のさらなる学びと、修士課程の修了を得ることを叶えました。また、日本での体験を通じて、人と人とのコミュニケーションによって自分の知見が広がること、社会との関わりの中で自分が果たせる役割の広がりが実感できたことが、その後の大きな財産となっていったと言います。

「日本語」習得で広がり続ける可能性

「パナソニック スカラシップには、日本語能力試験を毎回受験すること、そして最上レベルのN1級の合格を目指すという留学条件がありました。最初は、修士課程の勉強に来たのになぜ日本語の勉強に時間を取られるのか、少し疑問に感じていました。しかし、研究室の人たちとの会話、地域の人々や子供たちとの交流など、日本語が上手になることで、私が周囲の人々に関われる可能性がどんどん広がっていきました。それがやりがいとなり、3年かけて日本語能力N1級の合格を果たすことができました。この資格は、卒業後の私の進路選択に大きな可能性を与えました」

京都大学修了後、アイヤルさんは、日本の会社に就職。機械理工学の専門知識を活かせる分野ですが、市場の要望に応える製品開発には、自分自身が興味関心を持って新たに学んでいくことが求められます。アイヤルさんの高い日本語能力は、入社後のOJT(職場の実務で学ぶ職業教育)や製品の納品現場に赴いてのトラブルへの分析と対応など、日本の組織の中で自分を磨き成長させる上で役立ちました。そしてそれは、アイヤルさんの自信だけでなく、周囲の人々の期待をも高めていきます。

日本へ留学中は日本文化を楽しみました。2010年には、やはり日本に留学をしていた従兄たちと、国内旅行も満喫。

2011年には京都国際交流センターで着物を体験しました。

「私のユニークな経歴に関心を持っていただき、業務以外のいろいろな活動に参加する機会を得ました。採用活動、企業PR活動、外国人であり女性であるという立場からのダイバーシティ関連の意見を求められたり、そうしたチームに参加したり。労働組合の活動もしました。私は、3年前に転職し、今はフランス系企業の日本支社に勤めています。機械工学を物流やロジスティクスの現場課題の解決に結びつける仕事です。ふり返れば、昔から人とは違うキャリアを求めたのは、自分に自信を持てなかったからとも言えます。しかし転職の際に実感したのは、幅広い選択肢があること。私だけの経歴という確かな自信でした。それを私に与えてくれたのは、パナソニック スカラシップ時代に修士の勉強だけでなく、日本語習得にも励み、人々とのコミュニケーションを広げる機会を得られたからだと実感しています」

現在、夫と二人のお子さんと日本で暮らすアイヤルさんは、まだしばらく日本での生活を続けていくライフプランを持っています。治安、医療、教育など、子育てをする上で日本の社会が好ましい環境であることに加え、日本の会社の制度が、女性が活躍する上で整っている面があるからだそうです。

「私がそう言うと、驚く日本人もいます。仕事と家庭、まして子育てとの両立は難しいのが現実だと。たしかにそうです。それは特にアジア各国では共通の課題です。日本の育児休暇や出産後の女性の復職の制度は、とても先進的なものです。けれども、会社の管理職には男性が多く、多くの方が女性は結婚や出産で会社を辞めるという、古いイメージを持ち続け、人材活用への意欲が小さい。また、家庭内における家事や育児への男性の協力がまだまだ少ない。そうした変わらない部分が、制度の活用と女性の活躍を高める上での課題になっていると感じます」

社会の課題を我がこととして捉え、周囲の人々と解決に取り組む。自身のキャリアアップのため、技術や学問を学ぶための留学は、予想もしていなかった、でも本当はこうしたかったと思える未来への可能性を開きました。自分を大きく変えた海外留学を、アイヤルさんは、現在のインドの学生たちにも人生の選択肢として考えてほしいと言います。

「日本への留学には言葉の壁を感じるインド人はまだまだ多い。でも、技術や制度はもちろん、歴史や文化など、トータルな面で学び、自分を成長させることができる環境があります。私は、可能性を与えてくれたパナソニック スカラシップに感謝するとともに、ここに大きなチャンスがあることを多くの人に知ってもらいたいです」