Panasonic Scholarship Alumni  パナソニックスカラシップ体験者が語る未来へのメッセージ

パナソニック スカラシップによって
実感した社会貢献の意義。
日越の架け橋となることが「私の道」となった。

○グェン・ルー・トゥイ・ガンさん
国籍:ベトナム
現在の居住国と職種:ベトナム 大学
2005年認定→東京大学(情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻)→修了後、日本の国立情報学研究所(大学院)にてポスドク(博士研究員)として研究活動に従事→2013年、ベトナム帰国後はベトナム国家大学ホーチミン市校 情報技術大学に勤務→現在に至る

ベトナムの公立大学には、日本の文部科学省にあたる教育訓練省が管轄する国立大学と、政府直属の国家大学があります。国家大学は、ハノイとホーチミンにあり、今回ご登場いただいたグェン・ルー・トゥイ・ガンさんは、「ベトナム国家大学ホーチミン市校」を構成する7大学の1つ情報技術大学に勤務しています。大学運営を担いながら、学生たちに寄り添い、人材育成や研究支援に従事。その中で参考にしているのが、日本での経験だと言います。グエンさんが母国に持ち帰り、ベトナムの未来を担う学生たちに伝えていることをお聞きしました。

母国の未来を担う学生たちに伝えたい海外留学の必要性

ベトナム国家大学ホーチミン市校情報技術大学は、国の情報技術開発に関わる人材育成と関連する研究を行っています。同大には、約9,100人の学部生、約400人の大学院生、約360人のスタッフと講師が在籍。グエンさんは、学務部の部長を務め、2020年には副校長に任命されました。

「大学の入試に始まり、入学後の学務の運営を担当しています。カリキュラムの構築、学期の計画、試験の管理、卒業の検討、大学の学位の授与など、学生に寄り添いながら充実した大学生活を実現できる環境を整え、人材を世に送り出す仕事です」

グエンさんは、毎学期1クラスの教育と研究にも従事し、学生の卒業論文指導も担当しているそうです。そこで役立っているのが、日本の大学や機関での研究経験だと言います。

「日本の研究者や、パナソニック スカラシップの計画してくれた企業訪問などで見た人々のチームワークを尊重する姿勢。そして勉強や研究に対する個々人の意識の高さ。それらは、私の中にも根付き、ベトナムの学生たちに手渡しています。そして、海外留学を勧めています。それは、より良い学習環境や研究設備だけでなく、一人ひとりの学生に、スティーブ・ジョブズの言った『Stay hungry, stay foolish(ハングリーであれ、愚かであれ)』という学習姿勢を持ってほしいからです。

学生たちは、とても優秀です。それ故に知識の量を成熟と捉え、しばしば自己満足に陥ります。しかし、この世界はとても広く、私たちが発見すべきことはたくさんあります。また、ベトナム人同士では見えてこない、人と人との違い、異文化の存在。そこから得られる知見や、他者への寛容さは、知識同様に大切な成長の糧となるはずです」

日本の発展の“秘密”を知りたいと進路に選んだ海外留学

ベトナムの教育制度は、6歳から初等教育(小学校)で5年、中等教育(中学校)で5年、高等学校で3年の12年生です。グエンさんは、11年生のとき、地理の授業で学んだ日本に強い関心を持ちました。

「日本の社会や経済の奇跡的な発展について学ぶ内容でした。私は、なぜそうしたことが可能だったのか、とても強く興味を持ちました。そして、いつか日本に行って、その“秘密”を解き明かしたいと思ったのです。その夢は、その後の勉強へのモチベーションにもなったと思います。ベトナム国家大学ホーチミン市校自然科学大学に進学し、卒業後は研究助手として科学研究に取り組み、研究成果の論文が国際会議の議事録に掲載されるなど充実した日々を過ごしていました」

「生まれつき好奇心旺盛な子どもだった」と振り返るグエンさんは、専門的な研究スキルの向上と、外国の国々や人々について学びたいという好奇心を満たすために海外へ留学したいと思うようになりました。日本への興味を持ち続けていたグエンさんは、日本への留学を決意し、パナソニック スカラシップに応募。認定を得て、2005年3月末日、長年の夢だった来日を果たしました。

「言葉の壁」は大きく、最初の半年は研究室での会話もできず、コミュニケーションが日本語で取れるようになるまでに1年間を必要としたと言います。しかし、その間の「苦労」は「楽しい経験」でもあったとグエンさんは振り返ります。

「大学の留学生向け日本語学習の授業以外にも、住んでいた杉並区の外国人向け日本語講座に週2回通いました。研究室の人とはランチもディナーも一緒に出かけ、週末にはボランティア活動にも参加しました。日本の人々の中に飛び込むことで、言葉の知識だけでなく、体験を通じて日本の社会や文化、コミュニケーションの機微も理解していったのです。そして、私は長年の謎だった日本の“秘密”を解き明かしました。人々は、常に粘り強く、そして最大限の努力をします。礼儀を尊重し、周囲を気遣い、互いに協力し合って調和をつくり、課題を平和的に解決していく。高度な技術、経済の発展、その背景には、人々の努力がある。私は、これこそ日本から学び、ベトナムへ持ち帰るべきものだと思いました」

2012年3月、東京大学大学院の博士課程の学位記授与式ではご両親も来日。

私にとっての「道」を見つけた

2018年、グエンさんは、勤務する大学に新たな技術人材育成のコースを設立し、そのプログラムをつくりました。専門知識のほか、日本語や日本の文化も学ぶカリキュラムで構成され、将来は日本で働く人材を送り出すことも想定しているそうです。

「日本で働くことだけでなく、日本の働き方を学ぶことも大切だと考えています。プログラムには、日本でお世話になった先生や研究機関にも協力いただき、授業や研究でのコラボレーションも進めています。また、日本政府からは、当大学に学生が日本語を学ぶためのコンピューターラボが贈与されました。これは、日本からベトナムへの贈り物であり、両国の友情と信頼、未来に向けた協力を象徴するものだと学生にも伝えています」

ベトナム国家大学ホーチミン市校情報技術大学に勤務する同僚たちとの集合写真。

かつてグエンさんの中に芽生えた日本への関心は、パナソニック スカラシップによる日本留学を経て、日越友好の架け橋へと実を結んでいます。情報技術大学では、日本の大学や企業との間で学生交換プログラムを実施。研究に関しても、多くの大学との協力関係が広がっています。

「日本への留学は、私の人生にとって大きな出来事となりました。忘れられない経験をたくさんし、『日本』は私の人生の一部となっています。訪日するたびに、自分の家に帰ってきたような不思議な気持ちになります。それは、パナソニック スカラシップが勉強に集中できる環境を支援し、スタッフが親身に見守ってくださり、留学生同士の交流の機会もたくさんつくってくれたからです。私は、そこまで外国の若者に支援しながら、なぜ自社で働くことを条件にしないのですか? と担当の方に聞いたことがあります。すると『これは社会貢献です。みなさんが可能性を広げることが有意義なのです』と聞かされ、私は大きな感銘を受けました」

グエンさんは、自分が立ち、歩んでいる人生の「道」を見つけることができたのは、パナソニック スカラシップによる日本留学があればこそだと言います。

パナソニック スカラシップ創設10周年の記念の扇子を手にするグエンさん。「道」とは松下幸之助の名言の1つ。グエンさんの書斎に大切に飾られています。

「ベトナムは『すべての国の友になる』というモットーを掲げています。その実現のためにも、パナソニック スカラシップが教えてくれた社会貢献の意義を、私は学生たちに伝えていきたいと思います」