僕たちが組織の課題を感じ始めたのは、事務局をつくり、本格的な活動を開始して間もない頃でした。「アースデイ」の事業を引き受けるなど、活動業務が広がり、大きくなる中で、活動資金の不足や問題があらわれ始めたんです。なかでも深刻だったのは、団体としての意思決定の問題でした。
というのも、ezorockは発足以来、ボランティア中心の組織として運営されてきたので、何かを行う際には、みんなで決めるという文化が強かったんです。「みんなで決める」と言うと聞こえはいいのですが、逆に言えば、団体運営において誰も腹をくくっていない。プロジェクトを進めていても、誰が責任をもってやっているのかわからない状態で、本当に決めなければいけないことも次回もち越しになり、決めないままズルズルいく。問題があるとわかっていても、僕自身、志を同じくして集まった仲間に嫌われたくなくて、責任問題を切り出せなかった。そのうち、組織としてまったく前に進めなくなりました。
そんな時、07年にパナソニックの「NPOサポートファンド」に応募したのですが、審査のヒアリングを受けた時のことは今も忘れません。団体の方向性やそれに至る計画、支援者拡大のためのマーケティングなど、さまざまなことを鋭く突っ込んで質問されて、ほとんど満足に答えられず、まさに「けちょんけちょん」の状態。その時は、単純に助成資金獲得しか頭になくて、ezorockはいったい何のために存在していて、どのようにして社会的な役割を果たしていくのかという根本的な問題に向き合えていなかったんですね。
翌08年(実施年度09年)に「団体ブランドの構築」をテーマに再チャレンジして、助成が決まった時には、組織の問題はもう待ったなしでした。メンバーの間で、社会課題を解決する団体として成果を上げていきたいとする考えと、みんなで仲良くやっていきたいという二つの対立軸が表面化し、活動していてもギクシャクして達成感が得られない状況でした。それで、助成期間前から組織改革委員会を立ち上げ、曖昧だった団体のミッション(使命)やビジョン(どんな社会を実現するのか)など、すべてを見直すための改革をスタートさせました。
でも、組織改革は、最初からつまずきました。今までみんなで決めていたところに、突然、意思決定の権限をもった委員会ができたため、若いボランティアの人たちとの対話がうまくいかなくなりました。そのうえ、改革推進のために行った合宿で、再び「みんなで決める」という結論に落ち着いてしまいました。