第71回電気科学技術奨励賞を2件受賞

2023年11月30日、第71回電気科学技術奨励賞(旧オーム技術賞)の贈呈式が行われ、パナソニックグループから2件の電気科学技術奨励賞を受賞しました。

電気科学技術奨励賞は、電気科学技術に関する発明、研究・実用化、ソフトウェア開発、教育等で優れた業績を上げ、日本の諸産業の発展及び国民生活の向上に寄与し、今後も引き続き顕著な成果の期待できる人に対し、公益財団法人 電気科学技術奨励会より贈呈されるものです。

今回、当グループの受賞者と業績は、以下のとおりです。

電気科学技術奨励賞

『ミリ波レーダー向けハロゲンフリー超低損失多層基板材料 "XPEDION1"の開発と実用化』

受賞者

有沢 達也:パナソニック インダストリー(株)
電子材料事業部 電子基材ビジネスユニット 課長
平塚 大悟:パナソニック インダストリー(株)
電子材料事業部 電子基材ビジネスユニット 課長
後藤 寛久:パナソニック インダストリー(株)
電子材料事業部 電子基材ビジネスユニット

左から 平塚、有沢、後藤

左から平塚、有沢、後藤

写真提供:(公財)電気科学技術奨励会

開発の背景

自動運転技術の開発を支える上で各種センシングデバイスが重要視されています。その中でも、特に天候や夜間などの環境に左右されずにセンシングが可能なミリ波レーダーが期待されている。従来、ミリ波レーダーのアンテナ層にはフッ素樹脂基板※1が主に使われてきたが、フッ素樹脂基板は高価で且つ一般的なFR4基板※2と比べて基板製造時の加工制約が多いため、ミリ波レーダーを広く普及させる上で課題となっていた。そこで、当社保有の低誘電熱硬化性樹脂に着目し、その化学構造や独自の酸化抑制技術の創出により、フッ素樹脂基板に置き換わる新しい低誘電熱硬化性樹脂を開発した。

※1:フッ素樹脂基板:フッ素樹脂(テフロン)を絶縁層としたプリント基板で、比誘電率が低いため、高周波基板の素材として採用されている。
※2:FR4基板(Flame Retardant Type4):ガラス繊維を布上に編んだガラス織布にエポキシ樹脂を滲みこませた素材

開発技術の概要

図1及び図2に、今回の開発技術における要素技術を示します。樹脂設計は誘電率および誘電正接が低く、且つプリント配線基板業界での実績も多いPPE樹脂※3をベースにした。図1に示す通り、従来技術におけるPPE樹脂の反応性官能基では高温時の熱分解に伴い反応性官能基の酸化加速がおこるため、反応性官能基を新規なものに見直し、さらに、図2に示す通り、ある特定化合物高温環境下で酸化防止効果および難燃効果を発現することを見出した。この知見を樹脂設計に組み込むことで、ハロゲン系難燃剤を使用せずにフッ素樹脂基板同等の高温下における電気特性の安定性を確保することを可能にした。さらに、低損失な銅箔技術やガラスクロス技術を組み合わせることで、最終的にフッ素樹脂基板よりも伝送損失を約20%低減させた。

※3 PPE(Poly Phenylene Ethe)樹脂:高性能プラスチックの一種で、耐熱性、難燃性、耐化学薬品性などの特徴を持つ樹脂

図1 XPEDION1における要素技術①

図1.XPEDION1における
要素技術①

図2 XPEDION1における要素技術②

図2.XPEDION1における
要素技術②

【要素技術について】

1)PPE樹脂の反応性官能基化学構造見直しによる酸化抑制技術①
樹脂の酸化を抑制するには、まず根本的に酸化されにくい化学構造を有する樹脂の設計が必要である。当社従来技術におけるPPE樹脂は、基本的には比較的酸化されにくい化学構造を有しているが、特に100℃を超える高温下で長時間保持されると、結合エネルギーの低い反応性官能基由来の原子間での化学結合が切れることで分解が発生し、さらに、その分解物が酸素と反応して極性の高い物質が生成されることで電気特性が悪化していた。そこで、結合エネルギーが高く且つ低極性で反応性を有する新規な化学構造を検討した結果、図3に示す通り、従来技術では125℃/1000hrにおいて誘電正接が約3倍(125℃/0hrとの比較)に悪化するのに対し、特定の新規反応性官能基を有する新構造にすること(図3:酸化抑制技術①)で、その悪化を約1.3倍までに抑えることに成功した。

図2 薄型PGUの構成

図3.高温下での電気特性変化

2)高温下で酸化防止機能を発現する特殊化合物の導入による酸化抑制技術②
酸化しやすい反応性官能基由来の化学構造を根本的に見直すとともに、樹脂主骨格中に存在するメチル基等の構造が緩やかに酸化することで極性の高い構造に変質することが僅かな悪化を残す原因であると考え、まず酸化防止剤での抑制を試みましたが、一般的な酸化防止剤は100℃以上の環境下では酸化防止効果を発現する前に失活してしまい、期待する効果は得られなかった。これに対し、100℃以上の高温保持時中に酸化防止効果を発現する化学構造物を自然脱離するような化合物の導入を検討した結果、ある特定の構造を有する化合物は100℃以上の高温保持時に酸化防止効果を発現する構造物を脱離し、残りの構造物は樹脂の難燃性を高める効果があることを見出しました。樹脂設計にこの化合物を組み込むことで、ハロゲン系難燃剤を使用せずに、125℃/1000hrにおいてフッ素樹脂基板同レベルの安定性を担保することに成功した(図3:酸化抑制技術①+②)。

開発技術の成果

今回、従来の業界標準であるフッ素樹脂基板材料の代替可能な熱硬化性樹脂基板多層材料を実現したことにより、基板加工プロセスの汎用化が可能となり、ミリ波レーダーをより安価で製造できるようになった。また、プリプレグ※の技術提案ができ、従来フッ素樹脂基板ではできなかったビルドアップによるアンテナ層の形成が可能となるため、これまで以上に基板設計自由度も上がり且つ更なるプロセスコスト低減が可能となった。さらに、欧米圏を中心に加速しているPFAS(有機フッ素化合物)の規制動向において、フッ素樹脂基板の継続的使用リスクが懸念される中、XPEDION1は非フッ素系材料として代替が可能であり、環境規制動向下においても永続的に使用が可能である。これらの事から、世界中の自動車へのミリ波レーダーの普及に大きく貢献していくことができる。“人の命を守る自動車社会”の実現に向けてXPEDION1が大きな推進力になるとともに、高周波無線通信市場などへも展開し、人々の生活に大きく寄与していく。

※プリプレグ:樹脂をガラス織布に含浸させ半硬化状態にさせたもの。形成した導体回路を埋め込み絶縁性を確保する。

受賞者コメント

有沢 達也

有沢 達也

この度は大変名誉ある賞をいただき、誠に光栄に思っております。この度受賞しましたXPEDION1に関しましては、高難易度の技術の確立だけにとどまらず、実用化のうえ実社会へ貢献できたことがとても意義のあることだと感じております。ここにたどり着くまでにご支援賜りましたすべての関係者様に改めて感謝申し上げます。今後も日本ブランドとして自動車産業界へ大きな貢献ができるような技術開発を目指して参ります。

平塚 大悟

平塚 大悟

この度は大変名誉ある賞をいただき、誠に光栄に思っております。 今回受賞させていただきましたXPEDION1は、PTFE同等の電気特性ながら、基板加工プロセスの汎用化が可能となり、ミリ波レーダーのさらなる拡大、および今後の安心安全な車社会の普及に貢献できると考えております。本製品に支援くださいました関係者皆様に改めて感謝申し上げます。今後も、自動車業界含め、様々な分野で世の中に貢献できる材料開発を推進してまいります。

後藤 寛久

後藤 寛久

この度は大変名誉ある賞を受賞でき、光栄に感じております。これまで、ご支援並びに、共に開発にあたってくださった皆様に、深く感謝申し上げます。
本材料が世に広まることで自動車へのミリ波レーダー搭載率が向上し、より多くの人の安全が守られることを願っております。今後も様々な産業の発展に貢献できるよう、技術開発を推進していきたいと思います。

電気科学技術奨励賞

『自由曲面光学技術と薄型照明技術を用いた小型ヘッドアップディスプレイの開発と実用化』

受賞者

葛原 聡:パナソニック ホールディングス(株)
テクノロジー本部 デジタル・AI技術センター 課長
淺井 陽介:パナソニック ホールディングス(株)
テクノロジー本部 デジタル・AI技術センター 係長
杉山 圭司:パナソニック オートモーティブシステムズ(株)
HMIシステムズ事業部 課長

左から淺井、葛原、杉山

左から淺井、葛原、杉山

写真提供:(公財)電気科学技術奨励会

開発の背景

ドライバーの視線の先にさまざまな情報を映像として投影するヘッドアップディスプレイ(HUD)は、ドライバーとシステムとの快適なインタラクションを提供する製品として普及が進んでいる。しかし、限られた車両空間の中で大画面・低歪みの映像投影が可能なHUD本体の小型化と、直射日光下のように画面表示が視認しづらい環境下においてもドライバーに鮮明な画像を提供することが課題となっていた。これらの課題を解決するために、デジタルカメラの開発で培った光学技術を生かしたフル自由曲面ミラーと、液晶ディスプレイの照明技術を応用した独自の高輝度薄型PGU(Picture Generation Unit)を開発し、本体の小型化と低歪みで明るく鮮明な大画面化を実現した。

開発技術の概要

(1)フル自由曲面ミラー光学系の開発
HUDは車両の基幹部品が多く配置されている運転手前方のインパネ内部に埋め込む必要があるため、HUD本体の小型化は極めて重要である。HUD本体は視覚光学系がその体積の大半を占めているため、視覚光学系の小型化に取組んだ。視覚光学系を構成する光学要素は、PGU、第1ミラー、第2ミラーで、デジタルカメラ「LUMIX」の開発で培った光学設計技術と非球面加工のモデルベース開発技術を駆使して、第1ミラー、第2ミラーにフル自由曲面ミラーを用いた新たな構成を開発した。従来、他社品で用いられる自由曲面ミラーが100umの自由曲面量(球面からのズレ量)であるのに対して、開発品では400umの自由曲面量を持っており、形状自由度の高いフル自由曲面ミラーを開発することで、従来はトレードオフの関係にあった小型化と低歪みの両立を実現した(図1)。

図1. HUD視覚光学系の構成比較

図1. HUD視覚光学系の構成比較

(2)薄型PGU開発
PGUは視覚光学系のレイアウトの関係上、HUDの端部に配置されるため、PGUが厚いとHUDからPGU部が突出し、車両部品との干渉を起こすため、PGUの薄型化に取り組んだ。図2に開発した薄型PGUの構成を示します。液晶ディスプレイ(LCD)のバックライトには直下型と導光板型があり、HUDでは効率のよい直下型が用いられてきた。しかし、光の伝搬方向(図2のx方向)の全体形状をくさび型とし、入射面の光源配列方向(図2のy方向)にTIR(Total Internal Reflection)レンズ構造を配列する導光板型とすることで、従来他社品に比べて同等以上の電力効率(13%の省電力化)とともに、67%の薄型化と大幅な厚み削減を実現した。
開発品では、運転者がアイボックス領域(視覚光学系による拡大虚像が欠けなく見える範囲)だけでHUDの映像が見えることに着目し、アイボックスに集光するように光を狭配光化することにより、導光板型において省電力化と小型化の両立を実現した。光の伝搬方向についは、導光板に入射した光線は導光板内を全反射しながら導光するため、全体をくさび型構造とした場合には、傾斜面反射で光線角度が少しずつ変化し、全反射条件を満たさない光線角度になった段階で光が導光板から臨界角で出射する。したがって、くさびの傾斜角を小さくすることでほぼ臨界角から出射させることが可能となり、これにより狭配光化を実現した。また、光源の配列方向については、導光板の入射面が平面の場合、光源の光の広がりがそのまま伝搬してしまうため、導光板入射部に光を略平行光化するTIRレンズ構造を設けることで狭配光化を実現した。

図2. 薄型PGUの構成

図2. 薄型PGUの構成

開発技術の成果

本開発技術による小型高精細のHUDは、現在導入が進む普通車や大型車のみならず、搭載スペースが限られる小型車や軽自動車など幅広い車種への搭載が可能となり、基幹産業である自動車産業へ貢献している。また、搭載車種が拡大することにより、自動車の安全性や快適性の向上を広く普及させることができ、交通事故の減少、運転時のストレスの軽減や高齢ドライバーが安心、安全に運転できるなど、車を使ったこれからのくらしと社会のウェルビーイングや国民生活の改善に貢献していく。

受賞者コメント

葛原 聡

葛原 聡

この度は名誉ある賞を賜り、大変光栄に思っております。受賞対象となりました、小型ヘッドアップディスプレイは、安全安心な社会の実現に貢献するため、パナソニックグループ一丸となって開発した技術です。本技術は、複雑な光学システムをコントロールする難易度の高い技術でしたが、パナソニックの衆知を集めることで、量産実現に到達いたしました。改めて、多くの関係者の皆様に感謝申し上げます。今後も、パナソニックの光学技術を様々な用途に展開し、理想の社会の実現に貢献して参りたいと思います。

淺井 陽介

淺井 陽介

この度は、歴史と名誉ある賞をいただき、大変光栄に存じます。これまで、ご支援並びに、共に開発にあたっていただいた皆様に、深く感謝申し上げます。受賞技術は、パナソニックがこれまでデジタルカメラや液晶ディスプレイで培った光学技術を活用することで、小型化と高性能化の両立を実現することができました。今後も、技術開発を通じて、社会貢献していきたいと思います。

杉山 圭司

杉山 圭司

この度は名誉ある賞をいただき、誠に光栄に思っております。受賞の対象となりました小型ヘッドアップディスプレイは、パナソニックの保有する光学技術を車載商品に活用することで強みを生み出すことができた商品であり、技術開発から商品化にいたるまで非常に多くの方々のご協力をいただきました。開発に際してご支援・ご協力いただきました皆様に改めて感謝申し上げます。今後も新しい商品を生み出していけるよう邁進してまいります。