『ソウゾウするちから~車いすラグビーの世界をのぞいてみよう~』イベントレポート

『ソウゾウするちから~車いすラグビーの世界をのぞいてみよう~』イベントレポート

パナソニックセンター東京が、毎回ゲストを招いてさまざまな社会課題を考えるウェビナー「ソウゾウするちから」シリーズ。9月1日(水曜日)には、車いすラグビー日本代表の池崎大輔選手、今井友明選手、羽賀理之選手をゲストにお招きして、「ソウゾウするちから~車いすラグビーの世界をのぞいてみよう~」と題したトークセッションが行われました。

車いすラグビー日本代表は、東京2020パラリンピック競技大会で銅メダルに輝きました。競技が終わった三日後、疲れも残っているはずの選手の皆さんでしたが、プレー同様息の合ったトークでセッションを盛り上げてくれました。

ファシリテーターは、パラスポーツの取材を数多く経験されている久下真以子さん。もちろん車いすラグビーにも詳しく、選手の皆さんもリラックスしてセッションに臨んでいる様子が伝わってきました。

【セッション1:「東京2020大会を振り返って」】

東京2020大会を振り返って
写真:羽賀理之選手
写真:お持ちいただいた銅メダル

セッション冒頭、「銅メダルおめでとうございます」という言葉に選手の皆さんは一様に浮かない表情。池崎選手は「自分たちの目標は金メダル。5年間の思いがあったので悔しかったです」と、首に下げた銅メダルを見つめます。
羽賀選手は「見てくださる方に誇れる試合をしようと3位決定戦に臨みました」。今井選手は「このメダルを持ってきたことで喜んでくれる人たちがたくさんいるので、そういう人たちに感謝の気持ちを持ちたいです」と、準決勝で敗れた悔しさから気持ちを切り替えて、応援してくれた人たちの思いを胸に銅メダルを勝ち取った思いを語ってくれました。

さて、基本無観客での開催となった東京2020大会ですが、選手の皆さんはどのように感じていたのでしょうか。池崎選手は「音楽が流れていたり東京2020の文字が(会場内に)たくさん見えたり、思っていたより無観客の静けさを感じることはありませんでした」と、雰囲気を盛り上げる工夫に感心した様子。今井選手は「観客がいた方が盛り上がるし、プレーの質は変わるかもしれませんが、試合中の会話や指示が聞こえたり、タックルの衝突音を通して激しさが伝わったり、新しいスポーツの見せ方になったのではないでしょうか」と、皆さんポジティブに捉えていたようです。

また久下さんから「インスタで見たんですけど」と、車いすラグビー代表チームでけん玉が流行していた話を振られると、「選手村のお土産屋さんに売っていたんですよ。集中力を高める効果があったと思います」と羽賀選手。「本当に?」という表情の先輩ふたり。池崎選手はけん玉にはハマらなかったそうです。
バブル方式が採用された今大会、選手村の外に自由に出歩けない状況で、選手の皆さんはそれぞれ時間の過ごし方を工夫して過ごしていたようです。

【セッション2:「コロナ禍に思ったこと」】

コロナ禍に思ったこと
写真:今井友明選手
写真:池崎大輔選手

2番目のテーマは「コロナ禍に思ったこと」。家から出られず、集まって練習もできないなど、大変な時期だったはずですが、なんと、練習が再開したときに今井選手のパスの質がキレキレになっていたのだそうです。
今井選手いわく、「練習ができなかった期間を、一旦自分の体を見つめ直す期間に充てました。今までやれていなかった筋力アップや可動域を広げる練習を積めたので、パスのレンジが広がって、チェアワークの細かい技術などを向上できました」。同じクラブ(TOKYO SUNS)所属で、試合でもラインを組むことが多い池崎選手も「相手の先読みやスペースを取る判断が早くなってる!」と、今井選手の進化に舌を巻いたそうです。

その池崎選手も、加圧トレーニングで「これ以上どうすればいいんだ?」というほど肉体を鍛え上げたとのこと。「できないなかでもやれることを個人個人が探して、どういうトレーニングが必要かということを考えながら過ごしていました」(池崎)。自由に行動できず、一緒に練習もできない環境でモチベーションも下がってしまったのではないかと思いきや、一人ひとりが自分を伸ばすための期間として自分と向き合い、前向きに過ごしていたという事実を知って、アスリートがパラリンピックに臨む思いの強さの一端に触れた気がしました。

【セッション3:「自分の役割について」】

車いすラグビーは、チームワークが得点につながる競技です。自分の役割を果たすためにどんなことを心がけていたのでしょうか。

自分の役割について(チーム内での役割)

池崎選手から「誰からも話しかけやすいキャラ」、今井選手から「空気を読める副キャプテン」と評された羽賀選手は「キャプテン(池透暢選手)がしっかりしているので、ほとんどやることはなかったです(笑)」と謙遜しつつ、ベテランと若手の橋渡し役になることや、場の空気が悪いときに喝を入れるひとことを言うことを心がけていたそうです。

写真:羽賀理之選手

今井選手は「僕は宴会部長と言っています」(池崎)とのことで、コートでもベンチでも一番声を出して味方を鼓舞するムードメーカー。「若山(英史選手)と小川(仁士選手)もいますし」と今井選手。その三人がいつもチームの雰囲気をよくしてくれるのだそうです。

写真:今井友明選手

そして池崎選手は「特攻隊長。火の玉ボーイみたいな感じ」と今井選手。「僕は走ってトライするのが仕事ですから。でもそれも周りの支えがあってできること」とさりげなく感謝の言葉を伝えます。池崎選手は口調が荒いので、慣れない人には怒っているように思われてしまうことも多いそうですが、「今井選手たちがうまくフォローしてくれる」と池崎選手。それぞれの個性を尊重しながら、それぞれが強みを発揮できる環境をつくることで、チームがうまく回っていることが伺えました。
ちなみにチームには「食トレ」と称して後輩に焼肉をおごる習慣が一部の選手であり、若い選手に栄養を摂らせながら、先輩と後輩のコミュニケーションを深める場になっているそうです。

写真:池崎大輔選手

【セッション4:「スポーツがくれたもの/スポーツを通じた心の復興」】

次の質問は「車いすラグビーを通して伝えたいこと」。これまで和気あいあいと進んできたセッションですが、選手の皆さんの顔が引き締まります。

羽賀選手は「車いすでも、思い切り走って思い切りぶつかって、全力プレーして全力で生きてるんだってところを見てもらえたら嬉しいです。いろいろな障がいの選手がいて、なかには女性もいて、違いを認め合うからこそ素晴らしいプレーができることを感じてもらえたらいいなと思います」。池崎選手も「(パラリンピック競技のなかで)フルコンタクトスポーツは車いすラグビーだけ。障がいの重い軽い関係なく海外の大きい選手たちに向かっていく強さ、倒れてもまた起き上がり立ち向かっていく選手たちを見てもらえれば、どんな困難でも乗り越えられるという姿勢を伝えられるメッセージ性の高い競技だし、心も体も強くなれる競技」と、車いすラグビーの魅力について熱く語ってくれました。

写真:車いすラグビー日本代表の皆さん
写真左:久下真以子さん 写真中:池崎大輔選手 写真右:今井友明選手

今井選手からは、車いすラグビーだけではなく、パラスポーツ全体について。「(パラスポーツは)多種多様な競技があって、障がいも多種多様。そんななかで一人ひとりが自分のやり方を工夫して競技に取り組んでいます。皆さんには、人に合わせるのではなく、自分のやり方をやり通すことでうまくいくこともあるというところを見てもらえたら、パラリンピックも楽しんでもらえると思います」。ご自身も東京2020大会で他の種目を見て面白いと感じたり、アーチェリーやカヌーなどの個人スポーツにも挑戦したいと思ったりしたそうです。

最後に今後の目標、展望について聞かれた選手の皆さん。羽賀選手は「僕たちはずっと金メダルを目指してやってきたので、今回は悔しさも残っているし満足もしていません。次のパリ2024大会、来年の世界選手権でも金メダルを目指したい」と、闘志が伝わってくるコメントを残してくれました。

それを受けて今井選手は「ほかの国々も強くなっているので、もう一度自分の体を見つめ直して日々トレーニングを積んで。その先にパリがあればいいと思っています。まずは自分の力、そこからチームの力を上げて金メダルに近づきたいです」とストイックな発言。

最後に池崎選手から「とりあえず、僕の中では“金メダル”を禁句にしようと思っています」と爆弾発言が。「5年間やってきて銅メダル。みんなの期待を裏切ったし、悔しい思いをしました。自分はまだ金に届くプレイヤーじゃありません。だから、これからは“金メダル”じゃなくて、“世界一”という言い方に変えます」。僕が“金メダル”という言葉を口にしはじめたら、仕上がってきたと思ってくださいと、独特の言い回しで3年後に向けた決意を語ってくれました。

【セッション5:「質疑応答」】

トークセッションの後には、チャットで寄せられた質問に皆さんが答えてくれました。

質問:試合前に必ず行うルーティンはありますか?

池崎「ルーティンといえば羽賀選手でしょう」

羽賀「(笑)はい。僕は試合の準備や練習の準備に30分くらいかけています。テーピングしたりスリーブをつけたり、全部順番が決まっていて、それが心の準備の時間になっているのかな、と思います」

質問:強いチームを作るためにコミュニケーションで意識したことは?

今井「はっきり伝えることですかね。一つひとつ疑問に思ったことを解決していかないと、小さなずれから大きなずれにつながるので、細かいこともどんどん伝えようと意識していました」

質問:車いすラグビー以外でやりたいスポーツは?

羽賀「僕は、ひたすら走るのが好きなのでマラソンとかはちょっとやってみたい気持ちはあります。自分との戦いは好きな方なので」

池崎「僕は性格的に車いすラグビー以外ないんじゃないかと思ってます。ガツガツいく方だし。ひとりで追い込むっていうのは苦手なんで、なかなかできないんじゃないかな」

質問:今まで辞めたいと思ったことは?どのようにモチベーションを保ちましたか?

池崎「毎回トレーニングが辛くて、毎回辞めたいと思います。でも、負ける悔しさよりもトレーニングの辛さのほうがまだいいです。ロンドン大会やリオデジャネイロ大会の結果を思い出して、負けるくらいならトレーニングをしっかりやろう、というところでモチベーションを保っています。あとは、自分たちの活動を支えてくれる人や期待してくれる人の思いを抱えながら、結果を出さなきゃいけないという思いですね。僕は有言実行ができる選手が一番かっこいいと思っているので」

質問:今後社会の中でパラスポーツからどういう変化を起こしていきたいですか?

羽賀「障がい者や弱い立場の人たちが、パラスポーツを見て勇気をもらって、外に出てみようという気持ちになればいいと思いますし、パラスポーツの魅力を通じて社会のなかで動きがあれば嬉しいです」

今井「パラスポーツもスポーツのひとつで、アスリートとして、強く逞しい存在として見てほしいです。それから、世の中はスポーツだけではありません。日常的に、スポーツ以外で活躍している障害のある人もいるということを広く知っていただいて、すべての人たちが過ごしやすい社会がつくられたらいいと思っています」

池崎「可能性は無限大ということと、やればできるということ。僕たちの姿を見てもらって、障がいがあってもなくてもやればできるんだという勇気とやる気を伝えていけたらと思います。車いすラグビーはどちらかというと障がいの重い人がやるスポーツですが、あれだけ激しくぶつかり合う。そういう姿を見て皆さんが自分も頑張ろうって思えるものを伝えられるのが、スポーツなのではないかと思います。スポーツは夢を伝えられるものです。スポーツの力は無限大だと思っています」

最後に選手の皆さんからの「参加していただいた皆さんありがとうございます」という言葉と、羽賀選手からの「今回は生で見ていただく機会がなかったのですが、みんなでコロナの状況を乗り越えて、実際に車いすラグビーのタックルの音や激しさを直接会場で見ていただけたらと思います。みんなで頑張っていきましょう」という力強いメッセージでセッションは終了となりました。

配信のみで行われ、視聴者の皆さんは生で選手たちの姿やメダルを見ることができなかった本セッション。思わず羽賀選手の言葉に胸が熱くなってしまいました。近い将来、アスリートたちのスーパープレーを生で観戦できて、大きな声で声援を送れる生活が戻ってくることを願って止みません。