18. 八千代座の前で見合い 1915年(大正4年)

当時、幸之助の両親はすでになく、8人兄弟のうち、残ったのはわずかに長姉と幸之助の2人だけであった。姉は先祖の祀りも十分にできないことをいつも気に病んで、会うたびに結婚して世帯をもつように勧めた。彼もそのことは気になっており、ついに見合いをすることになった。

場所は、西大阪の松島にある八千代座という芝居小屋の前である。当日、彼は大枚5円20銭でつくってもらった銘仙の羽織を着て、姉夫婦と一緒に雑踏の中にたたずんでいた。

予定の刻限まで、彼は芝居の看板を見たり、相手の来る千代崎橋の方を見たりしていた。そのうちに周囲の人たちが気づいたらしく、しきりに彼を見ていく。彼は赤くなってうつむいてしまった。「幸之助、来たぞ、見よ」と言う義兄の言葉で、彼が顔を上げたときには、すでに相手は八千代座の前を過ぎて行ってしまった。

彼がその人、井植むめのと結婚式を挙げたのは、大正4年9月4日、幸之助満20歳、むめの満19歳の時のことであった。