これが、パナソニックが運営するECサイト?
『ハックツ!』には地元産の野菜やパン、みそやコーヒー豆などが並ぶ。
土の香りを感じるオンラインマルシェだ。
野菜は収穫した日に、コーヒーは煎ったその日に購入者の元へ。
そのスピード感がウリかと思いきや、注文締め切りから商品の出荷までは3日間。
商品は、集積するスポットに購入者自ら受け取りに行く。
と、独特のリズムを刻んでいる。
この事前の注文受付&受け渡しのスタイルで
生み出しているのが
地域で幸せを循環する
“コミュニティ消費”。
パナソニックが取り組む、豊かな社会の実現に向けて。
疲弊しつつある現代の消費システムに変革をもたらし、地域に「共助」の根を張るプラットフォームとして展開しているのが『ハックツ!』だ。
地域の生産者、消費者に深く、多角度で向き合い、走り続けるプロジェクトに迫った。
PLATFORM
食品やコーヒー、酒、調味料や雑貨など、地元で生産された魅力あふれる商品を集めたECサイト。個別配送ではなく、地域の「受取スポット」で商品を受け渡すのがサービスの特徴。2023年5月から神奈川県藤沢市で、2024年9月から東京都世田谷区でサービスを展開。藤沢市では、農家と直接触れ合える農業体験や、複数の加盟店が連携したイベントなども開催。また、サービスの提供には福祉施設などの地域の事業者も加わり、地域を活性化し、お互いが支え合う共助を促している。
ハックツ!のサービスの仕組み
気になっていたあのお店のクロワッサン。せっかくだから他のお店のも注文して食べ比べてみようかな。受取スポットで見たまん丸のパンも、おいしそうだったから注文してみよう。
塩をかけるだけでおいしいキュウリ。晩酌のおともに今週も買っちゃおう。
商品の受け取りもあるし、シェアオフィスで仕事をしてこよう。
一生懸命な店主の顔、受取スポットで見た他のお客さんの満足げな顔、おいしそうにほおばる家族の顔、いろいろな顔を思い浮かべながら商品を選ぶ、それが『ハックツ!』のショッピング。
『ハックツ!』のECサイト画面。生産者の思いを深堀した特集記事を見れば、1軒1軒を訪ね歩いているような感覚になる
神奈川県藤沢市に続き、東京都世田谷区でもサービスをスタートしたECサイト『ハックツ!』。画面には地元で丹念に生産された商品が、その魅力をアピールしながら並んでいる。注文した商品は金曜日の朝に集荷され、その日の夕方に消費者の元へ。いや、購入者が自ら商品を受け取りに行くため、「手に入れる」感覚に近い。
『ハックツ!』の特徴でもある生産者との交流。土に触れ産地を知る機会になる
それらを自宅で味わうだけではない。藤沢市では野菜の収穫体験、みそづくり、コーヒーブレンド体験などのイベントもラインアップ。産地を訪ねたり、生産者から直接レクチャーを受けたりして、生産過程を知り、商品に込められている“想い”をじかに感じられる機会がある。
スーパーフードと言われるキクイモの収穫
座学からスタートし、地元産の米麹を使って仕込んだみそ作り
想いに共感すれば、よいものを選んで買うという消費の価値が生まれる。また、「この人が作るものだから買う」「応援したい」とファンづくりにもつながっていく。
「そんな心の動きが大事」と話すのは『ハックツ!』で現場を指揮する、芦澤慶之。「コロナ禍を経て、コミュニティの希薄化は急激に進みつつあります。地域では多くのリソースが眠ってしまいかねない。そこを掘り起こして再び眠らせないためには、生産者と消費者がつながることが必要です」。
パナソニック ホールディングス株式会社 モビリティ事業戦略室 主幹 芦澤 慶之(左)、加盟店の農園で
パナソニック ホールディングスが『ハックツ!』で実現しようとしているのは、地域で喜びを循環させる経済の仕組み。それを「コミュニティ消費」と呼んでいる。単に地域のものを流通させるのではない。地域の人たち同士で顔が見える関係を作り、お互いに思いやりを持ったコミュニティが持続するプラットフォームになることを目指している。
受取スポット、NEKTON FUJISAWAのコワーキングスペース。利用者のデスクには『ハックツ!』の購入商品がある
NEKTONが提供する飲食メニュー以外に、『ハックツ!』で購入したものは飲食可能に
それが、地域に新たな人流を生んでいる。受取スポットに設定されているのは、コワーキングスペースやカフェ、ホテル、福祉施設など。藤沢市ではNEKTON FUJISAWA、世田谷では三茶WORKというコワーキング&シェアオフィスが、最初の受取スポットに手を挙げた。
NEKTONを運営するのは、湘南で長年フリーマガジンの編集やウェブ新聞の発行をしているフジマニパブリッシング。代表取締役社長・三浦悠介さんは、藤沢の地と人を熟知するキーマンだ。当初から地域のコーディネーターとして関わりつつ、さらにプロジェクトの立体的な展開を支えるべく活動を並走してくれている。「この街がさらに面白くなればうれしい。そのために何かしら貢献したいという気持ちで、受取スポットにも協力しました」と三浦さん。また、「無償で場を提供しましたが、メリットなどは考えていませんでした。常駐スタッフがいますし業務の合間でお手伝いできそうだったので」と振り返る。
ところが思わぬ“ハックツ!効果”が表れた。「コワーキングスペースで働いている人たちが、『ハックツ!』の熱心なお客さんになったんです。朝からここで仕事をして、夕方帰る時には両手いっぱいに野菜やパンを提げて帰ったりして。奥さんに『私が買い物に行くよりすごく動線がいいね』と言われるとか」。
三浦氏いわく、コワーキングスペースの利用者は個人事業主やフリーランサーなどが多く、面白いもの、付加価値のあるものへの感度が高い。まさにこのサービスがフィットする場だったのだ。「NEKTONにECサイトの商品を受け取って帰れるという付帯サービスが導入できた」と収穫を話す。
さらに、主婦や年配の方が受け取りに来て、「コワーキングって何?」などと会話し、「これまでにはなかった人々との出会いがある」と実感を語る。
受取スポットで生まれるコミュニケーションを語る、フジマニパブリッシングの三浦さん(左)。商品を受け取りに来た『ハックツ!』のお客さま(右)
商品の受け取りは金曜日。注文は火曜に締め切り、金曜の朝に地域のドライバーが加盟店から集荷し、各受取スポットへ運ぶ。このシステムで加盟店は在庫管理、配送の労力を軽減できる。消費者には「配送0円」のメリットがあり、金曜日の夕方であれば、好きなタイミングで取りに行ける。複数の店舗からの商品を一度で受け取れるのもうれしい。
物流業界の2024年問題が叫ばれる中、地域で完結できるこのビジネスモデルを試す価値は大きい。今もてはやされるのは、今日注文すれば明日届く、また自分の都合のよい時間を指定すれば届けてもらえるサービス。しかしその便利さの裏側にある生産者や運送会社の多大な労力を、見逃してはならない。
集荷を終え、受け取りスポットに集積した商品。生産者から調理法のアドバイスなどが添えられた手紙も
『ハックツ!』は、送料を負担せずに購入できるメリットと共に、「自分で買ったものは、責任を持って自分で受け取る」という消費者のマインドチェンジを促すシステムでもある。「ドライバー不足であれば、自ら取りに行く。ドライバーの顔や苦労を思い浮かべれば、受け取る側の意識も変わるのではないか」。芦澤は顔が見える関係、共助の必要性を訴える。
また藤沢では、商品の仕分け作業を2024年4月から市内の就労支援事業所「みらい社」(運営:社会福祉法人 藤沢育成会)に委託した。「委託先として福祉施設はどうだろう」と発したのは三浦さん。今後さまざまな地域にサービスを実装する時に、福祉施設の皆さんと協業できたら心強い。芦澤はすぐさまこのアイデアを形にするべく動いた。
作業は毎週金曜日の午後1時~2時に集中して行う。ただ、作業量は注文数によってばらつきが出るのだが、みらい社では作業量によって人数を増減して取り組めることで合意に至った。障がい者にとっても実際のサービス提供に関わる機会となり、就労支援にもつながる。お互いが助け合う共助の形がまた一つ、実現した。
江の島散策を楽しむイベントで、心地よい空気の中行ったサンセットヨガ
吉武は、「お客様の中には『こんな風に写真を撮るとおいしさが伝わるよ』と、実際に写真を撮ってくださる方や『こんなに丁寧に包装しなくていいから、少しでもビニール袋を減らして』とフィードバックをくれる方も。応援してくれるというか、半分『ハックツ!』に参加して一緒に作りあげている感じです」と、笑顔でやりとりを振り返る。
「品質の良い食材だから、週末に気合を入れて料理したい。受け取りを金曜日にできないか」という要望もあった。その後、受取日を当初の水曜から金曜に変更。「地元の食材で週末を楽しもう」というコンセプトは、そんな声が元になっている。
『ハックツ!』の価値を高めるのは地域の人々自身。芦澤は「関わる人に、夢中になってもらえる仕組みにしたい。そして輪に入ってくれた人には、必要な手助けをしたい」と熱く語る。
橋を渡った先にある江の島では、「近くにパン屋も肉屋もない、魚屋も最近なくなってしまった」という声があった。その方がNEKTON利用者であり、江の島でコミュニティカフェを営んでいた縁から、2024年6月に受取スポットに設定。買い物難民を支えるという、まさに共助を象徴する場になっている。
入り口はECサイトだが、その奥には物流、福祉、農業、流通…社会全体を取り巻く壮大な景色が広がっていた。そして、人やモノがつながることで新たなビジネスも広がる。
フジマニパブリッシング 三浦さんと芦澤のアイデアを掛け合わせたこの企画。地元のリソースを存分に生かした心地よい体験、「こうした形で生産者と消費者をつなげられるとは!」とプロジェクトメンバーら自らも新境地を開くイベントとなった。
加盟店の畑で行ったヨガ
江の島と対岸が干潮時に地続きになる「トンボロ現象」を生かしたウオーキング体験も開催
店や企業単体ではできなかったところまで、ビジネスが広がる。しかも、企業と個人事業のコラボでは、持っているネットワークも提供するサービスの種類も違うため、大きなシナジーが見込める。
「加盟店同士のコラボレーションはもちろん、これからはお客さまのスキルも生かしてもらえるはず。それぞれが持っている一芸を出せたら、地域はめちゃくちゃ元気になるんじゃないかな」。芦澤は、さまざまな人の顔を浮かべながらアイデアを広げる。
世田谷区での受取スポットになっているコワーキングスペース「三茶WORK」とお店のストーリーを紹介するリーフレット(左下)
芦澤はこの1年半を振り返り、「この思いに強く共感してくだる方々は、地域に深い愛情と情熱を持っている方ばかり。地域の皆さんとの絆があったからこそ、パナソニックだけではできない領域まで踏み込むことができた。この活動を持続していくためにもしっかりとビジネスとして成り立たせることが重要」と意気込む。
日本全国に、経済と、幸福の循環を――。
この地域密着型ECサイトがプラットフォームとなり、関わる人の本来の幸せや喜びを一つ一つ実現していく。「『ハックツ!』には、社会の“当たり前”を動かす力を秘めている。そして、社会が動くところに大きなビジネスチャンスがある。
ECサイト『ハックツ!』。その取り組みを掘り起こすと無限の可能性が見えてきた。
「この時代の変革期に、皆でアクションしていきましょう!」、芦澤の力強い言葉と共に、『ハックツ!』はさらなる飛躍を目指す。
藤沢と世田谷の受取スポットを運営する二社の方々と芦澤が、
『ハックツ!』を通して実現したい未来を語りました。
左から
株式会社フジマニパブリッシング 代表取締役社長 三浦悠介さん
三茶ワークカンパニー株式会社 共同代表 吉田亮介さん
パナソニック ホールディングス株式会社 モビリティ事業戦略室 主幹 芦澤慶之
芦澤:何十年も信念と自信を持ってパンや野菜を作っている生産者の方々は、職人かたぎで本当にすごいです。その皆さんがしっかりと対価を得られる仕組みにしたい。今は「値段が上がると買えない」という風潮になりがちですが、そうではない、何に価値をおくのかをしっかり伝えて、生産者さんの思いを深く理解して買える仕組みを作り上げたいと思います。
吉田さん:『ハックツ!』は同じまちの知らなかった素敵なお店や商品を知ったり、体験したりするきっかけになると思います。そんな『ハックツ!』のサービスが起点となって、まちの中に「これが美味しい、これが好き」といったことがどんどん増えていくといいなと感じています。
三浦さん:『ハックツ!』が社会に与えるインパクト、エフェクトにとても興味を持っています。商品の金額が安いものを買う、というのは選択肢の一つとして間違いではないと思います。しかし一方で、そうではない選択肢、つまり本質的な価値をしっかり示すことが肝要です。この事業を藤沢、世田谷で終わらせず横展開していくことができれば、日本中で、世界でも必要とされるサービスになっていくのではないでしょうか。
芦澤:藤沢市では「みやじ豚」という、地域では知られていない全国区のブランド豚の取り扱いがはじまります。都内の高級デパートで手に入れることができますが、地元では売られていないことにもどかしさを感じていました。藤沢市内で購入できるのは『ハックツ!』だけになるのではないでしょうか。また、NEKTONのカフェでは『ハックツ!』の商品を使った「ハックツ!定食」の企画も進めています。商品の価値を伝える情報発信とともに、体験できる機会をしっかり設け、みんなで交流できる場を増やしていきたいと思います。
コミュニティ消費プロジェクトページ