9. 初めて自転車を売る 1908年(明治41年)

修業を積むうちに、幸之助は番頭のお供をし、得意先を回ることもあった。当時の自転車は今の自動車ぐらいの値段だから、彼1人では売りには行けなかった。

ある日、「自転車を見せてくれ」との電話があった。あいにく番頭が留守中なので、主人は彼に行ってこいと言った。常々自分で商売をしたいと思っていた彼は、絶好の機会とばかり、先方の家に行き、一生懸命に説明をした。なにせ満13歳の少年のことである。先方は彼の頭をなでながら、「おまえはなかなか熱心な子や。買うてやるから、1割引いておくれ」と言った。彼は喜んで飛んで帰り、そのことを主人に話した。

ところが主人は、1割も引いて売るわけにはいかないと言う。彼は先方のお客のことを思い、「そう言わんと、負けてあげてほしい」と泣いて頼み、主人をあきれさせた。結局、自転車は5分引きで売ることになったが、彼はその客から「お前が五代にいる限り、自転車は五代から買おう」とまで言われ、面目をほどこした。