15. イルミネーション工事に参加 1912年(明治45年)

当時、毎日新聞社が開設した浜寺公園海水浴場に、一般の関心を集めるため、宣伝広告用のイルミネーションが設置されることになり、その工事が大阪電灯に発注された。このような点滅イルミネーションの工事は過去に例がなく、会社はこれを重視して、15名の職工を選抜した。

満17歳の幸之助もその一員に選ばれ、約2週間の予定で浜寺公園に行くことになった。当時の浜寺公園は今日と違い、交通の便が悪かったので、主任をはじめ一同は公園近くの宿屋に合宿して、工事に当たることになった。こんな泊り込みの工事はめったになかったから、全員の意欲はあがった。工事も予定日に完成し、試点灯をした時は、全員で思わず万歳を三唱して喜び合った。

この海水浴場は開設当初のことでもあり、それほど知られていなかったが、このイルミネーションの設置がきっかけとなって大阪ではよくしられるようになった。彼は、大衆の関心を高めるという面から、こうした宣伝広告というものに興味を覚えた。