38. 電熱部を設置 1927年(昭和2年)
大正15年12月25日、大正天皇の崩御によって、年号は昭和と改元された。第1次世界大戦による好景気はどこへやら、戦後恐慌、関東大震災と打ち続く大変事の後遺症を残したままに迎える昭和年代であった。
こうした時期に、松下は新しく電熱器分野に進出した。電熱器はラジオとともに、当時、文化生活の先端をいく製品として、その将来性が嘱望されていたが、値段が高く、一般家庭には手の届かない商品だった。かねてから一般家庭でも買いやすく、しかも性能の良い電熱器をつくりたいと考えていた所主は、たまたま新事業に着手したがっていた友人がいたので、共同出資で、昭和2年1月、電熱部を設置した。
大正12年12月に松下に入所し、1年ほどでその才能を惜しまれつつ、主家のために退所した中尾哲二郎氏が、同じ時期に、技術責任者として再入所することになった。所主は、さっそく中尾氏に安価で、品質の良いアイロンをつくるように指示した。