98. 百貨店の乱売問題が起こる 1956年(昭和31年)
神武景気が続き、国民の生活改善への意欲は急速に高まった。電化製品に対する需要も急増し、間もなく電化ブームが起こった。
こうしたムードを反映してか、販売競争も激しさを増し、一般電気店での安売りが頻発し始めた。加えて、29年不況で不振に陥っていた重電メーカーが家電分野に本格的に進出してきたため、競争は一段と激化した。そこに、昭和31年7月、名古屋の百貨店が20%もの値引き販売を始め、これが全国に波及し、「百貨店の乱売問題」が起こった。
社長は、乱売は業界の発展を阻害するのみならず、需要者の不信を招くとの信念から、この事態を憂慮し、自ら解決に当たる決意を固めた。夏の暑い盛りを東奔西走、同業メーカーの協力を取りつけ、全国の百貨店、販売店と話し合った結果、ようやく正常化にこぎつけた。
しかし、昭和32年に、公正取引委員会から各メーカーに、乱売店に対して出荷停止などを行わないようにとの勧告が出されて、市場は再び混乱し始めた。その中で、社長は、販売店の経営安定をもたらすものは、秩序ある正常販売であると訴え続け、流通段階の健全化に力を注いだ。