136. 万博松下館の開館式を挙行 1970年(昭和45年)
日本万国博覧会が、大阪府吹田市の千里丘陵で「人類の進歩と調和」の統一テーマのもとに開催されることに決まった。
松下電器も、昭和41年9月に万国博対策委員会を設置、出展計画を検討し始めた。出展物を思案中の会長は、ある日、建築家の吉田五十八氏が設計した奈良の中宮寺の御堂の写真を見て、はたと思いついた。これが契機となり、会長の構想による出展計画が決まり、昭和43年10月、日本万国博協会と出展契約を結んだ。
それは「伝統と開発 5,000年後の人びとに」のテーマのもとに、吉田氏の設計監理による「松下館」を出展、前棟には毎日新聞社との共催事業、5,000年後の未来に伝えるタイム・カプセルEXPO‘70を展示、後棟にはお茶室を設けて訪れる人々に日本の良さを味わってもらおうというもの。
松下館は、昭和45年2月25日に完成、開館式が行われ、その端正な姿を現した。天平時代の建築様式を取り入れた堂宇2棟からなり、周囲を約1万本の孟宗竹で囲まれて、池水に浮んだその姿は、前衛建築の競い合う中で、日本的な美しさを際立たせた。
3月15日から9月13日までの会期中に、世界各国から数多くの賓客が訪れ、入場者は約760万人におよび、全パビリオンの中でもトップクラスの人気を博した。