放電を制御する世界初の試み

トランジスタ・インバータ制御 CO2/MAG溶接機

登録年:2022年
登録番号:00327
品番:YD-350HF
製作者:松下産業機器株式会社
製作年:1985年

登録基準:
1.-【イ】科学技術の発展の重要な側面及び段階を示すもの

CO2/MAG溶接

この製品は、世界で初めてトランジスタ・インバータ制御方式を採用したアーク溶接機です。アーク溶接は「アーク放電」という気体中に生じる放電現象を利用した溶接方法で、電極に電流を流した状態で接触させ、引き離すと起こるため、非常に強い光と高熱を発するのが特徴です。

当時、この「アーク放電」は、雷のようなもので制御は非常に困難と考えられていました。溶接棒から発生する電子の飛び方はカオスの世界で数式化ができず、発生してみないと分かりません。その理由は影響する因子が多すぎて、一つひとつコントロールすることが不可能だからです。例えば、太陽の黒点の大きさで溶接現象に変化が生じたり、地球の磁界の関係で、南北方向に溶接するのと東西方向に溶接するのとでは結果が変わってきます。そのため、放電結果を調整して、均一で精度の高い溶接を実現するのは、溶接工の「腕」と「経験」にかかっていました。溶接工の熟練度で、完成品の品質が大きく左右されるわけです。

当社は、この課題を改善するため、「アーク放電」の制御にチャレンジします。1980年代に入ると、日本で半導体の技術開発が急激に伸びてきたことも後押しし、溶接機の制御にトランジスタ・インバータ制御方式を採用。溶接電流波形を高速で制御することで、アーク・スタート性能を大幅に向上させました。さらに、シールドガスに活性ガスを用いる炭酸ガスアーク溶接(CO2溶接)の課題である、大量に発生する大粒のスパッタ(アーク溶接時に飛散する約1μm~数mmの微粒子。塗装欠陥などの原因になり品質に悪影響を与える)の大幅低減も実現しました。

以後、インバータ制御方式は、自動車業界を中心とした薄板溶接の高品位化に応える方式として普及していきます。この製品はその端緒としての重要性を認められました。

関東特機営業所の溶接機実演車(1979年)

開発者インタビュー

パナソニック コネクト株式会社

代表取締役 執行役員
社長・CEO
樋口 泰行

1980年 松下電器産業株式会社入社
松下産業機器株式会社 溶接機事業部配属

わずか3人で世界初に挑戦

私は営業職を希望していたのですが、工学部の電子工学科出身で電子ビームの研究をしていたからでしょう、それに近い溶接機の設計部門に配属されました。当時花形の事業部ではなく溶接機事業部。それまで松下電器(現 パナソニック)が溶接機を作っていることすら知らなくて、しかも、溶接工場は昭和のイメージそのもので、臭いが強い、音が大きい、汚れる、火花が飛び散るという環境。
電機メーカーに入った感じが全然しなくて、配属時はショックでした。

でも、ここに配属されたからにはがんばろうと、もう狂ったように溶接の勉強をしましたね。そして、入社3年目にこの製品開発を担当しました。溶接機に流れる電流をインバータで制御しようという世界で初めての試みです。開発担当者はたった3人なので、機構設計、電気回路・パワー回路・制御回路の設計、温度上昇試験などのさまざまな試験も担当し、その上、営業担当と一緒にお客様のところに行って実演までしてと、もう全部やっていました。当時はそれが嫌で嫌で仕方なくて、専門技術に集中できる研究所配属の同期がうらやましかったです(笑)。

しかし、振り返ってみると、製造、調達、経理などいろいろな部署の方との連携を通じて、会社の中のさまざまな業務を体感することができたのは、その後の会社生活において何物にも代えがたい経験になったと思います。

試行錯誤の中で養われた勘所

この製品は、世界初のものなので、本当にたくさんのハードルがありました。でも、試行錯誤を繰り返しながら、新しい価値を発見することが、やりがいに変わっていったのです。

当初、嫌で嫌で仕方がなかった仕事でしたが、「これを天職と思わないと、どんな仕事に就いても、隣の芝生が青く見えてしまう」と考えるようになり、まず、与えられたことのプロになろうと発起。営業やお客様からの問い合わせには、上司や先輩に頼らず、全部自分で答える気概で取り組んでいきました。

うまくいかないことにぶち当たり、それこそ朝から晩まで設計のことばかり考えていた時でした。夢の中で新しい発想でアイデアが浮かんだのです。物事を突き詰めて考えることが、真実を見つけ出す勘所を養うのではないか。このように実感しましたね。

YD-350HF 開発に携わる技術者時代の
樋口さん

若い時に没頭した業務が認められた喜び

そうやって誕生させた製品が、約40年後に「未来技術遺産」に認定されたのは、言葉にならないほど嬉しく、自分でも想定外の感情にひたっています。そして、後輩たちがこの製品を今まで保管してくれていたことにとても感謝しています。この溶接機は完成形ではなく、最初の一歩になった製品です。ダイナミックな負荷のCO2アーク溶接の電流をインバータ制御することを、世界で初めて実現したのが大きいと思っています。これが土台になって、現在では、小型・軽量化かつ、熟練度が低くても精度の高い溶接ができる機械が次々と誕生しています。

昨今、ワークライフバランスという言葉をよく耳にしますが、人生全体のワークライフバランスを考えた場合、特に若い技術者の方にとって、時間を忘れるまで何かに没頭したり本気になったりすることも、後々大きな財産になるのではないかと思います。

その他の製品

フルデジタル直流
TIG溶接機

電気自転車
「Electric Cycle」

次代に技術を継承することを目的とした「未来技術遺産」の登録制度。選定基準や登録までの流れなど、インタビュー付きでご紹介。

2021年までに「未来技術遺産」として登録されたパナソニックグループの製品をご紹介。

関連リンク

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