溶接業界の常識を打破

フルデジタル直流TIG溶接機

登録年:2022年
登録番号:00328
品番:YC-300BM1
製作者:松下溶接システム株式会社
製作年:2000年

登録基準:
1.-【イ】科学技術の発展の重要な側面及び段階を示すもの

TIG溶接

1990年代に入ると、社会の情報化が急激に進みます。職場にはパソコンが導入され、インターネットの活用も始まり、猛スピードで社会全体がアナログからデジタルにシフトしていきました。
しかし溶接の世界はまだまだアナログが主流でした。当時の溶接機には電流と電圧の表示は大まかな針式メータしかなく、その調整は匠と呼ばれる熟練した溶接工が放電の様子を見ながらつまみを調整し、その感覚を身体で覚える必要がありました。また、電流や電圧の値といった作業データは残っていないため、以前行った仕事が正確に再現できません。そのため溶接の品質は、溶接工の腕に頼っている状態でした。

そこに一石を投じたのが、2000年に当社が発売した、世界初のフルデジタル設定・制御方式の溶接機です。CPU(中央演算処理装置、コンピュータ内の他の装置・回路の制御やデータの演算などを行う、中心的な処理装置)を使って設定と制御を全てデジタルで行うことにより、電流や電圧など、溶接施工条件を正確かつ詳細に再現することが可能になり、非熟練工の方に対しても溶接品質の高位安定化を実現しました。

また、メモリ機能を搭載して溶接設定条件の記憶・再生が可能、バーコードリーダで読み取った溶接条件データがそのまま本体に設定できる、さらにLAN接続によるパソコン上で溶接条件の記録・編集・再生など、デジタルだからこそ実現できるさまざまな機能を搭載。デジタルの可能性を関係者に訴求し、溶接工の勘と経験だけに頼らなくても、高品質の溶接を実現する道を開きました。比較的小型なこの製品は、配管工事や、厨房機器設備などの業界で活躍しています。

アナログへのこだわりが根強かった溶接業界に風穴を開けたとも言えるこの製品の誕生により、世界中の溶接業界がデジタル化にシフトし始めました。フルデジタル溶接機「YC-300BM1」は、溶接機にフルデジタル化の流れを創出した点で重要と判断されています。

開発者インタビュー

パナソニック
スマートファクトリー
ソリューションズ株式会社
(現:パナソニックコネクト株式会社)

元副社長
濵本 康司

1985年 松下電器産業株式会社入社
松下産業機器株式会社 溶接機事業部配属

発端は素人だからこその素朴な疑問

私は、学生時代に大型計算機によるモータ制御の研究をしていたので、CPUを使ってモータを動かすロボットが作りたくて当社に入社しました。しかし、配属先の溶接部門は全くの専門外でしたが、逆に「どうして溶接機はアナログ回路を組み合わせているのか、CPUを使えば簡単にできることが沢山あるのに」と素朴に思い、それが溶接機のデジタル化の第一歩になりました。

当時は、まだNECのパソコン「PC-9801(愛称:キューハチ)」が発売されたばかりで、職場にパソコンは入っておらず、職場上司にデジタルで制御する利便性の理解を得るのが難しかったのですが、外部インターフェースは全てアナログだけれど、CPUを使って演算処理する溶接機など、少しずつデジタル化を進めていました。

1990年代に入り、「ファジィ機能」が搭載された洗濯機やエアコンなどが発売され注目を集めた頃、溶接機にもファジィを取り入れました。これは、それまで職人が訓練して感覚として身に付けていた溶接ワイヤ先端の位置決めを、ファジィで推定し、先端からのワイヤ長さが変わると、自動的に電流や電圧を変化させてベストな溶接ができるようにしたものです。まだ経験の浅い人たちに受けて大ヒットしました。この時から処理はデジタルがいいという認識が広がっていきますが、でも、まだ溶接はアナログの世界でした。

溶接工不足問題をデジタルで解消へ

ところが、1990年代後半になるとベテランの溶接工の高齢化が進み、優秀な職人不足が顕在化してきます。しかし、溶接現場は5Kとも8Kとも言われた過酷な環境だったため、溶接工離れが起きていました。
この仕事で一番難しいのは条件設定が分からないこと、リモコンはアナログで、電流と電圧のメモリはなし、目で見て調整して身体で覚える。作業データが残らないので以前した仕事を再現できない。そんな世界で若い人達に溶接をやってもらいたいと言っても無理な話ですよね。

そこで、フルデジタル制御の溶接機を出そうと決心しました。既に中はCPUで処理していたので、あとは、操作する人と機械のインターフェースをデジタル化するだけでした。
まだ「溶接の世界はアナログだろう」という考えが根強かったので、反対の声もありましたが、当時技術課長になった私は、「デジタル化で溶接の業界の流れを変えて生き残る」という信念のもと開発を推進しました。こうして誕生した最初の機種が「YC-300BM1」です。

業界の流れを変えた世界初のフルデジタル

2000年の日本国際溶接展示会に、この機種を含む10種類全てのラインナップを揃えてフルデジタルシリーズを出展しました。実際の製品は「YC-300BM1」だけで、他はモックアップだったのですが、これは「デジタル化で溶接の流れを変える」というコンセプトを、多くの関係者に訴求するためでした。

しかし、来場者の反応は散々でした。「そんなことをしたら、世の中の溶接工の仕事がなくなってしまう」「これを認めたら溶接の世界が変な方向に行ってしまう」など、かなり辛辣な言葉も受けました。でも、海外メーカーは興味津々で、何回もブースに来て「どんなコンセプトなのか?」「本当に全てデジタル化できているのか?」など質問攻めにあいました。
実際に発売してみると市場の反応は想定以上に良く、一気にデジタル化にシフトしました。「勝った」と思いましたよ。(笑)

溶接の可能性を熱く語る濵本さん

溶接の可能性は無限、ぜひチャレンジを

定年まで溶接機一筋だった私にとって、自分が残せたことは溶接機のデジタル化だったと思っています。だから今回、この製品を未来技術遺産に認定していただいたことがとてもうれしく、心の中ではガッツポーズです。もちろん私一人の力ではなく、一緒に開発したメンバー、それを引き継いだ後輩たちのチームワークの成果です。地味で目立たない溶接機にスポットライトを当ててくださりありがとうございました。

最後になりましたが、若い人たちには次の流れを作ってほしいと思います。溶接の世界はまだ全てを数式化できていません。未だに制御し切れていないのです。ビルや橋、東京スカイツリーは溶接構造ですが、飛行機はまだリベット構造です。今よりさらに精密で緻密に制御ができるようになって飛行機を溶接で作れるようになれば、世の中のモノづくりを変えることができます。溶接業界は、まだたくさんの可能性を秘めており、未来は広がっています。皆さんのチャレンジに期待しています。

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