1929年(昭和4年)

綱領・信条を制定

経済恐慌の中で企業の社会性を念慮

不況はますます深刻化していたが、わが社は順調に発展し、配線器具、電熱器とその取扱商品も増え、それにともなって全国の代理店数も増加した。1928年には、月商は10万円を超え、従業員も300人に増えた。代理店の中には将来を見越してわが社の商品を主力に販売していこうとするところも出てきた。こうなるとわが社の責任もまた重大である。従来は個人の仕事と考えていたが、社会とのつながりを考慮して事業経営をしていかなければならなくなった。

そこで所主は社会と企業のあり方についていろいろと思いを巡らせたすえ、「企業は社会からの預かりものである。従ってその事業を正しく経営して、社会の発展と人々の生活の向上に貢献するのが当然の務めである。事業の利益は、社会に貢献した報酬として与えられるものである」と思い至った。

1929年3月、所主は松下電気器具製作所を「松下電器製作所」と改称し、同時にわが社の進むべき道を明示した「綱領・信条」を制定した。この綱領は、その後修正が加えられ現在の文言となったが、その精神は、パナソニックの「経営基本方針」として受け継がれてきている。

また、1933年7月には「遵奉すべき5精神」を制定した。その後2精神が加わり、「綱領・信条」とともに全従業員の行動の指針となった。

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当時の綱領