2-2. 便所掃除

大正12年の暮れ。工場では従業員一同が大掃除を行っていた。満足げに見回っていた幸之助は、従業員の便所だけが、なぜか汚れたままなのに気づいた。幸之助はしばし見守っていたが、だれも掃除しようとせず、上司も言いつけない。どうやら、職場でいさかいでもあった様子で、その余波で便所掃除にだれもが手をつけ難い状況になっているらしいのを、幸之助はその場の不穏な雰囲気から察した。

「おい、所主が便所を掃除し始めたぞ」「手伝おか?」「いま手伝ったらややこしいで」

「事情がどうあれ、このままでは汚い。このままで新しい年が迎えられるか」----。幸之助はほうきを手に取り、バケツで水を流しながら踏み板をゴシゴシこすり始めた。所主自らの行動にみかねて水くみを買って出た一人を除いて、多くの者は、ただ、見ているだけであった。

「便所はみんなが使う、自分たちのものである。それを掃除するのに、何の理屈があるものか!」幸之助は激しく憤りを感じ、そして考えた。「これではいかん。たとえ仕事ができても、常識的なことや礼儀作法がわからないままでは、社員にとって松下ではたらく意義は薄い。人間としての精神の持ち方を教えるのも工場主たる私の責任だ。言いにくいことも言わねばならない」と。

便所掃除が終わったら、何と言われようが、みんなに強く注意をしよう。そう思いながら、幸之助は便所の踏み板を何度も何度もほうきでこすった。