4-3. 銀行口座

同じ頃、幸之助は一つの組織改革を考えていた。それは、昭和2年の電熱部設立のとき、まったく新しい事業なのに忙しくて手が回らない幸之助が「ならば、いっそのこと」とばかりに製造から販売までの全部をある幹部に任せたことがヒントとなっていた。

「実はな、君に事業部長をやってもらおと思てるんや」「事業部長? 部長と違いまんのか」「違う。もっとえらいで」

幸之助は、事業を製品群別に「事業部」に分け、その一つひとつを独立した事業体として経営したいと考えた。それぞれの事業部のトップに人、物、金に関する権限と責任を大幅に任せることで、自分一人ではすべてを見ることができなくなっていく事業の拡大に対応し、同時に真の経営者を育てたい。どういう意味なのか、ピンと来ない幹部たちに幸之助は、小さな帳簿を見せた。

「これは……」「きみ名義の口座を一つ開いたんや。この口座のやり繰りはきみの責任やで。しっかりやってや」

幸之助は任せる覚悟を、事業部長に銀行口座をもたせることで示してみせたのだった。通帳を手にした事業部長も、責任の重さを感じていた。昭和8年5月、日本で初めての事業部長が誕生した。