1951年(昭和26年)
社長、初のアメリカ視察に出発
初めてアメリカ視察に出発する松下社長
世界的な観点からの経営をめざす
1950年6月に起こった朝鮮戦争による特需景気と、世界的な景気回復の流れの中で、深刻な不況下にあった日本の産業界は急速に活況を取り戻す。
そのなかで社長は、同年7月、臨時経営方針発表会を開催し、わが社の「再建」を宣言した。
翌年1月の経営方針発表会では、今後の事業展開のために、専門細分化を積極的に進めることを強調した。同時に「これまで狭い視野のもとに働いていたわれわれは、いまや世界の経済人として、日本民族のよさを生かしつつ、世界的な観点から経営活動をしなければならない。『わが社は今日から再び開業する』という心構えで経営に当たりたい」と述べ、自ら海外事情を見聞し、視野を広げるために、3ヵ月間のアメリカ旅行に旅立った。
日米の格差はあまりに大きかった。とくにエレクトロニクス技術については海外に学ぶべき点が多いことを痛感した。そこでこの年10月、再び渡米し、ヨーロッパを回って12月に帰国した。これは具体的な技術提携先を求めての旅であった。
初の訪米時に、ニューヨークの街角で