2025年1月24日、「Panasonic NPO/NGOサポートファンド for SDGs」の贈呈式に続きまして、日本NPOセンターとの共催で、組織基盤強化フォーラムを開催しました。会場には、贈呈式にご参加くださった助成団体の皆様とフォーラムにご応募くださった皆様、合わせて99名にご参加いただきました。キーノートスピーチや組織基盤強化の事例発表、皆さんとの質疑応答やパネルディスカッションを通して、人という観点から組織基盤をどのようにつくっていくのかを考えました。
●開会挨拶
多様な人とのつながりや思いを大切に、取り組む企業市民活動
パナソニックは1918年に創業し、今年で107年目を迎えます。3名でスタートしましたが、現在は従業員が22万8000人を超え、半数以上が海外で勤務するグローバルな企業となりました。パナソニックは、創業者である松下幸之助が制定した経営の基本方針に則り、本業の事業活動を通じて、人々の暮らしの向上と社会の発展に貢献することを目指すと共に、一企業市民としても、社会課題の解決と新たな社会価値の創造に取り組んでいます。
企業市民活動を推進するにあたっては、SDGsの1番目の目標である「貧困の解消」と、事業でも最優先で取り組んできた「環境」、それらの課題解決のベースとなる「人材の育成(学び支援)」の3つを重点テーマとしています。
本日のフォーラムでは、NPO/NGOに関わる多様な人の思いを活かすことに視点を置いた組織基盤の在り方にフォーカスし、皆さんと一緒に考え、学んでいきたいと思っています。そして今後も、NPO/NGOを始めとする多様なステークホルダーの皆様とのつながりや思いを大切にしながら、企業市民活動に取り組んでいきたいと思います。

企業市民活動担当室 室長 堂本 晃代
●キーノートスピーチ
「人的基盤から考える組織基盤強化」
私はシチズンシップ共育企画の代表として、こども・若者の社会的効力感や政治的効力感を育む活動に取り組み、また、龍谷大学社会学部で社会イノベーション実践にかかる教育・研究に携わっています。
まず、会場の皆さんには、縦軸に緊急性・横軸に重要性を置いたマトリックス図に、自分の団体の人的基盤の課題を書いていただけますでしょうか。メンバーの募集や育成,マネジメント層の拡大,関係性の質向上などが挙げられていますが、そのような人的基盤強化は何を目指して行うのでしょうか。今日は改めてこのことを考えてみます。
そもそもNPO/NGOは何を目指して活動しているのでしょうか。一つは民主主義の活性化です。次に活動を通じて社会関係を構築することが挙げられ、社会問題を解決することも挙げられます。参加性や連帯性、運動性も、事業性と併せて重要な要素です。

龍谷大学 准教授
川中 大輔さん
日本のNPO/NGOについて概観すれば、1990年代から2000年代初頭は参加によってコミュニティを形成する側面/機能が強かったと言えるでしょう。2000年代半ばから現在は社会問題を解決する事業経営体という側面/機能が強調されるようになったと言えるでしょう。ところが、社会問題の解決はNPO/NGOだけではなく、当然ながら行政も取り組みますし、企業も事業を通じて取り組む動きが広範に見られています。この結果、NPO/NGOはある種のアイデンティティ・クライシスに陥っているように思われます。
ここで二つのことを考えなければいけません。一つは「社会問題の解決」と言った時にNPO/NGOは単なるサービスの提供では不十分であるということです。社会問題を生み出している支配的なものの見方や考え方を覆していくこと、市民の当事者性を掘り起こしていくこと、そうして社会システムに変革のゆらぎをもたらす政治性が期待されます。もう一つは、後景化している市民参加を(再)活性化させて「市民的公共性の器」としての機能を強化することが期待されます。
このように考えれば、現在のNPO/NGOに求められる人的基盤強化とは、オルタナティブな価値観からの社会変革を推進するため、メンバーと共創するビジョンを深化/明確化し、共感を喚起していくことと、そして、多様な市民の参加/活躍の促進していくことでしょう。
しかし、こうした「当たり前」の話をすれば、「現在は社会的インパクトが大事になっている」と反論があるかもしれません。ここで考えるべきは、いわゆる「社会的インパクト」を測る「価値のものさし」です。公共営論を牽引する研究者の一人であるスティーブン・オズボーンによれば、ビジネスサービスのロジックとパブリックサービスのロジックは異なることが強調されています。交換価値や利用価値、文脈価値だけではなく市民セクターも担い手の一つであるパブリックサービスには生産価値が加わります。例えば、イベントを開催した際、参加した人に及ぼす影響は利用価値や文脈価値で捉え、企画運営に携わった市民に起こる変化や、市民参加の過程で起こる社会関係資本の醸成や地域での関心が喚起されることは生産価値として捉えます。この生産価値まで含めて「社会的インパクト」を測っていくのであれば、市民参加の促進もまた必要不可欠なものと考えられることでしょう。
最後に、播磨靖夫さんの著書『生命の樹のある家』(たんぽぽの家, 2003年)に記された言葉を皆さんと共有します。
「人間が幸福になるためには、NPOはいかなる存在であるべきか。」
この問いと向き合いながら、人的基盤の強化を進めていきたいものです。
●組織基盤強化の事例発表
安心安全な家庭訪問を支えるバックサポート体制
ホームスタートは50年ほど前にイギリスで始まった活動で、私たちは、地域の子育て経験者が週に1回2時間ほど、妊婦さんや乳幼児家庭を訪問し、おしゃべりしながら一緒に家事や育児をし、外出にも同行する無償のボランティア活動をしています。これまでに32都道府県の117地域で、3676人のボランティアがのべ13万回以上訪問しました。
2011年からは東日本大震災の復興支援事業に関わり、その中で、自分たちにも力をつけていくために、2011年から2013年まで、サポートファンドの助成を受けました。ビジョンやミッションを見直し、スローガンをみんなでつくり、言語化しにくい自分たちの役割や価値を外部に伝えていくための動画を作成しました。
この10年で、赤ちゃんの世話をしたことがないママさんの割合や児童虐待の相談件数は増え、親子の関係性を豊かにすることや地域とのつながりが、ますます必要になってきました。

理事・事務局長 山田 幸恵さん
安心安全な家庭訪問ができるように、私たちはボランティアをオーガナイザーが支え、オーガナイザーを運営委員会が支えるバックサポート体制を取っています。オーガナイザーはソーシャルワーカーとしての側面も兼ね備えていて、要望に応じて、地域の支援機関につなぐこともできます。ボランティアさんからは、「人とのつながりを実感できた」「新しいことを学べた」「視野が広くなった」などの感想をいただいています。今後は参画の仕掛けづくりにも力を入れたくて、まだ普及していない地域に活動を広めるために、初めてのクラウドファンディングにも挑戦しているところです。
欧米のコアな支援者が増え、海外のボランティアが活性化
ダイヤモンドの婚約指輪をもらったことをきっかけに、2014年から西アフリカのリベリアで、ダイヤモンドのサプライチェーンにいる労働者の労働環境の改善や社会的地位の向上を図り、ダイヤモンド業界に道徳的で公平な取引が行われるよう働きかける活動をしています。
2018年から2020年には、サポートファンドのご支援をいただき、欧米でコアな支援者を増やす事業に取り組みました。1年目は未認知層・無関心層を潜在的支援者に転換するために、イギリスのソーシャルマーケティングの専門家によるセミナーを受け、ターゲットやペルソナを設定し、英語ウェブサイトを再構築。
2年目は、潜在的支援者をアクティブな支援者に転換するために、欧米のエシカルなジュエリーのカンファレンスに登壇。英語のパンフレットを作成しました。
3年目には、コアな支援者を増やすために、イベントやカンファレンスに参加し、オンラインでもオフラインでも使えるビジュアルを制作しました。

代表理事 村上 千恵さん
運営チームが制作物をつくる過程で議論を重ね、専門家のコンサルテーションによりテストを行うことの重要性を学び、一言一句を妥協せずに検討する文化が団体内に醸成されました。ソーシャルメディアに関しては、海外にいるボランティアも加わったチームが意見を出し合って運営し、ダイヤモンドの意識調査も、ボランティアがアメリカやイギリスで覆面調査を行ってくれるようになりました。今後は、国際NGOのウォーターエイドジャパンさんが活動を広く知ってもらうために行っている「スピーカークラブ」を私たちも始めてみたいと思っています。
●質疑応答・パネルディスカッション
【コーディネーター】
川中 大輔さん(シチズンシップ共育企画 代表/龍谷大学 准教授)
【登壇者】
山田 幸恵さん(ホームスタート・ジャパン 理事・事務局長)
村上 千恵さん(ダイヤモンド・フォー・ピース 代表理事)
オーガナイザーの選び方について
山田さん ホームスタート・ジャパンは全国組織なので、オーガナイザーは、それぞれの地域団体に所属していて、乳幼児・親子支援の経験が3年以上ある方が推薦を受けて、私たちが主催する研修に参加しています。なので、すでに親子広場や児童養護施設、子ども食堂など、いろいろな活動をされています。ホームスタートでできることは限られていて、他の支援につなぐことも多いので、地域団体がいろいろな事業をしていて、オーガナイザーがさまざまな経験値やバックグラウンドをもっていることで、相乗効果が生まれています。
海外における人的リソースの確保について
村上さん 日本のほうが寄付者も支援者も多いのですが、それだけでは限界があります。ダイヤモンドの消費市場は日本が世界第4位ですが、上位を争っているアメリカやヨーロッパにも働きかけていく必要があると考えています。海外の人たちにリーチする際は、ウェブサイトのほかに「LinkedIn」というソーシャルメディアを使っています。そこで、業界の人たちに向けて記事を投稿し、年に2回ほどリベリアに行く時も、ベルギーのブリュッセルやイギリスに寄ってイベントをしてから帰るなど、オンラインにオフラインを混ぜるようにしています。それによって認知が高まり、海外ボランティアの数が増えていきました。
サポートファンドの組織基盤強化について
村上さん 私たちは団体を設立3年後すぐに助成を受けたので、組織基盤が弱いのは当たり前だと思っていましたので変わることへの抵抗はありませんでした。審査の過程で、サポートファンドの事務局から受けた質問の突っ込みが鋭くて、身の引き締まる思いがしました。
山田さん 私たちが助成を受けた2011年当時は、同じような助成制度がほかになくて、外部のコンサルタントの方への謝礼にまとまった額が使えるのも魅力でした。そういう方にファシリテーションをしていただくと、クールダウンしながら、創造的に話をすることができました。
団体の生産価値について
川中さん 人的基盤の強化には地道な努力と細やかな工夫が必要で、長い年月をかけて定着させた、そのプロセスに意味があることを、お二人のお話から感じ取ることができました。
そして、今日お話しした団体の生産価値についてですが、そのロジックがなぜ広がらないのかというと、団体の事業報告書の多くが生産価値に触れていないからです。たとえば、ボランティアが活動によって得たことが、どのような社会的価値を生み出しているか。そのような、サービスを提供していること以外の価値を、市民セクターの側が積極的に表現できていません。助成審査をする側も、どのような社会問題の解決に影響があったかだけを聞いて評価するものが多く、団体側も、その審査の物差しに引きずられてしまっています。助成審査の物差しに、団体の生産価値を組み込んでみてもいいのではないかと思いました。

●クロージング
試行錯誤を繰り返す勇気と横のつながりを得る
コロナ禍で、こうして集まることに気を遣う期間が長く続いていましたが、NPOは直接意見交換をする機会を通して相互に刺激し合い、力を発揮するのだと感じております。組織基盤強化というテーマには正解がなく、試行錯誤を繰り返すしかないものですので、今日の意見交換がよい機会になりましたら幸いです。サポートファンドの海外助成で選考委員長を務めておられる松本祐一先生が、NPOは組織の境界があいまいなものであるとおっしゃっていました。人と共に活動する存在として、職員やボランティア、サービスを提供する側・される側ということも含めて分け隔てせず、あいまいさを意識しながら活動する。そのような多様な関わり方が組織の力になるのではないかと思います。そうした多様な関わり方ができる組織をつくっていく上でも、今日のお二人の事例がヒントになったのではないでしょうか。

事務局長 吉田 建治さん
組織の課題も社会の課題も、すべてがすっきり解決することはないかもしれませんが、それでも向き合い続けるしかありません。今日の事例や皆さんそれぞれのご経験から、試行錯誤を繰り返す勇気を得て、横につながって教え合える関係性が、今日のこの機会に少しでもできたのでしたら、うれしく思います。