第70回電気科学技術奨励賞を2件受賞、1件は最高位の文部科学大臣賞
第70回電気科学技術奨励賞を2件受賞、
1件は最高位の文部科学大臣賞
2022年11月25日、第70回電気科学技術奨励賞(旧オーム技術賞)の贈呈式が行われ、パナソニックグループから2件が選出され、そのうち1件は最高位の文部科学大臣賞を受賞しました。
電気科学技術奨励賞は、電気科学技術に関する発明、研究・実用化、ソフトウェア開発、教育等で優れた業績を上げ、日本の諸産業の発展及び国民生活の向上に寄与し、今後も引き続き顕著な成果の期待できる人に対し、公益財団法人 電気科学技術奨励会より贈呈されるものです。また全贈賞者の中から特選1件に対して「文部科学大臣賞」を、準特選1件に対して「電気科学技術奨励会 会長賞」が合わせて贈呈されます。
今回、当社の受賞者と業績は、以下のとおりです。
電気科学技術奨励賞並びに文部科学大臣賞
『920MHz帯 空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの開発と実用化』
受賞者
谷 博之:パナソニック ホールディングス(株)
マニュファクチャリングイノベーション本部 主幹技師
田中 勇気:(株)パナソニック システムネットワークス開発研究所 主任技師
篠原 真毅:京都大学 教授
左から篠原教授、谷、田中
写真提供:(公財)電気科学技術奨励会
開発の背景
近年、IoT(Internet of Things)の普及により、センサをはじめとする情報機器の数が増加しており、電池交換・充電や電源配線が課題となっている。この課題を解決するため、マイクロ波による空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの開発に取り組んできた。
開発技術の概要
図1に開発した920MHz帯ワイヤレス電力伝送システムの構成を示す。送電機からの送電出力は送電アンテナを経由してマイクロ波として空間へ放射され、空間を伝搬し、受電アンテナに到達する。受電アンテナにより受電されたマイクロ波は受電回路により直流に変換され、安定化された後、センサ等へ電力供給される。このシステムを一般環境下で利用するためには、人体や他の通信機器への影響を考慮し、送電出力は1W以下に制限されている。今回の受賞は、小型高効率受電アンテナ技術、高効率受電回路技術により、この小電力送電において、最大10メートル先(従来比5倍)のセンサ等の機器を動作させるシステムを確立した。さらに、より広い空間で高い電力を伝送するため、独自方式として、複数の送電機を用いた分散協調型送電技術を開発している。
図1.システム構成
(1) 様々な設置環境に適用可能な小型・高効率アンテナ技術
広範囲での送電を実現するためには、単一指向性で一定方向からのマイクロ波を効率的に受電する特徴を持った平面アンテナが有効である。また、IoTセンサへの給電を想定すると、できるだけアンテナを小型化する必要がある。そこで、3次元的な電流経路を持った3つ折り構造アンテナにより、高利得と小型化を両立し、従来アンテナと比較し、面積当たりの利得を94%向上した。これにより、カード型やフレキシブル型などの小型アンテナを実現した(図2)。
図2.小型アンテナ
(2) 微弱で変動する電力を安定して直流に変換する受電回路技術
アンテナにより受信された高周波電力は,受電回路により直流に変換される。従来の受電回路の効率は、入力電力に対する最大効率の変動が大きく実用的ではなかった。そこで、受電回路の効率は負荷のインピーダンスに対して変動し、その極大の電圧値は入力電力によって変化することに着目し、常に最大電力点で動作するように追従制御するMPPT(Maximum Power Point Tracking)制御技術を開発した(図3)。これにより、入力電力の変化に対して、常に最適な動作ポイントへの追従が可能となり、実環境下においても安定的に動作する受電回路を実現した。
図3.MPPT制御による受電効率
(3) 複数の送電機を制御し、高速かつ高精度に電力スポットを形成する分散協調制御技術
広い空間への電力伝送を実現するため、独自方式として分散協調型ワイヤレス電力伝送(WPT)システムを開発した(図4)。送電アンテナを空間的に分散させることにより、広い範囲をカバーすると共に、それぞれの送電機からの位相を制御することで、空間中に意図的な電波の干渉を発生させ、受電端末の位置のみに高い電力を集中させることができる。また、この位相最適化を高速に行うアルゴリズムを開発し、受電アンテナが移動する場合や複数存在する場合に対して、受電アンテナの位置への高速追従を実現した。
図4.分散協調型WPTシステム
開発技術の成果
これまで業界団体で中核的な役割を果たしながら、法制度化の取り組みを牽引した結果、2022年5月26日、電波法施行規則等に関する省令が改正され、一般環境下での利用が可能となった。920MHz帯の利用についても、1W以下の送電出力での利用が可能となっている。開発した技術を組み込んだプロトタイプシステム(Enesphere®)のサンプル提供を開始しており、設備内やオフィス内で活用されるIoTセンサ向けの給電システムとして実用化に取り組んでいく。さらに、次のステップでの省令改正に向け、分散協調型送電システムの開発と実証試験を進め、ワイヤレス電力伝送システムの普及および市場拡大に取り組んでいく。
受賞者コメント
谷 博之
この度は、電気科学技術奨励賞、並びに文部科学大臣賞という栄誉ある賞を頂き誠にありがとうございます。これまで技術開発に携わってこられた方々のご尽力の賜物であり、深く感謝いたします。受賞技術は、様々な機器の電源配線や電池交換の課題を解決できる技術となります。送電できる電力や範囲に制限はありますが、センサなどのIoT機器の電源として活用できるようになりました。今後も技術を進化させると共に実用化を進め、より多くの機器のワイヤレス化を実現していきたいと思います。
田中 勇気
この度は、名誉ある賞を頂き、大変光栄に存じます。空間伝送型ワイヤレス給電は100年以上前から研究されてきた技術ですが、近年のIoTの普及により非常に注目される技術となりました。本技術の実用化はこれまで共に研究開発を推進してきた多くのチームメンバーの努力の賜物です。ご支援、ご尽力頂いた皆様に改めて感謝を申し上げます。今後は、本技術を活用して社会に貢献するとともに、ワイヤレス給電をより強いコア技術に育てるために邁進してまいります。
電気科学技術奨励賞
『低抵抗かつ高品質な GaN 単結晶ウェハ製造技術の開発』
受賞者
滝野 淳一:パナソニック ホールディングス(株)
マニュファクチャリングイノベーション本部 主任技師
隅 智亮:パナソニック ホールディングス(株)
マニュファクチャリングイノベーション本部 主任技師
岡山 芳央:パナソニック ホールディングス(株)
マニュファクチャリングイノベーション本部 総括担当
左から岡山、隅、滝野
写真提供:(公財)電気科学技術奨励会
開発の背景
カーボンニュートラル実現に向けて、世の中のあらゆるところで用いられている電力変換時の損失を大きく低減可能なGaNやSiCなどのワイドバンドギャップ半導体を用いたパワーデバイスの普及が大いに期待されている。今回、新たに酸化物気相成長法 (OVPE: Oxide Vapor Phase Epitaxy)を開発し、従来技術 (HVPE: Hydride Vapor Phase Epitaxy)では困難であった、GaNパワーデバイス(特に、大電流用途で有利な縦型パワーデバイス)の実用化に必須となる、電気抵抗が低く、かつ結晶品質が高いGaN単結晶ウェハを実現した。
開発技術の概要
図1及び図2に、OVPE法の化学反応式と独自開発した装置の模式図を示す。OVPE法の最大の特徴は、GaN成長反応の原料ガスに酸化物(Ga2O)を用いる点である。これにより、図1に青字で示した通り、原料であるGa金属(液体)と、成長するGaN単結晶(固体)以外は全て気体となるため、装置内部や排気配管が副生成物で閉塞することなく長時間・厚膜成長が原理的に可能であり、また閉塞対策などの設備コストも抑制できることから、GaN単結晶ウェハの製造コストの低減が可能となる。
図1. OVPE法の化学反応式
(1) プロセス条件制御による低抵抗かつ高品質GaN単結晶成長の実現
GaNパワーデバイスの導通時の抵抗を低減するためには、GaN単結晶ウェハの低抵抗化が重要である。今回、原料ガスに酸素を含むOVPE法の特徴を活かして、V/Ⅲ比(N源ガスとGa源ガスの流量比率)などのプロセス条件の詳細制御により、図3に示す成長表面が3次元的な微細凹凸構造となるような成長モードにおいて、酸素原子がGaN単結晶中に取り込まれ易いことを見出し、1020/cm3以上の非常に高い酸素濃度と8x10-4Ωcmの抵抗率を達成した。さらに、3次元的な成長モードにおいて、成長温度や原料ガスの流量バランスなどプロセス条件の最適化により微細凹凸構造のサイズを制御し、従来技術では市販品で106/cm2台、論文発表でも105/cm2台の転位欠陥密度に対し、開発技術では5x104/cm2を達成し、大幅な低減を実現した。
図2. OVPE法の装置模式図
(2) 2及び4インチGaN単結晶ウェハの作製、及びGaNパワーデバイスへの適用
開発した低抵抗かつ高品質なGaN単結晶ウェハ製造技術を適用して、産業用に使用される2及び4インチサイズのGaN単結晶ウェハを作製した。図4に試作した2インチウェハの外観写真を示す。
さらに、作製した2インチウェハを用いてPNダイオードを試作し、従来技術で作製したGaN単結晶ウェハ上のデバイスと電気特性を比較した結果、OVPE法で作製したGaNウェハ上のデバイスにおいてオン抵抗が約1/8に大きく低減しており、電力変換損失の削減に繋がる優れたデバイス特性を世界で初めて実証した。
図3. 高酸素濃度化のメカニズム
開発技術の成果
今回開発した低抵抗かつ高品質なGaN単結晶ウェハ製造技術により、GaNパワーデバイスの性能向上や歩留りの改善が可能である。これにより高性能・低損失のGaNパワーデバイスの普及が促進されることが期待される。今後ますます導入が加速するEVのモータ駆動インバータをはじめ、様々な電力変換機器にGaNパワーデバイスが搭載されることにより、電力変換時の損失低減、ひいてはCO2削減・カーボンニュートラル実現に大いに貢献する。
図4. 試作した2インチGaN単結晶ウェハ
受賞者コメント
滝野 淳一
この度は、電気科学技術奨励賞を頂戴し光栄に思います。また、ご支援いただいた皆様に感謝申し上げます。本取り組みの目的は、脱炭素化に必須であるGaNパワー半導体の社会実装です。その実現に必要不可欠な高品質かつ低コストなGaNウェハの普及を目指して、最も合理的なウェハ製造方法を開発してきました。その結果、省エネ化に向けたデバイス性能の大幅な向上、および社会実装に資するウェハ製造コストの低減が見えてきました。今後、社内外のメンバーとより一層の連携を図り、脱炭素社会の達成に貢献できるよう、精進したいと思います。
隅 智亮
この度は名誉ある賞を受賞でき、光栄に感じています。これまで、ご支援並びに、共に開発にあたってくださった皆様に、深く感謝申し上げます。本成果は、低抵抗かつ高品質なGaNウェハの製造技術に関するものであり、各種デバイスの作製へ適用されることで、はじめて効果を発揮します。社会実装に向けては、パワーデバイスも含めての価値証明が必要であり、今後さらに関係各所との連携を深めて開発を進めて、GHG削減に貢献していきたいと思います。
岡山 芳央
この度は大変名誉ある賞をいただき、誠に光栄に思っております。受賞の対象となりましたGaN単結晶製造技術の開発に際してご支援いただきました、社内外の多くの関係者の皆様に改めて感謝申し上げます。今後は開発技術の実用化・社会実装に向けて、大口径化や低コスト化の開発を加速し、独自のOVPE法で製造した低抵抗GaNウェハによるパワーデバイスの損失低減により、大きな社会課題であるCO2削減に貢献していきたいと思います。