【社会科で行うキャリア教育のポイント】
「社会分業」の授業で活用できる
『私の行き方発見プログラム』教材
次年度から全面実施となる中学校の新学習指導要領では、キャリア教育の位置づけについて、「特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて、キャリア教育の充実を図ること」という記述が総則の中で明記されました。学校の教育活動全体を通じて、組織的かつ計画的なキャリア教育を行う上で、日々の教科の授業の中でキャリア教育とのつながりをいかに図るのかという視点が、ますます重要となっています。
今年度のパワーアップ情報ファイルでは、特にキャリア教育と関連が高い主な教科を例に、キャリア教育を実践する際のヒントやポイントを紹介していきます。その第1回目となる今月号では、社会科を取り上げます。長年にわたり社会科教育の先行的な実践研究に携わり、専門的作業協力者の1人として新学習指導要領の策定にも関わった東京都目黒区立東山中学校の三枝利多先生に、社会科で行うキャリア教育のポイントについて話を伺いました。
三枝 利多 氏
東京都目黒区立東山中学校主任教諭/
東京都中学校社会科教育研究会研究部副部長/学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者
外部講師の効果的な活用が重要
------- これまでの長年にわたる実践経験を踏まえ、キャリア教育を行う上で三枝先生が特に
大事にしている観点やポイントについて教えてください。
- 学校外部との連携が重要なポイントになります。例えば、外部講師を招く際には、できるだけ様々な立場や仕事の方に来ていただき、それぞれ異なった切り口で話をしていただくことが、生徒達の多面的・多角的な見方・考え方の育成にとても有効です。日常的に接している教師や保護者以外の大人と接することにも意義があります。
- こうした学校外部の支援に期待するのは何よりもリアリティと専門性です。教師として経済の大枠や理論は教えられても、実際に現場で仕事をしている方々の思いや経験を伝えることはできません。高校生であれば「実学的な授業」が可能だと思いますが、中学生の場合は「実感的な授業」を通していかに動機付けを行うかが重要で、学校外部と連携した授業づくり、そのための有効は手立ての一つだと考えます。
------- 三枝先生がこれまでに実践された、キャリア教育につながる社会科の授業実践には、
どのようなものがありますか。
- 中学校社会の公民的分野の経済の単元を中心に、いくつかの実践を行っています。一つは、2001年から取り組んでいる「家計のシミュレーションゲーム」です。具体的には、両親と子供2人の4人家族という設定で、一定の年収の中で、食費、住居費、被服費、教育費などの家計の支出項目ごとに3つのコース(お金をかけるコース・中間コース・節約コース)から一つを選択し、5年間の収支をグループで設計していくというゲームです。その間に想定される追加的な支出を書いたカードを引き、それを加味しながら考えていくという要素も加えています。
- 元々は、生徒自身が家計を疑似体験することを通して、難しいと考えがちな経済について、より身近で具体的・現実的にとらえさせたいというねらいで開発した授業ですが、キャリア教育で育成すべき基礎的・汎用的能力の一つであるキャリアプランニング能力の要素として示されている「将来設計」や「選択」にもつながる視点が含まれていると考えます。
- この授業の後半では、家計に大きな影響を与える住宅と自動車について発展的に追究するため、住宅メーカーと自動車販売会社の営業担当の方に実際に授業に来ていただき、生徒との模擬商談を取り入れるケースもあります。そうすることで、顧客のニーズや条件などに応じて商品やサービスを提供するという、あらゆる業種に通じる仕事の基本をリアルに感じ取ることができると思います。授業後には、「経済にはまったく興味なかったけれど、これからは日本を支えていく側になるので、この授業をきっかけにもっといろいろなことを勉強して社会に役立てていきたいと、とても思いました」といった感想を書いた生徒もおり、私自身としても、この授業がキャリア教育につながっていることを実感しています。
グループごとに家計シミュレーションに取り組む様子
- 企業について学ぶ単元では、「会社作り」を取り入れた授業を行っています。会社四季報(未上場版)などから抜粋した情報を提供し、グループごとにどのような会社を作りたいのかを考えるワークショップです。
- まず、作りたい会社の骨格を決めた後、事業計画書の作成と同時に求人広告作りも行います。ここでも、外部講師の力をお借りします。具体的には、企業の経営者、人事担当者、リクルーターを経験した若手社員など、様々な立場の方々に来てもらい、各グループがすべての外部講師と交流することで、会社作りの企画を進める上でのヒントを得たり、疑問を解決したりします。こうした学習を通して、生徒達は「会社にはいろいろな仕事・役割があること」や、「会社を設立・運営するために必要な視点は何か」などを多面的・多角的に学んでいくことができます。まさに、将来の仕事につながるキャリア教育の一環だと考えます。
社会科とキャリア教育をつなぐキーワードは「社会分業」
------ こうした授業実践も踏まえ、社会科におけるキャリア教育で重要となる視点は何ですか。
- 社会科は、基本的に「社会の仕組み」を学ぶ教科です。その仕組みは、国や地域ごとに、長い歴史をかけて変遷し、現在につながっています。「その時々の社会の仕組みはベストではないかもしれませんが、それをベターなものに変えていく不断の営みが不可欠であり、それをこれから担っていくのが君たちの役割だよ」ということを、社会科の最初の授業で生徒達に話します。キャリア教育が目指す「キャリア発達」(社会の中で自分の役割を果たしながら,自分らしい生き方を実現していく過程)とつながる考え方です。
- こうした「人間の営みを学ぶ“生き方教育”はキャリア教育の根本」であり、歴史や地理の学習でも活用できると思います。
- 私が市場経済を扱う授業の中でよく引用する言葉があります。「世界は誰かの仕事でできている」という、飲料メーカーのテレビCMで流れるキャッチコピーです。この単元のキーワードの一つである「分業」とくに「企業間での分業」について、とてもうまく表現していると思います。「企業内・組織内での分業」の視点を含め、まさに「様々な仕事や役割で社会や企業が成り立っている」ということを学ぶことは、社会科におけるキャリア教育の重要なポイントの一つです。
- また、「社会生活における職業の意義と役割」の学習では、「社会の構成員として社会的分業の一部を担い、社会に貢献する」といった視点から、労働について多面的・多角的に考察することが求められます。こうした視点も、社会との関わりを通して自分の生き方を考える上で、大切なポイントです。
------ パナソニックのキャリア教育支援プログラム「私の行き方発見プログラム」を、
社会科の授業で活用する際のヒントや助言があればお願いします。
- 「生き方」と「行き方」と表記こそ違いますが、これまで紹介した社会科におけるキャリア教育の実践と、パナソニックのプログラムの根本は同じだと感じています。「生産活動の中心を担うのが企業であり、その企業は分業で成り立っている」ということを、パナソニックという会社の事例を通して具体的に学べるプログラムであり、通常行っている「分業(社会分業)」を扱う授業の一環として、この教材を活用した展開が充分に成立すると思います。
どの仕事・役割が欠けても会社や社会は回らないということ、そして、その社会分業を担うためには各自が責任を持つことについて、授業だけでなく、班活動や委員会(係)活動などの学校生活全体を通して、体験を積むことが大事です。 - 社員講師の皆さんによる出前授業では、「学校での勉強や学習と実際の仕事とのつながり」についての体験談なども組み込まれていますが、これは生徒達にとても参考になると思います。特に、部活動や生徒会活動、委員会活動などを通して培われるコミュニケーション能力やリーダーシップ、粘り強さ、行動することの重要性などの「非認知能力」を育成することの重要性を痛感しており、その意味からも、第一線で活躍する職業人からのリアルなメッセージに期待しています。
- また、出前授業の最後に行うワークタイムのテーマが「15年後のなりたい自分を考えよう」となっており、今から15年後という時間軸の設定が適切だと思います。可能であれば、その際に、中学生が15年後をイメージすることの糸口になるような補足資料があれば、さらに取り組みやすいかもしれません。
出前授業で使用するワークシート(表面)
課題の一つに「15年後の“なりたい自分”」を 設定(赤枠内)。個人ワークで考えたことを発表し、全員が共有する。
<参考>
新学習指導要領における「分業」に関連する記述
(1)市場の働きと経済
対立と合意,効率と公正,分業と交換,希少性などに着目して,課題を追究したり解決したりする活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 次のような知識を身に付けること。
- (ア)身近な消費生活を中心に経済活動の意義について理解すること。
- (イ)市場経済の基本的な考え方について理解すること。その際,市場 における価格の
決まり方や資源の配分について理解すること。 - (ウ)現代の生産や金融などの仕組みや働きを理解すること。
- (エ)勤労の権利と義務,労働組合の意義及び労働基準法の精神について理解すること。
イ 次のような思考力,判断力,表現力等を身に付けること。
- (ア)個人や企業の経済活動における役割と責任について多面的・多角的に考察し,表現
すること。 - (イ)社会生活における職業の意義と役割及び雇用と労働条件の改善について多面的・
多角的に考察し,表現すること。
■アの(ウ)の現代の生産や金融などの仕組みや働きを理解することについては,家計と企業との関連に着目しながら,人々が求める財やサービスを作り出す生産が,家計によって提供される労働やその他の資源を投入して企業を中心に行われていることについて理解できるようにすることを意味している。つまり,家計と企業,企業間などにおいて「分業と交換」が行われているといえるのである。その際,各企業は企業間で「分業」を行い,中間財を含めた財やサービスを「交換」することを通して人々が求める財やサービスを作り出すことによって,私たちの生活が成り立っていることを理解できるようにする必要がある。
■イの(イ)の社会生活における職業の意義と役割及び雇用と労働条件の改善について多面的・多角的に考察し,表現することについては,「仕事と生活の調和という観点から労働保護立法についても触れること」(内容の取扱い)を通して多 面的・多角的に考察し,表現できるようにすることを意味している。職業の意義と役割及び雇用などについては,勤労の権利と義務についての理解を基に,労働によって家計を維持・向上させるだけでなく,個人の個性を生かすとともに,個人と社会とを結び付け,社会的分業の一部を担うことによって社会 に貢献し,社会生活を支えるという意義があることについて多面的・多角的に考察し,表現できるようにすることを意味している。
[出所] 「中学校学習指導要領(平成29年告示)解説」文部科学省(2018年3月)