【数学で行うキャリア教育のポイント】
問題解決の過程を重視した授業で数学的思考力を向上
キャリア・パスポートとリンクする「自分の“行き方”発見」教材

今月のパワーアップ情報ファイルは、教科の視点からキャリア教育を考えるシリーズの3回目として、数学を取り上げます。
次年度から全面実施となる中学校の新学習指導要領では、特別活動を要に各教科等の特質に応じたキャリア教育を充実することが求められており、各教科の学習の中にキャリア教育で育成する「基礎的・汎用的能力」(人間関係形成・社会形成能力、自己理解・自己管理能力、課題対応能力、キャリアプランニング能力)をどう位置づけるかが重要な課題となっています。
今回は、東京都中学校進路指導研究会事務局長としてキャリ教育に関する実践研究を牽引している東京都世田谷区立深沢中学校・学習進路部研究主任の深沢享史先生に、ご自身の担当教科である数学で行うキャリア教育のポイントと、『私の行き方発見プログラム』を効果的に活用するための実践的なヒントについて話を伺いました。

東京都中学校進路指導研究会事務局長
東京都世田谷区立深沢中学校
学習進路部研究主任 
深沢 享史 先生

インタビューに答える深澤先生の写真

自己肯定感の向上に重点を置いたキャリア教育を実践

------ まず、深沢中学校のキャリア教育の取り組みについて教えてください。

  • 世田谷区では、新しい時代を見据えた教育プラン「せたがや11+(イレブンプラス)」を策定し、今年度から区内の小中学校で実践が始まっています。このプランでは、子供たちのキャリア形成支援、自己肯定感や課題解決能力の育成、多様性の尊重などをねらいとした教育改革に向けて、体験型教育の拡充、ICT活用等を通じた個別最適化教育の実現、専門家チームによる支援体制構築など11項目の重点課題が示されており、その中でも「確かなキャリア形成を促す“キャリア・未来教育”の推進」が中心的な活動として位置づけられています。

  • 本校のキャリア教育の取り組みも、こうした考え方が前提となっています。キャリア教育はすべての教育活動を通じて進めていくものという共通理解の下に、各教科に加え「学級づくり」という視点からも、基礎的・汎用的能力の育成を目指した実践に取り組んでいます。こうした「日常型キャリア教育」と併せて「イベント型キャリア教育」も行っています。職場体験活動や職業講話(2年)、卒業生から話を聞く「夢フォーラム」(全校生徒)の他、国際理解の観点も含め各国の留学生からキャリアプランなどを聞く機会なども設けています(1・2年)。

  • 「日常型キャリア教育」では、特に「自己肯定感」を高めることに重点を置いています。自己肯定感は、自己理解・自己管理能力や人間関係形成能力などの「基礎的・汎用的能力」にも密接に関わっています。学期ごとに行っている全校生徒を対象にしたアンケート調査では、1学期と2学期の比較で見ると、「自分には良いところがあると思う」と答えた生徒が33%から45%へ、「友達の良いところや頑張っているところを認め、伝え合っている学級だと思う」の割合49%から58%へそれぞれ上昇する結果が出ています。

  • キャリア・パスポートと関連させた活動の一環として、定期考査後には、間違った問題に再度取り組むだけでなく、テスト勉強を振り返ることで、得意な分野と苦手な分野、次回テストに向けた決意、各教科担当の先生への授業に関する要望や提案などをレポートにまとめる取り組みも行っています。

“日常生活に隠れている数学”を見つける問題を生徒が自作

------ 深沢先生の担当教科である数学の授業を通したキャリア教育として、どのような実践が
   ありますか?

  • 教育内容と教育方法に分けて考える必要があります。内容の面では、実生活や仕事と関連する題材を取り扱うことでキャリア教育を実践することができると思います。例えば、1年生では平面図形の単元で座標を扱いますが、「ふだんの生活の中で座標が使われている例として映画館の座席があるよ」といった視点で話をします。

  • 世田谷区の中学校で使用している数学の教科書には、単元ごとに学習内容と関わる仕事や職業の例が表記されており、できるだけそこに触れるようにしながら授業を行っています。
    例えば、「正の数・負の数」のまとめのページにソーラーパネルによる発電量と消費電力に関する問題があり、そこには関連する職業・仕事として「エンジニア」の記載があります。「比例・反比例」の単元では、ペットボトルキャップの回収運動を通して発展途上国にワクチンを届けるという題材を取り上げ、ペットボトルの個数と重さが比例の関係にあり、それに付随して代金に換算できることなどに触れますが、ここでは関連する職業・仕事として「ボランティア団体・医師」が挙げられています。 

  • 夏・冬・春の長期休暇の際には、1年生に対し、各学期で学習したことや休暇中の体験などを基にした「自作の問題を作ろう」という課題レポートを出しています。例えば、夏休みに帰省して祖母とオセロゲームをした体験を題材に、勝ち・負けでそれぞれ得点を決め、6回トータルでの合計得点と2人の得点差を求める、といった問題を作った生徒がいました。1学期に学習した「正負の計算」を用いた問題で、負けた場合の得点を「-3点」とすることで問題の難易度を上げているのがポイントです。

  • 1年生の時からこうした課題学習に取り組んでおくことで、その後の職場体験や職業講話などの段階に進んだ際に、「仕事と学習とのつながり」をより見つけやすくなると考えています。「日常的なところに隠れている数学を見つける訓練」と言えるかもしれません。問題の作り方や、どういう視点で数学を見ていったらよいのかについては、休暇に入る前に動画なども活用しながら説明しています。より日常的なテーマで取り組ませることがポイントです。

<数学科夏休み課題レポートの例>

祖母と対戦したオセロゲームの勝敗を点数化し、合計得点と得点差を計算する自作の数学問題。
家族でお墓参りに行った時に草むしりを行い、兄妹がそれぞれのペースで草をゴミ捨て場まで運び、捨て終わるまでの時間を計算する自作の数学問題。

問題解決の過程を重視した授業づくり

------ 学習方法の面では、どのような事例がありますか?

  • 中学校の数学で大事にされているのが「数学的活動」で、新学習指導要領では数学の目標について以下のように定めています。
【第3節 数学】
<第1目標>
数学的な見方・考え方を働かせ、数学的活動を通して、数学的に考える資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
  1. 数量や図形などについての基礎的な概念や原理・法則などを理解するとともに、事象を数学化したり、数学的に解釈したり、数学的に表現・処理したりする技能を身に付けるようにする。

  2. 数学を活用して事象を論理的に考察する力、数量や図形などの性質を見いだし統合的・発展的に考察する力、数学的な表現を用いて事象を簡潔・明瞭・的確に表現する力を養う。

  3. 数学的活動の楽しさや数学のよさを実感して粘り強く考え、数学を生活や学習に生かそうとする態度、問題解決の過程を振り返って評価・改善しようとする態度を養う。
[出所]中学校学習指導要領(平成29年3月告示)
  • 私の場合は、キャリア教育の「基礎的・汎用的能力」との関連に留意しながら、特に問題解決の過程を大事にした授業づくりに取り組んできました。例えば、数学の問題を解いていくプロセスの中で、仲間とヒントを共有し合うグループ活動は「人間関係形成能力」と関わりがあります。グループ活動の後では、新たに得たヒントを基に再び自分で道筋を立てて問題を解いていく学習へとつながり、そこでは「課題解決能力」が密接に関連してくると考えています。

  • 一般的には、数学の授業で生徒同士が話をすることは少ないと思います。そこで、私が良く活用している手法の一つに「ジグソー法」があります。生徒同士が協力し合い、教え合いながら学習を進めいていく学習方法の一つで、「主体的・対話的で深い学び」に向けた実践方法の一つとしても有効です。「コミュニケーションスキル」が高まるという利点だけでなく、自分の力をしっかり把握するという「自己理解」にもつながります。
具体的には、以下のような手順で授業を進めます。
▶A・B・Cの3種類の資料があった場合、班ごとにそれぞれの資料の担当者を決める。

▶同じ資料を担当する生徒が各班から集まり、その資料についての知識を深める。

▶自分の班に戻って、他のメンバーに説明をする。

▶班の全員が各資料について得た新しい知識を活用して、課題を解決していく。

  • 昨年9月に行ったジグソー法を活用した実際の授業を紹介します。「カレンダーの秘密を見つけよう」というテーマで、「カレンダーに並ぶ数についての法則を見つけ、言葉や文字を使って説明できること」をねらいとしています。数学が苦手な生徒も、自分が担当した資料について理解を深め、それを他の生徒に説明する活動などを通して、数学の楽しさを感じたようです。
<「ジグソー法」を活用した授業展開例>
単元名 文字式(学校図書)
単元の目標
 文字を用いて数量の関係や法則などを式に表現したり式の意味を読み取ったりする能力を培うとともに、
 文字を用いた式の計算ができるようにする。

■本時

(1)本時の目標
 カレンダーに並ぶ数についてきまりを見つけ、言葉や文字を用いて見つけたきまりを説明することがで
 きる。

(2)本時の展開(主な学習内容・活動)

【導入(5分)】

▶問題の提示・理解
 令和2年10月のカレンダーを見て、カレンダーの数字をいろいろな形で囲み、その囲んだ数字に隠された
 秘密を文字を使って説明しよう!(囲み方や囲む数字の個数は変えてよいものとする)

【展開(40分)】

▶自力解決
  • ジグソー活動の資料を配布。
  • それぞれの班で資料A・B・Cの役割を決める。
  • 担当する資料の内容を確認し、自分の考えをまとめる。
    資料A 縦に並ぶ5つの数の和は、中央の数の5倍に等しい。
    資料B 横に並ぶ3つの数の和は、中央の数の3倍に等しい。
    資料C ×の字の位置にある5つの数の和は、中央の数の5倍に等しい。
▶エキスパート活動
  • 同じ資料を担当する生徒同士が集まり、考え方を整理し、自分の班で説明できるようにする。
▶ジグソー活動
  • もとの班で自分が担当した資料の考えを伝え合う。  
    (例) 資料Aは、縦に並ぶ5つの数の和は、中央の数の5倍に等しい。
        理由は、真ん中の数をnとすると、その他の数は、n+14、n+7、n-7、 n-14
             と表すことができる。 それらの和は5nとなるから、中央の数の5倍である。
  • お互いの考え方を説明し終わったら、班で協力し、それ以外の方法を見つける。
▶クロストーク
  • 班ごとに考えた新たな方法を発表。
    (例)2×2の四角形で囲まれた数について考える。4つの数の和が、4の倍数になる。

【まとめ(5分)】

▶振り返り活動
  • もう一度自分の考えを整理し、自分の授業を終えての感想をまとめる。

------ 数学を通して行うキャリア教育の一番のポイントは何ですか?

  • 数学的思考力を高めることがキャリア形成にもつながると思います。数学的思考力の捉え方は様々ですが、一つの課題に対してどういうプロセスで解決したらいいのかを論理的に考え、学ぶことができる点が大きなメリットです。

  • 毎年、学年の始めのオリエンテーションで「なぜ数学を学ぶのか」について話をします。「これからの社会と数学の関係」のパートでは、まず「Society5.0(超スマート社会)」のイメージ動画を見せて、IoT
    (Internet of Things)や人工知能(AI)などの技術革新の進展により、私たちが経済発展と社会課題の解決が両立する新たな社会を目指していることへの理解を深めます。そして、こうした技術革新の根底にあるのが数学的思考力であり、そこに数学を学ぶことの重要な意義があることを伝えています。

<「なぜ数学を学ぶのか」のオリエンテーション資料(一部)>

「なぜ数学を学ぶのか」のオリエンテーションで使用した資料
「なぜ数学を学ぶのか」のオリエンテーションで使用した資料

キャリア・パスポートとリンクする「自分の“行き方”発見」教材

------ 「私の行き方発見プログラム」の効果的な活用方法について、アドバイスをお願いし
    ます。

  • まず、4つのテーマで構成されている教材ですが、「会社の役割発見」(教材プログラム①)で使う「役割カード」について、数学に関連する仕事・役割を考えさせる活動を設定することができると思います。

  • 「職場体験先での仕事発見」(教材プログラム③)については、職場体験の事前学習として行うだけでなく、事後の学習としても活用できる内容です。実際に自分が働いてみた体験をもとに、その仕事に必要となる能力を考える際に、今自分たちが中学校で学んでいる様々な教科の学習と、どこがどうつながっていたのかを振り返るような活動が有効ではないでしょうか。
  • 本校では、キャリア・パスポートを活用した指導の一環として、「3年後の自分へ新聞」作りを行っています。1年生の最初のオリエンテーションの後に、生徒たちはキャリア・パスポートを使って、中学校でどんなことを頑張りたいか、将来何になりたいかなどを記述し、その後にこの新聞作りに取り組みます。作成した後には意見交流活動も行います。友達の新聞を見て相互にその概要をまとめ、「他者紹介」という形で発表します。それを聞いたクラスメートから良かった点について様々なコメントが返ってくることで本人の自己肯定感の向上につながり、頑張ろうという動機付けにもなります。この新聞は3年生の受験前に返すようにしています。
    このようなキャリア・パスポートをベースにした活動に、「自分の“行き方”発見」(教材プログラム④)を組み合わせることで、さらに広がりが出てくるのではないでしょうか。例えば、教材プログラム④では、偉人やアスリートの格言から自分を勇気づける言葉を見つける活動があります(下図参照)。そこで共感した言葉を添えて3年後の自分に手紙を書こう、といった取り組みが考えられます。まさに、キャリア・パスポートとリンクした「私の行き方発見プログラム」の活用方法の一つだと思います。

  • コロナ禍で職場体験や職場訪問などができない状況を考えると、社員講師による出前授業はとても意味のあるプログラムだと思います。授業コンテンツとして「学校での勉強・活動と仕事とのつながり」がありますが、数学の視点から言えば、商品の開発や販売における統計分析をはじめ、企業活動には様々な場面で数学が使われていると思います。それらをできるだけ具体的な形で話をしてもらえれば、さらに生徒たちの実感的な理解も深まるのではないでしょうか。

<教材プログラム④「自分の“行き方”発見」で使うワークシート>