企業によるキャリア教育支援を活用するポイント

千葉大学教育学部教授 藤川 大祐  氏

「キャリア教育」が登場(1999年12月中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」)してから20年以上が経過しました。
その間キャリア教育はどのように進化したのか、今、どのような課題を抱えているのか、長年に渡り実践を通してキャリア教育に関わってこられた千葉大学教育学部教授の藤川大祐氏にお話しをお伺いしました。

藤川先生の顔写真

千葉大学教育学部教授 藤川 大祐  氏

 

社会に出てどう生きていくかイメージできることが大事

------ 中学校におけるキャリア教育の現状と課題について

キャリア教育が大事と言われ始めたのは1999年12月、文部科学省が発表した中央教育審議会答申を受けてからです。当時、職場体験は画期的なものでしたが、それ以降、大きな発展がないところが課題です。
その理由として挙げられるのが、①多くの業務を抱えた先生が忙しすぎる ②キャリア教育が教科と結びついていないため、どうしても教科優先になってしまう、ということなどです。
職場体験先は、保護者や先生の関係先など地域に密着した商店などのB toC企業、保育園・幼稚園などが多くなります。それらは先生や生徒にとってイメージしやすく、わかりやすい職場です。一方で、実際には多くの人が働いているBto B企業などは直接関わりを持っていないため、イメージしにくいというケースが多いように思います。そのため、職場体験で自分が社会に出てどう生きていくかというイメージを持ちにくいという側面があります。

起業家精神を養う事も視野に

また、日本の場合、他国と比べて起業家精神を持った生徒が少ないことが問題となっています。ビジネスを自分でつくろう、という人は多くありません。それが、日本経済の活力を危機に陥れる可能性があると思います。職場を見学するだけでなく、生徒が企業と一緒にビジネスを考える、という経験も重要でしょう。
本来は、この社会がどういう方向を目指しているのかを考えるべきですが、現状その議論にはなかなか至っていません。学習指導要領が新しくなってもその議論には至っておらず、キャリア教育は20年経っても、大きく発展していないところを危惧しています。

起業無関心者の割合の推移

出典:「起業家精神に関する調査」報告書
(平成26年3月 ㈶ベンチャーエンタープライズセンター)より中小企業庁作成

学校における起業家教育

出典:平成30年度創業・起業支援事業(起業家精神に関する 調査)みずほ情報総研㈱

社会の変化に対応するキャリア教育

------ コロナ後のキャリア教育では、どのようなことが必要になってくると思いますか?

この10年で、東日本大震災や新型コロナウイルス感染症のように一つの出来事が大きく社会を変化させるということを経験していますが、戦後の高度経済成長期にはそうした大きな変化がなかったために、社会の変化に対する考え方には世代によるギャップがあります。一方、大きな出来事がなくても、情報化や少子高齢化のようにある程度時間をかけた変化があり、そういう変化に対応することが実社会では求められています。
情報化にあわせて、リモートワークやデジタルトランスフォーメーションなどへの対応が求められていましたが、コロナによって急激に進んでいます。社会は変化し続けるもので、仕事の仕方もアップデートし続ける必要があります。
ところが、これまでのキャリア教育では、変化への対応が十分に認識されていませんでした。社会が変化すると、状況が変化する、ということを前提に自分の強みをつくりながら歩めるようにすることが、キャリア教育で本来必要なことだと思います。
変化に対応することの重要性が、コロナにおいてより決定的になったと言えるのではないでしょうか。

オンラインの活用で広がる可能性

「私の行き方発見プログラム」がオンラインで実施されるようになったことに象徴されるように、今までのやり方にとらわれず、学校と企業が協力し合いながら新しい形をつくっていくことそのものが、コロナ後のキャリア教育として求められています。
先生が、オンライン授業のような新しいことを取り入れていくことが、変化のある社会で人は適応して新たな価値を見出していける、ということを生徒に示すキャリア教育になります。
キャリア教育で外部人材と関わることにより、授業の形を変えやすくなります。コロナ禍でゲストティーチャーは呼びにくいという面もありますが、オンラインであればむしろ頻度を上げやすいと言えます。ICTを活用すれば、チャット等で細かい内容の質問を受け付けることも可能になるでしょう。
キャリア教育にもICTの活用は不可欠ですが、不慣れな先生も少なくありません。ICTについては“習うより慣れろ”です。キャリア教育は学年単位での実施が多く、例えば各教室をつないだオンライン授業などは、ICTに慣れる良い機会ですので、詳しい先生に教えてもらいながら、ぜひ積極的に推進していただきたいです。

先生の「自ら学ぶ」姿勢が大切

------ 企業のキャリア教育支援を活用するコツ等がありましたら教えてください。

この20年ぐらい、企業と学校をつなぐ仕事をしています(注)。その中で意識してきたことは、講師役の企業の方が一方的に話すプログラムは極力避けることです。講師には子どもの話を聞いてもらい、双方向性のあるコミュニケーションをとっていただくようにしています。
キャリア教育では、生徒が主体的になるプログラムが望ましく、授業を進める中で、生徒側からの発信をしっかり受け止めていただきたいと思います。
さらに重要なのが、指導の先生が自ら講師の方から職業に関する新しい情報を学ぼうと思って取り組むことです。生徒にとって、普段から指導に当たっている先生は、社会人としてのお手本です。先生自身が目を輝かせて、好奇心いっぱいにプログラムに取り組んでいる様子を生徒に見せることが、もっとも大切ではないでしょうか。
 (注) 藤川大祐氏は、特定非営利活動法人企業教育研究会理事長として長年に渡り、自らキャリア教育を実践しておられます。

講師自身が目を輝かせて語る事で生徒も夢を持てる

------ 最後に、「私の行き方発見プログラム」の効果的な活用方法について、アドバイスをお願いします。

「私の行き方発見プログラム」は、出前授業と教材提供の2本柱でできていますが、できるだけ出前授業を大事にして欲しいと思います。出前授業では社会人とのコミュニケーションの在り方や身のこなしを学べるというところも大きな魅力になっているからです。
教材提供の場合、教材の中でもパナソニック社員のエピソード等が取り上げられていますので、直接的、間接的に社会人の方に接して、社会人の方の影響を生徒が受けられるようにすることが大事ではないでしょうか。
キャリア教育に限りませんが、先生自身が学びながら学習を行うことが、変化の激しい社会においては非常に重要となります。先生は生徒にとってはモデルなので、変化の激しい社会にどう対応しているのかをぜひ見せていただきたいと思います。
講師を務めるパナソニック社員の方には、自分の仕事に誇りを持っており、その仕事を生徒たちに伝えることに喜びを感じていることが伝わるように心がけてほしいと思います。
中学生はある程度の社会経験を積んでおり、コミュニケーション力も備わり、体力もあるので職場体験のような学習に適していると思います。職場体験とあわせて「私の行き方発見プログラム」を活用し、学習するとより効果的だと思います。
キャリア教育では、望ましい職業観・勤労観、及び職業に対する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力や態度を育てる教育とされています。その意味では、小学校段階から発達段階に応じて実施する必要があります。「私の行き方発見プログラム」も、より低年齢向けのプログラムも検討していただきたいと思います。

インタビューを終えて

藤川大祐先生が強調されたのは、キャリア教育は、コロナなどによる社会の変化に対応する必要があることでした。「私の行き方発見プログラム」のような出前授業では、普段から指導に当たっている先生自身が目を輝かせて、好奇心いっぱいに取り組んでいる様子を見せることがもっとも大切だということでした。いずれも示唆に富むご指摘であると感じました。

<藤川教授プロフィール>

藤川 大祐(ふじかわ・だいすけ)

千葉大学 教育学部教授/NPO法人企業教育研究会理事長。
キャリア教育をはじめ、ディベート、食育、総合的な学習の時間、メディアリテラシーなどの授業づくり、学級経営・いじめ等に関する研究
『企業とつくる授業』(教育同人社)、『メディアリテラシー教育の実践事例集』(学事出版)など多数著書がある