組織基盤強化助成の社会的インパクトが投入額の8.82倍に

Panasonic NPOサポート ファンドの社会的インパクト評価

~日本初、イギリスのSocial Value Internationalより、組織基盤強化助成のSROI評価でアシュアランス(認証)を取得~

はじめに

パブリックリソース財団では、Panasonic NPOサポート ファンドの助成先の1つである「認定特定非営利活動法人 アレルギー支援ネットワーク」を対象とした、組織基盤強化助成の社会的インパクト評価を行った。
その結果、組織基盤強化助成の社会的インパクトが投入額の8.82倍となり、大きな社会的成果を生んだことが分かった。

同ファンドの目的は、図表1にあるように、助成先の団体の組織基盤が強化され、それによって社会へのインパクトが増大することにある。そのため、組織に対するインパクト(図表1、①に該当)については、「NPOマネジメント診断シート」をアセスメントツールとして活用し、助成前と助成後の組織の変化を定量的に評価した。

写真:公益財団法人パブリックリソース財団 事務局長 田口 由紀絵

報告者:
公益財団法人パブリックリソース財団
事務局長 田口 由紀絵

インプット→基盤強化→事業実施 アウトプット→アウトカム→インパクトまでの図

図表1

社会に対するインパクト(図表1、②に該当)については、同団体における組織基盤強化の効果が最も強く現れた事業が生み出した社会的価値を、SROIの手法を活用して計測した。SROIとは、事業への投資価値を金銭的価値だけでなく、より広い価値の概念に基づき、評価や検証を行うためのフレームワークである。

評価の内容をまとめたレポートは、英訳してSocial Value Internationalに提出し、SROIレポートとして、日本で初めてアシュアランス(認証)を取得することができた。
今回の評価がSocial Value Internationalのアシュアランス(認証)を得たということで、本評価の方法が、組織基盤強化の社会的インパクトを測るひとつの方法として専門的第三者に認められたこととなった。

SROIの7つの原則

  1. 利害関係者(ステークホルダー)を巻き込むこと
  2. 何が変化するのかを理解すること
  3. 重要である事柄に対し価値づけを行うこと
  4. 重要な事柄のみを含むこと
  5. 過大に申告しないこと
  6. わかりやすさ、透明性を確保すること
  7. 結果を検証すること

Social Value Internationalとは

Social Value Internationalは、社会的価値(Social Value)や社会的インパクト(Social Impact)を最大化することを目的とした国際的なネットワーク組織で、45か国から62の組織と693人の会員から成る。事務局をイギリスに置き、SROIなどの評価手法のトレーニングやアシュアランス(認証)、新たなツールやリソースの開発、キャンペーンなどを行っている。SROIレポートのアシュアランス(認証)を出している唯一の組織で、これまで世界で95件のSROIレポートが認証された(2018年1月末現在)。

認証されたレポートは、Social Value UKのウェブサイトのレポートデータベースからダウンロードすることができる(ダウンロードする際には会員登録が必要)。

評価の本編

評価対象団体:アレルギー支援ネットワーク

今回の評価に協力していただいたのは、1988年に愛知県で活動を始めた認定特定非営利活動法人 アレルギー支援ネットワークである。自治体や企業、各分野の専門家と患者家族を結びながら、アレルギーの正しい知識の普及や、アレルギー・アトピー・化学物質の患者支援活動等を行ってきた。

活動の背景には、アレルギーに関して何が正しい情報かわかりにくいこと、患者が孤立しがちであることなどがある。正しい情報が足りずに家庭や保育園、学校などで子どものアレルギー事故が起きたり、正しくケアすれば改善するはずの症状が改善しなかったりするなど、アレルギーを持つ子どもとその家族の生活には苦労が伴う。必要のない除去食を続けている場合も少なくない。

こうした課題に取組むために、同団体では独自の実態調査を行い、保育士や栄養士などの専門職をきちんと育てる必要があると結論づけた。そこで2006年より、保育士や栄養士などの専門職を主な対象とした「アレルギー大学」事業(週末を中心とした、数回~十数回の連続講座)を開始することにした。それまでの患者支援活動にとどまらず、専門職を支援することによるインパクトの拡大に舵を切ろうとしたのである。

写真:アレルギー支援ネットワーク 調理実習の様子1

組織基盤強化の取組みと成果

Panasonic NPOサポート ファンドは、同団体がアレルギー大学を立ち上げた2006年の翌年から3年間、この新たな戦略の実現と、それを支える組織の基盤強化を支援した。

アレルギー大学を立ち上げたころ、同団体では人手が足りておらず、ボランティア中心による運営で、団体の事務所もなかった。アレルギー大学には受講者がわずかしか集まらない時もあり、赤字事業であった。また、アレルギーの分野で高いレベルの人たちに協力していただくには、講座を企画するスタッフの側が最新の医療を理解している必要があるが、スタッフ人件費がまかなえない中で、人材の確保は難しかった。事務作業も滞りがちであった。

同ファンドが組織基盤強化支援の一環として、事務所の家賃や事務所スタッフの給与等を助成したことで、同団体では新たに事務所を構え、企画・運営に専念できるスタッフを置く体制をつくることができた。また、スタッフ自身もアレルギー大学を受講してスキルアップしたことが一助となり、アレルギーの分野でトップクラスの先生方にアレルギー大学が認められ、講師としてきていただくことができるようになった。

写真:アレルギー支援ネットワーク 調理実習の様子2

実際に組織基盤強化に取り組む前の2007年度の同団体の経常収入は約1,800万円、うち事業収入は約800万円であったのに対し、2015年度にはそれぞれ約3,600万円、2,500万円と、特に事業収入が拡大している。2007年度には0円であったアレルギー大学の事業収益が、2015年度には1000万円を超えるなど、収益事業に育ったことが要因だ。「同ファンドによる助成金がなかったら、立ち上げたばかりのアレルギー大学は赤字事業だったので、年間100万とか200万の赤字を出す事業を組織として続けることはできなかった。組織として、赤字事業は縮小しよう、ではなく、拡大しようというマインドになれたのが大きい」と副理事長は言う。

このように、同団体が専門職を対象とした事業開発を始めたタイミングで同ファンドの支援を受けたことで、新たな中核事業として確立される結果となったのである。

ちなみに、助成金の直接の効果以外に、助成申請書の作成や中間ヒアリング、報告書作成等のプロセスを通じて、実践を検証しながら事業を行い、次の計画を立てるようになったことも組織強化につながった。「組織でリーダーシップを発揮するにあたり、パナソニックのNPOサポート ファンドに育てられたと感じている」(常務理事)。

アレルギー支援ネットワークに対する組織基盤強化支援の概要

  • 助成期間:2007年〜2009年
  • 助成金額:3年間で350万円
  • 助成事務局による支援:年に1〜2回の訪問インタビューおよび贈呈式、成果報告会等での学ぶ機会の提供
  • 組織基盤強化の取組内容:アレルギー大学事業の主要事業化と、そのための事務局強化
  • 資金使途:事務所家賃、スタッフ人件費、講師謝金、交通費、スタッフ研修費、等

定量的評価の結果

このように、同ファンドの支援により、同団体の組織基盤が強化され、アレルギー大学が中核事業として成長した。受講者が拡大することによって、アレルギーの正しい知識を持つ専門職が増え、その結果アレルギーを持つ子どもやその家族にもよい変化をもたらしていることは同団体でも実感していた。

組織基盤強化支援によって起きたこれらの変化を定量的に把握するために、「組織がどれくらい変わったか」「事業の成果がどれくらい生まれたのか」の2段階に分けて評価を行った。なお、評価対象期間は、助成が開始された2007年から、評価時点でデータが取れた最新の年度である2014年までの8年間である。

①組織がどれくらい変わったか
 31.4点から53.7点へ、22.3ポイント上昇

組織基盤がどれくらい変わったか(組織におけるインパクト)については、マネジメント能力、人材、財務、事業と成果、事業開発・マーケティングの5分野155設問から成る「NPOマネジメント診断シート」を指標群として活用し、その変化を定量的に評価した。

助成を受ける前(2007年当時)の組織運営の状態は、5分野の合計で100点満点中31.4点であったのが、助成が終了した2009年から数えて6年目にあたる2015年には、100点満点中53.7点となり、22.3ポイント上昇した。組織のマネジメント能力、人材、財務、事業開発・マーケティングなど、組織能力が多面的に拡大し続けているが、これは同ファンドによる組織基盤強化の成果が大きいと、常務理事はインタビューで答えている。

図表2:ASNの組織におけるインパクト

②事業の成果がどれくらい生まれたのか
 インプットに対して8.82倍のインパクト

組織基盤が強化されることにより行われた事業がどのくらい成果を生んだかについては、「アレルギー大学」事業を対象としたSROI評価を行なった。Panasonic NPOサポート ファンドによる3,800,000円相当の投入額に対して、変化の社会的価値の合計は33,514,968円となり、SROIは8.82となった。

【ステークホルダー】
社会的価値を算出するにあたっては、重要なステークホルダーを以下の4つに絞り、インタビューやアンケートによる情報収集を行った。

  1. アレルギー大学を受講した、アレルギーの子を持つ親
  2. アレルギー大学を受講していないが、受講した専門職からアドバイスを受けた親
  3. アレルギー大学を受講した専門職(栄養士、調理師、保育士、保健師等)
  4. アレルギーを持つ子ども

なお、子どもには直接インタビューやアンケートを行わず、親のコメントから子どもの変化を把握した。

親あるいは専門職にインタビューした際のコメントをいくつか紹介する。

  • 「アレルギー大学は、アレルギーの原因や、直し方のヒントがたくさんあった。実践するとよくなった。子どもも眠れるし、自分も眠れる。こんなに効果が出るんだと前向きになれた。(アレルギーの子を持つ親)」
  • 「みんなとは違うし、おやつも朝昼晩、全部手作りしなきゃいけないし、お弁当持ちだから保育園や学校でも気を遣わせる。そういうことがつらいが、一人じゃないから頑張ろうと思えた。(アレルギーの子を持つ親)」
  • 「アレルギー大学に行って、正しいお医者さんの選び方がわかった。アレルギーに詳しい先生、専門医の先生がどこにいるかわかった。専門医の先生にしっかり見ていただくことにより、時間の短縮と精神的負担の軽減ができた。(アレルギーの子を持つ親)」
  • 「子どもは、アレルギーで悔しい思いや、我慢ばかりしてきたが、給食じゃなくお弁当で、というのも子ども自身がプラスに考えられるようになった。母親が前向きに変わったことにより子どもも変化した。(アレルギーの子を持つ親)」
  • 「当時は総合病院に勤めていたが、アレルギーに関する情報が少なく、職場の人(医療関係者)も詳しく知らなかった。アレルギー大学を受講したことがきっかけで、今はアレルギー専門のクリニックで仕事をしておりキャリアアップにつながっている。(専門職)」
  • 「保育現場でアレルギーをもつ子が多様化して、もう一度勉強し直したいと思った。とくに、新しい情報が欲しかった。身近で新しい情報を職場に伝えたい。(専門職)」

【インプット】
インプットは、Panasonic NPOサポート ファンドの組織基盤強化支援のみとした。

事業に投じられる資源

利害関係者

投じた資源

投入資源の価格(円)

アレルギー支援ネットワーク

時間

-

パナソニック

助成金

3,500,000

アドバイスやフィードバック

300,000

投入資源の価格の合計

3,800,000

図表3:インプット

【アウトプットとアウトカム、およびインパクトの算出】
インタビューやアンケートなどによって、重要なステークホルダーごとの活動内容(アウトプット)、生じた変化(アウトカム)を把握し、変化の社会的価値(インパクト)を算出した(図表4)。

事業が生み出す成果や価値

利害関係者

活動内容

生じた変化

変化を生じた人数

どうのように金銭換算したか

どの程度事業のおかげか

変化の社会的価値(円)

アレルギー支援ネットワーク

組織基盤強化への取組み(アレルギー大学の運営、スタッフの採用・育成、事務所の確保、など)

組織能力(マネジメント、人材、財務、事業と成果、事業開発・マーケティング等の能力)が31.4点から53.7点へ、22.3ポイント上昇。その結果、アレルギー大学事業が拡大し、収益事業となった

アレルギー大学の収益(19,870,446円)

­-­

アレルギーの子を持つ親(受講者)

236名の親が11日間のアレルギー大学を受講。正しい知識を身に着けるとともにネットワークを持った。

アレルギー事故の減少

64

時間の節約(871円×8H×2日)

10.5%

93,240

安心して子育てができるようになる、精神的な安心を得る

230

アンケート回答の中央値(10万円)

10.5%

2,411,094

アレルギー大学に出席するために週末に家族と過ごせない

19

レジャー費用

10.5%

-57,193

アレルギーの子を持つ親(非受講者)

302人の専門職によりアドバイスを受けた親

安心して子育てができるようになる、精神的な安心を得る

4,705

アンケート回答の中央値(10万円)

0.9%

4,446,376

専門職(受講者)

2,669名の専門職が11日間のアレルギー大学を受講。正しい知識を身に着けた。

専門知識を身に着けることで活躍の範囲が広がり、キャリア形成に役立つなど

2,349

アンケート回答の中央値(5万円)

10.5%

12,330,780

アレルギーを持つ子ども

アレルギー大学を受講した親から正しいケアを受けた

アレルギー事故が減った

64

緊急入院に要する費用(92,000円)

10.5%

615,535

症状がよくなることで自己肯定感が向上した

236

親へのアンケート回答の中央値(10万円)

10.5%

2,478,000

保育園や学校で、正しいアレルギー対応がなされた

アレルギー事故が減った

796

緊急入院に要する費用(92,000円)

5.25%

3,846,226

他の子どもと同じ給食を食べられる

疎外感が減った

3,692

子どもを対象とした地域のプログラムの年間参加費(24,000円)

8.32%

7,367,667

変化の社会的価値の合計(割引率差引後)

33,514,968

図表4:変化の社会的価値

【SROIの計算】
組織基盤強化への支援をSROI評価するためには、組織におけるインパクトの価値を貨幣価値換算する必要がある。そのため代理変数として、アレルギー大学の8年間の収益(本事業の収入合計額:43,743,000円から経費:23,872,554円を差し引いた額:19,870,446円)を用いた。

また、算出にあたっては、同ファンドの支援により取り組んだ組織基盤強化以外の寄与分を差し引いた。

例えばアレルギー大学事業には、同ファンドからの3,800,000円のインプットのほかに、専門職がアレルギーを持つ子どもやその親のケアに費やした時間や、同団体によるアレルギー大学事業への支出などが投入されている。その合計(金額換算して189,452,969円)のうち、組織基盤強化による変化(同19,870,446円)の割合は10.5%であるので、同ファンドの寄与率は10.5%とした。
そのほか、保育園や学校でアレルギー事故が減ったという変化に対しては、アレルギー大学以外からの情報や、保育園などで行われるアレルギー研修等も寄与している。これを差し引き、同ファンドによるインパクトのみを計算に含めている。

これらを計算すると、投入資源(Panasonic NPOサポート ファンドの組織基盤強化支援)に対する、変化の社会的価値の合計は8.82倍となった。

変化の社会的価値の合計

33,514,968

SROI =

投入資源の価格の合計

3,800,000

= 8.82

図表5:SROI

考察

【組織基盤強化は大きな社会的価値を生み出す】
今回行った組織基盤強化支援の社会的インパクト評価では、SROIの値が8.82となり、Panasonic NPOサポート ファンドの支援による組織基盤強化が大きな社会的価値を生み出したことがわかった。組織基盤強化への支援が事業成果の増大に対して「てこ」のように働き、社会的インパクトがより大きくなったといえる。

アレルギー支援ネットワークへの、同ファンドによる組織基盤強化支援は、団体運営を支えるスタッフの人件費、事務所費用などをサポートすることで、新規の事業開発が軌道に乗るまでをサポートした。助成期間が終了して8年が経過した現在、その事業(アレルギー大学)はさらに発展しながら組織の中核をなし、それをベースとした新たな事業の展開も始まっている。今回のSROIの評価に含み切れなかった社会的価値が大いに生まれていることは確かである。

【評価のプロセスと結果の活用】
今回の評価の目的は、Panasonic NPOサポート ファンドの支援効果を測ることであり、アカウンタビリティを果たすことにあった。しかし本評価のプロセスは、評価対象となった同団体にとっても有益なものとなった。

例えば、過去の受益者へのインタビューやアンケートは、誰にどのような変化が生まれたかを同団体が客観的に確認する初めての機会となった。「アレルギー事故の減少」や「精神的安心」といった、最終受益者にとっての「価値」をあらためて見える化し共有したことは、運営側のモチベーションの向上やプログラム改善に役立つであろう。
また、インタビュー後の受益者からは「勉強になった」「楽しかった」という声が聞かれた。アレルギー大学の価値についてあらためて聞かれ、考えるというプロセス自体が、アレルギー大学で学んだことをさらに役立てる新たな動機づけとなっていたように感じた。

評価結果をみると、複数のアレルギー患者に接する専門職(保育士、栄養士、調理師、看護士、保健師など)や、患者会の担い手の受講が社会的価値を増大させている。誰を優先度が高い対象者とし、どのようなプログラムに改善していったら社会的インパクトが増大するか、という視点で事業戦略を検討し、外部からの支援を得ていくための根拠になるといえよう。