多摩大学大学院教授、医療・介護ソリューション研究所所長
高齢者がいきいきと暮らすために、どのようなニーズがあるのでしょうか。
医師でありながらMBA〈経営学修士〉保持者でもあるという異色の経歴を持ち、医療・介護・健康分野のマーケティングに詳しい真野俊樹先生(多摩大学大学院教授、医療・介護ソリューション研究所所長)に、高齢者の暮らしの現状と求められるサービスを伺いました。
“健康長寿”は誰もが求める根源的なニーズですが、誰もが最後まで介護を受けず、自立した生活を送れるとは限りません。ここに、東京大学の秋山弘子先生らの研究による、日本の60歳以上の高齢者約6,000人を1987年から20年追跡して、「加齢に伴う生活の自立度の変化」を明らかにしたデータがあります(グラフ1)。
まず男性の自立度の変化を表したグラフから見ると、生涯、高い自立度を維持できる人は約1割です。70代半ばからゆるやかに自立度が低下していく人が約7割。それから、心臓病・脳卒中などの生活習慣病によって60代から自立度が急激に低下してしまう人が約2割。この3パターンがグラフで示されています。
女性の自立度の変化を見ると、残念なことに、最後まで高い自立度を維持できる人は極めて少ないという結果になっています。女性は70代の初めあたりから男性よりももっとゆるやかに、9割近い人達が自立を少しずつ失っていきます。女性は男性に比べて、骨や筋力が弱いことが原因です。団塊世代がこれから70代を迎えるときに、自立度低下のタイミングを少しでも遅らせるための何か対策を立てる必要があります。
出典:秋山弘子(2010)『長寿時代の科学と社会の構想「科学」』岩波書店より改編
1人当たりの医療費を見ると、やはり高齢になるほど増大します。介護費用も75歳から大幅に増えます。団塊の世代が後期高齢者になれば、介護する人も圧倒的に足りません。このような課題を受けて、今、国では、団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、高齢者が可能なかぎり住み慣れた地域で自分らしい自立した日常生活を営むことができるよう、住まい・医療・介護・介護予防・生活支援を一体となって提供する「地域包括ケアシステム」の構築を目指しています。
地域包括ケアシステムをめぐる議論では、病院が主体となっているため、医療や介護の部分がどうしても中心に語られることが多いのですが、生活者の観点からすると、医療と介護だけではなく、介護予防、そして、高齢化に伴って生じてくるさまざまな不便をサポートする生活支援の部分もとても重要となります。若いうちはメタボリック症候群の予防や健康増進に努め、70歳からは虚弱化・介護予防を推進して、できるかぎり自立度の高い暮らしをキープしていく必要があります。自立度が落ちて介護が必要となる前に、虚弱化の兆候をいかに掴むか、虚弱予防判断基準の策定が早急に必要となりますね。
さらに、介護予防・生活支援に関しては、自治体ごとに様々な工夫された取り組みがされていますが、高齢化に伴って介護保険の給付範囲が縮小されているなかで、公的支援ではカバーできなくなっている介護予防や生活支援をどう提供していくか、という課題があります。とくに生活支援の部分で、生活者のニーズをとらえて本当に必要なサービスを提供するために、民間企業の力を活かしていくことが求められています。
実際に、1人暮らしの高齢者が何に困っているかというと、4割以上の人が「家の中の修理」や「電球交換」や「部屋の模様替え」に困っています(グラフ2)。それから約2割の人が「掃除」や「買い物」、「食事の準備・調理・後始末」などで困っています。身の回りのことはある程度ひとりでできるけれども、生活の一部にちょっとしたサポートが必要になってくるわけです。ところが、そのちょっとしたサポートを頼める窓口が、地域包括ケアシステムからはすっぽり抜け落ちています。“生活支援”を掲げてはいますが、残念ながら生活者本位の内容にはなっていないのです。
その点、電球交換から水漏れ修理の手配まで暮らしの困りごとや、パソコンやハイテク家電の使いこなしに至るまで、幅広くサポートしているパナショップ・トーシンさんは、まさに生活者の多様なニーズに応える地域の相談窓口として機能しています。ビジネスとしても成立しているから継続性があり、顧客の信頼も厚い。このような地域の拠点が増えていけば、高齢化が進んでも自立した暮らしを続けることができます。最近は、定年退職後のアクティブなシニアや、社会の役に立つことをしたいと望む若者たちが増えていますから、こういう人たちを、サポートが必要な人につなぐことができれば、地域の活性化や介護予防に役立つのではないでしょうか。
もともと健康保険や介護保険は、病気になったり介護が必要になったりしたときに困らないように、という発想から作られた制度で、高齢者の日々の楽しみや、人と人とをつなげるしくみや、文化的な暮らしを支援してくれるものではありません。これからは、高齢者の暮らしをもっと楽しくするためのサポートがますます必要になってくると思います。
出典:みずほ情報総研株式会社(2012)『平成23年度 老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業 一人暮らし高齢者・高齢者世帯の生活課題とその支援方策に関する調査研究事業報告書』
高齢者の暮らしを支えるサービスはこれからいろいろ充実してくると思いますが、ご自身で早めに備えておけば何かと安心です。
たとえば、家の近くで気軽に相談したり、ちょっとした困りごとを頼めそうなところを確保するために、家の近くの電気屋さん、酒屋さん、薬屋さんなどがあれば、そこで買い物をして顔なじみになっておくのもひとつの方法です。積極的に外に出て、普段から近所の人と交流しておくことも大切ですね。
とくに就労中、仕事場と家の往復だけだった人は地域で孤立しがちなので、自治体の広報誌やホームページなどの情報をチェックしてイベントやボランティアなどに参加してみるといいですね。
楽しく充実した老後を送るために、趣味や得意なことを生かしてアプローチする方法もありそうです。前期高齢者であれば、シルバー人材センターなどに登録して、後期高齢者の生活を支援することも十分可能です。
要するに、元気なうちから地域とつながり、人とつながる意識を持つことが、いきいきとした老後を過ごすための最大の備えとなるのではないかと思います。
1987年名古屋大学医学部卒業。
医師、医学博士、経済学博士、日本内科学会専門医、MBA、臨床医を経て、95年9月コーネル大学医学部研究員。外資系および国内の製薬企業のマネジメントに携わる。
その後、昭和大学医学部(病院管理学担当)専任講師、大和総研主任研究員、大和証券SMBCシニアアナリスト、多摩大学医療リスクマネジメント研究所教授を経て、現在、多摩大学大学院教授兼医療・介護ソリューション研究所所長、JA共済総研研究所客員研究員、医療機器センター客員研究員などを兼務し、中央大学ビジネススクールでも教鞭をとる。専門領域:医療・介護・ヘルスケアマーケティング
主な著書:「こんな医者ならかかりたい 最高のかかりつけ医の見つけ方」(朝日新書)
「健康マーケティング」(日本評論社)ほか
中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当
「電球交換」や「部屋の模様替え」といった、ちょっとしたサポートがあれば、高齢化が進んでも自立した暮しを続けることができる。又、高齢者は支えられる側になるだけでなく、前期高齢者であれば支える側になれ、それがいきいきとした老後を過ごす最大の備えとなる。この2つの先生のお話が、高齢者が住み慣れた地域で永く暮らしていける重要なポイントのようです。色々なご提案が出来ればと思います。
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