画像:ご年配の方と、その家族友人ががイキイキと暮らしているイラストイメージ 画像:ご年配の方と、その家族友人ががイキイキと暮らしているイラストイメージ

いきいきライフデザインマガジン

第38回 ロボットにやさしい社会は、人にもやさしい

写真:前田亮一さん

パナソニックホールディングス株式会社 事業開発室
ロボティクス・アクセシビリティプロジェクト

主幹技師

黒川崇裕 (くろかわ たかひろ)氏

主任技師

滝澤友香里 (たきざわ ゆかり)氏

多様な人々が自分らしく、心地よく暮らしていくために。パナソニックでは「ロボティクス」や「モビリティ」など最新テクノロジーの開発に、より多くの人が使いやすく暮らしやすい製品、街、仕組みを目指す「ユニバーサルデザイン(UD)」の視点や、アクセスしやすさ、便利さを示す「アクセシビリティ」のエッセンスを加え、さまざまなサービスを展開する「ロボティクス・アクセシビリティプロジェクト」を、前身での活動を含めると約8年前から進めています。ロボットと人が共生する未来づくりについて、弊社のプロジェクトメンバーである黒川崇裕、滝澤友香里が紹介します。

誰もが一歩外に出たくなる社会をつくる

ロボティクス・アクセシビリティプロジェクトは三つのテーマで構成しており、それらを掛け合わせることで社会に貢献していくことを目指しています。その三つとは、ロボットを活用したサービスであるRaaS(Robotics as a Service)、モビリティを活用した移動支援であるMaaS(Mobility as a Service)、そして、RaaSとMaaSを含めたあらゆるサービスに、到達しやすさを示す「アクセシビリティ」や人に対しての使いやすさを表す「UD」の視点を加えるUDaaS(Universal Design as a Service、私たちが作り出した造語)です。

解説図:ロボットを活用した街づくり・都市開発(RaaS)と、モビリティを活用した人・モノの移動支援(Maas)、あらゆるサービスをつなぐアクセシビリティ・UD視点(UDaaS)の関係性

ロボットやモビリティの分野とアクセシビリティ・UD視点を掛け合わせた理由は、二つの考え方が相似していると気づいたからです。
アクセシビリティ・UD視点では、ハード面においては、障害があるのは「人」ではなく「環境」にあると捉えます。そのため、屋内外の段差を解消するためのスロープ設置など、バリアフリー化を推進。とはいえ、すべてをバリアフリーにできないケースもあるので、その部分は、人同士の助け合いなど、心のバリアフリー(ソフト面)でカバーしていこうという考え方があります。
実は、ロボティクス・モビリティも同様で、まずはロボットが働きやすいよう、環境側から整備を進めていきます。でも、ハード面の整備だけではロボットが100%の力を出せない時がある。そこで、ロボットへの理解を促進し、ロボットと人が一緒に作業することで、できることをより増やしていこうという考え方があります。
アクセシビリティ・UDが、多種多様な「人」との共生社会を目指しているのに対し、ロボティクス・モビリティは、ロボットも多様性の一つと捉えて、地球上の「あらゆるもの」との共生を目指していると言えます。ロボットが移動しやすい経路が、人にとっても歩きやすいように、ロボットにやさしい社会は、人にもやさしい。この視点はとても大切で、この考えに立ってロボットの開発を行うと、より快適な暮らしを実現できるだけでなく、労働人口不足など、今まで人だけでは解決できなかった問題にもアプローチできる可能性が生じます。なので私たちは、アクセシビリティ・UDを意識したロボティクス・モビリティ開発を進めるようにしているのです。

アクセシビリティ・UDと、ロボティクス・モビリティの考え方

解説図:ハード(物理的)、アクセシビリティ・UDと、ロボティクス・モビリティの考え方

解説図:ソフト(心理的)、アクセシビリティ・UDと、ロボティクス・モビリティの考え方

イラスト:ロボティクス・アクセシビリティプロジェクトが目指す、あらゆる場所で人とロボットが共存している社会のイメージ

プロジェクトが目指す社会のイメージ。あらゆる場所で人とロボットが共存している。
自宅の中、自宅から目的地への移動、目的地の中でもサービスを提供することを目指す。

プロジェクトが目指すのは、「一歩外に出たくなる、家から社会までつながる世界」。障害のある・ないにかかわらず、家の中から外出先までを含む街全体で安心・安全に快適に過ごせる環境を作ることを目標にしています。具体的には、ロボットやモビリティを活用したサービスと、弊社が得意とする住空間・オフィス空間ソリューションとを掛け合わせ、快適な場所を実現。さらに、その場所まで安心・安全に移動できるサービスも導入することで、多くの人が街全体にアクセスしやすくなり、日常から非日常の体験までできるようになることを目指しています。
ロボットやモビリティというと遠い未来の話のようですが、まずは5年後、10年後のビジョンを描くことで、今あるサービスや製品をどう設計していくか逆算し、開発に取り組んでいます。

イラスト:車椅子ユーザーの清掃スタッフがロボットを使ってオフィスを清掃する例。UDaaS(Universal Design as a Service)のイメージ。

UDaaS(Universal Design as a Service)のイメージ。車椅子ユーザーの清掃スタッフがロボットを使ってオフィスを清掃する例。

イラスト:目の見えない、見えにくい方に対して、普段は別の仕事をしているロボットが、お客様が来られた時に案内の役割を担うイメージ。

普段は別の仕事をしているロボットが、お客様が来られた時は案内の役割を担う例。

障害のある方にも、非日常の体験を楽しんでほしい

パナソニックは、創業者の松下幸之助が「製品には親切味、情味、奥ゆかしさ、ゆとりの多分に含まれるものを製出し、需要者に喜ばれることを根本的の信念とすること」と語るなど、UDを大切にする企業DNAが根付いています。私たちも、安心・安全な移動を提供するだけでなく、そのアクセシビリティを高める取り組みをすることで、非日常の体験を楽しんでほしいと考えています。そう強く考えるきっかけとなったのが、現在のプロジェクトの前身である、パラリンピック統括部としての活動でした。
パラリンピック期間中は、パラリンピックの観戦や、その周辺を観光するために、障害のある方が街中を移動する機会が増えると予想しました。スムーズな移動を支援するべく、年齢や体力、障害のある・なしにかかわらず人々が安心・安全に競技会場や観光地などにアクセスでき、さらにはロボットやモビリティによる移動自体も楽しめるような新規事業を検討。その実現にむけ、実証実験をいくつも重ねていました。
その一つが、「目的地への移動支援」です。広い駅構内で、お客様の安全な移動を検討していた高輪ゲートウェイ駅において、本体にサイネージ(液晶ディスプレイ)を搭載した自律移動ロボット「HOSPI Signage(ホスピーサイネージ)」を活用。人混みや障害物を検知・回避しながら、ディスプレイでの経路案内と二カ国語での音声案内で、お客様を目的地まで誘導しました。また、移動に不安を感じる方には、ロボティック・モビリティ「PiiMo(ピーモ)」に乗車いただき、HOSPI Signageの後を自動的に追従することで、安心・安全かつ新しい移動体験を提供しました。
さらに、「目的地内での移動支援」も行いました。居心地のよい店づくりを目指す有楽町マルイでHOSPI Signageを活用。事前アンケートで場所が分かりづらいとの意見があったお手洗いや授乳室、エレベーターなどの場所をタッチパネルで選択できるようにし、施設情報を画面に表示するだけでなく、HOSPI Signageがエレベーターホールまで案内しました。コロナ禍における人と人の接触頻度を減らしつつ、お客様がスムーズに移動できるようにサポートすることができました。

イラスト:目的地へと案内するHOSPI Signageを、ロボティックモビリティPiiMoが自動で追従するイメージ

高輪ゲートウェイ駅での実証実験イメージ。目的地へと案内するHOSPI Signageを、ロボティックモビリティPiiMoが自動で追従。

イラスト:HOSPI Signageがお客様を場所が分かりにくいエレベーターホールまで案内するイメージ

有楽町マルイでの実証実験イメージ。HOSPI Signageがお客様を場所が分かりにくいエレベーターホールまで案内。

また、ロボット以外のソリューションで車椅子ユーザーの困りごとを解決する実証実験も行いました。障害のある・ないに関わらずすべてのお客様が安心してお買い物できる店舗づくりを目指す丸井錦糸町店で、弊社の画像物体検知技術を用い、優先エレベーターの利用対象者がエレベーターを利用しやすくなるように自動でアナウンス。ICT機器を活用しつつ、エレベーターの譲り合いという人々の「心のバリアフリー」をいかに醸成するか、という課題にもチャレンジしました。

社会環境を予測し、バックキャストで取り組みを推進

これらパラリンピック統括部としての活動を通して、また、パラリンピックそのものに刺激を受けながら、私たちはアクセシビリティに関する知見を深めていきました。しかし、当のパラリンピックは無観客での開催となり、社会全体での取り組みスピードも停滞。パラリンピックを契機に心のバリアフリーやアクセシビリティへの関心が一気に高まることを期待していただけに、悔しい結末となりました。そして、パラリンピック統括部も大会の閉会とともに解散を迎えます。しかし、アクセシビリティの向上は今後も求められると予測できたため「ロボティクス・アクセシビリティプロジェクト」を発足。ロボット、モビリティ、その他最新テクノロジーを活用したサービスをどのように実装すればアクセシビリティが高まり、人々が暮らしやすい街・都市になるのか。理想の未来から必要な施策を考えるバックキャストの視点で取り組みを推進しています。
直近では、2024年4月に改正障害者差別解消法が施行され、民間事業者における合理的配慮の提供が法的義務化されることも追い風としながら、私たちはレジデンスのような住空間、オフィス空間において役立つサービスを導入していく予定です。社会全体がアクセシビリティについて考えるこのタイミングを逃さず、障害のある・なし、年齢や体力に左右されない社会にするためのサービスをどんどん広げていきたいです。

写真:パナソニックへの入社のきっかけについて語る黒川

黒川がパナソニックを意識したきかっけは、小学生の頃、障害のある方に就労の場を提供していた松下電器のニュースを見たとき。感銘を受け、卒業文集に「松下電器に入りたい」と書いたという。

パナソニックならではのユニバーサルデザインでこれまでにないテクノロジーを

実は、パラリンピック統括部時代のアクセシビリティに関する考え方は、国際ユニヴァーサルデザイン協議会(IAUD)主催の「IAUDアウォード」で金賞を受賞しています。弊社がアクセシビリティやUDの考え方を取り入れながら、人々の移動やナビゲーションを円滑に行う、ハード・ソフト統合型ソリューションの開発を推進していることが評価されました。

解説図:多様な施設利用者に対して、誰にも理解しやすい情報表示を提供、スタッフ不可を軽減しながら高品質なサービスを提供、モビリティを活用し、安全・快適・スムーズな移動をサポート、パーソナルデバイスを利用した個人のニーズに合わせた経路案内など、パナソニックのアクセシビリティの考え方を図式化。

2016年12月9日、一般財団法人 国際ユニヴァーサルデザイン協議会(IAUD)が主催する「IAUDアウォード2016」の発表が行われ、パナソニック株式会社は「2020年に向けたアクセシビリティ向上の取り組み」で金賞を受賞。

しかし、私たちにとって受賞は通過点に過ぎません。ゴールは「一歩外に出たくなる、家から社会までつながる世界」。ロボティクスやモビリティを進化させ、そこにアクセシビリティや、パナソニックが創業以来大切にし磨き上げてきたUDの視点を組み合わせることで、より良い世界を実現していくこと。それが私たちの使命だと思っています。
実現するには正直まだかなりの時間がかかると考えます。私たちだけの力でできることも限られているので、国や自治体、協業先など多様なパートナーにご協力いただきながら、活動の幅をどんどん広げていきたいと思っています。

写真:パナソニックへの入社のきっかけについて語る滝澤

滝澤がパナソニックに入社した理由は、UDに携わるため。
障害のある家族がいる環境で育ち、就職活動で赴いた国際福祉機器展でパナソニックのロボット・UD製品に出会ったことがきっかけだったという。

編集後記 編集後記

人物イラスト:中尾洋子 パナソニック(株) 全社UD推進担当主幹

中尾洋子 パナソニック(株) 全社UD推進担当主幹

UDの多様性に配慮する考え方は、時代の変化を反映して、人だけでなく、対象が社会や環境まで広がりつつあります。その対象にロボットも最初から入れて検討することで、人にとっても社会にとっても幸せな世界を実現できる可能性にワクワクします。人とロボットが共生する場面が増える中、テクノロジーとアクセシビリティやUDをかけ合わせて、弊社らしいお役立ちが出来るのではないかと考えています。