株式会社リヴァ 代表取締役
株式会社リヴァ法人事業部 臨床心理士/産業カウンセラー
身体の衰え、役割の喪失、親しい人々との別れなど、老年期はうつのリスクが多いにもかかわらず、うつのサインが「加齢のせい」と見過ごされやすく、対応が遅れがちです。
うつ病の方の社会復帰支援に取り組んでいる株式会社リヴァの伊藤崇代表取締役と臨床心理士の成海由布子さんに、老年期のうつを予防するヒントをうかがいました。
老年期のうつと他の年代のうつに本質的な違いはなく、診断基準は同じですが、老年期のうつにとくに目立つ症状がいくつかあります。
まず、老年期のうつでは、若い人のうつに比べて、抑うつ気分のような精神症状が目立たず、頭痛やめまい、腰痛、肩こり、吐き気、耳鳴り、しびれなどの身体症状が強く出ます。
これは身体疾患のように見えることから「仮面うつ」とも言われる症状で、高齢者の場合はなかなかそれが精神疾患だろうとは思い至りません。本人も、周りも、「加齢による不調だからたいしたことない」と見過ごし、鎮痛剤などを飲んで対処しているうちにどんどん重症化してしまいがちです。
妄想はどの年代のうつにも見られることのある症状ですが、老年期に多いのは、以下の3つです。
認知症の場合は、「お金を盗まれた」などの被害妄想が多く見られるのに対し、自責よりの妄想が起こりやすいのが〈老年期のうつ〉の特徴です。
じつは、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害などでも抑うつ状態や妄想が見られることがあります。また、高齢者のうつ病は認知症と密接な関係があり、一部の症状がよく似ているため、専門家でも鑑別に難しいところがあります。高齢者のうつ病は、症状が出ていても「年齢のせいだろう」と本人も家族も見過ごしてしまい、受診が遅れがちです。うつ病の場合はもちろん、認知症やほかの病気であっても早めの対処が大切ですから、家族や周囲の人は〈うつ〉のサインを見逃さないようにしましょう。
食欲は落ちていないか。睡眠はとれているか。以前は楽しんでいたことが楽しめなくなっていないか。ポイントは、「いつもとちがうこと」に気づくことです。
高齢の家族がからだの不調を訴えることが増えたら、「それは歳のせいだから」「誰でもそうなるから」と流さず、丁寧に聞いてあげることが重要です。そして、ふだんから本人のことをよく知っているかかりつけのお医者さんに相談しましょう。もしそこで「うつ」の疑いが強ければ、心療内科や精神科への紹介状を書いてもらえます。
65歳以降の老年期には、身体が弱って今までできていたことができなくなったり、子どもが巣立ったり、定年退職をしたり、身近な人を亡くしたりと、大きな喪失感を抱えることが増え、うつになるリスクが増えてきます。
それを予防するためには、できるだけ若い頃から、心理的、社会的なネットワークをつくって、役割や興味の対象の数を増やしておくといいと思います。
たとえば、仕事だけ、子育てだけで生きてきた人がそれを失うのと、いろいろあるうちのひとつを失うのとでは、喪失感の度合いがまるで違ってきます。仕事や子育て以外に複数の役割や生きがいを持っておくことは、人生を豊かにするとともにうつのリスクを下げることにつながります。善は急げということで、さっそく今の趣味や生きがいや仲間などリソースを見直してみてはいかがでしょうか。
また、〈老年期うつ〉というものがあるらしいという知識を持っておくだけでも、無意識の働きが予防になり、行動も変わってきます。「引きこもっていたいなあ」と思っても、「いやいや、こんな時こそ、とにかく外に出てみよう」という風に、気持ちを切り替えられるかもしれません。
老年期をどう生きていくかを考えるに当たって、「WILL」(やりたいこと) 「MUST」(やらなければいけないこと) 「CAN」(できること)の3つのキーワードが役に立ちます。
今までの人生をこの3つのキーワードでふりかえってみましょう。若い頃はたくさんあったWILLが、仕事や家族に対する責任が増していったなかで、たくさんのMUSTに押しつぶされてはいないでしょうか。ぜひ自分を解放して、WILL=やりたいこと、CAN=できることを発見しましょう。「やりたいけど無理」と思い込んでいることでも、視点を変えればできることがあります。
ただし、やりたいこと、できることを早く見つけなければ!と焦ってしまっては、またまたMUSTに傾いてしまいます。「こうあるべき」という考えは少し脇に置いて、もっと柔軟に、そのことを考えるとなんだか楽しい、ワクワクする、そんなWILLを探しましょう。
最近の大がかりな高齢者に関する調査研究によると、加齢により身体機能や親しい人など喪失していくものが増えるにもかかわらず、80歳以降で逆に幸福度が高い人たちがいることがわかってきました。
ポイントは喪失にどう対処、適応するのかという点なのですが、60歳を超えたあたりから、「こうありたい」という目標のレベルを、身体の衰えに合わせて下方修正し、がんばらない。喪失に対してもいい意味であきらめ、受け入れていく。意志の力で努めるのではなく、いくつもの喪失を経て、いろいろあるけれど、それはそれでなんとかなるという体験を積み重ね、あるがままの自分を受け入れることで、幸福を感じるようになるのではないでしょうか。80歳を過ぎてからの超高齢期におけるこのような境地を「老年的超越」と言います。
スウェーデンで提唱された「老年的超越」という概念にはいくつかの要素があり、その一つに宇宙という大いなる存在につながっているという宇宙意識があります。日本で言うなら、「ご先祖様」と「子どもや孫」のつながりの中で生きているという意識がそれにあたります。仏壇や神棚に手を合わせると落ち着くというのは、その事例と言えるかもしれません。
年齢を重ねることで、「自分が自分が」という思いより、「おかげさま」という感謝の心を持つようになることも、老年期に幸福感を感じる大事な要素と言えそうです。
もともとアンチエイジングという言葉には、若い方がいい、周囲から若く見られることが幸せであるという固定的な価値観が前提にありました。けれども、最近の老年学では、「老年的超越」のように主観的な幸福を重視し、多様な価値観のもと、エイジングを肯定的に捉える考え方が主流になっています。白髪やシワが増えても、笑顔でいられるなら素敵じゃない?という考え方です。
身体的な不自由さが増えていくことに対して、それを嘆くばかりではなく、受け入れて、うまくサポートやツールを使って対処できれば落ち込まずにすみます。
たとえば老眼鏡を恥ずかしいと感じるのは、とにかく若いことがよいことという価値観が根っこにあるのかもしれません。そうではなく、せっかくだからおしゃれな老眼鏡にしようと思えば、老眼鏡を使うことが楽しくなってくるのではないでしょうか。耳が聞こえにくくなったら、高性能で質の高い補聴器を買おうかなとか、足下が不安になってきたら、英国紳士のようにステッキを持とうとか、不自由さにも自分らしく適応する力を高めていく。そうやって、60代、70代のうちから、若くあることだけをよしとする価値観から自由になっていけば、幸せな80代、90代を送れると思うのです。
2011年6月よりうつ病などメンタル疾患の方の社会復帰をサポートする事業を開始。疾病による休業期間を、「自分を見つめ直し、生き直すための機会」と捉え、都内4カ所と仙台、全5カ所のトレーニングセンターで、生活リズムを整え、グループワークを通して自分を客観視し、ストレスや課題に向き合いながら自信を取り戻すための多彩なトレーニングプログラムを提供。2019年9月の時点で755名の利用者が社会復帰を果たしている。
中尾洋子 パナソニック(株) 全社UD推進担当主幹
高齢の親に「食欲がない」とか「肩がこる」とか言われても、「年だからだよ」と言ってしまったと思うので、今回のお話を聞けて良かったです。また、あるがままの自分を受け入れることで幸福を感じるようになる、というのはとても重要なポイントだと思いました。決して無気力になるのではなく、しんどい時やうまくいかない時も、「こういうこともある」とか「これはこれで楽しもう」と思えたら素敵ですね。
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