建築家
アトリエ4A代表
「人生100年時代」を迎え、50代、60代のうちにリフォームをして快適な老後に備えておきたいという方が増えています。
「六十歳から家を建てる」(新潮選書)など数多くの著書を執筆し、老後を見据えた住まいづくりやリフォームを精力的に手がけてこられた建築家の天野彰氏に「100歳まで安心なリフォーム」についてうかがいました。
リフォームを考える前にぜひ思い描いてほしいのが、人生を時計に見立てた「人生時計」です(図1)。一回りで100歳だとすると、前半には、代表的なライフイベントとして、結婚、育児があります。後半には定年退職が控えています。また、人によっては、子どもの結婚、孫の誕生などもあるかもしれません。そのあたりまではプランをお持ちかもしれませんが、70歳から先はどうでしょうか。その頃は親の介護をしながら、自分たちの足腰も弱くなっているかもしれない。いずれにしても、これから先は子育てよりも、介護、それも在宅介護を考えた住まいが必要になります。自分は今、「人生時計」のどのあたりにいるのか。この先何が起こるか。親はどうなるか。子どもはどうなるか。具体的に想像してみてください。リフォームの考え方がまったく変わってくると思います。知力、体力のある50代、60代のうちに、前向きなリフォームで、明るく元気な老後に備えましょう。
すでにお子さんが巣立たれ、夫婦ふたりだけの暮らしになっている方にぜひお薦めしたいのが、増築ならぬ「減築」。自分たちが住む空間を小さくすることで、余剰スペースを活用するという発想です。
たとえば使っていない部屋を壊して中庭をつくる。そうすれば風通しがよくなり、外光が入るので室内も明るくなります。
あるいは子ども部屋が空いているなら、そこをアパートとして他人に貸すという方法もあります。そうすれば月々家賃も入る。周辺の家賃の相場が仮に10万円だとしたら、その半分の5万円で貸す。その代わりに力仕事や買い物などちょっとした用事をお願いするという条件付きです。家族ではなくても同居人がいれば何かと安心。私はこれを「契約同居」と呼んでいます。
これからの住まいに絶対必要な条件は「2S+3F」です。「2S」は、災害に強い自助=セルフディフェンスのSと、自立して住める=セルフサポートのS。「3F」はバリアフリー、ケミカルフリー、メンテナンスフリーの3つのフリーです。
セルフディフェンスでとくに重要なのは耐震化です。建物自体の倒壊を防ぐために骨組みを補強するのはもちろんですが、寝ている間に家具が倒れてきて、その下敷きになってしまう危険を防ぐ必要もあります。家具が倒れるのは、振り子現象によって上部が大きく揺れるからです(図2)。床から天井までを隙間なく収納家具にしておけばまず倒れることはなく、家自体の補強にもなります。箪笥があるなら、その上に天井まで届く収納棚を日曜大工でつくればいいのです。耐震用の突っ張り棒で補強している方もおられるかと思いますが、突っ張り棒はプラスターボードの天井とベニヤ板の箪笥にめりこんでしまい、つっかえとはなってくれません。
バリアフリーと言うと段差をなくすことだと思われるかもしれませんが、ヒートショックを防ぐために浴室、トイレ、寝室、廊下などの温度差をなくすことも大切です。
また、高齢になってもプライバシーや尊厳を保ち、家族や他人に負担をかけることなく暮らすためには、ただ段差をなくしてバリアフリーにするのではなく、日常生活に必要な能力を維持・向上するリハビリ機能が大事です。2階建ての家なら、あえて2階を使いましょう。階段を使うことによって足腰が鍛えられ、1年でも2年でも健康寿命を延ばすことができます。認知機能の低下を防ぐためにも、家の中で視点が変わることは大事です。階段を一段上るだけ、小上がりに上がるだけでも、見える景色は変わってきます。
人は明確な高低差のあるところではつまずかないものです。つまずくのは平らだと思っているところ。敷居や階段に貼った滑り止めテープに足をひっかけるのです。小上がりなら、まず腰をかけてから両足を自分で持ち上げられます。自力で上がるのが難しくなったら、もう一段低い段差を設ける、あるいは手すりをつければいいのです。
また、尊厳を守るということでは、ひとりでトイレに行けるということがなにより大切です。寝室のすぐ横にトイレをつくれば、夜中に起きても、引き戸を開ければトイレに行くことができます。
リフォームは夫婦の暮らしを見直す絶好の機会です。私が50代、60代のうちにリフォームを勧めるのは、資金繰りしやすいという面もありますが、人生後半を良い関係でいられるように夫婦のあり方を見直してほしいからです。定年退職後の夫は家で何をして過ごせばいいのか?すでに趣味や楽しみを見つけている妻は、毎日夫が家にいる長い老後を不安に感じているかもしれません。人生100年時代は定年後も働くことがあたりまえになっていきます。在宅ワークということになれば、夫も妻も家の中にワークスペースを確保したい。夫は塾を開きたいかもしれないし、妻は趣味のギャラリーを持ちたいと考えているかもしれません。
リフォームをしようとした瞬間から、相手がこんなことを考えていたのか!という発見が多々あります。そしてリフォームをした人たちは必ず「今、リフォームをしてよかった」と言います。
子どもたちが巣立っていったら、改めて男と女としての夫婦の関係を見直すチャンス。浴室や脱衣室、寝室には、間接照明や鏡を多用し、広々と開放的で、“色気”が醸し出される家にしたいものです。鏡があると、特に女性は自分の見た目を意識するようになります。それこそが色気の原点であり、若さを保つ秘訣なのです。
夫婦は一心同体というのはウソで、「暑いのが嫌い」「寒いのが苦手」と体感温度も違えば、好みのインテリアも違います。ですから、夫婦の寝室をパーテーションや引き戸で2つに分け、空調もインテリアもそれぞれの好みに合わせれば、夫も妻も快適に眠れます。たとえば妻の方にはベッドを置き、和室が好きな夫のほうは小上がりをつけて畳を敷く。小上がりの下は収納にすれば、スペースが有効に使えます(図3)。
すでに寝室は別々にお持ちのご夫婦もおられるかもしれませんが、災害時や体調が急変したりする場合に備えて、互いの気配がわかり、いつでも声をかけ合える場所で寝ることが大事です。
主婦も50代、60代になると、もう家族のためにごはんをつくるのはおしまいにしたいと考えるものです。では誰のためにつくるかといえば、友だちのためであり、自分のため。だから、友だちとワイワイ楽しく料理ができるキッチンがいいのです。なかには料理教室を開きたいと考える方もおられるかもしれません。孫と一緒に料理をつくるのもありでしょう。子どもや夫とも一緒につくれば、料理も家事ではなく、みんなで楽しめるレジャーになります。火を囲んでワイワイ楽しむ、炉端のようなダイニングキッチンが理想です(図4)。
今回お話ししたのはほんの一例ですが、知力も体力もある50代、60代のうちに、人生100年時代を見据えた素敵なリフォームをしていただければと思います。せっかくの機会ですから、夫婦でお互いに思っていることをじっくり話されてみてはいかがでしょうか。
1943年愛知県に生まれる。日本大学理工学部経営工学建築科を卒業。
大阪万博で「生活産業館」をプロデュース、建築家集団「日本住改善委員会」を組織し、生活に密着した住まいづくりやリフォームを手がける。元通産省「産業構造審議会」や厚生労働省「大規模災害救助研究会」などの専門委員も歴任。住宅や医院・高齢者施設などの設計監理を全国で精力的に行うほか、「住まいと建築の健康と安全を考える会」を発足、テレビや講演、新聞、雑誌など広く活動している。
中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当
先生が50代からのリフォームを勧められるのは、人生100年時代の折り返し地点で、これからの生活を考えた方が幸せな人生が送れるから。確かに50歳からこれまでと同じくらい長い期間があると考えれば、体のことだけでなく、セカンドライフの仕事や趣味のことも、この年代でよく考えておくべきですね。リフォームを検討される際は遠慮せずに、やりたいことをとことん検討して素敵なお家にして下さいね。
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