慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授
認知症と診断されても、これから先、どんなトラブルが起こり、どんなふうに切り抜ければいいのか、当事者の体験や知恵から見通しを立てることができれば、不安の軽減につながります。
当事者約100人へのインタビューを起点に、認知症フレンドリーな社会に向けた活動を重ねる「認知症未来共創ハブ」代表の堀田聰子先生に認知症とつきあいながら暮らすヒントをお聞きしました。
「認知症未来共創ハブ」では、認知症のある方の発症から現在までのあゆみ、日常生活の様々な困りごとと、その背景にある心身機能のトラブル、これらとつきあう暮らしの知恵を、ご本人の「語り」に基づいてまとめたデータベースをつくり、随時更新しています。
当事者ナレッジライブラリーでは、日常生活のさまざまなシーンをカバーできるように、衣(着る)・食(食べる)・住(住む)・金(お金をまかなう)・買(買い物をする)・健(心身をケアする)・移(移動する)・交(交際する)・遊(遊ぶ)・学(学ぶ)・働(働く)の11の領域で困りごとをキーワード(生活課題)にまとめています。さらに、そのさまざまな背景として、ひとまず認知症のある方がインタビューの中で語った心身機能のトラブルや誤作動を紐づけるとともに、もしあれば、それぞれの具体的なシーンでのご本人の知恵や工夫も整理しています。
図 生活領域別困りごととご本人の知恵(「食事の準備」の例/抜粋)
注:本図は「生活課題から」の検索によるもの。当事者ナレッジライブラリーでは、「ひとから」「心身機能障害から」も検索可能となっています。
例えば生活領域「食」のうち、「食事の準備」について、具体的な困りごとと関連する心身機能障害、ご本人の知恵を一覧にしたものを抜粋した図をみると、2日ぶんつくって負荷を下げる、工程を分解するといった自ら食事の準備を担う上での工夫のみならず、思ったようにいかなかったときのとらえ方、うまく家族や専門職の手を借りるといった多様な知恵があげられています。
認知症のある方が日常生活の中で感じる困りごとの背景のうち、心身機能のトラブルは「記憶」「五感」「時間・空間」「注意・手続き」の大きく4つに分けられました。
一般に、認知症というと「物忘れ」と思われていることが多いですが、じつは記憶に関わるトラブルはごく一部。人によっては、記憶のトラブルはあまりなく、光や音に敏感になる・味覚や嗅覚がかわってくる(五感)、日付や時間の感覚が失われたり、素麵を茹で始めたのが、さっきだったのか昨日だったかといった時間の経過がわからなくなる(時間)、距離や奥行きの感覚、自分の身体の位置の認識が難しくなる(空間)等ということもあり、その症状や体験は一人ひとり異なります。
等身大の当事者の視点と経験を知るうえで、当事者ナレッジライブラリーがひとつの手がかりになればと思っています。
当事者インタビューを重ねるにつれ、認知症のある方が生きている世界をもっと多くの方に伝えることが、本人やご家族、これから認知症になっていくすべての人たちにとって認知症との付き合い方やまわりの環境を変えていくうえで重要ではないかと考えるようになりました。
そこで、認知症未来共創ハブの運営団体のひとつである特定非営利活動法人イシュープラスデザインでは、当事者のインタビューのデータに基づき、認知症のある方が日常的に経験する出来事を誰もがわかりやすく身近に感じられるように、旅のスケッチと旅行記の形式で「認知症世界の歩き方」ストーリーをまとめ、書籍や動画、ゲームとして展開中です。あわせてぜひご覧ください。
書籍『認知症世界の歩き方』
著者:筧 裕介
監修:認知症未来共創ハブ・樋口直美・鬼頭史樹・堀田聰子
発行:ライツ社
認知症のある方から、疲れやすくなる、とくに脳が疲れてしまうという声をお聞きすることは多いです。高次脳機能障害の当事者で、病名は違っても脳がコワれたら「困りごと」はみな同じと考え、精力的に執筆を続ける鈴木大介さんは、脳の情報処理を行うエネルギーを「認知資源」とすると、疲労とは疲れが蓄積していくものではなく、この認知資源が減少していくことだとおっしゃっています*。以前、レビー小体型認知症の樋口直美さん**と鈴木さんの対談にご一緒したときにも、疲れの話題になり、「不安」が認知資源を削る、だからこそ脳と身体が苦しくなったら横になって休めるような生活の余裕をもつ、相手に伝えておくといった対処法が語られました。***
何もせずに部屋にいるだけでも、いろいろな外的な情報を過敏に受け止め過ぎて、疲れてしまうこともあります。そんなときは、生活空間をチェックしてみることも有効です。例えば、まぶしさが苦手ならカーテンを引く。インテリアの模様が気になるなら、無地にしたり色の組み合わせを工夫する。会話のときはテレビや音楽をなしにする…。ご本人とご家族で相談しながらいろいろ試してみるとよいでしょう。
食事の準備の(ご本人の)知恵のなかにも家族や専門職の助けを得ることがあげられていましたが、認知資源を大事なことに集中できるためにも、満遍なくじぶんでやり続けようとがんばりすぎず、周囲に頼ることも重要です。ここでもポイントは一緒に考えることです。失敗をきっかけに、ご家族が優しさと心配からやめさせてしまうと、挫折感が残ります。トーストを焼き始めたのを忘れて丸焦げになってしまったとき、次からはトースターの前から離れずに見続けて、うまく焼けたという方がいらっしゃいました。一度失敗しても、ちょっとした工夫でうまくいけば、小さな成功体験になります。それがまたやってみよう!につながります。
テクノロジーを使って、うまく認知症とつきあう方も増えています。スマホのアラーム機能で一日の予定を管理したり、カレンダーアプリを家族や支援者と共有してスケジュールを忘れないようにしている方もいらっしゃいます。軽度認知障害のある50代の女性は、睡眠の質と量が翌日の体調に影響するという実感から、快眠アプリ「スリープマイスター」で体調を整え、クローゼットの服や小物をデータ化して管理する断捨離アプリ「クロダン」も活用しているそうです。
コロナ禍で、オンラインでの交流も盛んになりました。全国の認知症カフェのなかにも、オンライン化してどこからでも参加できるようにしたところもあります。
家電のなかにも、認知症のある方の暮らしをサポートするものがありそうです。
火の不始末は、時に一人暮らしの認知症のある方が在宅での生活を断念するきっかけになりますが、火を使わないIH調理器であれば、ご家族も安心だと思います。卓上式IH調理器なら工事も不要で、自治体によっては補助金制度もあるので、利用されている方がたくさんいらっしゃいます。
卓上IH調理器
2つのセンサーが鍋底の温度を検知し、コースに合わせた自動の火加減と、加熱しすぎない安全性を実現。
ボタン一つでとろ火・強火の火力調節もできるため、操作が簡単。
TVが洗濯の終了やゴミを出す日などを教えてくれる「音声プッシュ通知」サービスも、ひとり暮らしを続けたい人の味方になってくれるかもしれません。70代のひとり暮らしの方で、さまざまなことを忘れないように、短冊状の紙に書いて、鴨居にたくさんぶらさげている方がおられるのですが、短冊の量があまりに多いので、重なってしまって見にくいうえに、貼り付けたこと自体を忘れてしまうこともあるそうなのです。毎日見ているTVが、音声で、その都度リマインドしてくれるのはありがたいことです。もちろん、家族で「また忘れたの?」を防ぎ、家事のストレスや負担感を分担するうえでも有効だと思います。
「音声プッシュ通知」サービス
テレビやロボット掃除機から、うっかり忘れがちな「ゴミの日」や「薬の時間」、お出かけ前に便利な「今日の天気」などを音声でお知らせすることで、快適なくらしをサポート。
さらに、対応のIoT家電と連携させると、家電の運転状況をお知らせ。
- 家電の動作状況を通知するには、別途、対応のIoT家電が必要です。
- サービス提供内容は改善等のため、予告なく変更、停止する場合があります。
- ご利用には、対応のIoT家電をインターネットに接続することが必要です。
- ご利用には、CLUB Panasonic IDが必要です。
- 荷物の配達状況(ヤマト運輸)の通知には、クロネコメンバーズ(外部リンク)の登録が必要です。
出典:独居認知症高齢者等の生活事例【地域包括支援センターのデザイン】
TVといえば、通常のリモコンは機能が多すぎてわかりにくいので、よく使うシンプルな機能だけに絞った「かんたんリモコン」を使っている方も多いです。不要なボタンを押せないようにテープでぐるぐる巻きにした、手作りのかんたんリモコンをご利用の方もいます。
新しい商品やサービスは、いつ使い始めるかが大切です。ご本人とともに、先の見通しをたてて、備えていくとよいでしょう。
ナイチンゲールは、ケアとは「生命力の消耗を最小限にするように生活を整えること」だといっています。認知症とつきあいながら暮らす環境を整えるときにも、この考え方は参考になります。
そこで、最後にナイチンゲールの『看護覚え書』をベースに、金井一薫さんが考案した5つのケアのものさしをご紹介します*。
3番のものさし、いまご本人の生命力を消耗させている原因を探り、それをできるだけ小さくする方法を考えます。5番の持てる力を使ってちょっとした幸せ、やってみたいことを実現すること、その成功体験は、4番の生命力の幅を広げることにつながります。これは1番の生命の維持・回復過程の促進にもなるわけです。
1人ひとり症状も違えば、心地よい環境も異なり、そして変化していきます。だからこそ、こうしたものさしを持って、本人と周囲の人がともに考え、試み、「そうきたか!」と振り返ってチャレンジを重ねていけるといいなぁと思います。
慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授
京都大学法学部卒業後、東京大学社会科学研究所特任准教授、オランダ・ユトレヒト大学訪問教授等を経て2017年4月より慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授(医学部・ウェルビーイングリサーチセンター兼担、認知症未来共創ハブ代表)。博士(国際公共政策)。人とまちづくり研究所代表理事、日本医療政策機構理事、コード・フォー・ジャパン理事のほか、社会保障審議会・介護給付費分科会及び福祉部会(厚生労働省)等において委員を務め、より人間的で持続可能なケアと地域づくりに向けた支援と加速に取り組む。
中尾洋子 パナソニック(株) 全社UD推進担当主幹
パニックになると普段できることも できなくなることがありますが、そういうことが、認知症のある方にも起こっているのかなと思いました。一度できないことがあっても、落ち着いて環境を整えたり、部分的なサポートがあればできるかもしれないということは、ご本人もご家族にも知って頂きたいです。お教え頂いた「認知資源」のムダづかいを防ぐ方法は、公共施設などでも取り入れて頂くと良いかもしれませんね。
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