国立研究開発法人 産業技術総合研究所
ロボットイノベーション研究センター 招聘研究員
高齢者に多い「生活不活発病」をご存じですか?“生活”が“不活発”になることによって、心身のあらゆる機能が低下する病気です。この病名の提唱者であり、長年の研究実績と被災地での調査でも注目されている大川弥生先生(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 ロボットイノベーション研究センター 招聘研究員)に、生活不活発病を予防する秘訣をうかがいました。
生活不活発病は、まさにその文字が示すように、「“生活”が“不活発”」になることで起こる、“あらゆる”心と体の働きの低下です。生活不活発病は、生活の不活発化があれば誰でも起こりうるものです。「年だから、衰えてきた」と思っていることが、実は生活不活発病そのものであること、あるいは生活不活発病が大きく影響していることが多いのです。特に高齢者では起こりやすく、一旦起こると回復が若い人より困難です。
もし、ご本人や周りの人が生活不活発病であった時、それはどのように気付くのでしょうか?生活不活発病は「生活動作の不自由さ・難しさ」として現れるので、ご本人や身近な人なら毎日の生活の中で気付くことができます。また、離れて暮らしているご家族でも、定期的な電話などを通じて、「生活動作の不自由さ・難しさ」がないかを見つけることができ、予防・改善することもできます。
では、生活不活発病はどのように予防・改善したらよいのでしょうか?生活不活発病は、「生活が不活発」なことが原因なのですから、「生活を活発化」させることで、予防・改善させることができます。不活発の「不」の原因を知って、それを取り除き、「生活を活発に」することがその鍵です(図1)。
そして、最も大切なポイントは、「社会参加」が活発な、いきいきと充実した生活を送ることが、生活不活発病を予防・改善する手段であり、目的であるということです。
生活不活発病についての正しい知識をもって、予防・改善のために、ご本人、周りの人に何ができるのかを考えていきましょう。
生活不活発病が他の病気と違う点、最も大きな特徴は、その名に含まれている「生活」にあります。生活とは、1日の朝起きてから夜寝るまでの1日全体のことで、生活不活発病は、私たちの「日々の生活のあり方・仕方」と関係が深いのです。
普通の病気は、細菌やウイルスなどの病原体や毒物が体内に侵入したり、怪我をしたり、脳卒中や心臓病のように体の中に変化が起きることで生じます。いわば人間の「生物」としての面に何らかの異常が起こることで病気になるわけですが、生活不活発病は「生活」の変化から生じるという点で大きく違います。
生活不活発病は、学術用語としては「廃用症候群」(disuse syndrome)です。「廃用」とは、体の機能を使わないこと、すなわち生活が不活発なことを意味します。しかし、耳で聞いただけではわかりにくく、また「廃」という字がわかると、「廃棄物」「廃人」などの言葉を連想され、不快感をもたれる当事者が少なくありません。
原因は「生活が不活発」なことであり、予防・改善の鍵は「生活の活発化」ですから、「生活不活発病」という用語を、私が提唱しました。
生活不活発病では、全身のあらゆる機能の低下が起こります。そのため、最初にでてくるのは個々の心身機能に関する症状ではなく、「生活動作(日常の生活上の動作)の不自由さ・難しさ」です。生活動作は多くの心身機能から成り立っているので、個々の心身機能の低下はわずかでも、それらの総合的な影響で、まず、全身を使って行うこと、つまり、歩いたり、立ち上がったり、段を上ったり、そのほかのさまざまな生活動作がやりにくくなったり、疲れやすくなったりしてきます。
ですから、図2に心身機能の症状を挙げていますが、この症状がはっきりしていない場合も「まだ生活不活発病にはなっていない」と安心してはいけません。
生活不活発病は、定年退職をした、一緒に出かけていた友人が遠くに引っ越した、風邪で2、3日寝込むなど、ちょっとしたきっかけから起こってきます。そして、初めはたいしたことがないように見えても、放置しておけばどんどん進行していきます。「動かない」→「そのために生活不活発病が起る」→「そのためますます動きにくくなる」という、「悪循環」が起るからです(図3)。
この悪循環を脱するには、生活が不活発になる前の状態にまで戻すこと、すなわち「よく動く」→「生活不活発病が軽くなる」→「いっそうよく動く」という「良循環」をつくることが必要です。
生活不活発病の予防・改善の方法ですが、そのポイントは、冒頭でも述べたとおり「生活を活発化する」ことです。特別の訓練や運動が必要なのではありません。いきいきと充実した、楽しい生活を送ることがポイントで、それは生活不活発病を予防・改善する手段であり、実は目的でもあるのです。そして、「いきいきと充実した生活」とは、具体的には「社会参加」が活発な状態です。
予防・改善のために、大切なのは「社会参加のレベル」の低下を防ぎ、向上させること、つまり社会や家庭生活でのさまざまな役割を増やすことです。社会参加の例を挙げると、仕事(「家事を含む」)や、さまざまな形での地域社会との交流、スポーツや趣味などを通して人生を楽しむことなど、生きがいや充実感につながるものです。社会参加が活発になれば、さまざまな種類・内容の動作を行うことで、自然に心身機能を使う機会が増えていきます。そんなふうに自然と体や頭を使う機会が増えていくことが、生活不活発病の予防・改善につながるのです。
定年退職や転居・同居など環境の変化がきっかけとなって、生活全体が不活発化することもあります。大事なことは、このような環境の変化があっても、これまでとは違うやり方で社会参加を続けられるように、外に出かける楽しみや、やってみたいと思う具体的なことを自分で見つけて、充実した生活を送ることです。
家の中でも「すること」があれば、生活の不活発化を防ぐことができます。家事は、外を歩くことに比べれば活動量が少ないように思われるかもしれませんが、実はそうではありません。ほとんどの家事は立って行うので、それだけでもかなりの運動量です。また、洗濯物を干したり、掃除機をかけたり、立ったりしゃがんだりしながら散らかったものを片付けるなど、外出に匹敵するほど心身機能を日常的に使うのですから、「生活の活発化」という点で非常に効果的なものです。
また、達成感や満足感を得られる点でも重要です。家族はそれ自体が小さな「社会」ですから、その暮らしをサポートすることは大事な仕事です。たとえ一人暮らしでも、いつ人が訪ねてきてもいいように、また自分自身が健康に過ごせるために行う家事は、やはり重要な「社会参加」です。
世間では、お姑さんには何もさせず、お嫁さんが何もかもやってあげるのがいいと思われがちですが、お姑さんから家事の機会を奪ってしまうのは、生活が不活発化する原因になってしまいます。これからは、社会全体で「生活不活発病予防」という考え方を理解してもらい、お姑さんに家事をやってもらうのが「よいお嫁さん」になることもあると思える世の中になってほしいものです。
ここで、これまで述べてきたことを理論的に考えるための基本的な考えを紹介します。
図4は、世界保健機関(WHO)が2001年に発表した「国際生活機能分類」(ICF)の基本的な考え方である「生活機能モデル」の要点をわかりやすく示したものです。
人が「生きる」ことは、社会参加をトップにした、生活動作、心身機能の3層の「積み重ね構造」から成り立っています。そして、社会参加の具体的な手段が生活動作であり、さらに、これらの生活動作は、それぞれさまざまな心身機能から成り立っています。
普通の病気の場合は、①病気により心身機能が低下して、②生活動作が不自由となり、③社会参加が制限されます。つまり「下から上へ」の流れとして捉えることができます。
ところが、生活不活発病の場合は、たとえば仕事という社会参加をやめると、外出の機会や付き合いが減り、足腰が弱くなる。つまり、①社会参加の制約が、②生活動作を低下させ、③心身機能を低下させる。普通の病気とは逆に、「上から下へ」の因果関係で起こってきます。
ですから、生活不活発病を予防するためには、社会参加を向上させることが大切です。社会参加をするために、歩く、階段の上り下りをするといった必要な生活動作を行い、その動作をすることで、自然にさまざまな心身機能を使う機会を増やしていく。このように「上から下へ」のものの見方・働きかけの方法を知ることが大事なのです。
生活を活発にする最適な方法は、その人らしい(個性に合った)「充実した生活」を楽しむこと、すなわち社会参加を増やすことです。それが無理なくいちばん長続きのする方法であり、結局はいちばん効果的な方法だからです。「生活を活発にしなければ」という義務感や努力だけではなかなか続きません。
この「充実した生活」、社会参加の状況は人によってそれぞれ違います。ですから、「自分にとって充実した生活とは何か?」「私はこれからどういう人生を送りたいのか?」を一人ひとりがよく考えなければなりません。その際、家族や親しい友人のアドバイスを聞いてみるのも有益でしょう。
繰り返しになりますが、最後にもう一度強調したいのは、生活不活発病を予防・改善するのは、その人が、自分らしく、いきいきと充実した生活を送ることです。生活不活発病の予防は、それ自体が目的なのではなく、いきいきと充実した生活を送ることこそが目的であるということです。それによって自然に生活が活発になれば、生活不活発病を防ぐことができるのです。
佐賀県生まれ。久留米大学医学部大学院修了。
東京大学助手、帝京大学助教授、(独)国立長寿医療研究センター 生活機能賦活研究部部長を経て、現在、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 ロボットイノベーション研究センター 招聘研究員。
専門領域は、生活機能学、リハビリテーション医学、介護学
主な著書:『「動かない」と人は病む 生活不活発病とは何か』
『新しいリハビリテーション 人間「復権」への挑戦』
中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当
“生活”が“不活発”になることで、誰にでも起こり得る“生活不活発病”。とても分かりやすい名前ですね。
先生のお話をおうかがいして、知ることで予防ができる病気だということも分かりました。ぜひ、身近な方にもお知らせ頂いて、予防に役立てて頂けたらと思います。
これからも皆さまのお役に立つ情報を発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
関連情報
UD関連ニュース
関連リンク
「ユニバーサルデザインってなんだろう?」
子ども達の「?」を解決するためのページです。
ユニバーサルデザインの楽しさや大切さを紹介しています。