京都教育大学家政科教授
料理には、心身の健康を増進し、生活の質を上げる効果があり、認知症のケアや予防に役立つということから、グループホームなどで「料理療法」[※詳しくは、いきいきライフデザインマガジン第11回「いつまでも料理を楽しんで、いきいき暮らす!」をご参照ください。]が拡がっています。みんなで一緒に料理をつくって食べるのですが、単なるレクリエーションではありません。参加される方がどの程度料理ができるかを観察し、何をつくるのがいいか、またどんな支援が必要かを考慮し、実施後の効果を評価するなど、音楽療法や園芸療法と同じように科学的な根拠に基づく「療法」として実施されているのです。
論より証拠。「料理療法」の提唱者であり、高齢者を対象とした「料理療法」の普及活動を進めておられる湯川夏子先生をお招きして開催した「ココロとからだ いきいき料理教室」の模様をレポートさせていただきます。
(左) 実施にご協力いただいたFujisawaサスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)内にあるサービス付き高齢者住宅
「ココファン藤沢SST」(神奈川県藤沢市)
(右) 峯野都史子(パナソニック(株)アプライアンス社)、湯川夏子先生、上原孝介さん(ココファン藤沢SST事業所長)、
中尾洋子(パナソニック(株)デザイン戦略室)
2017年3月4日(土)、神奈川県藤沢市のFujisawaサスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)内にあるサービス付き高齢者住宅「ココファン藤沢SST」のご協力により、「ココロとからだ いきいき料理教室」を開催しました。参加者はココファン藤沢SSTやFujisawa SSTほか近隣に在住のご夫婦2組と母娘2組に、お孫さんも加わった3世代のご家族も交えた5組の方々です。
料理教室を始めるにあたって、湯川先生が「料理を食べて元気になるのはもちろんですが、料理をすることでいきいきする。認知症の予防にもいいし、認知症になった人も料理ができる。毎日でなくても、ちょっとした機会に料理をすることが大事です」と話されました。
「80歳の母は『毎日毎日お料理つくっているから、もういややわ~。めんどくさい。あんたが帰ってくるから、しゃあない、つくるけどな』と言うんですが、私が『ああおいしい』『助かるわ~』と言うと、『しゃあないな』とつくってくれる。それが母を元気にいきいきさせていると思っています(笑)。そういう風に、人のためにつくる、人と一緒につくるということが、家庭での役割を失わないことにつながる。そんな料理の効果を実証していくのが、料理療法です。
料理療法のポイントは、お母さまができることはやっていただくということ。苦手なことがあれば、娘さんやご主人にサポートしていただき、娘さんはあくまで支援する、お母さんに教えていただくというスタンスでお願いしたいと思います。お母さんの役割を奪ってはダメ。つくってもらった料理を食べて『おいしいわ~』と伝えることが一番大事な役目です」(湯川先生)
「パナソニックでは、『いきいきライフデザインマガジン』をはじめとして、さまざまな人が、いきいきと暮らせる社会にするための取り組みをしています。その一環として、料理を続けることが高齢者の心にも体にも良いということで、料理教室を開催させていただけることになりました。
今日は、さまざまな家電を使って、楽しい料理の時間を過ごしていただければと思っています。」
「本日はご参加いただきありがとうございます。限られた時間ではありますが、ご家族、そして参加者みんなで、ぜひ料理を楽しんでください。」
「今日は、IHを使ってビーフカレー、オーブンレンジを使って、簡単に焼き野菜をつくります。オーブンレンジを使うと簡単に、とても美味しく焼き野菜がつくれます。また、ファイバーミキサーを使って、鉄分の多い小松菜で、スムージーをつくっていきます。最後の試食をぜひお楽しみに!」
「料理にはやり方の正解はないので、ご自分のやりたいようにご家庭の味を楽しくつくっていただき、その過程を楽しんでいただければと思います」という湯川先生のご挨拶が終わって、いよいよ料理づくりがスタートです。各テーブルにはそれぞれ卓上IH調理器と鍋、包丁、まな板と食材が揃っています。この日のメインは、各ご家庭の味や思い出が詰っているだろう「カレー」。湯川先生によると、料理療法のメニューはつくり慣れた料理が効果的なのだそうです。
2年前に奥様が交通事故に遭われたのをきっかけに、たまに料理をするようになったという80代のご主人は「カレーをつくるのは初めて」と少し緊張した面持ちで丁寧に野菜を切っていかれます。「手つきがなかなかいいじゃない」と目を細める奥様。普段の仲の良さが伝わってきます。
「カレーはいいわね。つくり方がわかっているから」と手慣れた様子で野菜を切る90代の女性は、じつは「料理をするのは24年ぶり」。「あら、できるんだ~」と娘さんも驚いていました。「昔は小麦粉とカレー粉でつくっていたのよ」とおっしゃるお母様に、「そうだったの?知らなかった!」と驚く娘さん。
湯川先生によれば、料理療法のポイントは「一緒に料理をつくりながら思い出話を共有すること」だそうです。その点、誰もが好きで、家庭ごとにさまざまなこだわりのあるカレーはエピソードの宝庫かもしれません。「うちではタマネギはすりおろして入れるんですよ」とおっしゃるのは60代のご夫婦。ご主人が九州に出張したときに食べたカレーがとてもおいしかったので、お店の人につくり方を聞いて、奥様に伝授されたのだそうです。「肉も、牛肉より豚の三枚肉をジュッと焼いて入れるのがおいしい」とご主人。バーベキューや焼肉以外の料理はすべて奥様におまかせだそうですが、カレーに載せる焼き野菜をつくるためにグリル皿に彩りよく整然と野菜を並べるシーンでは、丁寧な仕事ぶりが際立っていました。元設計技師さんだけに「曲がったことが大嫌い」なのだそうです。
カレーの材料を煮込んでいる間に、オーブンレンジで「焼き野菜」をつくります。オーブンレンジの操作に慣れていない方にとっては少し緊張する場面ですが、切った野菜を並べたグリル皿に塩とオリーブオイルをまわしかけ、オーブンレンジに入れてグリルモードにセットしさえすれば、後は機械におまかせで、手軽にヘルシーな焼き野菜が完成。色鮮やかな野菜をカレーにトッピングすることで、ごくオーソドックスなカレーがパッと華やかになるところも、とてもウケていました。
カレーを煮込むのに使ったのはIH調理器。卓上IH調理器は、座ったまま調理ができるので、長い間立っているのがつらい高齢者の方にも向いているようです。
ミキサーを使って「小松菜とバナナのスムージー」もつくりました。機械を扱うのに慣れている男性は、女性よりも、初めてのミキサーも上手に使いこなしていました。
調理を始めてから1時間ちょっとですべてのメニューができあがり、いよいよ試食の時間です。同じ材料でつくったカレーを同じ器によそっても、テーブルごとに野菜の切り方や盛りつけ方が違うのが興味深いところです。そして、どのテーブルも本当に幸せそう。誰かと一緒につくる楽しさ、「おいしいね」と言いながら食べることのよろこびが伝わってくるのです。
調理中、各テーブルを回って参加者の方からお話をうかがっていた湯川先生から、最後にこんな挨拶がありました。
「それぞれのテーブルでにこやかな笑顔で楽しそうに料理されているのを見て、幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。
いつも娘さんがつくってくださるので、24年ぶりに料理をされたというお母様が、パパッと包丁を使って、昔のお母様の姿に戻っておられたのが印象的でした。娘さんもビックリされていましたが、やっぱり料理にはそういうところがあって、10年20年やってなくて、『私は何もできないわ』とおっしゃっていても、包丁を持てばパッとできる。料理をしたことがなかったご主人も、体調を壊された奥様のために料理をするようになったら、だんだん上手になっていく。それも料理の楽しみだと思います。
また、一緒に食事をして、『おいしいわ、お母さんの味やわ』と料理をほめることが家族の役割で、お互いがハッピーになれる秘訣だと思います。みなさんも少しずつでいいので一緒に料理をつくる生活を続けていただければなと思います。本当に今日はありがとうございました。おつかれさまでした。」
この日、最初は緊張気味だった参加者の方々が、料理を始めると急にいきいきと楽しい様子になっていくのが本当に印象的でした。長い間料理をしていなかった人も「あら、私まだまだできるじゃない」と元気になるし、今までほとんど料理をしていなかった男性も「もっとできる料理を増やしたくなった」と意欲的に。本格中華やタイ料理が得意で、カレーはスパイスからつくるという料理好きの60代の女性も、「今日は娘と一緒に料理ができて本当に楽しかった!次はいつですか。また参加したいわ」とおっしゃっていました。90代の女性と娘さんは、今回の料理教室の参加をきっかけに、なつかしの味の「お好み焼き」をつくる約束をしたそうです。
みなさんも、ぜひご家族で一緒に料理をつくる機会を増やしていただき、料理療法のめざましい効果を実感していただければ幸いです。
1993年、奈良女子大学人間文化研究科修了、博士(学術)。
神戸学院女子短期大学講師および助教授を経て、2006年4月より京都教育大学家政科准教授、2017年4月より教授。研究分野は食生活学、調理学。
2003年より「料理療法」の確立をめざし、高齢者施設における実践活動をもとに、認知症高齢者を対象とした料理活動を支援する研究を行う。
14年に管理栄養士の前田佐江子さん、近畿大学講師の明神千穂さん(栄養教育)と共に、編著書『やる気と自信を呼びさます 認知症ケアと予防に役立つ料理療法』
(クリエイツかもがわ)を出版。
料理療法HP https://www.enjoy-cooking.org
中尾洋子 パナソニック(株) デザイン戦略室 課長 / 全社UD担当
料理療法を体験してみて感じたのは、皆さん本当に楽しそうだったこと!何かを作る楽しみ、家族や同年代の人と一緒に作業する楽しみ、その料理の思い出やこだわりを話す楽しみ、食べる楽しみなど、料理にはたくさんの楽しみがありました。新しい調理家電を使って、安全に、簡単に、おいしいものが作れることを実感頂けたのも良かったと思います。皆さんも是非、ご家族やお友達と料理してみて下さいね。
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