デバイス創造 Reliability Evalution

水中を動き回る魚の周りの流れって、シミュレーションできるのか?

2024年5月31日

2023年度入社、2年目のメカニクス設計課所属の明石です。
この部署では様々なシミュレーションに関する専門家がいて、私も空間やデバイスの熱・流体に関するシミュレーションを行っています。
また、学生時代は、流体のシミュレーター開発を行っておりました。

本日はその中でも「複雑な形状の物体が動きまわるとき」の流体解析についてお話ししたいと思います。
物体が動き回るときの流体解析では、物体が流体に力を及ぼして、物体周りの流れの状態が変化してしまいます。
さらには流体が物体に対して力を及ぼして物体の運動を変えてしまうということもあるかもしれません。
今回は、こうした物体と流体の相互作用を、物体が複雑な形状である際に、計算する手法の一つをご紹介いたします。

まず、あまりなじみのない方もいらっしゃると思いますので、少しだけ流体の解析の手法についてお話しさせていただきたいと思います。
本来、流体の速度や圧力は、空間のあらゆるところで決まっている量であり、座標さえ定めてしまえばその点での値は一意に定まるはずです。
こういった量を「場の量」といいます。
しかし、場の量をコンピューターで計算しようとする際に、その空間のあらゆる点を計算することは計算量的に不可能となってしまいます。
そこで、流体計算においては、空間上に飛び飛びの計算点を作成して、解析を行います。
専門用語では「離散化」という操作になります。
また、この操作によって作成される計算点のことを「メッシュ」と呼びます。

通常の流体計算ではメッシュを始めに準備するのですが、実はこのメッシュ作成の作業が非常に時間がかかる作業となります。
何故なら、物体の表面の影響をとらえるために、物体の形状に合わせたメッシュの作成が必要であるからです。
特に複雑な形状の物体の場合だと、その形に合わせたメッシュ作成というのはいっそう時間がかかってしまいます。

また、流体計算では、時間を細かく細分化して、パラパラ漫画のように少しずつ計算を行うという手法をとります。この時間の幅を小さくしなくては流体の動きが観測できないため、コマの数は非常に多くなってしまいます。
例えば、時間の幅を0.01秒ととったとしても、1分後の計算を行うまでに6000コマが必要となることになります。

それでは動く物体の話に移りましょう。
物体が動いてしまう場合のメッシュはどうなるのかについて考えると、パラパラ漫画の1コマ1コマで計算を行うべき点は変わってしまうので、毎回メッシュを作り直す必要があります。
せっかく苦労して作ったメッシュも1コマ計算が終わったら、次のコマではもう使い物にならなくなってしまいます。
しかもコマは膨大な数があるので、作成には膨大な労力がかかってしまいます。

これに対して、自動で都度メッシュを再作成する手法も開発されておりますが、動き回る物体を対象に安定的に良いメッシュを生成し続けることは難しいです。
そのため、こうした計算はかなりの計算時間と労力を要し、現実的な時間では計算できない場合が多いです。

前置きが非常に長くなりましたが、上記の問題を解決するために用いられる一つの方法をご紹介します。
「埋め込み境界法(Immersed Boundary Method)」という手法になります。
こちらの手法の詳細について紹介します。

従来手法では、「物体」がどこにあるかという情報は「メッシュ」が持っているものでした。
そのため、パラパラ漫画が1コマ終わるたびに、メッシュを作り直さなければ物体の位置はわかりませんでした。
しかし、この手法では、「物体」がどこにあるかという位置の情報は、「メッシュ」ではなく、「方程式」の方にあります。
方程式ではその固定されたメッシュ上の各点に物体が「ある」のか、「ない」のかの1と0の情報を持っていて、物体から流体への力が作用するか判断の判断をしています。
方程式の中に物体の情報が入っているため、メッシュは物体の形状に沿っている必要性がなくなり、空間に固定されたまま動かなくなります。
つまり、一度作成したメッシュを作り直さなくとも、計算することが可能となります。
これは計算をする上では非常にうれしいことでして、従来手法のメッシュ作成の時間が無くなるため、計算スピードを高めることが可能となります。

こちらの手法はもともと心臓の弁の動きのシミュレーションを行うために開発されたものです。
心臓の弁が動くと、局所的に血液の速度が誘起されて、血流の分布を大きく変化させてしまいます。
そのため、弁が動いたときにどのような血流のパターンを形成するかのシミュレーション行うということが元来の目的でした。

具体的なシミュレーションの例を紹介します。
以下は弊社のロゴが流体中を回転した際の渦を表すシミュレーションです。
「P」や、「c」の端から負(時計回り)の渦が剥離している様子が見えていますね。
結構複雑な形状で、従来手法だとそれなりに手間がかかるであろう弊社ロゴの回転も、埋め込み境界法を用いればシミュレーションすることが可能です。

埋め込み境界法で計算した渦度の図
正(赤)は反時計回りの渦、負(青)は時計回りの渦を表す

現在ではこの手法は、飛行機の翼や、生物の羽ばたきや泳ぎのシミュレーションなど、様々な分野の流体計算で用いられています。
この手法の活用先としては、

  • 炊飯器などの調理器具で、流体の中での食材の「動き」とそれに伴う熱や水分などの伝わり方が予測できるようになれば、より美味しくなる「食材の動かし方」を探るヒントになるかもしれません。
  • 同様の発想で、微粒子を混合、分流するようなマイクロ流路デバイスなどでは、微粒子の動きをシミュレーションすることで、より効率よく粒子を運べる流路を試作レスで設計できるかもしれません。

といったことが考えられます。
もし、流体中を物体が動くシミュレーションを実施されたい場合には、お気軽にご相談ください。

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